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第七節 『獣』と『きょうだい』 ①

 それからも、スエガミ家が代々所有し続けている無人島での鍛錬の日は続いた。フドウ・トシヒロとの面会ができる日がいつ来るのか、今もわからない。ならば、鍛錬していたほうが有益であり、時間が経つのも早い。

 その休憩中のこと。


「テオドルス〜」


「? どうしたんだ、アシュリー」


 テオドルスが木の幹にもたれかかってぼんやりとしていると、アシュリーが近づいてきた。


「んや。たまにはテオドルスと雑談しよと思うてな──。ほら。鍛錬中やったらさ、魔術やら戦闘とかのことしか話さんやん」


「おお! 君のほうから雑談に誘ってくれるとは嬉しいな! では、どのような雑談をしようか?」


「んじゃさ、もしもの話してもええ? 地味に気になっとることあんねん。ある意味、わりとデリケートな話やねんけど、アンタの自由すぎる感性やったら別に気にせん気ぃするし」


「ああ、いいぞ。もしもの話を広げるのは面白い」


 と、まるで『デリケート』という言葉の意味を知らないかのようにテオドルスは許可した。アシュリーが言った『自由すぎる感性』はまったく間違いではない。


「んじゃ、質問。……もしも、〈黒きもの〉が引き起こしたアンタらの悲劇が起こらんまま勝ってたら──アンタはユリアと結婚して、入り婿って立場になっとったんかな?」


「そうなっていただろうな。我がラインフェルデン家には家督を継いでいた兄上がいたし、婚約者とも結婚していた。対してヴァルブルク王家には、ユリアしか子どもがいなかった。だから、入り婿になってくれと言われていただろうな 」


「んじゃ、いつかは代理やなくて、正式に国王の立場譲られてたかも? 」


 その問いにテオドルスはやや悩み、「……いや──」と否定する。


「オレではなく、ユリアに譲られていただろうな。あの時代でも、ヒルデブラントやヴァルブルクでは女性でも王となれていた。ユリアは『神の化身』と崇められていたが、オレが国王代理をしているときに、彼女の息苦しい立場を変えようと何度も民に演説を繰り返していた末に──」


 すると、テオドルスの言葉が止まり、やがてフッと微笑む。

 そのことを──真実の出来事を、今さら言う必要はない。この話は、ただの『もしもの話』。雑談だ。

 この時代のユリアやその周辺の歴史は、彼女の伯父であるハインリヒ七世によって変わっている。テオドルス自身が彼女の側近になったことも、国王代理となり彼女と婚約した歴史は消え去っている。

 その歴史となったことに、テオドルスは未練など抱いてはいない。ヴァルブルクの功績は残り、ヒルデブラントは存続し、ラインフェルデンが残したものは確かにある。自分たちの軌跡は、確かに残っているのだから。

 自分たちがいたあの歴史は、無駄ではなかった。それでいい。


「……ともかくオレは、補佐的な立場に収まるだろうさ。まあ、補佐として役に立っていたかはわからないが」


「在位は短くても、国王代理やってたんやから役に立てれるやろ?」


「さて、どうだろうな──。オレは、なんだかんだで異端者だと思われていても仕方がないことをした。なにせ、神として崇められ、さらには信仰対象にもなっていたユリアを妻にすると宣言した男だぞ? その行為は、神を下位の存在に落とすこと──異端の行為だ。ユリアは了承してくれたとはいえ、その観点を考えるとオレの支持率は低いだろうな」


「いや、意外と自己肯定感低いなアンタ!? なんかんやで国民の価値観を少しでも変えれたからこそユリアの婚約者になれたんやろうに──。ユリアとアイオーンからいろいろ話し聞とったら、アンタっていろんなことかなり要領良くできる天才型やと思うけど」


「『技術面の上達の早さ』には自信があるさ。だが、国というものは、それだけでうまくいくものではない。目の前にいる数人だけならまだしも、不特定多数の人間、さらには違う社会を持つ星霊ともうまくやらねばならない。……正直、いろいろな意味で肩が凝る立場だ」


 と、テオドルスは息をつきながら最後の言葉を言う。


「──オレが国王代理をうまくやれた理由は、アイオーンから力を貰っていたことと、民や重鎮たちが国王代理は『獣』であるということを知っていたからかな」


 そして、最後になにやら不穏な言葉をこぼした。


「……まあ、アンタは遠征して領地広げる『戦争屋』してるほうが性に合っとるんやろな……」


 アシュリーは、あえてそのことに対するツッコミは入れなかった。


「そうだな……」


 肩を落としながらテオドルスは微笑む。自身でもどうしょうもない性格だと思っているかのように。


「──それでも、ヴァルブルク王国は領土拡大など必要としていなかった。人間と星霊が共存することを掲げて生まれた国だからな。もしも、〈黒きもの〉との戦いが何事もなく終わっていれば、ヒルデブラントや諸外国からは平和と勝利の象徴として庇護下に置かれていたことだろう」


「……この時代に残っとる歴史やと、星霊が完全におらんくなったヴァルブルクは、ヒルデブラントや諸外国から保護を受けて、少しずつ衰退していったらしいけどな」


「ああ。それでいい──人間だけの国となり、穏やかに役目を終えて消えていけたことは一番いい最期だ。もしも、その時にまでヴァルブルク王家が残っていれば、ヴァルブルク家はかつてのように辺境伯という立場に戻っていたかもしれないな……」


「……平和になったヴァルブルクにおったら、アンタ……退屈しそうやな」


 すると、アシュリーはテオドルスが少しだけ暗い感情を持ったことに気がつき、話題の方向を変えた。もしもの話しをしているうちに、『どうしてそうならなかったのだろう』という思いが生まれてしまったのかもしれない。


「──まあ、実際にそうなっていたら退屈で仕方がなかっただろうな。だから、何の理由もなく遠征していたかもしれない。強い魔物か生き残りの星霊がいるところにな 」


「サラリと言いよったな……。その場合、アンタはユリアの旦那になっとるってのに」


「オレは、そのくらいしかできないからな。ユリアになんとか許可をもらって遠征に行っていたことだろう──もちろん、お土産は必ず持って帰るぞ」


「いや。なんかそのへんのモン持って帰るんやなくて、街でなんか買って帰りぃや。宝石とかさ」


「宝石よりも、魔物肉のほうがユリアは喜びそうじゃないか? ユリアは食べることが大好きだからな」


「それ言われたら否定できひんの悲しいわぁ」


 そう言いながら笑ったあと、別の問いをアシュリーは言う。


「──ってか、アンタは内政とか興味ないん? 国王代理やっとったけど」


「内政が大事なことなのは理解しているが、楽しくはないし面白いとも感じなかったな。オレがその立場に就いていた理由は、シルウェステル様とカタリナ様から頼まれたからこそだ。……王という立場は、想像以上に精神が削がれるんだ。忙しかったがゆえに、オレの中にいる獣も妙に大人しかったのを覚えている──シルウェステル様とカタリナ様の凄さを身を持って実感したさ」


 と、テオドルスは息をつく。そう言いながらも、ユリアやアイオーンに一言も弱音を吐くことがなかったと彼女たちは言っていた。このことから、彼の精神力も尋常ではないと判る。

 それにくわえて、かつての時代に、〈黒きもの〉に肉体と精神の主導権を奪われそうになっても、『このまま完全に〈黒きもの〉に捕らわれれば、己は殺戮兵器と化すはずだ。もう生きては戻れない。ならば、己は死ぬべきだ』と死を受け入れ──テオドルス曰く、自分の死は恐ろしいとは感じないらしい──ユリアに己を殺すよう願った。そのことからも彼の精神力は『普通』を遥かに凌駕している。


「なんやかんやで経験者やから、言葉に重みあんな……。けど、やからって政治をユリアに任せて遠征行こうとすな。ユリアが一番精神削がれとるやろ」


「もちろん、ユリアの夫として妻に何かがあったら必ずその者を粛清するさ。そこは当然だ」


「いや、せやから戸惑いなく言わんとってやそういうこと……」


「頑張ってくれている妻には、ありったけの愛を捧げるさ。夫としての義務感じゃない──オレの本心だ。捧げたいから捧げるんだ」


「さっきのセリフと温度差ありすぎて自律神経おかしくなりそうやねんけど……。──んじゃあさ、ユリアと逢うてなかったら、テオドルスはどないな人生になっとったと思う?」


 アシュリーがそれを聞くと、テオドルスはなぜか自信満々にフッと笑った。


「自慢ではないが──生家の立場上、オレはいつかはユリアと必ず出逢うことになっていただろう。ヴァルブルク王家とラインフェルデン伯爵家には、ヴァルブルク家が辺境伯という立場だったころから深い繋がりがあるからな。だからこそオレは、必ず頑張っているユリアの姿を目にし、どんな状況であってもユリアの傍にいられるように手を尽くしていたはずだ」


「なんかヤバいことサラッと言うやん……。──じゃあさ……アンタ的には、どこが人生の分岐点やったんよ……?」


「人生の分岐点……か──」


 その時、テオドルスの顔つきがいつになく真面目なものとなり、まとう雰囲気が少しずつ薄暗くなっていった。


「……オレの心の中に『獣』がいると自覚して、それを両親に伝えたとき──だろうな……」


「アンタの性質を、両親に伝えたとき……?」


 明らかな雰囲気の落差に、アシュリーは慎重になった。

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