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第八節 若者たちの狂詩曲 ①

 朝が来た。

 ベイツ邸の中から朝食の香りが漂う時刻。


 屋敷の居間にある、脚の低い木製の長机には、ヒノワの昔ながらの食事が並べられている。ユリアたちは、心が安らぐ香りを持った植物で編まれた床に座布団を敷き、そこに各々が楽な姿勢で座り、朝食を食べていた。

 使っている食器は、ヒノワやその周辺にある国々でよく使われている箸を使っている。ラウレンティウス、アシュリー、クレイグ、イヴェットの四人にとってはもう使い慣れたものだ。ユリアとアイオーンも練習を経て使えるようになっている。

 テオドルスだけは練習したのではなく、魔術で得た技術だ。ヒルデブラントにもあるスプーンやフォークを使ってもよかったのだが、彼はここの文化をよく知りたいと主張したため、他者の魔力を介して『うまくものを掴めるコツ』を得たのだった。


「──しかし、やはり白米というものは、実に趣き深い食べ物だな……。噛めば噛むほどほのかな甘みが出る。そして、漬物と一緒に食べるとさらに旨さが増す! ほかの料理の邪魔をしない! だからこそ、魚料理や肉料理、『ミソ』なる調味料で作られたスープなどさまざまな料理にも合う──素晴らしいポテンシャルを秘めた食べ物だ……!」


「いきなり食レポを始めるな、早く食え。……残りの朝飯、ユリアに食われるぞ」


 白米の魅力に気づきはじめたテオドルスに注意したアイオーンは、箸の先をユリアに向ける。テオドルスの隣にいる彼女は、テオドルスの前にある皿に乗っている焼き魚を──彼は好き嫌いなく食べているため、すでに身は半分もないが──無言のままじっと見つめていた。獲物を捉えて目を離さない獣のように。

 ちなみに、ユリアの茶碗や皿にはもう何も残っていない。すべて食べ終えていた。


「……ユリアさんよ。まだ台所に残りモンがあるだろうからそんな目ぇ向けんな」


「お腹が空いているなら、台所にいる皆さんに伝えてきましょうか?」


 リチャードとナナオが気を遣ってそう言うと、


「あ、いえ。でしたら、私が直接台所に行ってきます」


 と、ユリアは箸と茶碗を持ち、すっと立ち上がると、足を床に滑らせるように早歩きをして台所へと向かっていった。


「──箸と茶碗、普通に持っていったな」


「まだ食い足りねぇのかよ……。朝だぜ、今」


「白米、何杯食べとった? 三杯?」


「四杯だよ。だから家政婦さんたち、すごいビックリしそう」


 ラウレンティウス、クレイグ、アシュリー、イヴェットが流れるように淡々と言葉を連ねる。

 それから、しばらくの時間が経ち、各々の食事が終わりを迎えてきた頃。ユリアはまだ台所から帰ってきていない。


「……さて、我が弟妹(きょうだい)たちよ。少し聞いてほしいことがある。強くなるためには、継続して鍛錬に打ち込まなければならない。それはもちろんのことだが、それと同時にしっかりと気分転換となる休息をとることも重要だ」


 朝の食事を終えたテオドルスが、茶碗に箸を揃えて置くと、急にそんなことを語りはじめた。


「──というわけで、我が弟妹(きょうだい)たちに頼みたい! 今でもたまに帰っているというこの地を案内してほしい! オレは、この地のことが知りたい!」


 と、テオドルスは、期待に胸を躍らせるキラキラとした顔をしながら要望する。元から観光したかったのではないかと思わしき長い前振りだったが、ひとまずそのことには誰もツッコまずに、彼の希望に添えそうなことを考える。


「……そう言われてもな……。見てのとおり、畑と田んぼばっかの田舎だしよ。やれることといえば、虫取りとか川遊びとか釣りするか、家のなかでテレビ見るかゲームしながらダラダラ過ごすくらいだぜ?」


 そう言ったのはクレイグ。


「この近所にあるカフェが、憩いの場になっているようなところですし……」


 続いてイヴェット。しかし、案内するほどのものではない。


「ほか、なんかあったっけ? このあたり──(やしろ)くらい?」


 アシュリーが首を傾げながらこぼすと、ラウレンティウスが「それくらいだな」と答える。


「一応、それなりに歴史がある社はいくつかある」


「社巡りもいいな! そういえば、社ではなく祠らしいんだが、このあたりには戦鬼の悪霊を祀っているところがあると聞いたんだが──それは、どこにあるんだ?」


「……なにをするつもりだ」


「敬意を持って、元戦士だったという悪霊をどうにか呼び覚まして戦いを──!」


「絶対に教えないからな」


「えっ」


 すべてを言い終わる前に、ラウレンティウスはピシャリと言い放った。


「アホかお前は……」


 アイオーンがジト目を向ける。若者たちがここに来てからしばらくが経ったが、毎日のようにこのようなやりとりをしているため、ナナオとリチャードはもはや慣れていた。


「気分転換することに困ってんなら、この社に行ってきたらどうだ? ちょうど今やってるぞ」


 すると、座布団に座って新聞を読んでいたラウレンティウスたちの祖父リチャードが、脇に置いてあったチラシを若者たちに見せた。

 チラシには『祭り』という文字がある。


「あら──。ここって、最寄り駅から二つ先にある広いお社じゃない。ここのお祭りに行くのだったら、ヒノワの伝統涼着を着て行ってきたらいかが? ヒノワの雰囲気をさらに感じられるわよ」


 そのナナオの言葉に、テオドルスは大きく反応した。彼の後ろについている三つ編みが、赤いリボンとともに大きく揺れはじめる。


「!! ナナオ殿! その伝統涼着とは、社で催される祭りのときに着るという伝統的な衣装のことか!? オレもヒノワの伝統衣装を着て祭りを楽しみたい!」


 そして、子どものように目を輝かせた。


「なら、近くの街にいる私の学生時代の後輩に着付けを頼んでみるわ。その子、今は伝統涼着のレンタル業をしているのよ」


「ナナオ殿の人脈は素晴らしいな! ならば、さっそくその店に行ってみよう! どんな意匠の涼着があるのかも気になる!」


 こうして、若者たちは祭りに繰り出すことが決定した。ほとんどテオドルスの単独で決めたことだったが、誰も反対意見はなかった。



◇◇◇



「おおおっ……! これがヒノワ国の祭りか! 社の境内は神域だと聞いたが、人間たちが賑やかに飲み食いをしてもいいんだな──想像以上の寛容さだ……! ヒルデブラントにも神は複数いるが、これはあり得ない!」


 ヒノワ国の伝統涼着には二種類ある。

 ひとつは、軽やかな綿の反物を身体に巻き、それを帯で締めただけの簡素な衣だ。袖は風をはらむほどに大きく垂れており、歩くたびに足元で布がふわりと揺れる。

 もうひとつは、風通しがよくて動きやすい、上下に分かれた薄手の衣だ。この涼着は、下はゆったりとしたパンツスタイルとなっている。袖は肘のあたりまでの長さで、腰のあたりに固定のための結ぶ紐がある。肩先にはごく小さな切れ目が入っており、その縫い目がこの衣装のワンポイントとなっている。

 どちらの涼着も男女ともに着られるものであり、意匠は華やかなものから落ち着いたものまで幅広くある。


 テオドルスだけが、上下に分かれた走りやすい涼着を選んだ。

 その意匠は、濃藍色を基調としており、さらに墨色、くすんだ生成色、暗い空色といった太さや間隔がさまざまな縞模様だ。落ち着いた色味の涼着から見えるのは、鍛えられて引き締まった男の四肢。しかし、走りやすい衣装であることと好奇心に満ちた彼の笑顔から、やんちゃな少年感が拭えない。このタイプの涼着を選んだのはテオドルスだけだ。


「ヒノワのお(やしろ)で催されるお祭りは、神さまを喜ばせるためでもあるんです。あたしたちが楽しんでいると、神さまは喜んでくれるんですよ」


 そう説明するイヴェットの涼着は、布地が青磁色。模様は、青みのある緑色をした細くて長い花弁と薄紫の小さな花が散りばめられたものだ。帯は生成色。愛らしさと爽やかさを両立している。


「ヒノワの神々は、ヒルデブラントの神々以上に身近で、隣人のような気さくさのある存在なんだな! その大らかさ、気に入った! それで、今日はどういった意味合いの祭りなんだ? ここに祀られている神は、何を司っている?」


「ここに祀られている神は、植物に関連しているんだ。だから、緑が芽吹く季節にこの一年も豊かであるようにという願いが込められた祭りだ」


 テオドルスの質問に答えたラウレンティウスが着る伝統涼着は、黒色の布地に墨色の六つの花弁のような葉を模した──まるで幾何学模様に似た──小さな意匠が入ったものだ。帯は葡萄茶色。模様の色味が布地の色と近いこともあってあまり目立たないが、あえてそうすることで品ある落ち着いた雰囲気を作り出すことができる。そういった奥ゆかしい気品が彼に似合う。

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