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第七節 『獣』と『きょうだい』 ③

「強敵との戦いは好むのにか」


 そう指摘されると、テオドルスは己を嗤うように口角を上げた。


「それを言われてしまうと、少し困ってしまうな。信じがたいかもしれないが……オレにとっては、『家族』という存在は特別なんだ。たとえ、千年もの時が離れていようとも──もはや、他人のように血が薄まっている姉上の子孫であってもな。それに、ユリアとアイオーンは、君たちのことを『家族』のようだと思っている。だからこそ傷つけたくはない」


 『ときには獣性を抑えることをしない』のだとユリアとアイオーンは言っていた。だが、家族のことになると誠実な一面を見せる。それは、彼の姉であるベレンガリアという作曲家の子孫であることが証明されたラウレンティウスたちに対してもだ。

 テオドルスにとっては、ラウレンティウスたちは千年という年月が離れた親戚のようなものなのだろう。千年も離れていると、もはや『親戚』と呼べるものなのかはわからないが、それでもテオドルスは『自分の家族』だと認識している。それほど彼にとっての『生家』とは特別なもののようだ。


「……安心しろ。もう違う」


 ラウレンティウスから返ってきた言葉を聞いたテオドルスは、少し理解しにくいところがあったのか呆けたような顔をした。


「……ということは……昔は、そうだったんだな……?」


「ああ……」


「告白はしたのか?」


「した、が──礼を言われただけだ」


 もったいない気持ちを、ありがとう。あなたに逢えてよかった。

 それが、彼女からの返答の言葉だった。


「……そうか……」


 その後、しばらくの沈黙があった。が、それを破ったのはラウレンティウスだった。


「……俺では、できないことのほうが多い……。歩んできた人生が違いすぎるばかりか、あんたのようにユリアの傍にいたわけでもない──。だから、俺ができることは……また、あいつが挫けそうになったら支えてやることくらいだ」


「……君は……それだけで満足なのか?」


 やがて、テオドルスは怪訝な顔をする。彼の心について理解できない部分があるようだ。


「──これが、俺の『偽りのない気持ち』だ」


「それが、君の『愛』なのか……? 自分のものにしたいとは思わないのか? 今もそんな目を向けるほどに焦がれているというのに──?」


 そう言ったテオドルスの声色は、まるで『信じられない』というふうなものだった。


「あいつが幸せになれるのなら、それでいい」


 そして、テオドルスはようやく理解する。


「そういうものは……『無償の愛』ではないか──」


 その瞬間、テオドルスは自身の顔から頭にかけて片手を這わせ、そのまま頭を抱えるような姿で俯き、口角を上げた。


「あ、はは……。ふふ──ははは……!」


 その笑い声は、テオドルス自身を卑下するかのような、自己嫌悪の笑いのように感じるものだった。ラウレンティウスを馬鹿にする嗤いではない。

 隣で彼の変化に接していたラウレンティウスは、静かに目を見開いている。


「……ああ……なんだろうな、この気持ちは……」


 やがて、テオドルスはその答えを見つける。


「──そうか……。オレでは至れない……『真逆の道』を歩めるからか……」


 心ここにあらずなテオドルスのひとりごとは続く。


「……そうだな……それは、オレでは出来ない……。だから『悔しい』のか……。……まさか、だな……──」


 そして、テオドルスは顔を上げ、眉を下げながらラウレンティウスに素直な気持ちを吐露した。


「……すまない、ラウレンティウス。自分でも傲慢な思考だとは思うが……オレは、大抵のことは出来るつもりでいたんだ──。王族ではないが、代理として国王と同等の立場にいた。両親からもらったさまざまな知識や会得した技術を応用すれば、おおよそのことはできていた……。だというのに……君が歩もうとする『道』を行くのは……オレでは到底、無理な話だ……」


 ユリアは、ラウレンティウスから告白されて断った。それでも、彼女と彼が繋いだ絆は消えることなく残り続けている。なぜなら、ユリアはラウレンティウスを尊敬し続け、今でも家族として何事もなかったかのように接している。

 テオドルスは、彼女の目を見ていただけでおおよそ判っていた──あれは、何があっても『消えぬ信頼』と『揺るぎない家族への愛』の目だった。ラウレンティウスは、その信頼と愛を受け止めている。

 ふたりのあいだにあるのは、男と女という性別を超えた『魂の契り』だ。恋人、伴侶という枠組みに囚われない、唯一無二の存在。


「……ラウレンティウスとユリアの絆は、もはや『聖域』と称していいものだ──誰も踏み込めないうえ、荒らすこともできない。……そのような美しくも不滅の絆は……オレには作れない──」


 見たことがない絆が、ラウレンティウスとユリアにはある。すべてを自分のものにしたいという欲望があるテオドルスには、そのような『美しい』絆を紡ぐことはできない。

 少し前にユリアは言っていた。ラウレンティウスのことを人として尊敬しており、頼りにしているのだと。心の闇を抱えていたユリアが立ち上がったきっかけが、彼からの告白だった。ラウレンティウスの『愛の告白』と『すべてを知ってもなお消えなかった絆』だったのだ。


「……ユリアが、君を尊敬している理由がわかった。その絆は、お互いが家族であり、尊敬しあい、尊重しあっているからこそ存在しているものなのだろう。だから、オレの心には……君に対する嫉妬があって──いつまでも止まらない……」


 ユリアは、きっと彼の想いを受け取れなかったことに深く申し訳なく思っているはずだ。

 しかし、ラウレンティウスはそれでも良いと受け入れてくれたのだろう。彼には海のように深い懐がある。だからこそ、ふたりの絆はここにある。

 だから、性別を超えた『魂の契り』のような絆を結べた。

 数多ある関係性の枠組みに囚われない、唯一無二の人間──『選ばれる』、『選ばれない』という言葉がある関係性とは、無縁の存在。『枠組みの外』に存在しているのに、誰よりも深く繋がっている。『枠組みの外』に存在しているのなら、もはや勝ち負けの概念はそこにはない。

 枠外にいるからこそ、なにもできない──ラウレンティウスも、テオドルスも。

 ラウレンティウスは、『選ばれること』を望んではいないだろう。しかし、それにも関わらず、誰よりも『選ばれ続ける』存在となっている。テオドルスは、そんなラウレンティウスに嫉妬している。

 やがて、テオドルスは諦念した顔でゆっくりと息をついた。


「……やはり、どうあがいても……『獣』は『獣』か──」


「……変わりたいと思っているのか?」


 ラウレンティウスが意外そうに問いかけると、テオドルスは肩を落としながら小さく笑った。


「はは──。これでもな……『このままでいい』とは思っていないさ」


「意外だな……。常識などどこ吹く風かと思っていたが」


「そう思われていて当然だな」


 そして、テオドルスはふたたび息をついた。今度は短く。


「だが……オレの両親、兄上、ふたりの姉上たち、双子の弟たち、そして妹は、オレが『獣』であることを第一に赦してくれた。それが『テオドルス・マクシミリアン』という家族なのだと受け入れてくれた。アイオーンは『仕方のない友』だと認めてくれた。ユリアは『そんなテオが家族として好き』だと言ってくれた。大切な人たちはみんな、『こんなオレ』を愛してくれた──」


 テオドルスは、まっすぐにラウレンティウスを見る。


「だからオレは、内にいる『獣』と共にあり続けながら、ユリア・ジークリンデを幸せにしたいと思っている。これがオレだ。みんなが『獣』ごと愛してくれたからこそ──オレは、何も手放すつもりはない」


 テオドルスには、明るく楽しげな一面がある。そして恐ろしい一面と、人間らしい負の感情がある。

 しかし、それらを否定せず、そんな己に悔やむこともしない。すべてを抱えて生きる覚悟がある。受け入れてくれた家族たちのために──その愛は、彼への信頼の証があるからこそ。


「なればこそ、オレは──ラウレンティウスとユリア・ジークリンデが紡いだ『不滅の絆』ごと、ユリア・ジークリンデを愛そうではないか……!」


 渦巻く嫉妬心を懸命に抑えながら、テオドルスは宣言した。人間らしい嫉妬を抱く目をラウレンティウスに向けながらも、その堂々とした佇まいは、まるで王のような風格を思わせる。


「……その苛烈で貪欲な想いは……俺には持てない……」


 眩い光を見つめるように、そして、どこか悔しそうにラウレンティウスは目を細めた。軽く唇を噛むと、ラウレンティウスは言葉を紡ぐ。


「──だから……ユリアを泣かせたら、絶対に許さないからな」


「……それでもなお、奪おうとは思わないのか?」


 テオドルスは、やはり少し理解が及ばないように問う。


「あいつは、もっと自由であるべきだ。自由に世界を見て──そのうえで自分の気持ちと未来を選んでほしい」


「自由──自由か……」


 そのようにテオドルスは呟くと、夜空を仰いだ。

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