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書き方の自由

 その日の批評依頼者は、部外からの1年生女子だった。

 明るい雰囲気だった点を買われたらしく、友達付き合いで演劇部になんとなく入ったのだが、趣味で書いていたWeb小説の感想を聞きたくて持ち込んだらしい。

 何でも、投稿を始めて早2年、批判も評価も得られず、かと言ってどこを直せば良いのかももう分からずで……本気で作家を(こころざ)している訳では無いが、(わら)にも(すが)る思いで噂を聞いて来たそうな。

 独りで続けていると自然とぶつかる悩みだ。 ……共感し過ぎて嫌な思い出がフラッシュバックした。


 そんな彼女が持ち込んで来た小説の評価とは、


「結論から言いますと、面白くありませんでした」


 でしょうね。

 いやね、美花先輩? パッとしない2年間を()て自覚しているからって、面と向かってバッサリ一刀両断されるのは()れてないのよ。

 ほら固まっちゃったじゃん! 心臓に来るんだって、覚悟してても。


 耐ショック時には言葉が出なくなるタイプなのか、そこからの明るい雰囲気だった1年生は、被ダメージ音声みたいな(うなず)きしか返せなくなっていった。


「まず、テーマ・キャラ・ストーリー、どれもに見覚えがありましたが、趣味で書いているとの事ですので割愛(かつあい)します。 評価を求めている姿勢(しせい)を加味しても、作家を志しているわけではありませんので。

 趣味の人に手厳しい指摘はしたくありません。 私だって気軽に遊んでる所をガチ勢さんにガチ指南されたくはないですからね。 温度差にモヤモヤします。


 ただ、文章はそうもいきません。

 いくら趣味とは言え、これでは読みづらくて仕方がありませんでした。 こういう書き方で漫画化までいった作品を知っているため、私が読み慣れていないだけかも知れませんが。

 なので私個人の感想だという点をお忘れなく」


 と言って原稿……ではなく、今回はタブレットを慣れた手付きでタップした。 落として割れないよう、しっかりとゴムのストラップで机と繋がっている。

 軽文部の備品である1台づつあるスマートフォンとタブレットは、Webサイトに投稿している部員が自分の作品をお気に入り登録しておき、誰でも軽文部の作品を読めるようにしてある。 受賞したOBが寄贈してくれたらしい。

 OBの作品まで読めるのだから、ちゃっかりしている。


 そんなタブレットを机に置き、美花先輩が続ける。


「文章の書き方は本やWebサイト、読者の需要によって異なってくるので、スマホでの読みやすさを重視した改行・余白の多さには納得もできます。

 紙の本が好きな私なんかは『あぁ~勿体無い!』とヤキモキしてしまいますが、RAIN(レイン)などで短文、または単語でやり取りする方々では『文字が多過ぎて読む気が失せる』『用事で離れたら何処を読んでたか分からなくなった』『目がチカチカする』など、ストレスを感じる読者さんもいます。

 最近の若者は……なんて呆れられてしまいそうですが、本来であれば小説に見向きもしなかった層が興味を示してくれている、と考えれば喜ばしい事です。


 とはいえ、この作品は「」(かぎ括弧)の使い方で混乱します。 正確には、同じ人物のセリフが何故か改行されていて、初見では誰のセリフか悩みました。

 開幕、悪役令嬢が断罪されるゲーム内のシーンにて。 殿下の御付きに拘束される際の悪役令嬢とのやり取りが、


 「くっ…ぅ……殿下!」


 「殿下っ、目を覚ましてください!」


 「そのような女の口車に(ほだ)されてはなりません、あなた様は…!」


 「黙れ、これ以上まだ恥を重ねる気か」


 「それはお前が最も大切にしている家名に、泥を塗る行為と知れ」


 「っ…!」


 「そんな……(わたくし)が、あんな小娘に…」


 「はぁ……来い」


 ようやく反論する言葉も失った悪役令嬢が、今まで(めかけ)の子と(しいた)げてきた弟に連行されて視界から消えた。


 ついでに、悪役令嬢の取り巻き達も。


 ざまぁみろ!


 あっ、殿下と目が合う。


 「さて…明日の舞踏会に備えるためにも、まずは散らかった君の部屋から片付けないとだな」


 「独りで突っ走ってしまった言い訳も、じっくり聞かせてもらおうか」



 ここで次のページに行くと、突如パソコンの画面が暗転、主人公は真っ暗な自室で停電に文句を言いながら椅子から後方に転倒し、目を覚ますと5歳の悪役令嬢に転生していた。 訳ですが。

 自分があのゲームの悪役令嬢であると、自室の鏡を見て1人で失神するシーンにて。



 「あっ良かったぁ~~! やっぱりこれただの鏡…」


 「えっ…! あれ?……この顔どこかで…」



 とキッズモデルみたいな子に悪役令嬢の面影を見つけて絶叫する流れを読むまで、私はこれが1人の人物から出たセリフだとは思っていませんでした」


 え?

 ん?


「となると、これの前にあった悪役令嬢断罪シーン。 『くっ……』『殿下っ……』『そのような女に……』は取り巻きではなく悪役令嬢1人のセリフという可能性が出てきました。

 すると、殿下もそうですね。 『黙れ……』『それはお前が……』は両方殿下になるのでは? だって、それ以外のキャラはこの時点では出てきていませんし。


 いきなり読み返すハメになりました。 何より、先行きが不安です」


 ちょっと待って、聞いているだけだからかな、まるで意味が分からない。

 え? どうしてそうなった?? 現物が読みたい。

 あっ、パソコンで検索すれば。 ……タイトル何だっけ?


「そしてそれは当たります。 漫画のコマ割りや、乙女ゲーム中のテキストを意識したようなセリフの分割。 セリフの分割それ自体は普通の小説でもありますが、それでも間にはキャラの動作や感情の変化などが挟まれます。 でないと別人のセリフに見えてしまうからです。


 こことかもそうですね。 ゲーム中ではあまり語られない設定の1つで、無愛想なメイドが悪役令嬢の母を殺すスパイなのだけれど。 後にメイドの妹ちゃんが対人戦闘力最強に成長してしまい、しかも学園ではヒロインちゃんの友人枠になってしまう。

 なのでここでそのフラグを摘んでおきたいシーンにて、最近様子のおかしい主人公に提案され、クイズ形式でお互いの言いたいことを伝え合う流れからの、


 「正解……です。 そんな、本当に?」


 「ふっふ~ん! だから、まずはあなたの家族を助けないと!」


 「任せなさい! 伊達に侯爵令嬢として名前を広めてきた訳じゃないってとこを見せてあげる!」


 「だて…?」


 「お嬢様」


 と、深々と頭を下げたメイドの声は、涙を堪えているように震えていて。


 「よろしく、お願いします」


 「っ~~~! そうと決まれば参りましょう! 今!」


 「あっ……まずは外出する許可を(いただ)かないと」



 このシーンで『だて…?』『あっ、まずは……』が誰のセリフなのかが未だに判断できません。

 将来の悪役令嬢が前世と乙女ゲームの記憶を思い出したタイプの主人公なので、主人格が悪役令嬢ちゃんのままなのが原因ですね。 自分で言った『伊達に……』を『だてって何?』と疑問に思ったのか、メイドさんが『だて…?』と口を()いて出たのか、判断が付きませんでした。

 似た理由で『あっ、まずは外出する許可を……』も、どちらが言ったのかでモヤります。

 娘を愛するが故に甘やかしてはいても、安全を優先して外出だけは簡単に許可しないお父様をどう説得したものか。 更には侯爵家を暗殺に来たスパイであるメイドをどうやって無罪とするのか……これは主人公とメイド両者共に難題であり、だからこそどちらのセリフなのか見分けが付きません。

 多分、お父様への説得という難題を思い出した主人公のセリフだとは思いますが、突っ走ろうとするお嬢様を咄嗟(とっさ)に止めたメイドのセリフのようにも読めます。

 リズムも悪いですし。 このセリフで切って場面転換するのは有りですが、『あっ……』は『今!』とセットにして、



 「っ~~~! そうと決まれば参りましょう! 今!……あっ--」


 「……まずは外出する許可を頂かないと」



 とすれば、流れで主人公のセリフだなぁと、すんなり飲み込めます。 私はですが」


 僕もですよ。

 流れというのは大事で、この場合は特殊だとは思うが、わざわざ語尾や名前を入れなくても伝わる書き方というのはある。

 むしろ無理矢理、語尾や相手の名前を入れたせいで、アスファルトの道路に石が生えてるような引っ掛かりを覚える事も。

 だって会話中にいちいち相手の名前呼ぶ奴居るか? 大人数でも今誰と話しているかくらいは分かるだろう。 例え戦闘中でも敵に対して「当たってないだろうな!もう解毒できないんだぞ!」なんて言わないだろう?

 ……ただ、今回に限っては語尾があった方が読みやすいのかもしれない。 ……いや、この書き方自体がそもそもの問題か?


「これ以降もずっと「」(かぎ括弧)の使い方に振り回されて、どれが誰のセリフなのかが不明な箇所も所々にあり、読むのに集中できませんでした。


 私の知っている似た書き方の作品では、これも小説としては如何(いかが)かと思いましたが、主人公以外の全てのセリフにキャラ名が書いてありました。


〇〇「~、~、~」

〇〇「~。~、~」


「~?~!」

「~、~?~。~、~?」


△△「~!」


□□「~!」


 と、まさに台本ですね。 もしくは漫画化すること前提の必要最低限なプロットとでも言いましょうか。

 それで本当に漫画化しているのですから、驚きです」


 出版業界の闇みたいな話になってきたなぁ。

 僕は自分の投稿物を書籍化したい!とまでは思っていないし、出来るとも思えないが、これで漫画化なんてされては少し()に落ちない。

 余程ストーリーが魅力的だったのだろう。


「あとの細かい点は、先に言ったスマホで読みやすいようにや、小説に興味の無かった層向けと思うことにしますので、今は置いておきましょう。 そういったアドバイスは他の部員の方々から貰ってください。 私では本を基準にしてしまいますので。

 軽文部は部員以外の方も受け入れていますよ。 まずはこちらのタブレット等で作品を読んで、参考にしたい作者さんに話し掛けてみましょう。

 その人の作品の感想から話題に入るのがコツです。 釣れます。 生け()みたいで楽しいです」


 楽しかったのね。

 2・3年の集まる方角からタップ音が一瞬静まり、部長が笑いを堪えるように噴き出したのが聞こえた。

 美花先輩がタップして画面をホームに戻し、タブレットを机に置く。


「総評ですが、私には合いませんでした。

 趣味とのことですので今回は触れなかったテーマ・キャラ・ストーリーですが、共に見覚えがあり、オリジナリティを感じません。 

 ただ1点だけ、主人公が最初っからメイドやご家族に前世の記憶とゲームシナリオを相談し、侯爵家全面協力の(もと)フラグを摘み取ろうと行動に移す展開は面白かったです。 まぁ、学園に入学してからはだだの情報屋でしたけれど。


 あっ、お友達の付き添いで演劇部に入ったとのことですので、シナリオ制作に(たずさ)わってみるのも有りですね。 もし興味があればクラスメイトにシナリオ担当が1人いますから、紹介しますよ。

 色んな意見を出し合いながら、皆で作っていく経験をしてみてはいかがでしょうか」



 少し元気を失くしていたが、演劇部シナリオ制作の件は一度持ち帰って考えたいらしく、明るい雰囲気だった1年女子は深くお辞儀してパソコン室を後にした。

 「バイバ~イ♪」と軽く明るく満足そうに見送った美花先輩が、鞄から取り出した紅茶のペットボトルを開け、ゴクゴクと喉を(うるお)す。


 僕も、途中だった自分の作品を進めるため、モニターへと視線を戻した。


 書き方……かぁ。


 今回盗み聞きしたあの女子を参考にはできないが、せっかくのWeb投稿なのだし、少し遊んでみるのも表現やオリジナリティに繋がるかもしれない。

 例えば話しを(さえぎ)るシーンで

「~、~「」~~。~!」

 のようにかぎ括弧を重ねたり、

「~~「~~!」…~」

 のようにセリフを被せたり等。

 人によっては邪道と指摘したくなる使い方で、ラノベの書き方的な本を参考に進めてきた僕としても避けてきた表現だったが。


『本来であれば小説に見向きもしなかった層が興味を示してくれている、と考えれば喜ばしい事です』


 ……どうせ感想も来ないし、少し遊んだ所で今更だろう。

 そう切り替え、僕は今進めていたセリフに手を加えた。


『だって『このアホが『2人共おち--』』てたも『きおっ『--人が居ますから』たにか』もん!』

「なんて?」

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