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第六節 ある日の小奏鳴曲 ②

 やがて、ふたりは目的地に到着した。自転車を降りて向かった先は、鬱蒼とした小高い山の麓。そこにポツンとある、石でできた小さな祠に近づく。


「……意外と綺麗に掃除されているのね」


 苔はいたるところに生えているが、ゴミはひとつも落ちていない。昔から大切にされてきていると伝わってくる祠だとユリアは感じた。そして、感覚を研ぎ澄ましていると、ここでもラウレンティウスと共に行った社で感じたように、ぼんやりとしていながらも温かな魔力の気配を感じる。


「ちゃんと祀んねぇとヤバいことが起こるって、昔から言われてっからな──。でも、祠を作って祀ってから、このあたりに住む人たちにとって良いことが連続して起こったらしくてよ。んで、その福を呼んだのは、この祠に祀られた存在のおかげだって誰かが言い出してさ。いつの間にか、今ではこの村の守り神的な存在のひとつになってんだぜ?」


「ヒノワの信仰って、やっぱり独特よね……。恐ろしい人間や星霊の魂でも、とりあえず祀って鎮めようとするし。いつの間にかそれが神になっているし……」


 不思議な感覚に首を傾げながらも、ユリアはひとまず祠の前で拝むことにした。


「そうやって不思議がるわりには、普通に拝むよな」


「ここの文化だもの。それに、ヒノワの血を引くあなたたちと一緒に長く暮らしていたから、異国人として不思議に思う反面、ヒノワ人の感覚がなんとなく理解できるというか──。だから、社や祠には何かがあると感じるわ。ただの第六感でそう感じることのほかに、魔術じみたものもあるけれど」


「……? 魔術じみたもの?」


 クレイグは訝しむ。


「ヒノワの社に行くと、いつもあるのよ……。まさか、こんな小さな祠にもあるとは思わなかったわ……。これは、いったい何なのかしらね……」


 そう呟きながらユリアはその原因を考える。

 ヒノワとヒルデブラントの違い。今のヒノワにもあるもの。ほかの国にはないもの──。


「……もしかして──ヒノワという国自体が特殊だからなの……? 世界で唯一、魔物ではない『怪異』という存在がいる国……だから、この『ぼんやりとしたもの』の正体は、魔術じみたもの──」


「はっきりしねぇ言い方だな……」


 と、クレイグは、何が何だかわからないというふうに息をつく。


「私でもわかりにくいほどに『弱いもの』なのよ……。こんなもの、ヒノワの社以外では感じたことがないし……。──クレイグもやってみて。光陰から力を貰った今のあなたなら、なんとなく区別がつくと思うわ。いつも以上に感覚を研ぎ澄まして、魔力を感知してみてくれる? 大気中の魔力と、私が言う『ぼんやりとしたもの』の違いがわかるはずだから」


「ん〜……?」


 そんなもん判るのかよ? と言いたげな声を出しながらも、クレイグは試してみた。しばらくしてから、彼の目が不可解なものを見つけたかのように少しずつ細くなっていく。


「……祠の周りに、薄い……膜──? 靄っぽい、って言えばいいのか……?」


「そう、それよ。ヒノワの社に行くと、いつも『靄や霧のような、霞がかったもの』を感じていたの──それが、ここにもあるわ。かなり小さい祠だから、それの規模は小さいけれどね」


「デカい社だと、その規模もデカいのか?」


「ええ。それでも、すごく薄いものよ。けれど、悪いものではないわ。──その正体がなんとなくわかったのよ」


「なんなんだよ? これ」


「魔術になりきれていない、不完全な魔術。人の『想い』が十分に込められているからこそ、なんとか存在できている──『魔術もどき』ともいえるような魔力の塊よ」


「『魔術』と『大気中にある、ただの魔力』の中間にあるものってことか? ……ヒノワには魔孔がいくつもあるおかげで、ほかの国と比べると魔力濃度が高めだって聞くけど……こんなのができるのか……」


 星の内部から生まれる魔力は、魔孔というところから噴出される。その魔孔は、地殻変動や地震の影響で増減している可能性があると研究者の間では言われている。

 ヒノワ国は、遥か昔から大きな地震がよく発生する国だ。それゆえに魔孔が多くあるのではないかという説がある。


「そうね。それに、ヒノワの歴史はとても長くて、神々の存在も古代からあったでしょう? そして、ヒノワには今でも社や祠が国中にたくさんある。それも長い歴史を持ったものばかり──。古い時代から社や祠という場所は、人々の想いがたくさんあるところであり、想いが乗った魔力が生まれるところでもあった。そんな魔力が長年生み出され続けて、積み重なっていき、その結果、結界のようなものを生成して今でも維持されているのだと思うわ」


「……あー……なんとなく、言いたいことがわかった──。魔力には、強い感情が乗ると力を増幅させるという性質がある。そのことから、魔力とは人の感情に左右されるものとも言える。だから、『この地を守ってください』とか『世界が平和であってほしい』とかいう想いが長年積み重なって、『魔術もどき』になってんのか」


「ええ。たとえ『魔術もどき』であっても、それができるのは体内に魔力を生成できる魔術師のみ──ヒノワ人のほとんどが『無自覚な魔術師』だから、その想いが大気中に漂う魔力に力を与えて、魔術のようなものをつくりあげているんだと思うわ。今の時代の人々も、ヒノワの文化を守るがゆえにその『魔術もどき』を作って、それを維持しているの」


「……それなら、アンタが神の化身として崇められていたときも……『その想い』が力になってたりしてたのかね──?」


 ユリアの考察から、過去の彼女の強さの一因を指摘する。この小さな祠の現象から、己の過去の強さを考察されるとは。ユリアは思わずポカンとし、やがて複雑そうに息をついた。


「……その可能性は、高いと思うわ。……生まれる前から神の化身として扱われていたから、その信仰心にどれほどの力があったのか実感できなかったけれど──。神々への信仰が篤い時代だったからこそ、魔力の特性である『想いによる力の増幅』はあったと思うわ。きっと、その時代のヒルデブラントやヴァルブルクにも、ヒノワの社や祠にあるような『魔術もどき』があったと思うわ」


「……それを見越して、アンタの両親は娘を『神』にすることを受け入れたのかね──そうなりゃ、力を増幅できるかもしれねえから……」


 クレイグはさらに追求する。遠慮のない彼だからこそ、このような言葉が言える。ユリアは、それを嫌がることなく考えた。それは乗り越えるべきものであり、もはや『遠い過去』のことだからだ。


「……どうなのかしらね、実際のところは──」


 それでも、ユリアの声色が薄暗くなる。


「もしも、そうだったら──……なんだかなって、感じだな……」


 そう言ったあとに、クレイグは「やるせないな」という言葉をこぼす。

 信仰されていたからこそ、その想いを受けて力を強化されていた。両親はそうなることを理解して、荒れた世を暁に導く英雄として、能力を強化するために、娘を神の化身とすることを受け入れたのか──。


「それでも、私は……そのことを受け入れたわ……」


 そう口にした彼女だが、その顔には、一言では言い表せない複雑な感情が込められていた。


「……それなのに、ね……。──人間という生き物は、複雑で面倒くさいわね……いろいろと……」


「……アンタが抱えてる『怒り』は──人間として正当なものだとオレは思うけどな」


 ユリアは何がどう面倒くさいのかをはっきりとは言っていない。というのに、クレイグはユリアが抱える感情を『怒り』と断定した。そのことに彼女は否定しなかった。

 クレイグとユリアは『似ている』。

 クレイグは、差別──個としての尊厳を踏みにじられた。

 ユリアは、信仰対象──個を見せられる人生ではなかった。周囲から向けられる信仰心に怯え、個を殺さなければならなかった。

 境遇は違っていても、そういった心の痛点が共鳴している。だから、ユリアはクレイグに本音を臆することなく言えたのだった。


「それでも……私は──これから起こるであろう〈黒きもの〉との戦いを、『果たせなかった使命の延長線上』にあるものだと思ってしまっている……。ヴァルブルク王国は、もう()いのに……」


「それでも良いと思うぜ? 消えない感情があるってのは、そんな珍しいことでもないだろ。オレだって、昔から受けてる差別に対する『復讐』を魔術師社会に向けてるしよ。……『復讐』っつか、『煽り』みたいなのしかできてねえけどさ……。でも──許せないなら、許さなくていいと思うんだ。『許せないからこその行動』に出たっていい──それゆえの『因果応報』を受け止める覚悟があるんだったらな」


 彼は、冷静にその言葉を紡ぐ。

 なぜ彼はいつも冷静なのだろうか。おそらくは、怒りがあまりにも深いがゆえに、閉じ込めているのだろう。

 だから、彼はいつも淡々としている。彼は同情しない。哀れまない。否定もしない。矯正しようともしない。何事にも誰に対しても距離感は近くないが、だからといって遠くはない。そのほどよい距離感が、ユリアにとって居心地の良いものだった。


「……そう言ってくれるあなただからこそ、なんだか一緒に居やすいのかしらね……。抱える負の感情が似ているからか……」


「んなこと、アンタに激重感情向けてるテオドルスの前では言わんでくれよ……。アイツから睨まれながら日常を過ごさなきゃいけなくなっちまう」


「その時は、私が徹底的にテオを絞め上げるから安心してちょうだい。必ずクレイグの安全を確保するわ」


「一番ヤベーのアンタかよ」


「私は、なにがあってもあなたたちを守るつもりでいるわ。──家族だもの。当然じゃない」


「クソ重ぇ感情向けてくんな。『兄を名乗る不審者』だけで手一杯だっつの」


 紡がれた言葉から垣間見える感情の重さとは裏腹に、言葉の交わし合いはずいぶんと軽やかだ。互いを知るがゆえに、手慣れた手つきで球の投げ合いをするがごとく。

 その後、ユリアは「ふふっ」と小さく笑う。


(──ひとまず、私は……『私』のままであっていいのよね……)


 『強く』なかったからこそ、使命を果たせなかった。立ち上がることができなかった。

 だが、それでいい──その心持ちでいいと認めてくれる者がいる。だからこそ、そのことを受け入れられて、前に進めるのだろう。


「……なんとなく思うのだけど、クレイグはヒノワ国にいたほうがストレスなく過ごせるでしょうね」


 そして、ユリアはずっと思っていたことを口にした。


「そりゃあな……。鬱陶しい魔術師社会なんざ、ここにはねぇし。それに、両親やおじさんにおばさん、じいちゃんやばあちゃんは、オレらがヒノワでも暮らせるようにヒノワの名前をくれて、ここの文化に馴染む時間もくれた──。今からこっちに引っ越そうと思っても、言葉がわからねえとか文化に馴染めねえとかの問題もなく普通に住めるだろうさ」


 すると、クレイグは言葉を止めた。何かを考えている。ややあってから、正直な気持ちをさらけ出す。


「……けど、オレは……やっぱり『復讐』を成し遂げたい。だから、今でもヒルデブラントにいるんだ。元〈持たざる者〉だからこそ──。……つっても、オレひとりで出来ることなんざ、たかが知れてるんだけどな」

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