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第七節 『獣』と『きょうだい』 ④

「……そうだな……ユリアは自由でいるべきだ。もっと世界を知り、自身が持つ数多の可能性を知り、この世を自由に駆ける姿は、さぞや輝きに満ちていて美しいことだろう──」


 やがて、テオドルスの瞳の奥に薄暗い影が現れる。


「美しいが……──美しいからこそ……オレは、それでも恋焦がれてしまうだろう。やはり、オレでは選べない道だ──」


 そして、テオドルスは酒が入った小さな陶器に目を移し、それに口をつけた。

 しばし静かな時間が流れる。それから、ラウレンティウスがゆっくりと口を開いた。


「……テオドルス。……俺にも、手にしたいと焦がれているものがある──」


「なんだ? それは」


「……今よりももっと強くなるには、どうすればいい? 俺は……平和な時代に生まれてしまった──だから、強くなる方法がわからない。強くなりたいことをユリアに伝えたら、あんたと戦ってみればいいと言われた」


「なるほど……強くなりたい、か……。ならば、言えることはひとつ──君も『死地』を知るべきだ」


 そう口にしたテオドルスは、真剣な眼差しで彼を見つめる。


「ユリアもそう思ったからこそ、オレと戦えと言ったのだろう。そして、ユリアは……自分では君に『死地』を教えるのは無理だと思ったのだろうな──あの子は、かつてオレを『殺さなければならなかった』。それゆえ、家族と認める者に『本物の死』に近いものを見せるのは、無意識にできなくなってしまっているのだろう。稽古をつけることと、『死地』を見せることは違う。ユリアやアイオーンとの稽古のなかでも『死にかけた』ことはあるかもしれないが──オレにとっては、それは『死』のうちに含まれないものだ」


 今から約千年前。ユリアは、国や民を守るために、〈黒きもの〉を体内に取り込んでしまった実の両親とテオドルスを殺さなければならなかった。精神を操られてしまうことで人間らしい心が完全になくなり、『殺戮兵器』となってしまうからだ。そうなれば、当時のユリアやアイオーンでもどうにもできなかった。

 しかし、テオドルスだけはアイオーンの血を飲んでいたためか、精神は操られそうになっても肉体が異形化することはなかった。そして、現代にてユリアが〈黒きもの〉とテオドルスの繋がりを見つけ、それを断ったことにより、彼はここにいる。


「もしも、アイオーンが『器』の身でなければ、こういうことはアイオーンにしてもらったほうがいいのだが──。さて、君はどうしたい? ちなみに、もう判っているとは思うが……オレは、どうしようもない『獣』だぞ」


 何が起こっても自己責任。家族ではあるが、『獣』が猛るかもしれない。それを止められるかはわからない。──そういう忠告だ。


「……教えてくれ。あんたが見た、かつての戦場の光景──『死地』というものを」


 それでもラウレンティウスは怯むことはなかった。その理由は好奇心か。それとも何か譲れない目的があるのか。


「やけに迷いがないな。恐れもしない──。もしや……昔から『死地』を知りたかったのか?」


「……そうかもしれない」


「なるほど……。ああ……そうか。わかったぞ──」


 刹那、テオドルスの顔に歓喜が浮かぶ。そして、目は深い欲望に渦巻いていた。


「ラウレンティウスのなかにもいるようだな? オレのなかに潜むものと似ている……『獣』の存在が」


「……そう、なんだろうな……。でなければ、これは──」


 ラウレンティウスの目が、薄暗いものになる──テオドルスに似た『欲』を抱く目だ。


「ユリアとアイオーンから稽古をつけてもらっているときに、ぼんやりと不思議に思うことがあったんだ。なぜか心が満足せず、疼いたままのときがある──。だが、今なら『それ』が何なのか、はっきりと判る」


 彼にも、『獣』が潜んでいた。


「──今の俺は、あんたを負かしたいと思っている」


「ほう……? それは、ユリアに想いが届かなかった『腹いせ』も含まれているのか?」


「……それもある。けど……それだけじゃない──」


 そして、テオドルスは愉しそうにニヤリと笑った。


「──良いだろう。オレが持てる力を、我が愛しき『弟』に伝授しよう」



◇◇◇



 ヒノワ国に存在する、人型の『器』入っている星霊クリカラ──現在の氏名は、フドウ・トシヒロ──から、面会可能の日時の連絡はまだ来ていない。

 ナナオ曰く、フドウ・トシヒロは怪異対策局の非常勤の顧問という立場であるという。原因が不明瞭な怪異による事件が発生した場合、それを調べるめに奔走することになるらしく、そのせいで時間がかかっているのではないかという。

 リチャードが怪異対策局にいる後輩に連絡をとってみると、ナナオの予想通りに今までに見られなかった怪異が見つかったのだという。


 そういうことのため、いつか来るであろう戦いのためにユリアたちは鍛錬を続けた。

 この日から、テオドルスはラウレンティウスに稽古をつけるようになった。


「──……ふふ。さっきのは、いい動きだったぞ。思わず少し驚いてしまった」


「……そのわりには隙を見せなかったな」


「隙を見せても楽しくはないからな。それに、緊張感があったほうが、君のなかに眠る潜在能力が覚醒するかもしれない──先ほど見せた動きのようにな」


「……さっきのは、俺の力でもなんでもない。武器から伝わる戦闘技能の情報が、こうすればいいと教えてくれただけだ」


「いいや。それは、もはやラウレンティウスの能力といっても差し支えないものだ。その情報を与えるに足る人物であり、そのうえ見事に使いこなしている。ならば、その力は間違いなく君のものだ。──ただ、その技術を得た経緯が少しだけ特殊だったというだけの話だ」


 そして、テオドルスは待ちわびるように口角を上げる。微笑みを作っているように見せかけているが、『獣』の一面が垣間見えている。


「ひとつアドバイスをしよう──謙遜するのではなく、それらをすべて己のものだと誇るがいい。もっと胸を張れ。謙遜というものは、強くなりたいという気持ちの邪魔となる。……ラウレンティウスは、もっと上を目指したいのだろう?」


「──ああ」


(……?)


 離れた場所でふたりの稽古を見ていたユリアは、ふたりに対していつもとは違う『何か』を感じていた。

 雰囲気が昨日と違う。

 明るく稽古しているように見えて、テオドルスの目が『獣』だ。ラウレンティウスがその『幼獣』に見える。

 稽古後、ユリアはテオドルスにそれとなく理由を聞いてみた。が、しかし。


 ──男同士の秘密だ。


 そう言われた。ユリアは、彼の言葉に偽りはないように感じた。

 となれば、ふたりは同性同士ゆえの『繋がり』を見つけたのかもしれない。あの雰囲気は、少し前までにはなかった『精神的な結びつき』を感じる──ユリアは、ひとまず彼らの雰囲気の変化をそのように理由付けた。


 そのしばらくの後。

 まだ稽古の休憩時間が続いている時のこと──。


「クレイグ。君は、ユリアに武術を師事してもらっているようだな? 最近、よくふたりで稽古をしているだろう」


 ひとりで筋トレをしていたクレイグのところに、テオドルスがやってきた。


「おっと──オレは遠慮しておく(・・・・・・)からな? オレはアンタとは戦わない」


「ははっ。まさか、その先の台詞を読まれていたとはな」


「やっぱそうだったのかよ……」


「しかし、なぜ遠慮する? オレが怖いからか?」


「いや。『アンタと戦うのは控えたほうがよさそうだな』って思ったからだよ。ユリアもそう言ってたし」


「? なぜだ?」


「オレは、ユリアの戦闘技術を盗みながら、自分なりの戦いかたを探してる。だから、今のオレと戦ってたら、アンタは『ユリアの戦っている』という錯覚を起こして、テンション上がって殺しにくる可能性があるってユリアは思ってんだよ。『ユリアと戦うことは楽しい』って感覚あんだろ? だから、オレもアンタはそうなるって思ってっから遠慮しとくってワケだよ」


「ほう──なるほど……。たしかに、その可能性は否めないな。ユリアと戦い方が似ていたら、オレはテンションが上がって手加減ができなくなるかもしれない。そうなると、もはや『稽古』ではなくなるな。ということで、しっかりと自分の戦い方を確立してから戦おう」


 テオドルスがさらりと言うと、クレイグはジト目を向けながらため息をつく。


「……なんだってアンタは、そんなにもスリルある戦いが好きなんだか……」


「それはな──子どもの頃に、死にかける経験をしてからなんだ」


「死にかけた……? アンタが?」


「これでも、それが起きる前は可愛らしい普通の男の子だったんだぞ?」


「自分で可愛らしいとか言うな。元から普通だったら、そんなんになってねーだろ」


「はっはっはっ。──ともかく、死にかけたのさ。外を探検しようと、父上や使用人たちの目を盗んで屋敷を飛び出してな」


「ほれ見ろ普通じゃねーじゃねえか! ただのメンドクセーやんちゃ男児だって言うんだよそれは!」


 すかさずクレイグはツッコんだ。すると、テオドルスは面白そうに目を輝かせる。


「前から思っていたが、クレイグはツッコミ上手だな……! もちろん、君の姉であるアシュリーも上手い!」


「そこに感動すんな! ──んで? なんで死にかけたんだよ」


 ツッコミを入れるとまさかの話が脱線してしまった。そのことにクレイグは呆れながら無意識にツッコミを加えるも、なんとか話の軌道を修正する。


「森のなかで、不意打ちで魔物に襲われたのさ。狼に似た大きな魔物だ──いくつもの牙が身体中にめり込んだのさ。痛みは不思議となかったが……地面には、大きな血溜まりができていたな」


 と、まるで昨日のことのようにテオドルスは語った。その声色は、いつになく暗い。クレイグも絶句している。

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