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紫鴉

「新入部員、全員集〜合〜!」

 軽文部に入部して早1か月。 この日は珍しく部長から号令が()かり、1年全員と中途部員達が黒板サイズのホワイトボードの前に集合した。 ……座れる椅子が少ないからか、てんでバラバラ。 街頭演説を聞く聴衆みたいに立っている。 

 まだ、あまりここで授業はしていないので忘れそうになるが、この場所は本来PC室なので、前の方にはちゃんと授業で使われるホワイトボードも教卓もある。

 その教卓には、見慣れない黒い薄い本が積まれていた。 なんだあれ?


 と、皆が揃ったのを確認し、部長がホワイトボードに赤のボードマーカーを走らせていく。

 大きく『短編』と。

「さて、今日から皆さんにも、我が校の文化部誌『紫鴉(しう)』と、9月にある文化祭に向けた練習も兼ねまして、毎週短編を書いて提出してもらいます!」

 ざわつく新入部員達。


 それもその筈、部長は部活説明会や勧誘する際には『特にこれと言ったノルマは無いよ! 書くのも集まるのも投稿するのも、君次第!』と言っているのだ。

 あるじゃんノルマ。 しかもよりにもよって僕の苦手な短編とは……!


 しかし、軽いざわつきこそあったものの、抗議の声が上がる事は無く。

 満足気に微笑む部長が、ボードに黒マーカーを走らせる。

「我が校は文化部に力を入れていてね、年3回発行する文化部誌は、各文化部の発表の場でもあるんだよ。 1年生の皆は入学時に貰ってるよね、教科書と一緒に」

 あった。 臙脂(えんじ)色の冊子のやつだ。 あまりこういうのに興味がなかった僕でも、最後まで読めたほど普通に面白かった。

 「学校のホームページで一般の人も買えるから、誰の目にでも止まる可能性がある。 実際、劇団からスカウトされてその道に、なんて演劇部OBもいるよ。

 何より目玉なのは、売り上げ部数次第では活動費にボーナスが追加されるってシステムだね。 掲載されている文化部全てで等分されるからガッポリ儲かる訳じゃないけれど、だからこそ、どこも熱を上げてクオリティを高め合っているよ。

 去年なんか夏休み全部使って、全文化部協力の短編映画を製作してね。 あらすじとURL載せたらめっちゃ再生されてさぁ。 文化祭で5千円分の食券貰って豪遊したわ〜」

 思い出し笑いしてる部長。


 部費としてではなく、文化祭で消費したか。 まぁ、基本PC室で執筆しているだけだし、備品も少ないからな。


 高校(ここ)の文化祭は何度か来たことがある。 多くの出店と本格的な展示物、体育館で行う()し物が印象的だった。 ……そういや毎年何かしらのプロ〇〇が参加するとあって話題になるが、OBだったのか? やけに楽しそうだったのを覚えている。


 ホワイトボードの『短編』から二又の線が降り、『紫鴉』と『秋果(しゅうか)祭』が書き加えられる。 更にそこから、部長は紫鴉の下に詳細を箇条書きしていった。

「紫鴉は、新入部員・2年・3年からそれぞれ2人づつ最優秀作品を決めて、計6作品だけを掲載する。 これは締め切りが厳格に決まってて、守れなかったら『新入部員・掲載無し』とだけ書かれたページになっちゃうから、気を付けてね。

 掲載するのは800字以内の短編小説。 お題は明日の文化部集会で話し合ってくるから、期待してて」

 「秋果祭の方は〜……また今度説明するわ。 あんま変わんないし」と呟くと、部長は教卓に積んである黒色の薄い冊子を、

「ぴかりん!」

「はい」

 いつもの席、タブレットで何かを読んでいた美花先輩へ丸ごと引き継いだ。


 1人1人に冊子を配って回る美花先輩を前に、皆どこか緊張した面持ちだ。 ある男子は背筋がグッと伸び、ある女子は「ありがとうございます……」の笑顔が固い。 その点、1度美花先輩に依頼した新入部員達は平静だった。 さすが致死量の批評を経験してきた者達だ、面構えが違う。


「はい」

 遂に、美花先輩が僕の目の前にまで来た。 癒し系な声、幼さの残る顔立ちと、空気を含んだような髪。 そこに穏やかな所作も加わって、まるでこの人だけ物語の世界から来たかのようなオーラを放っている。

 華よりも花。 パーソナルカラーならイエベ春。 黄色やピンクに輝いてすら見える。

「あっ……りがとうございます」

 差し出された黒い冊子を慌てて受け取ると、手ぶらになった美花先輩は教卓へと戻っていった。 その場で立ち続ける僕は、全身を強張らせていた妙な緊張感から解放され、気をリセットするように小さな溜息を吐く。

 美花先輩と目が合った一瞬で理解したわ。 あぁこれは……緊張するなぁ。

 女子・先輩・ヒロインオーラ、それだけでも僕みたいなのは萎縮するのに。 何より『対面=依頼した時』と考えていたからか、余計に強張った。

 あれだけ隣でバッサバッサと一刀両断されていれば、認識されるのにも覚悟が要るんだよ。 僕だって趣味の範囲とはいえ軽文部員、まだ批評を依頼する予定すらないにしろ、いきなり急接近されると心の準備が……

 いつも勝手に聞き耳立ててるから、尚更……


 部長と交代した美花先輩が教卓に立つ。

「さて。 では部長から引き継ぎまして、ここらかは私が説明します。

 まずお手元の部誌ですが、こちらは『紫鴉』ではありません。 2006年発行の『部誌』だった頃の部誌です」

 黒い表紙を見下ろす。 ホントだ、紫鴉って書かれていない。 てか、ただの黒ですらなく濃い紫とのマーブルだった。 蛍光灯で紫だけキラキラしている。

 そんな表紙を捲ってみると、目次にあった最初に紹介される部活動名は『・野球部』だった。

「この頃はまだ運動部と文化部、共に同じ部誌で紹介されていました。 文化部への力の入れようも今程ではなく、紹介する事項が少なかったのもありますね」

 「では、42ページを開いてください」に従い、ペラペラと進む。


 26……38……41。 あった……これか。

 目に飛び込んできた『紫鴉』の文字。

 その下には『軽文部 1年』とだけ書かれてある。 名前は無い。

 紫鴉は1年が書いた短編小説のタイトルだった。


 周囲からもページを捲る音が止み、美花先輩が続ける。

「ですがこの紫鴉が、生徒間のみならず保護者の間でも話題となり、翌年から文化部だけを纏めた文化部誌が作られたそうです。 そのタイトルに選ばれたのが『紫鴉』でした。


 当時、軽文部は作られたばかりで、作品をWebに投稿する活動を主としていたため、これが始めて部誌に掲載した作品だったそうです。

 最後にはちゃっかりURLも記載していますね。 名前を空白にしているのも意図してでしょうか。

 おかげで、万人に受けたとまでは言えないものの、興味を持った人が誰でも検索して他の作品も容易に読めてしまうため、フォロアーが一気に増えたそうです。 

 様々なジャンルの短編を毎月のように投稿していたので、どれかには刺さったのでしょう。

 Webに投稿する活動というのも目新しく、写真部や映像研究部、演劇部なども続々と真似するようになりました。 今でもそのアカウントは引き継がれています。 私たち軽文部は個人アカウントですので、少し羨ましくもありますね」

 

 言われてみれば軽文部としてのアカウントって無いな。 歴代全員の作品URL一覧なんて、備品のスマホ・タブレットからしか行けないし。

 軽文部内にも様々なグループがあるから、「こんなジャンルとは一緒にされたくない!」って人もいたのかも。


「さて、それでは今日の本題に入りましょうか!」

 開いた部誌を片手に、美花先輩の声色がワントーン明るくなる。 批評感想を述べるいつものように。 嬉しそうに。

 「皆さんにお配りした部誌、その回の軽文部は、ホラーをテーマとした短編を掲載していました。 心霊・都市伝説・学校の怪談などなど。 その中での紫鴉は、まさに異彩だった事でしょう。


 では、今からその『紫鴉』を朗読します。 その後、私の考察も少しだけお話ししますので、どうかご静聴ください」

 開いた部誌を視線の少し下で止め、背筋を伸ばし、深呼吸する。

 そうして、放送部のコンテストみたいな朗読が始まった。



[  紫鴉      軽文部 1年

「さっきそこでカラス死んどった!」

 教室に入って早々、手に鞄を持ったまま、そのクラスメイトは興奮した様子で友人達に混ざっていきました。 どうやら野球部の朝練中、外周をランニングしていると側溝(えんぞろ)に落ちていたのが見えたらしいのです。 ホームルームまでまだ数分あるからと、その6人は慌てて教室を出ていきました。 この時、彼が指差していたのが、私の使っている通学路方面だったのです。

 どうして私は、そこで嫌な気持ちにならなかったのでしょうか……

 曇天の下校時刻。 裏門から車両1台分の道幅へ。 私はなだらかな坂を上りながら、視線は乾いたえんぞろを滑るように。 足早に。

 やめて……

 小学の頃、甘い蜜の花を探していたように。 流した落ち葉を追い駆けるように。 胸を微かに高揚させながら。 

 なんで……

 烏の死体を

「あっ……」

 薄っすらと深紫(こきむらさき)にテカる黒い塊。 成猫(せいびょう)並の大きさで、土に(まみ)れたズタボロのソレが、えんぞろに詰まっていた。

 違う……

 ソレは、農業用の黒ビニールシートだった。 近くにある畑、あそこから風で飛ばされて来たのかな……拍子抜けと失笑に頬が緩む。 意気揚々と案内までして、彼は赤面したのだろうか、彼等なら手を叩いて爆笑していそうだな。

 なんて想像を膨らませながら、私は徒歩で帰宅したのでした。

 ……今でも、あの日を想起しては気が狂いそうになります。

 だって、死体を見たくてワクワクしていたんですよ。 死体に興味を抱いて、死体を探して、死体じゃなくてがっかりしたんです。

 オカシイじゃないですか。 酷いじゃないですか。 気持ち悪いじゃないですか。 金魚が死んだ時だって、あんなに哀しかったのに……

 あんなの私じゃない。 あの日の私はきっと私じゃない、別の誰かだったんです。

 だから私は、死体なんて見たくないんです。              ]



 美花先輩の進行になぞり、僕達も2段組の1ページを読み終えた。

 …………妙な沈黙がこの場を支配する。


 正直に言って、これ怖いか?

 まずホラーというより恐怖をテーマとしたような印象を受けた。 カラスの死体に興味を惹かれる、という自分自身が分からなくなるのも、まぁ言いたい事は理解出来る。

 一般的な感性として、野晒しにされている死体なんて見て楽しいものでもない。 大抵の場合事故だろうから、どこかしら潰れていたり、露出していたり、臭いだって酷い筈。

 しかし、それがカラスともなれば……まぁ、僕だって惹かれたかもしれない。

 カラスの死体は見つからない。 何故なら、カラスは体調を崩したり死期が近づくと、人目につかない場所に隠れる習性があるからだ。 『カラスの死骸は幸運の前兆』だなんて話しまであるくらいに。 ……むしろこっちの方がヤバくないか??

 この話しの主人公も、死体への忌避(きひ)感より希少性という価値に惹かれてしまったにすぎない。 やっぱ怖いとは思えないのだけれど……


 美花先輩が部誌から視線を上げる。

「では、ここからは私個人の感想になります。

 まずこちらの作品、過去の自分の行動を現在の自分が俯瞰(ふかん)している、という形式になっていますね。 実体験を話している風です。 しかしそうなると、『曇天の下校時刻……』『……胸を微かに高揚させながら』のような書き言葉には違和感がありました。

 800という文字数制限のせいでしょうか? ホラー作品のコツとして、状況を明確に描写した方が想像しやすくなって恐怖感が増す、ともあります。 状況を明確に描写しようとして、こうなったのでしょうか?

 にしては、『視線は乾いたえんぞろを滑るように。 足早に。』などが違和感です。 ここは明確に、話し言葉ではなく書き言葉ですよね。 朗読でもないのにこんな話し方をされてしまうと、聞き手は少し冷めてしまいます。

 主人公を語り手として読むにしても、『やめて……』『なんで……』など、過去を振り返っている主人公の気持ちが、余計な所で差し込まれていて。 没入感を阻害しています。 これは本来、致命的なミスです。

 最後に『だから私は、死体なんて見たくないんです。』とありました。 この件以降、死体への忌避感に恐怖心まで増してしまった主人公、として描かれていますね。 『烏の死体』ではなく、です。


 私は、この主人公こそが『読者に憑依しようとしている幽霊』で、この違和感は『憑依を妨害するために作者が書き加えた』のではないかと感じました」


 え?

 読者に憑依? 不穏な単語に理解が追い付かない。 どうしてそこまで飛躍した?


「短編小説の醍醐味は『読者が好きに補完・話を広げられる余地』だと私は思っています。

 話しが短ければ短い程それは顕著(けんちょ)となりますね。 例えば、勇気を出して告白するまでの葛藤やドキドキをメインとし、相手は口元だけの描写で結果は読者に任せて終わり、にしたり。 互いに絶対負けられない理由のあるレースで、勝敗は明かさなかったり。 作者が伝えたい魅力だけをピックアップする手法としても使えます。

 今まで触れてこなかったジャンルへの入り口には、丁度いい短さなんですよねぇ。


 では、紫鴉におけるピックアップしたかった部分とは何処か。 それはやはり『烏の死体』ですよね。

 好奇心から、カラスの死体を見たくて行ってしまったクラスメイト達を見て、主人公も興味を持ってしまいます。 読者にも、それに共感した人はいるのではないでしょうか?

 それがカラスの死体だからといって、死体は死体。 無意識に、不謹慎(ふきんしん)な行いを嬉々としてやっていた自分の二面性に気が付き、後から恐怖した。 ……言われてみればそうですよね。 いくら希少でも、生命に対する侮辱(ぶじょく)といっていい行いなのですから。

 そこからの自己嫌悪と『自分の中に誰かが入り込んでいるのではないか』という恐怖。 一見、多感な思春期あるあるにも思えます。

 ですがオチは『だから私は、死体なんて見たくないんです。』で締められています。 烏とは書かれていませんね。

 私はここで、カラス以外の死体も見たくなくなった、と解釈しました。


 では、もう少し深掘りしてみましょう。

 気になる点は、『からす』の使われ方です。 クラスメイト達は『カラス』。 主人公は『烏』。 タイトルに使われているのは『(からす)』。 どれも同じ意味なのですが、この使い分けは一体何なのでしょう?

 一般的に、皆さん『からす』を文字で書く場合どうしますか? 私はカタカナで書きますね。 漢字を知っている人は『烏』と書くかもしれません。 なんだか漢字で書ける人って、少し羨ましくなります。

 多分なのですが、作中において主人公は平均より優秀な人、という立ち位置なのではないでしょうか? もしくは『想像を膨らませながら』ともあるので、思考を巡らせるタイプなのでしょう。 だから深く考え過ぎてしまったのですね。


 そうなると『死体』にも、少し引っ掛かります。 亡骸や死骸は使わず、死体と統一していますね。

 これは私が感じている印象になりますが、亡骸や死骸って、動物や古びた遺体に使われるイメージなんです。 死んで間もないと死体、白骨化してると亡骸って感覚です。

 『だから私は、死体なんて見たくないんです。』 烏の死体とは書かれていないのは、()えてなのでしょうか。


 続いて、カラスについて深掘りしてみます。

 カラスは頭の良い動物で有名ですね。 だからでしょうか、日本神話では「八咫烏(やたがらす)」として、神武天皇を熊野から大和へ導いた神使として知られています。 また、世界各地の神話や伝承でも、神の使いや太陽の使いとして登場し、知恵や予言を司る存在として崇められてきました。

 そんなカラスの死体を嬉々として見たがっていた主人公は、自分にどのような存在が入り込んだと感じたのでしょう。 死体に惹かれるのは、どんな存在でしょう。

 きっと悪魔にでも取り憑かれたような気分だったのでしょうね。


 そこまでのカラス雑学を知っていたかは分かりません。 が、自分の中に死体を好む悪魔のような何かが取り憑いていると認識している主人公は、その後どうなっていったのでしょうか。 やはり、その何かが出てこないよう、敏感になったでしょうね。

 しかしながら、その悪魔はカラスの死体にだけ反応するのでしょうか、それとも死体なら何でも良いのでしょうか。 親戚や家族が亡くなったら、主人公はどうするのでしょう。

 そも、死体とは何処までを指すのでしょうか。 野晒しのものだけ? グロテスクなものだけ? 極論を言えば、料理だって死体を調理したものですよね。

 『……今でも、あの日を想起しては気が狂いそうになります。』とありましたが、現在の主人公はどういった状態なのでしょう。 主人公の現状は一切描写されていません。

 もし描写していないのが、意図的なのであれば」

 それは、隠している事にもなる。

 手の中で開かれている紫鴉のページが、異様な気持ちの悪い何かに見えてきた。


 食べ物すら受け付けなくなれば、いずれどうなるかなんて言わなくとも分かる。 とは言えだ、美花先輩の言っていた『読者に憑依しようとしている幽霊』というのは見えてこない。

 今のところ、精神を病んだ主人公でしかないが。


 「最後に」と、美花先輩が部誌に視線を向ける。

「私の、紫鴉の解釈はこうです。

 「さっきそこでカラス死んどった!」からの流れで、学校の日常の一場面を読者へと明確に想像させました。 当時、部誌の読者は殆が学生です。 私達と同じですね。 それもこの主人公と同じ高校の生徒となれば、『裏門から車両1台分の道幅』『なだらかな坂』『乾いたえんぞろ』で場所も容易に特定できてしまいます。

 皆さんも、これ以上無いくらい明確に想像できましたよね。 体育の時や運動部の人達がランニングしている、あの道ですから。

 からの、『どうして私は、そこで嫌な気持ちにならなかったのでしょうか……』と読者と同調を始めます。 ここで共感した読者は、その後の視線誘導やワクワクする心境に没入し易くなっていたでしょう。

 そして『土に塗れた黒い塊』からの『黒ビニールシート』で緊張を緩和させ、心に隙を作った所に『……今でも、あの日を想起しては()()()()そうになります。……』と暗示をかけていきます。 途中の『金魚が死んだ時』も大勢へ共感・同調・暗示させるための一押しですね。

 そのまま『あんなの私じゃない。 あの日の私はきっと私じゃない、別の誰かだったんです。』と、自分の中にいる悪魔のような『誰か』を強調しました。 ここまで没入していた読者の中には、『私』の中にもいる悪魔のような誰か、を意識させられた人もいたでしょう。

 それこそが、語り手であった『私』の狙い。 あの日を追体験させて心を揺らし、恐怖を意識させ、もう1人の『私』を作ってそこに取り憑く。 それこそが本来の『解読すると呪われる話し』である紫鴉だった。


 が、そのままでは掲載出来ないので、途中で没入感を薄める為に『やめて……』『なんで……』など、それっぽい読み手の心境がノイズとして書き加えられた。


 というのが、私の解釈です」

 なんかとんでもないワードをぶっ込んでるが、カラスの死体を探す以上に楽しそうな表情の美花先輩には、もう誰も何もツッコめなかった。


 解読すると呪われる話しって言ったよな!? 解説されちゃったよ!

 もちろん、あくまでも美花先輩の解釈であり、軽文部1年が描いた創作物なので、マジ呪物ではないが。

 なんなら1番ビビったわ!


 短編として考察する余地をふんだんに残し、()()()()()()()()()()者だけを呪う(恐怖を植え付ける)作品。 鴉という漢字を使うことで異彩を放っていたのも、思考を巡らせる(考察)を趣味としている読者を釣るためだったのかもしれない。

 これは1人で考察してたら駄目だわ、独りかくれんぼを実行しているようなものだ。

 この作品を理解しようと自ら動き・調べ・紐解いていく過程は、『私』と同調していくための儀式のようなものだ。

 『読者に憑依しようとしている幽霊』と言っていたのも納得がいく。 実際に幽霊が取り憑くという意味ではない。 取り憑くのはトラウマである。


 ……以前、とあるアニメを見ていた時に感じたことなんだけど。 そのアニメでは大人気アイドルが事故で亡くなり、そのアイドルの心臓を移植した女の子が同じ事務所の新人アイドルに。 マネージャーも大人気アイドルの妹もファンもライバルも、ずっと亡くなった大人気アイドルを強く意識していた。

 まるで大人気アイドルに取り憑かれている(執着している)ように。


 強く意識してしまう、それがトラウマでも後悔でも執着でも、いつまでも心に染み付いていて離れない。 それだって、取り憑かれているようなもの、なのではないだろうか?

 この紫鴉は、『私』と同じ思考をした読者に強く意識させる事で、『私』を取り憑かせようとしている。

 そう考えると、なるほど気味が悪い。


 てかそのテーマで書かれているのであれば、解読すると呪われる話しと何処かで分かるようにしてほしいな。 1周目は本気で微妙としか思えなかったじゃん。 ……いやまぁ、『紫鴉〜解読すると呪われる話し〜』とかだとクソダサいけど。


「紫鴉の怖い所は、他の短編より謎解きや考察の余地が多く、紐解く程に気味の悪さが増していく点にあります。 実際、紫鴉の考察ブームは生徒伝手(つて)で他校にまで波及していたと、当時のOBが教えてくれました。 紫鴉というタイトルもなかなか異彩に映ったんだとか。

 1人で考察し、軽くトラウマになった生徒もいたようです。 それから解読すると呪われる話し、だなんて噂され始めたと聞き、驚きました。 その生徒も元々カラスの死体には興味があったようで……反動で自称二重人格系な厨二病っぽくなったとか」


 それは重症だ。


「その後、掲載されていたURLから作者がWeb小説サイトにて投稿していると広まり、ホラー以外の短編にも注目が集まりました。 そこから他の軽文部員の投稿物にも人は流れ、他の文化部もこぞって真似し始めたことで、学校側が校内コンテスト(仮)として作ったのが、文化部部誌である『紫鴉』だったのです。

 皆、やっぱり頑張って作った成果物を見てほしかったんですね。 しかし学生コンテスト等だけでは物足りず、かと言って各々(おのおの)好き勝手にWebサイトへと投稿するのもトラブルになりかねない。 ので、学校側が管理・把握し易いよう紫鴉として(まと)め、掲載という名誉を賭けて評価し合える環境を整えた訳です。


 以降、文化部誌『紫鴉』は新入部員・2年・3年から2名づつ優秀作品を選んで、部の代表として掲載するようになりました。 もちろん、参加するだけでも活動実績となりますので、趣味で書いているだけの人向けイベントと言っても過言ではありません。

 作品を応募するのみならず、選考側に参加することも可能なので、プロ志望の人には良い経験となりますよ。

 詳細は部長から聞いてください。

 では、紫鴉の説明を終わります。 私からは以上です」

 部誌を閉じて一礼し、部長と交代する美花先輩。 そのまま自分の鞄へと直進すると、黒烏龍(ウーロン)茶のペットボトルを取り出して勢い良く飲み始めた。

 部長が週1で提出する短編の、今週のテーマを発表する。

 その後配られた2枚の原稿用紙。 これに書いて提出するらしい。 手書きかぁ……



 夜。

 ベッドに横たわり、暗転したスマホ片手に「ん〜……」と迷う。


 趣味で書いていただけの自己満足。 そんな自分がこういうのに参加するのは、どうにも気が引けて……

 自分ならこうした、自分ならこう書いた。 そんな妄想の詰め合わせで続けてきたのが自分だ。

 知識も経験も無い、知らないことはスマホで検索。 プロになれるなんて思えないから、意欲も薄い。

 となると頭が働かない。 気が乗ったら書いて、それ以外は苦手教科を勉強して過ごしてきた。 プロットすら最近になって取り入れたくらいだ。


「ホラーかぁ……」


 美花先輩は、やっぱ選考に参加するんだろうなぁ……

 楽しそうな顔が脳裏に浮かぶ。


 結局その日は、何のアイデアも思い付かずに、寝落ちしていた。

 一晩寝て気が付いた。 これ絶対、美花先輩のせいでハードル上がってるよな?

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