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第五節 花の聲 ④

「なぁなぁ。風呼びの舞ってさ、舞いながら魔術で風を少しずつ強めるんやったよな? ユリア、いまだに緊張してる顔やけどいけるんか?」


 アシュリーがそのことを指摘すると、イヴェットもユリアの顔に着目した。


「……ほんとだ……まだ緊張してますって顔してる……」


「アシュリーとイヴェットも、やはりそう見えるか?」


 テオドルスも気づいていたようだ。クレイグ、ラウレンティウス、アイオーンも、声には出さなかったが彼女が抱える緊張に気づいている。


「はい……。なんだか目が不安そうで──。緊張のせいで力加減を間違えないかなって、ちょっと不安になりますね……。風を起こすのは、花びらがあるところだけでいいんだけど……」


「そうなったら確実に違う意味で『記憶に残る舞手』になるやろなぁ。暴風警報出したって」


 イヴェットの不安をアシュリーが茶化すと、テオドルスは盛大に笑った。


「あっはっはっ! 今のユリアならやりかねないだろうな!」


 アイオーンとラウレンティウスは、三人の会話に肯定しなかったが否定もしなかった。ただ何事もなく無事で終わってほしいといったような顔で──面倒事が起きませんようにといった祈る顔のようにも見える──鈴を鳴らすユリアを見つめていた。


「……誰かユリアのこと信じてやれよ」


 さすがに可哀想になったのか、クレイグだけはツッコんだ。

 しかし、それは杞憂に終わる。

 鈴の音色を響き渡らせると、たくさんの小さな鈴がついたものの柄を帯に差して仕舞う。その後、ユリアは純白の扇を風のように動かし、彼女自身も風になったのように舞台を動きながら優雅に舞いはじめた。

 風は少しずつ強まっていく。自然な風ではなく、ユリアの魔術だ。風にあおられた花びらが、木から離れて宙を舞っていく。

 やがて、上空には花びらの色に染まっていった。


「おお~……。もしや……そろそろか?」


 テオドルスが期待したように問うと、ラウレンティウスは頷く。


「ああ。そろそろ花纏いの舞に移るな──」


 アナウンスでも『花纏いの舞』と呼ばれていたが、実は三つある舞のひとつの名称なのだ。

 ユリアがおこなっているこの舞──儀式は、神刀の儀というのが正式な名だ。だが、そのなかの花纏いの舞の美しさが目立ち、時代が流れていくと、いつの間にかその名称がこの儀式を称するようになってしまったという経緯がある。

 すると、ラウレンティウスがふと顔を横に向ける。目に映ったのは、顔を歪ませるアイオーンだった。


「ちょい──アイオーン、ホンマに大丈夫なん……?」


 アシュリーも気がつき、声をかける。


「……痛みが、強くなった……」


 大丈夫という言葉がない。相当な痛みが伴っているようだ。


「子ども以外で頭痛が起きてんのも初めてだし、それが一向に治らないってのも初めてだよな……」


 クレイグが言う。


「……」


 魔術に優れていても、原因のわからないアイオーンの痛みを取り除いてやることはできない。

 イヴェットは痛みに耐えるアイオーンから目線をわずかにそらし、テオドルスは何もしてやれない己に対して悔しそうに見つめた。


 ユリアが風呼びの舞が終わると、それを畳んで帯に納め、帯びていた刀を抜き取った。

 さらに、上空に舞わせていたたくさんの花びらたちを魔術で運び、観客を花びらだけの空間に閉じ込めるように舞わせる。その間にも、ユリアは花びらのように舞台の上で舞い続ける。


『──』


 観客たちが歓声をあげるなか、二枚の花びらがユリアが操る(・・・・・)風の魔術から(・・・・・・)するりと抜けた(・・・・・・・)

 その二枚の花弁は、魔術による風にも、自然に吹く風にも攫われることなく、まるで意思を持つかのように行動しはじめる。誰にも気づかれることなく空高くまで舞うと、二枚の花びらはそれぞれは別の方向へと飛んで行った。そのうちの一枚が向かった先は──。


「……なんだ……? この花びらは……」


 アイオーンは呆然とした。ラウレンティウスたちも驚いている。

 本来なら、花びらがこちらに来るはずがない。木の花びらは、普通の風で舞い落ちることはないのだ。舞手となった者の魔術にのみ落ちてくれる。

 それなのに、どうして──。


「この花びら……落ちずに、ずっと留まってる……」


 イヴェットの言うとおり、花びらはアイオーンの目線のあたりをずっと浮いたままだ。


「触れろ──と……言っているのか……?」


 意を決して、アイオーンは花びらに触れる。指先に触れた刹那、花びらはアイオーンの指先に吸収された。


 その時、ユリアが再び鈴を鳴らした。

 シャン──という澄んだ音色が、アイオーンの耳に響く。


「──ッ、あぁ……!?」


「アイオーン!?」


 突如として涙が溢れたアイオーンは、苦しみと悲しみに崩れるように頭を抱えた態勢で俯き、悲痛な声を上げた。



◇◇◇



 花纏いの舞は進行していく。

 観客たちを包むように舞っていた花びらたちは、少しずつユリアの上空に集まっていき、淡紅色の『流れ』を作る。

 ユリアは抜き取った刀の柄を両手で持ち、胸のあたりで刀身を掲げる。

 すると、花びらの流れが刀身に纏いはじめた。花びらは刀身に吸収されてゆき、しだいに刀には淡い光が放たれる。

 舞手と刀は、花びらと神々しい光に包まれた。ユリアが手を放すと、刀は空中に佇む。


 最後は、蛍火(ほたるび)の儀。舞はない。

 ユリアは、舞台の中央に突き刺さっていた刀を抜いた。このときをもって、この刀は役目を終える。


(──)


 その瞬間、ユリアはかすかに眉をひそめた。


──これは……。アイオーンやテオ、そして、おそらくクレイグも感じ取っていることでしょうね……。


 ユリアは舞台の床から抜き取った刀を横にして、両手で救い上げるように持ち、役目を終えた刀に一礼する。そして、天に向かって投げた。

 ユリアは、天に向かったその刀に魔術で起こした炎をまとわせる。刀は、やがて火花を散らしながら弾け、姿を消した。この火花が蛍の光に似ていることから、蛍火の儀と呼ばれる。刀が散る際に出た火花は厄除けとなるようで、観客はこの火花を恐ろしいものとは思っていない。むしろ、散った姿に儚い美しさを見出しているようだ。


 最後に、ユリアは淡紅色の花びらと一体化した刀を舞台の中央部に突き刺す──これをもって彼女の役目は終えた。



◇◇◇



「──……これは……俺の、記憶……」


 アイオーンたちは、蛍火(ほたるび)の儀を見ることはなかった。


「アイオーン! 何があった!?」


 椅子に座りながら俯きつづけるアイオーンの前にテオドルスが立ち、そこでかがみアイオーンの肩を掴む。


「……ひとつだけ……思い、出した……」


「あの花びらに触れたことでか……!?」


「……俺には……たくさんの、仲間がいた──」


「仲間だと……?」


「顔は思い出せない……だが、たしかにたくさんの仲間がいた──。それなのに……なぜだ……? なぜ、誰も……俺を探してくれなかった……? なぜ、誰にも出逢えなかった……? あれだけ世界を──数えられないほどの年月をかけて、この星を巡り続けていたというのに……!」


 そう言ったアイオーンの声には、深い悲しみに満ちていた。



◇◇◇



 一方、拍手に包まれながら舞台から降りていたユリアは、こう思っていた。


(この舞奉納は、神に捧げるものではないわ……。この木々も、刀も……扇や鈴も──何かを封印するためにある……)



◇◇◇



 心の苦しみに俯きつづけるアイオーンに、なんと声を掛けたらいいのか──。

 その時、舞台のほうから大きな拍手が上がった。テオドルスが振り返ると、ユリアが舞台から降りている。そして、ふと舞台の中央に突き刺さった新しい刀を彼は見た。


「……この催しは、年に一度必ず行われるものなのか? 何が起こっても──?」


「あ……ああ……。国を揺るがす大きな出来事が起こっても、必ず催されていたはずだが……」


 ラウレンティウスが呆然としながらも答える。


「だから、なのか……」


「……なにが──?」


「この催しは、今では歴史と伝統を未来に繋ぐという意味合いが大半を占めているだろうが……おそらく、この舞の始まりは、何かを封印し続けるためのものではないか──」


「は……?」


 ラウレンティウスは耳を疑った。彼だけでなく、アシュリー、イヴェットも同じだ。


「やっぱ……変な気配があったよな……? 一瞬だけ──」


 唯一、クレイグだけが異なる反応を示した。彼がそう言うとテオドルスは微笑む。


「君もか、クレイグ。やはり、君は体質的に気配察知に優れているようだな。──あの気配……どのタイミングかはわからないが、おそらくユリアが舞台の中央に刺さっていた刀を抜いた時だろうな……。オレにも妙な気配がしたんだ。かなり微々たるものだったが、異質なものが舞台の底にあると感じた。何を封印しているのかまではわからなかったが、アイオーンと関わりがあるものだろう──」


 そして、テオドルスは悲しみにくれるアイオーンの肩にやさしく手を置いた。


「……」



◇◇◇



 舞台から離れたところで警備をしていたリュシエンヌは、あるものに気がついた。

 どこからか流れてきた、淡紅色の花びら。少女はそれに手を伸ばし、手のひらを上に向けて花びらを受け止める。


「……大丈夫。何も問題はない──」


 ひとりごとのように少女は呟く。それは、どういう意味の言葉なのか。

 周囲には誰もいない。観客からも離れているため、彼女の声を聞いた者はいない。

 淡紅色の花びらは少女の言葉を聞き届けると、くるくると舞うようにどこかへと行ってしまった。


 この時、風は少しも吹いていなかった。

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