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美花先輩が人気の理由

「結論から言いますと、面白くありませんでした」


 今日も今日とて、僕の隣の窓際席でバッサバッサ切り捨てていく美花先輩。

 こうも容赦が無いと口喧嘩にならないか不安だが、(あらかじ)め「あくまでも私個人の感想です」「1つの意見として、参考程度にしてください」と原稿を受け取る段階で確認を取っているからか、トラブルになる事は無い。

 まぁ、依頼に来ている時点で悩んでいるのだから、良くも悪くも本音で赤ペンしてくれるのは助かるよな。 フワッと「好きじゃなかった」「まぁ良いんじゃない? これで」だけ言われるよりは圧倒的に参考になる。

 が、まさか現国の先生までもがこの席に座るとは思わなかった。

 そして美花先輩も躊躇なく一刀両断するとは……予想はしていたけれど。

 現国の教師は50代とベテランで、以前から美花先輩の評判を伝え聞いていてチャレンジ!とばかりに依頼したらしい。

 ねぇ今どんな気持ち?


「文章・重すぎるテーマ共に惹き付けられる要素があり、ワンチャン文学賞狙いな雰囲気も伝わります。

 ただ序盤から無視し難い小骨が喉に刺さってしまい、そこがずっと気になって仕方がなかったです。 そのせいで全ての会話や行動から違和感が拭えず、いつの間にか勝手に納得して終わってしまいました。 独り矛盾主人公です。


 勿論、そんな矛盾に葛藤する姿を描きたかったのは伝わりました。 やりたかったことも。 でも、ご都合主義でもせめて落とし所は欲しかったです。 私が読み飛ばしていただけならすみません」


 いつもの軽い淡々調子で切り込んでいく美花先輩。 対する先生は、思っていたよりリアクション薄めで。

 その背中からは何処(どこ)となく、自分でも結末には納得していない様子が(うかが)えた。 自覚があったから相談に来たっぼい。

 一体どんな作品を持ってきたのだろう。 気になる。


 机に置かれていた原稿を数ページ捲り、美花先輩がいつもの批評を開始する。


「まず、主人公である一人娘と離別した父親の日常から始まり、その中で仲良くなったホームレスとの交流に繋げた冒頭は、文章のリズムからして切り替えていて上手かったです。 主人公が心底楽しそうなのが読み取れました。

 その後、休日にホームレスが事故死したニュースを見て、彼から聞いていた名前と本名が違い、更にはそれが10年前、中学生だった娘への性暴力で逮捕された元担任だった。 というのも、うわっ!と鳥肌が立ちました。 色んな意味でです」


 社会派だな。 ってか重っ! 思ってたよりテーマ重っ!!

 ここ軽文部ぞ? 油増々で来られても胃が耐えられんわ!

 穴空くわ。

 なんて内心動揺する背景のモブを余所に、いつもの通りな美花先輩が続ける。


「ここで私の喉に小骨が突き刺さります。 何で主人公は、自分の娘にそんな罪を(おか)した担任の顔を覚えていなかったのだろう?と。 死亡事故ニュースで本名と、所持品から割り出した身元から辿り着いた教員時代の顔写真が使われたから、あの担任とホームレスの面影が繋がって愕然とした。 のに、実際に会って談笑しているのが元担任だって気が付かないのは、余りにも違和感です。 ご都合主義です。

 せめて名前で、や、写真から眼鏡を外したら彼の面影があって、なら分からなくもないですが。

 同じ理由で、ホームレス側が主人公に気が付かないのも、なんだかなぁ?です。


 だって考えてもみてください。 どうやって娘さんが性暴力の被害にあったと知れたんですか? 知ってすぐ通報して逮捕させたんですか?

 その後に当時、中学生の娘さんと30代担任は本気で愛し合っていて、それがバレて主人公が通報した、とありました。 娘さんが『(おか)された!』と泣いて訴えてきた訳でもないのに。 具体的な回想が欲しかったです。

 2人が父親にバレるような場所で性行為をしていたのであれば、目撃して通報するのも納得は出来ます。 家とか。 でもその場合、主人公の性格からして衝動的に割って入って担任を殴り飛ばしていたでしょう。

 それで顔を覚えていないのは変です。 これも、殴られた側のホームレスだって同様です。

 なので私は、校内でしていた所を誰かに通報され、現行犯逮捕された後に家族会議があったのかな?と一旦(いったん)飲み込みました。 が、妻との会話から『主人公が娘の話も聞かずに強姦犯として通報した』のが確定しました。

 ここで校内で第三者に通報された説が消えます。


 では、性行為を目撃したとして。 主人公は顔も見ずに、相手が担任だと知ったのですか? 少し体格の良い同級生でも、大人と見間違えて通報しそうで怖いです。

 その点も、別のページで主人公が(同じ中学生や高校生ならばいざ知らず)と(いきどお)っていた回想も見つけました。 なので、年の近い相手ならば許容出来たのでしょう。 


 一番可能性が高かった説は、『娘さんから、彼と付き合いたいと紹介された』です。 勿論反対したでしょう。

 でもその場で即通報しますか? せめて娘さんが二十歳になってから、とかの余地すら無しなら、主人公の考え方次第ではありますので納得できます。 ただそうなると娘さんが父を理解していないアホになるだけです。

 そうではないのならば、それは娘さんが担任と性行為したと、余計な一言を口走ったからになります。

 妊娠していたから隠せなくなって、という話も出てきませんでした。

 付き合いたい、だけで性暴力にはなりません。 せいぜい猛反対からの口喧嘩に発展するだけでしょう。


 仮にそれで口走ったのが真相だったとしても、それならそうと回想に入れてください。 省略していい小骨ではないです。 読者の想像力に頼れる範疇(はんちゅう)を超えてます。 もはや推理(すいり)力です」


 ここまでの重い話しを読んで、そんな違和感に気が付くとは。 さすが美花先輩、人気になる訳だ。

 僕なら見逃しちゃうね。 

 錯視(さくし)みたいに勝手に脳内補完して、『何かがあった・そういうものだ』と普通に読んでいただろう。 てか小説=ラノベな僕には、ここまでですらシリアスが過ぎるんですが?

 これは……今までの批評とは違う意味で胃が重いなぁ。 だが気になる。


「結局、私の頭では正解は見付けられず、その小骨がいつまで経っても解消しないせいで、ずっとイガイガしっぱなしでした。

 強姦犯だと思っていた彼は想像していたのとは真逆の優しい人で、彼と娘を引き離した自分は本当に正しかったのかと思い悩む日々。 大学に行ってから音信不通だった娘と勇気を出して話そうとするも着信拒否され、妻には元担任と仲良くなっていたなんて言えず。 ニュースで性犯罪の話題が出る度に犯人を痛烈に批判するコメンテーターが目につき、犯人を擁護(ようご)する情報が無いか探してしまうようになった自分。 いつもの帰り道でホームレスとなった彼を思い出し、相手を知ろうともしないで決めつけていた様々な偏見(へんけん)を自覚する。

 お終い」


 お終い!?


「イガイガにモヤモヤまでしっぱなしで終わっちゃいました。 モヤモヤはまだ良いです。 BAD END(バッドエンド)系です。 イガイガを抜きたいんです」


 社会派小説はまだ読んだことがなかったので、どういう空気感なのかは何一つ知らないのだが……そういうエンドってありなのだろうか?

 いや、有りならHAPPY END(ハッピーエンド)好きっぽい美花先輩に批評してもらわなくても、何処かで評価してもらえば済む話しで。


 そういや、これも結論から言って面白くなかったんだっけ。


 美花先輩のページを捲る手が止まる。


「ここからは完全な私の好みになりますが。

 社会派小説として優柔不断では割り切れない矛盾を抱えてのモヤモヤENDは好み次第です。 けれど中途半端でも良いので、落とし所は欲しかったです。


 例えば、学生と本気の恋愛をするのはやはり間違っている!そこはあいつが悪かったんだ! と意見を貫くのはどうでしょうか?

 理由は何であれ、妊娠のリスクがあるにも関わらず自制できなかった当事者2人が悪かった事実は変わりません。 それ相応の覚悟と準備の元で(おこな)ったにしても、父親の性格を知っている娘にしては警戒心が足りていませんでした。

 仮に妊娠・性病・金銭面の問題を理解したうえでの行為だとしても、バレればどうなるかくらいは予測可能だった筈です。

 どう擁護(ようご)しようと、リスクを認識している時点で、主人公だけが背負う問題ではありません。


 強いて言うならば、この話の悲しい点は、就職先が無くホームレスとなった元担任を、父親と離別した娘さんが迎えに行けなかった所でしょうか。 娘さんが元担任と再会さえできていれば、もしかするとそのまま遠く離れた県にでも引っ越して共に暮らす。 なんて未来があったのかも知れません。

 二十歳(はたち)超えれば年の差婚なんて珍しくもないですからね。


 この話の重要なポイントは2人の本気度にあり、主人公のような『体目当てなだけで生徒を騙す性犯罪者を許せない社会の目』から如何(いか)に逃れられるか、でした。 その点、2人は失敗した訳ですね。

 まぁ、娘さんが父を着信拒否している理由とは離れますが……100/0で自由恋愛を認めない父が悪い、と思っているパターンですよねこれ。


 父親の性格を知っている娘さんは、何が何でも担任との関係を知られないようにするべきだったんです。 もしくは担任に家庭教師をしてもらって、自然と父親と会わせ、打ち解けさせるって手もあります。 外堀から埋めるってやつです。

 結果論ではありますが、2人は気が合ったようなので有効な手立てでした。 『この人なら信頼出来る』となれば、多少の距離感にも目を(つむ)ってくれたかもですし、幸せな未来があったのかも知れません。

 …………これは私の倫理観が多分に含まれているので、どうしても受け入れられない人だっているでしょう。


 逆に、とんでもない偏見持ちならば、ホームレスの正体が元担任と知った時点で『何を企んでやがった!また娘を狙ってたのか?!騙しやがって!』となっていたでしょう。 このレベルになるともう無理です。 生徒✕担任=吐き気を催す邪悪!な人に理屈や説得は無意味なので」


 「あっ、現実のそれを無差別に擁護したい訳ではありませんよ。 私、単にハードルの高い純愛ほど好きなだけなので」と早口で付け加える美花先輩。

 ならば尚更、手遅れになったこの話は読んでいくだけで辛かったろうに。 よく読了(どくりょう)できたものだ。


「つまり何が言いたいのかというと。 この話しは主人公だけの責任ではなく、娘さんと担任にもそれぞれ責任があったのです。


 ですから、主人公にはそこに気が付いてもらいつつ、偏見の危うさや、社会常識とされている事柄に流されない大切さを知って……娘さんにも近々妻経由で話すべきか迷っていることを、とあるお墓に一緒に呑んでいたお酒を供えながら呟いて帰る。

 という締めはどうでしょうか?


 これならば社会問題に対する主人公なりの答えが読めて、今後の主人公も想像させつつ自分ならばどう選択したのか、を考えさせられる作品になると思います。


 鬱々(うつうつ)したままというリアリティ路線でいきたいのであれば私の意見なんて忘れてください。


 まぁどっちに料理しようと、小骨が刺さったままではイガイガしてて不快ですが」


 もう介錯(かいしゃく)だろこれ?

 現国の教師と執筆の才が別物だとしてもさ!



 矛盾を抱えながらも自責の念に(とら)われる事無く、墓参りへ行くことで元担任との折り合いを付けた主人公。 踏み出せた足で娘とも向き合えるのかは……読者次第である。

 原稿を閉じ、現国の先生に返却する。


「総評ですが、社会派小説として登場人物に蛇足は無く、ストーリーにもテーマにも目を()かれました。

 ですが、締め方の好き嫌いは抜きにしても、顔写真のみでホームレス=元担任と断定した理由が不明確な点が足を引っぱり、何処かで明確になるフラグかと期待したまま終わってしまったのが残念でした。

 ホームレスになって人相や体型が変わったのでしょうか? ぁ……でも自分を通報した彼女の父親の顔をホームレスが忘れているとも考えづらいですね。

 その点だけ書き足して、私達のようにWebサイトで投稿してみるか、何処かの大賞に応募してみるのも良いかも知れません。

 女子高生の感想よりは頼りになると思いますよ?」


 ここまでズバズバと指摘しておいて今更?

 いや、あくまでも個人の感想だから言える訳で。 文句があるなら他の人にも批評してもらえば良いだけだからな。

 それでも批評依頼が絶えないのは、その説得力と遠慮の無さが突出してズバ抜けているからだろう。

 初見でこんな感想書いてくるやつ、Webでもそうそう巡り会えない。


 美花先輩に礼を言い、原稿をそそくさと鞄にしまう先生の背中は、まるでスランプを脱した喜びに満ち溢れているかのようで。

 と、美花先輩がオレンジジュースのペットボトルを開け、口を着ける直前に一言。


「魚には気を付けてくださいね」


 ……魚? 魚??

 小骨の件だろうか。 今回は頻繁にイガイガ言っていたからな。

 先生50代だし……老眼なんだから小骨には気を付けてね的な?

 今?

 

 謎を残してオレンジジュースをゴクゴクと飲み始めた先輩に、先生は改めてお礼を言って立ち上がり、パソコン室を後にした。



 「ん~っ!」と両腕を突き上げて背を伸ばす美花先輩から目を離し、自分の執筆(しっぴつ)を再開する。


 …………魚……


 もしくは、作中に『魚』が出てきたとか? 

 読んだ者にしか通じない会話って、良いよね。

批評感想・評価いただけると助かります。


『サキュバスお姉ちゃんとの転性妹成長記』

短編『イリーナの手記』

『候爵令嬢 カトレア・クンツァイト』

『この冒険に英雄はいない』

も、よろしくお願いします。

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