美花先輩
僕が進学した高校には軽音部……ならぬ、軽文部がある。
軽文と書いてライトノベルと読んでいるらしく、入学式の日に見たのは『軽文』で通じるお仲間向けのポスターだったらしい。 僕はここに居て良いのだろうか。
放課後となればパソコン室を占拠し、話の合う数人でなんとなく集まっては、それぞれモニターと向かい合っている。
部長から聞いた話によると、中にはWebサイトで作品を投稿し、ファンに感想を貰えている部員もいるのだとか。 素直に羨ましい。
そんな中、唯一モニターではなく誰かと向き合っているのが、
「結論から言いますと、面白くありませんでした」
軽文部のヒロインにして、容赦の無い批評感想をバッサバッサと振り下ろす、美花先輩だ。
今日もカーテンの開かれた窓際の席で、預かっていた原稿の感想を率直に伝えているらしい。 相手は3年の、ちょっとヲタクっぽいストラップの付いた鞄が特徴的な女子生徒だ。
体験入部でめっちゃフレンドリーだった、あの先輩かぁ。
よくあれだけ先輩相手にもズバッと一刀両断できるものだわホントに。 それだけ、真剣な相談だからなのだろう。
あっ、以前の男子生徒とは違って、おでこを机に擦り付けて露骨に悶え苦しんでいる。 悲惨だ。
そりゃぁ絞り出して書き上げた作品を後輩から面白くないなんて言われた日には……
そんな先輩とは勝手知ったる間柄なのか、美花先輩はページを2枚捲ると、軽い淡々調子でレビューし始めた。
この人、レビュー中はずっと真顔なのが少し怖い。
「キャラは個性的で、文章のリズムも意識されています。 所々強引な言葉選びもありますが、引き続き語彙を広げていければ、調整できる範囲です。 有りです。
問題はストーリー構成ですね」
オール平均以下に比べれば高評価。 とは言え、結論を言われた側からするとドキドキハラハラでしかない。
果たしてそのストーリーとは、
「まず最初のページで、掴みとして告白のシーンを持ってきちゃうのは有りとします。 でもそうしたならば、意外性が必要になります。 これではただのネタバレです。 オリジナリティとして失敗してます。
そのせいでその後の全てが前フリでしかありません。 本編全てが前フリは長すぎます。
例えば開幕告白の後、『こんな事、言うつもりじゃなかったのに……』や『この告白は失敗だった……大失敗だ』等のような、影を落とす気持ちを一言挿んでおくだけでも、読者は(何で言っちゃったんだろう?)(何を失敗しちゃったんだろう?)と謎が残ります。 気になります。
若しくは、開幕を普通に告白のシーンとして掴みにしたならば、本編で意外性が求められます。 それも告白のシーンでです。
例えばこの作品で言うと、森の湖で家族と暮らしている水人の主人公が、空島で暮らす風人の彼と再会するために勇気を出して森から飛び出し、色々あって漸く再会した。 のであれば、そこから電話番号を交換して数ヶ月付き合ってからのあの告白では、たった10行でも再会の感動が薄れますし、読者も冷めてきます。 私は少し冷めました。
小説……いえ、創作物なのですから、多少なり現実味の無い行動は許容されるものです。 ここはリズムとセンスの問題です。 子供の頃に別れたばかりで、その後どんな育ち方をしたのか分からない彼が怖い気持ちは理解出来ます。 が、そこにロマンはありません。
会ってすぐ衝動的な告白をしちゃって、(嘘!? なんで、まだ言うつもりじゃなかったのに~!)くらいアッサリで良いんです」
どうやら恋愛物らしい。 『森の湖で暮らす水人』・『空島の彼』とはどういうキャラ設定なのだろうか。 気になる。
期待できそうな世界観だし、あの美花先輩に何度かアドバイスを貰っているであろう3年生なのもあって、無性に読んでみたくなった。
あっ、でも、面白くないって評価だっけ……美花先輩のレビューを聞いていると無性に読んでみたくなるのは何でだろう。
「ここの告白先延ばしのせいで、せっかくの盛り上がりが急落下しました。 ジェットコースターです。 中学の頃に行った夢の国で、現実に落とされたあの感覚に近かったです。 そして開幕の告白シーンを思い出してしまいました。 セルフネタバレでした」
絶叫マシンは苦手だったらしい。
真顔になったのだろうか。
「確かに私は以前、余りにも現実味の無い話だとのめり込めない、と指摘しました。 でもこれは解消できる誤差の筈です。 積み重ねと勢いで誤魔化せる段差です。
私なら彼の居る空島を探している最中に、所々で彼の影をチラつかせます。 ……あっ、影と言ってもチョロっと目撃証言が出てくるとかのアレですからね? 物理的に近くに彼が潜んでいるとかではなく。
以前にあなたの話しをする男の子が来ていた、みたいな情報を聞いて(あぁ、彼も私を探してくれていたんだ)となれば、再会直後に気持ちが溢れ出してついっ!となっても不自然ではありません。
他にも意外性として、空島に行くために手に入れた特殊な保湿クリームのせいで、全身が少しテカテカしているとか。 抱き着いたせいで彼の服に油っぽい自分の形が残ってしまった!とかあっても良いかもです。 そこはセンスが問われます。
着替えるために、彼の家にお邪魔する理由としても使えますね。
その数ヶ月後に、幼少期に2人で見た夕日に輝く森の湖でもう一度告白し、実は彼はプロポーズをしようとしていたのかも……を匂わせて終わりとするのも、有りでしょうか。
こうすれば、開幕の告白がネタバレにはならず、突拍子もない展開にキュンキュンできない、なんて事にもならない筈です。 自然と部屋にも訪問できたので、そこで彼の趣味嗜好だって窺い知れます。 話が弾みます」
確かに。 センスは問われるが、実現できれば素晴らしい物語になるかもしれない。
短編のようだし、再会してから積み重ねていくラブコメと違う魅せ方を意識するのは納得だ。
ジャンルとしては何に分類されるのだろう?
「まぁそもそもとして、こういう開幕掴みはバトル物か領地経営物、相手に両想いなパートナーが既に居る寝取り物語等でもないと難しいと私は思っていますが。
やるにしてもネタバレとなるシーンではなく、幼少期の別れだとか、湖のある森から出た1歩目だとか。 主人公にとって特別な意味を持つ台詞や、ここから物語が始まっていくというドキドキの方が魅せやすいように感じました」
確かに。 ここまで聞くと、開幕告白はネタバレでしかない。
と、美花先輩は原稿を捲り、1ページ目に戻った。
「というのは、やりたい事を尊重するならばの話で。 私ならこの世界観の説明になるプロローグから始めます。
せっかく地上で暮らす陸人・水中で暮らす水人・自由に飛べる風人が交流しているのですから。 ロマンチックな神話は開幕で済ませて、本編では今の人々の暮らしや文化に焦点を当てたいです。 それぞれの神様については、お祭りや人々の仕草なんかでも匂わせられるので、言及する必要はありません。 そんなものより水人用のミスト休憩室もっと知りたかったです。 撥水加工布団・枕しか読めませんでした。
ついでに言いますと、それぞれの街も少しづつ物足りません。 陸人の街の描写、水人主人公目線なのに異文化感が薄いです。 お隣さんであり見慣れているからって、読者は見慣れてません。 初見なのです。
海中の街や人生初の空島でも同様でした。 優先順位が観光ではなく彼だとしても、読者からすると彼しか見えていなくて置いてきぼりです。 もっと空島の環境を知りたかったです。 人々の暮らしとか文化とか、グイグイ腕を引かれるばかりで余所見もできません。
これがクロスオーバー作品であれば、別の話内で補完も出来ます。 オリジナリティな世界観にしたからには、短編だからって蔑ろにしていい点ではありませんから。 だってこれなら、普通に人と人の遠距離再会物語で良かったです」
もう全否定に近い。 3年の先輩、机に突っ伏したまま動かなくなったなと思ってたら溶けてるし。 人体ってあんなに溶けられるんだな……。
頑張って個性を出した結果がこれでは胃が痛い。 数週間はモニターに向かえないだろう。
初めの方でキャラやリズムは有りと言われていたのが同情票のようだ。
「それと気になったのですが、多分これ三人称視点が適していると思いますよ? 要介護系ドジっ子主人公の視界には映っていない描写も可能ですし、上手い人だとナレーションがツッコミ入れてくれるので、ボケを恥ずかしいだけにしなくて済みます。 ドジの幅も広がります」
原稿を閉じ、3年の先輩に返却する。
「総評ですが、個性のあるキャラ・読みやすさとリズム感・設定は良かったと思います。 幼少期の別れ際に電話番号を聞き忘れたのを後悔していたり、空島は複数あって大きく移動もしていたり、飛行機は危ないから飛行船が発達したとか、モーターボート等は専用の道が用意されていたりだとか。
この世界を旅したいと思えました。 恋人との旅漫画にしてみるのも良いかも知れませんね。
最後に1本の大きな花火を打ち上げるまでに様々な花火で魅せてくれる長編とは違って、短編は1本の花火で魅せるような代物です。 設定を深くし過ぎると説明ばかりになってしまい、ただの資料集になっちゃいます。 ファンブックです。
そういう意味では、丁寧に積み重ねて積み重ねて、最後にドンッと魅せられるこのお話は短編向きでしょう。
難しい言葉は使わないのも、軽いリズムも、主人公視点ならその性格に合っていると感じました。 可愛らしいキャラクター花火ですね。
とはいえ、以前どうしても苦手だと嘆いておられましたが、やはり三人称視点にも挑戦してみる事をオススメします。 人気作の真似で構いません。 変則三人称視点を作り出してしまうのも有りです。
去年の転生悪役令嬢雑魚紋章無双追放聖女物よりは個性的なので、受賞を諦めるにはまだ早いです。 成長してます」
漢字が多いな! 詰め込み過ぎだろ!
何て混成獣書いてたんだこの3年。 去年と今年初めで作風変わり過ぎだろ何があった。
察しは付くけど!
「と、まぁ、長々とお付き合いいただきましたが、結局は私個人の感想ですから。 あまり気になさらないでくださいね?
細部までアドバイスし過ぎると誰の作品か分からなくなってしまうので、私からはここまでとさせていただきます。 後はご自身で取捨選択してください。
お時間いただき、ありがとうございました」
長時間の喋りっぱなしで、やっと一息吐けた美花先輩。 鞄からペットボトルのミルクティーを取り出し、キャップを開けてゴクゴク飲み始めた。
で、そこの女子高生だったスライムは誰が片付けるんだ?
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