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美花先輩の信条

 依頼されては、バッサバッサと一刀両断してきた美花先輩だが、さすがに毎日という訳ではない。

 依頼された小説を読むだけの日だってある。 でないと、どうしても耳に入る隣の席の僕は集中できず、困っていただろう。

 今日はそんな、批評感想の無い日だった。


「すみません、創作の相談は受け付けておりません。 どうしてもという場合は、周囲の部員やグループに参加することをオススメしています」


 いつもの席で依頼されているWeb小説に視線を落としていた美花先輩が、頼りにきた1年の新入部員女子に顔を上げて、そう応えた。 表情は柔らかいのに、有無を言わせぬ圧のようなものを感じる。



 『毎週800字以内の短編を提出する』という課題は、最初は(しぶ)っていた僕を含め、新入部員全員が参加することになった。 意外にも、みんな自主的に。

 理由は昨日の、部長の説得にある。


「短編が苦手な人は苦労するよ〜。 いやマジで」


 まるで同調圧力を1人で生み出そうとしているかの(ごと)く、紫鴉に参加する魅力をこれでもかと繰り返しアピールしていた部長。 ここまでは『受賞するため』への枕詞(まくらことば)にしか聞こえない内容だったのだが……そこからは違った。


「長期の連載作品ってのはね、大抵は『大きな目標がある短編の集まり』なんだよ。 つまり短編のクオリティは、長期連載にも直結するの。

 違いとしては、大きく広げる風呂敷があるか・無いかくらいだね。


 短編は、テーマという広げた風呂敷の世界に、キャラやストーリーや、作者が加えたい要素を詰め込んで、綺麗に纏めた物。

 長期連載はもう1枚、更に大きな風呂敷を広げて、その中でキャラや大筋のストーリー、そして短編を作っていく。 それを最終的に綺麗に纏めなきゃいけないって訳。

 短編と長期連載の明確な違いってそこだよね。 全てを纏めて完結させる短編と、その回のストーリーだけを纏めて大筋はまだまだ続く長期連載。

 だから短編を練習するってのは、完結させる力を身に付ける、ってことでもあるの。


 読者が求めているのは、斬新な・面白い・ゾッとする・泣けてくる・ハラハラする・スッキリする起承転だけじゃない。 結、終わり方や余韻だって、その話しを評価するための重要な決め手になる。

 最後の最後で上手く纏められないと、作品そのものが歪んだ残念な形に終わっちゃう。 盛った要素が入り切らずに、世界観が破綻して風呂敷を突き破っちゃったり、フラグを回収し忘れて外に転がってったりしたら、綺麗に纏められたとは言えないよね。

 長期連載だと尚更だわ。 纏め方が下手な話しが続く事になるし、大風呂敷でなんとか誤魔化そうにも限度がある。 上手な完結の仕方が分からないから、大風呂敷をいつまでもグダグダと引き伸ばし続けて、最後まで読んでもらえないまま読者が離れることだってある。


 だからこそ! 私としては今のうちから短編の練習はしておいた方が、後々のためになると思うんだよね〜」

 「まぁ、持論だけどね」と付け加える部長だったが、実際に短編を避けてきた僕には刺さる話しだった。



 そんな訳で。 時は進み、現在。

 僕と同じく、1年新入部員の女子が意を決したように、美花先輩へ相談しに行っている。 彼女も短編が苦手なのだろうか。

 しかしその内容は、どうやら完成した短編を評価してもらう、といういつものではなかったらしく。


 読んでいたスマホを暗転させ、美花先輩が女子部員と向き合う。 その様子は、お茶中に話し掛けられた貴族学園のお嬢様で。 ……所作がそう錯覚させるのだろう。


 と、その様子を見ていた部長が「いや〜、ごめんね〜」と入ってきた。

「ぴかりんにもマイルールがあるんだよ」

 「マイルール、ですか?」と疑問を返す女子部員に、部長は美花先輩へ目配せした。

 察した美花先輩が引き継ぎ、手を差し伸べて「どうぞ」と席へ(うなが)す。

 女子部員が椅子を引いて座る。


「私は去年に引き続き、紫鴉に掲載する短編の審査も担当します。 なので参加する人の創作に助力してしまうと、平等な審査を出来る自信がありません。 描かれていない描写を勝手に補完してしまったり、審査を甘くしてしまう可能性もあります。

 それ以前として、私は読者です。 読者が作者に過度なアドバイスをするのは、私の信条に反します」


 「信条?」と口から漏らす後輩に、「はい」と美花先輩は頷いた。


「私は、作者の作品を読みたいので。


 私が創作において1番重要だと思っているものは、『その作者にしか(つく)れない作品』です。

 それぞれの人生と同じように、人にはそれぞれ、その人の視点・心情があります。 そしてそれは創作においての、オリジナリティーを生み出す重要な要素にもなります。

 なのに、他人の意見に流されてしまっては、せっかくの個性がブレてしまいます。 言いますよね? 観客に媚びた曲なんてロックじゃねぇ!って、あんな感覚です」


 じゃねぇ!を使い慣れていないようで、言い方が可愛い。

 

「なので私は、いつも『私個人の感想です』と前置きしています。 あくまでも一個人の意見であり、それが正解……とは言っていません」


 言っていない……か、意地悪な人だ。

 しかしそうなると、感想を述べている際にも、よく「私なら」とアドバイスしていのだが……それはまた違うのだろうか?


 美花先輩が暗いスマホの画面を人差し指でなぞる。

「独りで何度も悩み込んで、何度も何度も書き直して……自分は面白いと思うのに評価されない……何か抜けている描写はないか、ストーリー構成は問題ないか……と、ずっと抱え込んだまま誰にも相談出来ない・しても、気を遣われているような距離を感じる。 他人事だからと、当たり障り無く愛想笑いされているように思えて仕方がない。


 私はそんな孤独な作者さんの、少しでも参考になれればと、思ったことを率直に伝えるよう心掛けています。 そして、軽文部外からでも依頼は受け付けています。

 受け取った感想を、どう作品に反映させるのかは、作者次第です」


 流行りもあるのだろうが、依頼者はWebで投稿している人が多かった。 原稿を書いて、印刷して、出版社に郵送するのとは違い、Webサイトによっては1話1話に反応が返ってくる。 何回読まれたのかも、お気に入りに入れてくれた人数も、感想も。

 僕はそれほど気にしてこなかったが、プロ作家を志している人ならどんなに嬉しく、どんなに寂しいことだろう。


 言われてみれば、グループで活動している先輩達のように、誤字脱字も詳しく赤ペンしてくれる執筆仲間がいるのなら、友達でもない女子高生に依頼する理由は無い。 ……まぁ、美花先輩から高評価を貰う!って新たな目標にはなってそうだけど。


「依頼をいただく際にも『何かアドバイスが欲しい』と希望された方にのみ、私なりのアドバイスをさせていただいています。 もちろん、自分で考える余地を残すためにも、なるべく()えて作風も変えて、私好みの展開だけをお伝えしています。

 でなければ、他人の感想に流されてしまう、自分のオリジナルで勝負出来なくなってしまう……のではと、私が不安になるからです。


 しかし、創作の段階から手伝うとなると、それはその作者のオリジナルとは言えなくなってしまいます。

 私も感情移入するかもですし、設定や先の展開を知っていると、読者としての視点では読めなくなってしまいますので。


 普段、感想を述べさせていただいている時もそうですね。 作者が何を伝えたかったのか、何を表現したかったのか。 読んで伝わらなかったものを、私は評価には入れません。

 読後にSNS等で直接質問する方や、考察し合う方々もいらっしゃるのでしょうが、私はそういった事はしていないので。 作者の力量や思惑も、その作品内だけで判断しています。

 アニメは好きだけど、その作者や監督や声優や主題歌の歌手には興味が無い、って感覚ですね。

 伝えたつもりなのに私には伝わっていなかったとしても、それらも含めて私個人の感想です。 好きだと思った理由、苦手だと思った理由を細分化しているに過ぎません。 誤差の範囲です。

 私には分からなかったけど、皆は感動しているから私も……とはなりません。


 なので、創作の初期段階から相談にのる、ということはできません。 例え短編のコツの方の指導であっても、したくありません。

 それこそ、皆さんとの会話の切っ掛けにでも使ってください。 合うグループが無ければ、新入部員同士で助け合うのも良いですね。


 私は読者であって、担当編集者ではありません。 作品が完成したら、感想依頼なら受け付けます」



 女子部員はお辞儀をすると、何処かのグループに加わろうと先輩達の所へ歩いて行った。

 その場に1人残った美花先輩はというと、スマホでの小説読みを再開しながらメモを取っている。 感想を話す時はメモを見ていないので、それまでに丸暗記しているのだろうか。

 どうしてそこまでするんだろう。



 この日は美花先輩の前に依頼者が座ることはなく、僕は部活が終わるまで短編のプロットを練り続けた。

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