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第四節 不穏な違和感 ②

「あの。ところで、ナナオさん。舞を教えてくださる先生はどちらに?」


「実は、まだいらっしゃってないの。道路の渋滞に引っ掛かってしまったようでね……。少しかかりそうとのことだから、よければこのあたりを少し散歩していたらどうかしら? 肩の力を抜くためにもね」


「そうですね……。──ねえ、ラルス。このあたりに暇をつぶせそうなところはある?」


 と、ユリアはちらりとラウレンティウスを見る。


「近所にあるカフェでテイクアウトできるソフトクリームが美味い。搾りたての牛乳を仕入れて作っているからな」


「行きましょう。案内をお願い」


 ユリアが即決すると、


「迷いなく決めると思った」


 ラウレンティウスは呆れた目をした。



◇◇◇



 ラウレンティウスが案内してくれたカフェとは、近隣の人が集まる集会所的な場所だった。


「──こんにちは。お久しぶりです」


 ラウレンティウスがヒノワの言葉でそう言うと、カフェにいた店員や客──誰もが中年から初老あたりの年齢の男女──が、いっせいに彼へ喜びの目を向ける。


「おうおう! シュウゴくんじゃないか! 久しぶりだな!」


「まぁ、ほんと。シュウちゃんじゃない〜」


「シュウくん、また大きくなったわねぇ」


(『シュウちゃん』に『シュウくん』……)


 かわいらしい呼び方が連続して聞こえてきたため、ユリア思わずラルスを見ながら口角をあげる。それに気づいたラルスは、彼女の頭上にチョップをかました。


「──いたっ!?」


「なにかバカにされたような微笑みだったからな」


 と、彼はチョップを放った理由を淡々と述べる。ユリアはチョップされたところを擦りながら軽く彼を睨みつけた。


「シュウちゃん、そちらのお嬢さんは?」


 女性店員がユリアを見ながら問う。


「ヒルデブラントに住んでいるローヴァイン家の親戚です。ヒノワに行きたいがっていたので連れてきました。──おばさん。ソフトクリームをひとつください。こいつが食べたいようで」


「はいはーい。待っててねぇ」


 注文を受けた女性店員が颯爽と厨房へと向かう。話が一段落したその時に、ユリアはカフェの客たちに向かってお辞儀をした。


「あの──私はユリアと申します。よろしくお願いします。ヒルデブラント人ですが、ヒノワ語を勉強していたので大丈夫です」


 そう自己紹介をすると、「よろしくね〜」と誰もが優しく声をかけてくれた。厨房に行った女性店員も返事をしてくれている。


(ラルスだけでなく、アシュリーもクレイグもイヴェットも──両親だけでなく、ヒノワの人たちからも可愛がられて育ったのでしょうね……。羨ましい……)


 心が温かくなる一方、心のどこかでまた嫉妬心が生まれた。

 仕方がないことだ。アイオーンとテオドルス以外、本当の自分など出せない時代だったのだから──。


「はい。どうぞ〜」


 女性店員がコーンに乗ったソフトクリームをユリアに差し出した時に、上の空となっていた彼女は我に返った。


「あ……ありがとうございます」


 ソフトクリームを受け取ると、ユリアは負の感情を消そうとするようにクリームを上からかぶりついた。冷たいソフトクリームが半分くらい消える。味は濃厚だ。美味しい。


「あらあら! 豪快にいったわねぇ!」


 周囲から笑いが上がる。


「美味しそうだったので、つい……」


 さすがに大胆すぎたかとユリアは苦笑いする。ラウレンティウスは彼女の内心には気付いておらず、「お前な……」と呟いて呆れていた。


「ユリアさん、ヒノワ語上手いわねぇ。どれくらい勉強したの?」


「十年くらいです」


「なるほどねぇ、流暢に話せるわけだわ。頑張ったわねぇ〜!」


 女性店員はユリアの肩を叩くと、ラウレンティウスを見た。


「ねえ、シュウちゃん。ハヤトちゃんたち、今回は来てないの?」


 ハヤトちゃん──クレイグまで『ちゃん付け』で呼ばれていたことに、ユリアは口角を上げて笑いそうになる。だが、なんとかグッと堪えた。その代わりに身体が小刻みに震えた。何とかごまかそうと、アイスクリームが気管に入ったふりをしてゴホゴホと咳をする。


「いえ。三人とも後で来ます」


「あら。だったら、時間があったらここに来るように言っておいてちょうだいよ。三人の顔、久々に見たいわぁ〜」


「なら、伝えておきます」


(……いつもとは違う名前で呼ばれているから、ラルスが別の人みたいに見えるわね──)


 ソフトクリームのコーンを食べながら、ユリアはラウレンティウスと店員のやりとりをぼんやりと見ていた。すると。


「──いやぁ、そいつは気のせいじゃないかぁ? 今朝もそっちの社にお参りにいったが、特に何も感じなかったぞ?」


 少し離れた場所に座っていたふたりの高齢男性の会話に、ユリアは反応する。『(やしろ)』という言葉が出てきたからだ。ユリアは残りのコーンを一口で食べ終え、ふたりに近づいて声をかける。


「……突然すみません。お社で何かあったのですか?」


「あ、ああ……ワシは、ここから少し離れたとこにある社を代々管理しとる家の者なんだが……少し前の頃と比べて、境内に『ざわめいてる』感じがするようになったんだ」


「ざわめいてる……ですか……」


 ユリアは微かに眉を顰める。


「息子も言っとったんだ。十日くらい前からちょっとだけ魔力の雰囲気が変わったってな。社の境内に家があるから、雰囲気の違いは判っとるつもりだ」


 十日くらい前といえば、ヴァルブルクで〈黒きもの〉と戦った時だ。

 店員と会話をしていたラウレンティウスも、ユリアと高齢男性の会話を気にし始める。


「そのお社は、どこにありますか? 自転車で行けますか?」


「行けるには行けるが……お嬢さんは魔術師かね?」


「はい。ラウレ──あ、シュウゴと一緒に行ってみます。なので、住所を教えてください。携帯端末で調べて向かいます」


「……すみません。こいつ、変に好奇心があって」


 ラウレンティウスがやってきた。ユリアの行動をたしなめるように言っているが、止めろとは言わない。彼も、境内の『ざわめき』について気になっているようだ。


「いや、いいんさ。けど、気を付けてくれ。魔力が変なら、もしかしたら怪異に何か影響を与えてるかもしれんからな……。異変があったらすぐに助けを呼ぶんだぞ。社には息子がいるから」


「わかりました」



◇◇◇



 高齢男性が教えてくれた住所に向かうと、小高い山があった。山道に入る前に、神域と人が暮らす領域の境目を示す門のような簡易的な意匠の建造物がある。その向こう側が社の境内だ。

 ふたりは自然に囲まれた砂利ばかりの山道を歩き、社があるところまで登った。


「……なにも悪いものは感じないわね……」


 高齢男性は『魔力がざわめいている』と言っていたが、ユリアにはその差がわからなかった。


(でも──かなり意識して調べると、良い気配があるわね)


 その『良い気配』は、こちらに帰ってくる前に訪ねた社でもなんとなく感じたものだった。

 それは非常に淡いものだが、たしかに存在している。社を覆うようにある、薄い霧か靄のようなものだ。しかし、高齢男性が言っていた『魔力がざわめいている』正体ではない。不安を覚えるようなものではないし、そもそもそれは、ユリアほどの魔力感知能力がなければ見つけられないものだ。


「俺も特に感じないな……」


「あなたも?」


「ああ。それに、怪異がいる様子もないな。今のところは……」


「ええ。けれど、ここを管理している人にもう少し話を聞いてみましょうか。その『ざわめき』が一時的なものなのか、それとも常にそうなのかが知りたいわ──」


「けど、今は居ないらしいな」


 と、ラウレンティウスはある建物を指差した。建物の玄関扉には『外出しております』との文字が書かれた看板がかけられている。


「……だったら、少し待ってみましょうか。少しくらいなら大丈夫だと思うから」


 ユリアは境内を歩きはじめ、ふと由緒板を見た。この社に祀られている神のことについて書かれている。

 そこで、また違う見慣れない単語を見つけた。


「──ねえ、ラルス。ここは……荒ぶった魂を祀っているということなの? この単語はなに?」


 知らない単語を指しながらユリアが問うと、ラウレンティウスはその文字を見るために近づいてきた。


「これは、神が持つ勇猛で荒々しい一面のことを指しているんだ」


「ということは、このお社は『神が持つ一側面』を祀っているのね」


「ああ」


「神の側面も祀っているなんて──知らなかったわ」


 ヒルデブラント王国にもたくさんの神はいるが、ヒノワ国はそれ以上だ。ヒルデブラントの神の数はまだ数えられるのだが、ヒノワは数え切れないほどにいる。『たくさんの神がいる』という点や、ほかにも共通点はあれど、ヒルデブラントとヒノワはやはり違う。


「──なあ、ユリア」


「なに?」


「どうやったら、俺は今以上に強くなれる? 今のままでは、まだ戦力は足りないだろう? 〈黒きもの〉と戦うためには、何が必要だと思う──?」


 ラウレンティウスの疑問に、ユリアはハッとする。

 彼ら現代人は、〈黒きもの〉との戦いなど経験したことがない。今と昔とは、魔力に関する状況が違うため、昔のような戦いが起きるということはないという可能性のほうが高いが、それでも不安だろう。

 光陰のことやアイオーンの不老不死のこともだが、彼らのこれからについても考えていかねばならない。


「──……まずは一度、テオと戦ってみたほうがいいかもしれないわね……」


 悩んだ末に、ユリアはその案を導き出した。


「テオドルスと?」


「普段の態度からは見えないけれど……あの人の一側面には、死闘を求める『獣』がいるわ。だから、私やアイオーンとする稽古とは違う『戦いの雰囲気』を肌で感じることができるはずよ──私たちの稽古では感じられない、『背筋が凍るような死の恐怖』というものをね……。その雰囲気に慣れることも、これから必要になる可能性があると思うわ」


「……お前が過去を話してくれたときにも、テオドルスのことを『飢えた獣』だと言ってたな……」


「この世は平和だから、今の彼はその気持ちを抑えているみたい──。でも、平和だからその欲望が沸き起こらないのではなく、我慢しているのよ」


「お前……普通に説明しているけどな、一緒にいたら命の危険を感じる人物だぞ。それは……──限界が来たらどうなるんだ……」


「暴れる可能性は……無くはないかもしれないわね」


「おい」


「けれど、あの人は別に、誰かを殺すことに快感を持っているわけではないのよ。だから彼曰く、怖がられるのは悲しいらしいわ。私は、暴れられても返り討ちにできるから別に怖くないけれど」


「そりゃ、お前はな……」


 現代に住んで十年が経ったことで、彼女の日常的な感覚は現代人とそう変わりないが、こういうところはやはり違う──と、ラウレンティウスはそういう目で彼女を見る。


「あなたたちがテオのお姉様の子孫だと判った時、あの人はすごくテンションが上っていたでしょう? テオは、間違いなくラルスたちのことを『大好きな家族の一員』だと思っているわ。──大丈夫よ。あなたたちがあなたたちであるかぎり、テオは絶対にあなたたちを裏切らないし、『覚悟をしていない恐怖』を抱かせようとは思わないはずよ」


 ユリアは続ける。


「……それでも今は、やっぱりあの人のことが怖いと思ってしまうかもしれない……。けれど、いずれ普通に感じると思うわ。テオって、なかなか愛嬌があるわよ──たまにデリカシーはないし距離感の詰め方はおかしいしテンションが高すぎることはあるけれど」


「まあ……。いつかは、そうなるかもだが──」


「あの人は、きっと『居場所』を求めているのだと思うわ。〈預言の子〉や神の化身として崇められていた私や、強大な力を持ちながらも記憶喪失で孤独に旅を続けていたアイオーンと同じ──。だから、私たち三人は解り合えたのかもしれない。……本当の自分を受け入れてくれることは、本当に嬉しいことだと知っているから」

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