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陰謀論

 軽文部に入部して数日。 教室で様々な他部活の話題が口にされ始める頃。 あの先輩がカッコイイだの、実績のある奴が入部して先輩を戦慄させていただの……の中に、やはりと言うか当然と言うべきか、美花先輩の話題を質問してくる生徒が男女問わず僕の所にもやってきた。

 テキトーな対応でOK♪と事前に部長からは言われていたので、せっかくとばかりに備品のスマホやタブレットで部員の作品が読めるという情報も添えておく。

 やはり知らない生徒が大半で、先輩を見に行けるチャンスともあってか、今日のパソコン室には何処にも所属していない帰宅部1年生が集まっていた。


 本当に申し訳ない。


 緊張した面持ちの新入部員が立ち上がり、美花先輩の待ついつもの机に移動する。

 今日は1人の勇者、僕と同期の新入部員が自らの作品を美花先輩に評価してもらう日なのだ。

 訪問者のために備品のスマホやタブレットは少し離れた別の机に移動してある。 が、美花先輩の声量と軽文部の物静かな空気を加味すると、邪魔にならないように以上の効果は見込めないだろう。


 新入部員は挨拶をして着席し、美花先輩が預かっていた原稿を机に置く。

 面接みたいwと立ちスマホ検索している方向から(つぶや)きが聞こえた。


 そしていつもの批評感想が始まる。


「結論から言いますと、面白くありませんでした」


 本当に申し訳ない。


 その、ほんわか声とあっけらかんとした表情から放たれる一刀両断に、美花先輩目的の野次馬が静まり返る。

 話には聞いていても、目の前で行われた処刑は笑えなかったらしい。 いやこれはこれで()(たま)れない空気なんだけど。

 そんな外野は()にも(かい)さず、美花先輩は原稿を1ページ捲った。


「まず、キャラ・ストーリー・文章にオリジナリティを感じられず、某大ヒット作からの影響を強く感じました。

 テーマは良かったと思いますよ?

 魔王が討伐された後の世界にて、隣国への侵略任務を任された工作員の主人公が、勇者を信仰するカルト宗教や陰謀論を地道に広めながら、敵国を混乱に(おとしい)れていきます。 そんな中で拾った孤児の男の子と(いびつ)ながらも親子関係となり、まるで一般人のような暮らしを送りつつも、裏では国を崩すための任務をこなしていく。


 まぁ、スパイな家族のアレですよね。 主人公が女性工作員で男の子と2人暮らし、という違いはありますが。


 それにあるあるな展開も多いです。 護身用として格闘術を男の子に教えた結果、多少なりとも才能があったのか学園最強になったり。 主人公は1人で何でも出来て、追い詰められる展開が不自然だったり。 父親役を名乗る工作員仲間が3人共イケメンで、主人公に好感度MAXのベタ惚れだったり。

 テーマは悪くないのに、ストーリーの1つ1つがしっくり来なくて、ジワジワと読む手を鈍らせます。


 というか、ここまで主人公とは言いましたが、この話って男の子が主観になる話もあって、三人称視点なのに次の話に入る一行目で視点に迷います。 例えば……」


 と、ページを数枚捲り、とある行の最初を指す。


「前の話で、主人公がボロボロな男の子を拾った日の夜、(おけ)の水で体を洗い一緒の布団で横になった次。



  朝。 見慣れない窓の白さに目が離せない。

  懐かしく感じる全身の温もりは、不思議と体を起き上がらせなくて。

  臭くない。 痛くない。 汗が乾いて嫌なベタつきもしない。 それだけでも、まるで今もまだ夢の中なのでは?と疑ってしまう。

 「起きたー?」

  視線とは反対側の扉がコンコンとノックされ、お姉さんの優しい声に男の子は頭だけで振り向いた。



 あっ! 男の子視点の描写だったのか。 とここでなりました。

 主人公も密入国のために険しい山を越え、やっとの思いで教団の施設に到着したのです。 心境だけでの判断は難しいでしょう。

 何より、やりたい事を優先して三人称視点ですらなくなっていますね。 そういう手法自体は悪くないと思いますが、ここじゃない気がします。 紛らわしくて読み返したくなるのは、また読み返したくなる良文とは違います。

 せめて一行目から誰の描写かくらいは明確にしてください。


 こういった気になる描写が所々で出てくるため、ちょくちょくリズムが崩れます。 集中できません」


 文章のリズム。 美花先輩がよく指摘する点だが、なるほどこれは納得である。

 叙述(じょじゅつ)トリックモドキとでも言うべきか。 そういうのは遺留品の手紙とか、人物の不明な場面で使ってこそだと思うが。

 何にしても、今じゃぁない。


「まぁ、読んでいて辛くなった理由はここからなのですが」


 1年生に戦慄(せんりつ)走る。

 そういえばストーリーへの言及がまだだったな。

 美花先輩の読む手を鈍らせたストーリーとは一体……


「では、肝心なストーリーですが。 主人公の工作があまりにも悪質過ぎます。

 もう読んでいてどう評価して良いのかが分からず、事前に言った通り、私の個人的な感想としての評価としました。


 まず、こういう物語というのは、主人公の好感度管理が重要になってきます。 例えばスパイではあるけれど、目的が戦争を回避するためである。 とか、他国を侵攻するにしても、軍事力の強い独裁国家から自国を守るため。 などがありますね。

 でないと、保護した子供との生活に何を見出しだ所で、他人の平穏は奪っておいてイイ話をされても……となります。

 さて、その点こちらの作品はどうだったかと言いますと。 主人公は悪役側なのかな? と感じました。


 主人公の所属している工作部隊は侵略として、宗教と陰謀論を使い混乱を起こします。 まず町を支配するため、一般的な家屋等に女性数人で住み、ご近所付き合いで良い関係を(きず)きました。 その後、衛兵……日本で言うと警察ですかね? とトラブルを起こします。

 酔っ払いに集団で性暴力された、と。

 実際に衛兵が通っている酒場を調べ、数人で呑んでいる所に混ざり泥酔させます。 その後帰りを待ち伏せし、人通りの少ない所で服を破り、悲鳴をあげました。

 静かな夜の悲鳴です、誰かは駆け付けてくれるでしょう。

 その後、衛兵の不祥事で大騒ぎになったのを見計らって、自分達が密入国者であると明かします。

 理由は母国でも受けていた性暴力から逃げるためであり、なのにこの国でも……と証明のできない被害者になるためです。

 ここで女性達を(かくま)っていたのが、とある宗教の幹部であるとも明かしました。 まぁ、全て嘘ですが。


 彼・彼女等が良い人達であると認識しているご近所さん達は思います。 私達が力になろう、と。

 そして共に衛兵達を糾弾していく中で、次は領主をターゲットにしました。

 和解に応じる代わりとして、この地でも自分達の宗教を認めてほしい、募金を集めて貧しい子供達を保護したい」


 なんかもう、雰囲気がヤバくなってきたな。

 聞いているだけで胃が一杯になってきた。 読む気にはなれないかも。


「その頃、彼女達とは違う方法で別の部隊も動きます。 それが各地で陰謀論を広める部隊です。

 彼らはとにかくありえない説を広めていきます。 台風で洪水の被害が無くならないのは、建設業者と癒着していて金になるからだ!とか、薬なんて効果無くて薬師が楽して稼いでいるだけだ、騙されるな!とか。

 他にも、山の地中には地底人が住んでいて、人を食っているから行方不明者が絶えない。 とか、星の光を浴びた人は不治の病になりやすい。 だとか。

 とにかくアホな話を広めていきます。


 こうしておけば、保護されている女性達や教団は隣国からの工作員!という話が出ても笑い話として呆れさせられますからね。

 市民間で勝手に、そういう事ばっかり言ってると馬鹿にされるぞ?と口を閉ざしてくれます。


 その後も教団は、貧しい家庭を集めては寄付金で食べさせながら、あの手この手で教団以外は信用できないよう洗脳していき、あなた達には自由に生きる権利がある! 貧しいのは私達の声を無視する国に原因がある! 他国はもう先に進んでいる、この国が遅れているのは利権のせいだ! などと他責思考になるよう裏で教育していきます。

 『誰にも言い()らさないのが美徳』と共に。

 そうして貴族や商人とも関係を持ち、教団のため=世界平和=正義のためとしての勢力を拡大していきます。

 私達は正義だ! と相手を躊躇なく攻撃できるように。


 で、それらを疑問視する人達ももちろん出てくるので、場合によっては家族もろとも消していくのが主人公のお仕事ですね。


 はい、男の子が教団で教育を受けている間に、教団を疑問視して動き出す人達の職場・友人・家族をレッテル貼りして脅迫したり、まとめて事故死させる主人公ってどうですか?

 すみませんが、私には無理でした」


 うっわ……

 言葉が出ない邪悪さに共感しかない。

 しかもこれ、拾った男の子の国でやってるんだよね?

 確かに悪役が主人公という作品として見れば良いのだろうが、これは……


「その後も、母国と連携して他責思考強めな狂信者を各地に送り込み、私が隣国の出身だからって差別された! 女だからってだけで差別された! この国の夜はいつ襲われるか分からないから安心できない、隣国でもこんな事はなかった! 等々。

 そういったトラブルの度に教団が間に入り、解決して感謝されていく。 スマホやインターネット環境の無い世界だからこそ可能なやり方ですね。


 そして読む手が更に辛くなる原因として、その活動に男の子も利用され始めます。

 募金活動・印象操作・アリバイ作り。 同じく貧しい暮らしをする教団内の友達と一緒に、楽しそうに。


 そして今日も、適当に選んだとある家庭の子供を誘拐して解体し放置、こんなにも悲しい事件がこの国には蔓延している! 教団はこの国に潜む非道な悪と戦っている! と広めた(しめ)に、男の子の誕生日を祝って一章が終わりました。


 読み終わった時、私はやっと終わったぁ~と背伸びしました。 男の子が幸せそうな度に辛かったです。

 あっ! あと、主人公大好きなイケメンが女性を騙して、美醜(びしゅう)差別を訴えるデモ団体(工作員)に加えた回とかも。 占いや結婚願望を利用していて、ぅわぁぁ……となりましたね。

 内心で主人公と比べてて、ずっと容姿や性格を罵倒しているのも不快度加点です」


 クソ野郎だな。

 いや工作員なんだから騙すのは当然なんだが。

 ヘイト管理的に、やはり主人公側が悪役として描かれているのだろう。 じゃなかったら作者の感性を疑う。

 原稿を閉じ、1年男子に返却する。


「総評ですが、悪役を主人公にする時はヘイト管理に気を付けましよう。

 これで男の子は利用するだけの(こま)ならば、悪役側の話としては悪くなかったと思います。 しかし家族愛を知らない主人公が男の子と暮らす事によって……の流れから他人の家庭は仕事だから潰す。 公私混同しない主人公素敵!は、男の子の将来が心配になりました。

 まぁ、男の子も一生気が付かないんだろうな……という一種の信頼はありますが。


 あと単純に主人公側が邪悪過ぎます。 自分達を被害者立場にするためならばあらゆる手段や言い掛かりを使い、疑いの目は貴族や商人の伝手(つて)で潰す。 自分達に対する反論は全て悪! 悪と戦うために立ち上がった被害者である私達に募金してください!

 

 これは私が以前から感じていた持論(じろん)なのですが、『話の通じない相手には別の目的がある』。 議論の場を設けてどんなに説明や交渉を尽くした所で、全く別の目的がある相手には無意味ですよね?

 この小説はまさにそれでした。

 主人公側が」


 敵国に混乱を引き起こす事を目的としている相手に、矛盾や間違いを指摘した所で意味が無い。 向こうからしてみれば敵国でしかなく、都合が悪ければ相手を消せば良いのだから。

 そんな連中が国民を洗脳・排除していき、声を上げた個人を数の暴力で攻撃していく。

 何故そんな非道が出来るのか。 それは自分達こそが正義だと盲信(もうしん)しているからだ。

 美花先輩じゃないが、僕も持論の1つがこの作品にはピタリと当てはまった。

『正義とは狂気である』

 監獄にて、看守役が囚人役に過剰な体罰を与えたことで禁止となった実験と同じだ。 自分達は何も間違っていない、自分達は正しいのだから、正義なのだから、正義を否定する奴は悪だ!

 こんな人に何を言えば良いのだろう?

 正義のためなら何をしても正しいのだろうか?

 自分の判断や行動が全て正しいだなんて、どうして信じきれるのか。

 挙げ句、指摘されれば、お前の方が間違っている!! ……本当に恣意(しい)的過ぎて気持ち悪い。 そんな思考を意図的に蔓延させていく主人公が、男の子と幸せに暮らしていると考えると。 心底辛くなってくる。

 

 今回の作品は、全く読みたいとは思えなかった。

 ストーリーが気持ち悪過ぎるからか、美花先輩の修正が加わっていないからなのか。


「こういった、悪が主人公の作品というのも、上手く作れば好む層はいると思います。 しかし、私には終始辛かったです。 続きがあっても手が伸びそうにありません。

 ただ、私には合わなかっただけで、好む人は何処かにはいるかもしれません。 文章の読み難さを修正してからなら、Webに投稿してみるのは有りだと思います。

 その場合は是非ともR15設定にしてくださいね。 あと、あらすじに※胸糞注意みたいなのを入れた方が良いと思います。

 間違ってもハートフル作品ではないです。 ハートフルボッコ作品です」


 上手いこと言ったな。

 「以上です」と告げ、鞄からカルピスソーダのペットボトルを取り出しゴクゴクと飲み始める。

 そんな美花先輩の感想に()き込まれていた、背景だった野次馬1年生達もまた、動き出す。



 すっかり消え失せた人混みに思いを馳せ、しょんぼり意気消沈する部長が寂しそうにタブレットを()いている。


 本当に申し訳ない。


 ペットボトルの半分まで飲んだ美花先輩が、キャップを閉めて鞄に戻した。 勇者だった新入部員は、僕の2つ隣の席に戻り、指摘された箇所の修正に入っていて。

 こいつ、思ったより平気そうだ。 本当に勇者(強心臓)だったのかもしれない。



 にしても、実は1つだけ、美花先輩の批評感想中に気になっていたことがあった。

 それは作者である彼の反応。

 文章のリズム感を指摘されていた時は、ぁぁ~……そっかぁ……と残念そうだったのに比べて、ストーリーを不快と一刀両断されても、微動だにしていなかったのだ。

 僕からは背中しか見えないので、苦汁な百面相(ひゃくめんそう)をしていたのかもしれないが。

 ハッピーエンド好きらしい美花先輩の感想だからそこまでのダメージには至らなかったのか、それとも……



 その後、暇潰しの野次馬1年生集団が現れる事はなくなった。

 が、代わりとばかりに、美花先輩の小説はどれだ?と聞かれるようになった。

 僕も知りたいよ。

批評感想・評価いただけると助かります


『サキュバスお姉ちゃんとの転性妹成長記』

短編『イリーナの手記』

『候爵令嬢 カトレア・クンツァイト』

『この冒険に英雄はいない』

短編『谷園さんは防犯意識がヤバすぎる』

 も、よろしくお願いします。

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