丘の人々
スゥー… おれ、35歳。ちょっと実家に帰ってみようかなと、思ったんよね。
中国地方、某県某市。
やたらとカーブと坂道の多い高速道路を降りて、名前だけのバイパスを10分程走ったところに、おれの実家、いや、巣穴ともいうべき街がある。
「うぃぃぃぃぃっす!!」
威勢のいい帰宅の一声が玄関にこだまする。だが、おかえりとも、よく帰ってきたねとも言われることはない。
「おい!引きこもり!働いてんのか!」
久しぶりに実家に帰ってきたというのに、これはないだろう…そう思いながら重たい足取りでおれは靴を脱いだ。
ギシ……ギシ……階段を一歩ずつ登っていく。今おれが一人暮らしをしている家は市営のアパートなので、階段を上がるにしても、このような独特な音は出ない。この音を聞いた時に改めて、
(ああ、ここは実家か…)
と実感するわけだ。
階段を上がって2歩進んで、左の扉を開けたところがおれの部屋。昔はよくここで、商品レビュー!!って言ってアイスを食べたりポテチを食べる動画を撮っていたっけ。その様子を収めていたカメラに積もった埃がその時間の流れを物語っている。
「なっつかしいなあ…」
おれはそう呟いて、背負っていたリュックを床に下ろした。
換気ついでに窓を開けて、通りを少し眺めてみた。ああやっぱり少ない、おれが住んでた頃より。昔はもっと、車がひっきりなしに行き交っていたのに。歩道のあちらこちらで近所の人たちが井戸端会議を開いていたはずなのに。今やその面影すらどこか遠くの彼方へ行ったかのようだ。
昔と変わらないものがあるとすれば、部屋が真っ赤になるほど眩しい夕日が差し込んでくることだろうか。だが車も人も、一筋の光を遮るありとあらゆるものがなくなったからか、おれが住んでた時よりか明るい気がする。
「お、そういえば」
思い出した思い出した、今日実家に帰ってきた理由はキレイな夕日を眺めて黄昏ることでも、昔をしのぶことでもない。おれは起き上がって、部屋の隅のクローゼットを開けた…
それじゃあ、まったのぉ!(続く)