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第四節 不穏な違和感 ①

 ヒノワ国に来てから十日ほどが経った。


 ユリアは毎日のように朝から夕方まで都市部の図書館に行き、伝承や伝説を調べていた。

 この国には、害をなす存在でも祀るという特徴がある。〈黒きもの〉はヒノワ国にも現れているため、ここではそれを祀っていそうだと彼女は考え、祀っている(やしろ)にもいくつか赴いた。

 祀られているのなら、〈黒きもの〉が蠢いているかもしれない。


(──いるかもしれないと思ったけれど……特にそんな魔力の気配はないわね……。といっても、私は自分の内側に潜んでいた〈黒きもの〉の存在に気づけなかったけれど……)


 今日のユリアは、悪霊を祀っているという(やしろ)にやってきた。自然に囲まれた広い境内をゆっくりと歩く。建築物はどれも木材でできており、荘厳な雰囲気を漂わせている。片田舎だからか、ほかに人がいる気配はない。


 〈黒きもの〉が自身の内側に隠れていたのは確かだ。しかし、まれにクレイグがその気配を感じ取っていたというのに、彼よりも力があるはずの自分はまったく気が付かなかった。それは、自分だけでなく、アイオーンも同じだった。

 このことから、〈黒きもの〉と『同じ力』を有しているからこそ、気配を感じ取れなかったのではという仮説を立てた。アイオーンの核を身体に埋め込んでいたことから、ユリアの身体は人ならざるものに変化し、生み出される魔力もアイオーンにかぎりなく近いものとなっている。

 そして、アイオーンと〈黒きもの〉には、なんらかの繋がりがある──。


(……なんとなく書いている意味はわかるけど、知らない単語ね。この国の神についての専門用語かしら)


 ユリアは由緒板に目を通していた。この地に祀られている神のことと、祀ることになった理由が書かれている。

 はじめは、悪霊として鎮められていたらしい。しかし、この地を訪れた能力の高い巫女は、その悪霊は悪しき力に侵されてしまっているため悪霊になったのだと言った。巫女により悪しき力が浄化されると、悪霊は善き存在へと転じ、この地に福をもたらしたという。そのことから、この社には巫女の銅像があり、彼女も祀られているという。

 そのほかにもいろいろと書かれているが、勉強不足でわからないところがいくつかあった。記憶力を向上させる魔術を使って勉強していれば、知らないことでも短時間でたくさんのことを知ることができたのだが、ユリアはそれを使わずに学んだ。

 その魔術というのは、何かをよく知っている他者の魔力から、そこに刻まれている知識を自身の魔力に複写するというものだ。十年前、目覚めたばかりのアイオーンが、不便なく現代語を操れるようになろうとカサンドラに対してかけた魔術がそれだ。異国語でもすぐに話せるようになる。

 ラウレンティウスたちに頼めば、ヒノワ語やその国の一般常識を『複写』することはできただろう。しかし、ユリアはそれをするとなんだかズルい気がしたため、一から勉強したのだ。長年の勉強の末、とりあえず日常生活に必要な会話ならできるようになっている。

 また、その魔術を使って覚えることは一見万能に見えるが、意外とそうでもない。知識を得てから、それらの知識をよく引き出さなければ、自力で覚えたことよりも早く忘れてしまうのだ。知識を得られればあとは完璧というものではなく、それからその知識を引き出して、しっかりと自分の脳内に浸透させなければならない。


「……あ。メール」


 携帯端末のバイブレーション──ナナオからメールが届いた。


「『例の元星霊の方との面談の約束が取れました。星霊だった頃の名はクリカラ。今は、フドウ・トシヒロさんと名乗っておられます』──。クリカラ……」


 ヴァルブルク王国では多くの星霊と戦士として関わりがあったユリアだが、そこでクリカラという名を耳にしたことはなかった。しかし、アイオーンの話の中では、その名を聞いたことがある。


(その方は、アイオーンが知っている御方なのかしら……)


 たしかその者は、旅をしていたころのアイオーンを、唯一偏見なく受け入れた星霊だ。黄金の角と艶のある黒い鱗を持つ蛇のような神々しい姿をしていたという。

 メールの内容はさらに続いている。


「『面会の前に、フドウさんから頼まれたことがあります。とある(やしろ)で舞を奉納する役目をしてほしいとのことです。なので、今日はお昼頃には帰ってきてください。舞の先生がこちらに来てくださいます。フドウさんは、ヒノワ国では立場がある御方なので断ることはできませんでした。勝手に引き受けてしまってごめんなさい』──……ん……? えっ……え?」


 メールの続きには奉納する舞のことが書かれている。それを見るかぎり、その舞をする人には性別も国籍も問わないらしい。ただ、魔力生成力が高い人を選出しているという一風変わった儀式だという。


「……お社(やしろ)でする踊りって……こっちの国のダンスのようなものではなくて、ゆったりと動くあれのこと……よね……? 神に仕える巫女が踊るものだと聞いたことがあるけど──性別も国籍も問わず誰でもいいなんて、変わっているわね……」


 そのあたりの知識はほとんどないため、ユリアの頭に疑問符がたくさん浮かぶ。

 それにしても、なにやらとんでもない条件がやってきた。しかし、〈黒きもの〉に繋がる情報を得るためにも拒否することはできない。


「……とりあえず帰ってから──頑張ろう……」


 正直なところ、ユリアはゆったりとした動きをすることは苦手だった。だが、そんな文句も言っていられない。〈黒きもの〉のこと。そして、アイオーンの不老不死をどうにかする方法を見つけるためにも。



◇◇◇



「ただいま──。あ、ラルス」


「……ああ。帰ってきたのか」


 ベイツ邸の玄関の引き戸を開けると、玄関先にナナオと大きなキャリーケースを持ったラルスがいた。話す言葉はヒルデブラント語ではなく、ヒノワ語だ。


「おかえりなさい──それから、ごめんなさいね、ユリアさん。クリカラさんに極秘部隊であるあなたのことを話したら、是非ともユリアさんに『花纏いの舞』を頼みたいって期待した声で言われてしまったもので……」


 ナナオもヒノワ語で話す。孫がいるとヒノワの言葉を使ってしまうようだ。


「大丈夫です。舞は、したことないです……けど、なんとかなると思います」


 ユリアも思わずヒノワ語で話す。いつもよりも少しだけ拙い印象なのは、異国語だからだ。

 しかし、本当になんとかなるのかについては、ユリア本人でも不安なところだった。舞どころかダンスすらしたことがないのだから。


「……ばあちゃん、なにがあったんだ?」


「実はね──」


 ナナオが光陰のことを知っていそうな星霊と知り合いだったため、その者との面会を求めたところ、星霊は『花纏いの舞』を舞ってほしいとユリアに求めたことを説明する。


「──……あの『花纏いの舞』を、ユリアが?」


「有名なの?」


 ユリアが問うと、ラウレンティウスとナナオは頷く。


「ああ。その舞は千年くらいの歴史があるもので、魔術で花びらを舞わせることから、ヒノワでは一番優美な舞とされているんだ。舞手が舞う場所は、花が咲く木に囲まれた舞台なんだ」


「その花は、散る姿がとても綺麗でね。淡いピンク色の花で、ヒノワ人に一番愛されている花だと言っても過言じゃないわ。いつも満開の時期となる春におこなわれているものなのよ」


「花に囲まれて踊る……。それに、舞う人がヒノワ人でなくていいというのも変わってますよね……」


 ふたりの説明を聞いていたユリアは、尻込みする気持ちと疑問が含まれた顔をする。


「必須条件が『魔術技能が高い人』だからな。ちなみに、それらの木はどれも樹齢三、四千年くらいの巨木らしい」


「ちょっとラルス。これでも私は緊張しているから畳み掛けないでちょうだい」


「……というか、ばあちゃんから聞いたが──お前、まったく観光してないのか?」


 と言って、ラウレンティウスがジト目でユリアを見ると、彼女は少しだけ目をそらした。


「いろいろと気になって、しようにもできないのよ……。──というか、こっちに来たのはあなただけなの?」


「クレイグと総長から、お前だけ今まで一日も休みなしでぶっ通しで働いてるからとっととヒノワに行ってこいと言われたから来た……」


 そう説明する彼の顔は、どこか不貞腐れていた。


「……どうしたの? 不機嫌というか、複雑そうな顔をして」


「仕事を中途半端に終了させられたし、ここには魔道庁の仕事が無いから落ち着かない」


「あなた、もしかしてワーカホリック?」


「そういうお前もだろ」


「──はいはい。ユリアさんもだけど、あなたもちょっとは肩の力抜きなさい」


 ナナオが同類同士の言い争いに手を叩きながら諌める。


「ところで、シュウゴ。ほかのみんなは、いつ来れそうなの?」


 そして、彼女は孫をヒノワの名前で呼んで問いかけた。


「ハヤトは、明後日くらいにはここに来れそうだとは思う。魔道庁の仕事は後輩や同僚に任せろと総長が言ってくれたらしい。ミオリは、大学のレポート提出がデータでも可能になったらしいから、もうすぐこっちに来る。総長やカサンドラ女王陛下が大学側に掛け合ってくれたらしい。ヤエも、今ある分の仕事は地方からやってきた職員にぶん投げたらしいから、あいつももうすぐ来る。もしかしたら、そのふたりは今日来るかもしれない」


 祖母との会話ではヒノワの名前で呼ばれているからか、ラウレンティウスはいとこたちをもうひとつの名前で説明する。

 クレイグは『ハヤト』。『ハヤト』という名前には、すばやく鋭く、風を切るような勢いと決断力が宿っている人を意味するという。まるで(ハヤブサ)のように、望むものを得られる力を持つ者であるように──そんな意味が込められているのだろう。生まれた時から十五歳になってユリアとアイオーンと出逢うまで、彼には『魔力生成力がない』と診断されていた。魔術師の家系で生まれながらも魔力を生成できない〈持たざる者〉──魔術師社会では差別される存在──だったがゆえに、両親はその名をつけたかもしれない。

 アシュリーは『ヤエ』。『ヤエ』という名前には、多くの恵みをもたらす者であれという願いが込められているという。その名を構成する文字のひとつには、数字の『はち』にあたるものがある。ヒノワ国ではこの数に、『数えきれないほどにたくさん』という意味があるらしい。

 そして、イヴェット。彼女が持つ『ミオリ』という名前には、さまざまなものを結び、調和をもたらす者であれという願いが込められているという。その名に使われている数字の『さん』にあたる文字は、ヒノワ国では『調和』や『まとまり』を象徴する数とされている。すべてがうまく織り合わさるように──そんな祈りが込められているのだ。


「わかったわ。あと、テオドルスさんとアイオーンさんは?」


「テオドルスは、カサンドラ様との面会を済ませて、正式に極秘部隊の一員になった。今は、アイオーンに叱られながらこっちの一般常識を学んでる最中で、もしかしたら少しかかるかもしれない。──けど、こっちに来たがっているから、早く来るかもな……」


「……叱られながら学んでいるの? テオドルスさん」


「すみません、ナナオさん……。あの人は、かなりの問題児でして……」


 不思議そうにナナオが首を傾げると、ユリアが恥ずかしそうに謝罪した。ナナオは「あらま」とだけ返事をする。

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