第六節 ある日の小奏鳴曲 ③
「それでも、あなたのそういう精神に影響されて、勇気を持つ人が出てくるかもしれない。あなたが作った道を辿ろうとする人だって現れるかもしれないわ。無駄なことには、きっとならないと思う。それに、私もそういった体質ゆえの差別はなくなってほしいと思う──だから、よければ私も手伝うわよ」
ユリアが名乗り出ると、クレイグは不審に思う気持ちがだだ漏れしたジト目を向けた。
「えー……。なんか、逆に悪目立ちしそうで怖ぇな……。こういう『復讐』は、じっくり時間をかけてするもんなんだが……」
「あなた、私がなにをすると思っているのよ」
「差別するヤツらを武力で制圧すんだろ?」
「しないわよ! いつの時代の人間よ!? 私が逆に逮捕されるじゃない!」
「だって、テオドルスでも絞め上げんじゃんよ」
「それはテオがテオだからよ」
ユリアは不貞腐れたように目線をそらす。
その様子にクレイグは口角を上げた。
「──つーかさ……ハタから見りゃ、オレは厄介な人間だよなぁ……。魔術師社会に『復讐』なんざ……魔道庁の職員、失格だ」
と、突如としてクレイグはニヤリと不敵に笑ってそんなことを言い始めた。と思いきや、スッと表情を変えて自身を顧みる。
『厄介な人間』って、テオと似たようなことを言うわね。千年経っても先祖が同じなら似るものなのかしら──と、ユリアは彼の言葉を聞いて思った。
「……私だって、いろいろと『失格』よ。先日のヴァルブルクでの戦いだって、怒りの感情だけで戦っていたようなものだもの……。怒りに身を任せていただけで──そこに世界を守るためだとか、英雄みたいな……〈預言の子〉と呼ばれていた人間なのに、高尚な意思なんて何もなかったわ……」
「なんだかんだいっても、オレらは『人間』だからな。それでいいんだと思うぜ。……そんなオレらに、かつて世界を闇に覆った〈黒きもの〉の問題が託されたってわけなんだが──」
そして、クレイグはユリアと向き合う。
「〈黒きもの〉との戦い……オレらはどうすりゃ勝てるんだろうな……。〈黒きもの〉がどんな強さを持っているのかすら、まだわかんねぇけど」
「やっぱり、あなたも不安に思っているのね……。イヴェットがそう言ったときは、誰もあの子に同調しなかったけれど──」
「同調したら、たぶんイヴェットの不安がもっと深くなっちまうからな。あえて言わなかったんだろうぜ。姉貴やラウレンティウスも」
と、クレイグは肩をすくめて頭を掻く。
「──だってよ……これでも、十日前までは普通の現代人だったんだぜ? 気にしねぇのが無理って話だ。さすがのラウレンティウスだって澄ました顔してっけど、内心じゃ不安だろうさ。姉貴は……不安と好奇心と謎の脳天気から来る自信がごちゃごちゃしてんだろうな」
「不安よね……大なり小なり……」
事実をしっかりと受け止めているようで、現代に生まれた四人は不安にかられている。ユリアは目線を下に向け、黙り込んだ。
(──それでも、四人は私たちと一緒に立ち向かうことを選んでくれた……)
怖いはずなのに。それでも──だからこそ、彼らの可能性と勇気を信じたいと思う。
「……クレイグ。あなたが光陰から貰ったものは短い双剣でしょう? だったら、私がなにか教えられるかもしれないわ。私の武器は、クレイグが貰ったような短剣ではなくて、そのうえ我流だけれど──私も、同じ武器をふたつ持って戦うのが得意だわ。それでもいいなら鍛錬に付き合うわよ」
「だったら……とりあえずは、アンタの技術を盗むとするかね──。そこからオレができることを探していく」
「……あなたって、サラッとそういうこと言うわよね」
不安を言ったかと思えば、なかなか難しいことを簡単に言うことに、ユリアは少し呆けていた。
「ごちゃごちゃ考え続けて何もしないでいるよりは、わかる範囲でなんか動いてみようと思っちまうんだよ。不安が出てくる理由は、『何もわからないから』だ──だから、なるべく不安を生み出さないためにも、まずは動く。それを知ろうと思い続ける。だから、できることからやっていく」
冷静な判断だ。彼のこういうところはすごいと感じる。
ならば、自分はそんな彼に何ができるだろうか。クレイグの戦い方──冷静、しかし柔軟。力には少し不安があるかもだが、根性がある。頭の回転が早い。人をよく見ている。
だからこそ、こういった戦い方ができるかもしれない──。
「……あなたにも、双剣だけに縛られない戦い方ができるかもしれないわね。『ジョーカー』や『手品師』みたいな戦い方を目指してみるのはどう?」
「……? どんなのだよ……それ……」
「鍛錬をしているときに、私がその戦い方を披露するわ。だから、それを見て技術を奪ってみて。──ね?」
すると、ユリアは突如としてやる気に満ちた笑顔を向けた。
「うっわ」
嫌な予感がしたクレイグは、思わず驚きと引いた気持ちが入れ混じった声を小さくこぼす。
◇◇◇
次の日の朝。ユリアたちは屋敷から近い港町に向かい、そこから船を使ってスエガミ家が所有する無人島に向かった。船を操作してくれたのは、無人島を管理してくれている雇われた管理人だ。その船もスエガミ家が持っているものだという。
長い歴史を持つ家柄とはいえ、なぜ無人島を所有しているのか──それは、スエガミ家は代々、魔力生成力が高い体質を持ち、そのことから怪異対策局に就職する者が多かったのだという。
ヒルデブラント王国の警察組織のひとつである魔道庁と同じく、怪異対策局に務めるためにも魔術や武術といった技能が必要となる。なので、何代か前のスエガミ家当主は、心身を鍛えるために思いきって修行できる場所として無人島を買ったらしい。そんな資産があることにも驚きだが──。
ともあれ、ナナオやその兄弟たちも怪異対策局に勤務する前は、ここで修行を積んだという。
ラウレンティウス、アシュリー、クレイグ、イヴェットの四人も、小さい頃はここでナナオとリチャードから鍛錬を受けていたようだ。彼らによると、数日分の水や食料を持って無人島で寝泊まりしたこともあるらしい。そのための小さな家屋に、必要最低限の家電製品やそれを動かすための発電機があるという。
「ナナオ殿がおっしゃっていたとおり、この地には魔孔があるおかげで、ベイツ邸がある地域と比べると少し魔力濃度が高いようだな──」
島に降り立ったテオドルスの手には、ローヴァイン家の屋敷の屋根裏部屋に保管されていた由緒ある遺物──彼が国王代理となった時に、彼の家族が特注で作ったという気品ある長い片手剣がある。
「だからこそ、何代か前のスエガミ家の当主は、修行地とするためにこの無人島を買ったらしいぜ。……つーか、修行目的で無人島を所有してるって、どんな一族だってかんじだな……。オレらのばあちゃんの実家だけどよ……」
テオドルスの言葉にクレイグが補足すると、彼は流れるように自分が属する一族に対してのツッコミをした。
「そのうえ、子どもを無人島で修行させていたとは──スエガミ家の一族くらいだろうな……」
そのツッコミに共鳴したアイオーンは、遠い目をしながら指摘する。
「ナナオさんとリチャードさん、現代人なのに感覚が武人そのものよね……」
ユリアがそう呟くと、
「約千年前の英雄や星霊から稽古つけてもろてんのも絶対ウチらくらいやわ」
「そんな人間がたくさんいてたまるかよ」
と、アシュリーとクレイグの姉弟がツッコんだ。
それから船は、船着き場に到着した。荷物を持って無人島に降り立ち、修行ができる広い平地目指す。
「──……うあー……。おばあちゃんの言うとおり、想像以上に草ボーボーだぁ……」
目的地についた途端、イヴェットはあまりの自然の豊かさに──背の高い雑草ばかりで鬱陶しいだけの風景に──落胆した。
ナナオやリチャードも年をとったうえ、そのふたりの子どもであるラウレンティウスたちの父や母はヒルデブラント王国に移住している。
そのため、最近はまったくその無人島を利用していなかったことから、業者による清掃も頼んではいなかったという。ここを修行地として活用するためには、まずは整地という名の草刈りだ。
「ふっふっふ──意外とそこまで気が滅入ることじゃないぞ、イヴェット。オレたちが魔術で草刈りをすれば、すぐに終わるはずだ」
すると、人差し指と親指を立ててその側面に顎を乗せるポーズをとったテオドルスが自信満々に言った。
「そうね。これほどの魔力があれば、草刈りは楽に終わると思うわ。──アイオーンも手伝って」
「ああ──この状態だと、さすがにそうしたほうがいいな。しばらく時間をくれ」
そして、テオドルスとユリアとアイオーンは魔術による草刈りを始めた。
大気中の魔力が、彼女たちの支配下に置かれ──波紋のように地中へと影響を広げる。すると、地面に深く根を張る植物たちが、まるで自分の足を上げるかのように地面から根を見せ、空高くに浮かんだ。そして、一気に焼却され、灰や燃えカスは地に降ろされる。それらは次に生えてくる植物の養分となってくれるだろう。
ユリアたちはその順序を繰り返し、雑草のせいで姿を隠されていた地をどんどん開放していく。
「──ユリア。少しだけ話がしたいことがあるんだが、いいか?」
その最中に、テオドルスはユリアに小さな声で話しかけた。周囲には誰もいない。
「何かあった?」
「いや。そういう話じゃない。……ただ、君は……ラウレンティウスのことを、どのような男だと思っているのかなと思っただけだ」
こんな作業中に色事めいた内容を聞いてくるとは。
いや、こんなときだからこそなのだろう。今は周囲には誰もいない。アイオーンは離れた場所を掃除している。だからこそ近づいて小さな声で聞いてきたのだ。ユリアが本音で話してくれることを、彼が求めているからこそ──。
「尊敬している人よ。私の背中を押してくれて、長年抱えていた恐怖から『解放』してくれた……。私がもう一度立ち上がるためのきっかけをくれた──。だから私は、彼のことを恩人だとも思っているわ」
「そうか……。君にとっては『英雄』のような男なんだな」
と、テオドルスは感慨深く言葉を紡ぐ。
「どうしてそんなことを聞いてくるの?」
「……ラウレンティウスが、君に関心があるような目で見ていた気がするんだ。ユリアが舞っているときに、彼はどこか熱い目線で君を見ていたからな……。それがちょっと気になっただけだ」
どことなくユリアの反応を伺うような言葉を彼は言う。




