第一節 十年前の出逢い ⑧
「──急に名指ししてごめんなさい。あなたの魔力の流れが変だから、念のために矯正したいかどうかを聞いておこうと思ったの。そのままでも生きていけるけれど、魔力がちゃんと血中に流れていたほうが、普通の人間と比べて身体は強くなってくれるだろうから……」
その時、子どもたちは怪訝な表情を見せた。そんな彼らの反応に、ユリアたちは不思議に思う。
「……いや、オレ……〈持たざる者〉なんで──」
「〈持たざる者〉?」
「オレの両親は魔術師ですけど……オレ自身は、魔力を作れないただの人間なんで……」
「え……? 違うわ……。あなたは、ちゃんと魔力を生成できているのよ。大気中にある魔力のようにとても微量だけれど、あなたは確かに魔術師よ」
「いや……まさか……。だって、何回も血液検査しても、魔力は作られてないって──」
クレイグはいまいち信じてくれない。ラウレンティウスたちも困惑している様子だ。
ダグラスの話しによれば、クレイグ以外の子どもたちの両親も、みな魔術師であるという。だが、クレイグのいとこたちや両親たちも、彼から滲み出る魔力を感知できていない。
(……これが、魔術そのものが衰退しつつある現代の人間なのね──)
魔術師といえる存在であっても、もう昔ほど日常的に魔力を操っているわけではない。だから、現代人には、微力な魔力を感知する力が育っていないのだろう。
(私の感知は、きっと間違っていない)
なにせ、常に魔力を操り、戦い続けてきたのだから──。
「クレイグ、あなたは特異体質なのよ。せっかく作った魔力を、身体の外側に流してしまう体質──だから、まずは魔力が血中に流れるように矯正しましょう。自分で生み出した魔力で体調不良に陥らないよう、少しずつ馴らしながらね。そのあとにいろいろと訓練すれば、魔術ができるようになるはずよ」
「……オレは、魔術師だってこと……本当に、信じてもいいんですか……?」
クレイグがまとう空気がガラリと変わった。真剣な目つき。何かを希う意思が見える。きっと、魔術師になれなかったことで悔しい思いをしてきたのだろう──。
「ええ、約束するわ。必ずあなたを魔術師にしてみせる」
ユリアははっきりと宣言した。クレイグの目に、光がともる。
「……お願いします……!」
クレイグの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
魔術師の子であるのに、魔力を生み出せない普通の人間として生まれてきたことは、涙を浮かべるほどのことなのか。少年の涙は、現代社会がそうさせているのだろうか──。近いうちに、その涙の意味を聞いてみよう。現代の日常を知るためには、薄暗いことも知っておかなければならないはずだ。
「ちょ、ちょい待ってくれません!? その特異体質や矯正の話、もっと細かく教えてほしいんですけど!? ウチ、将来的には魔力や魔術の研究者になりたいん、でぇぇぇぇ──」
アシュリーがふたりの間に入ってきたが、それをよしとしなかったラウレンティウスが首根っこを掴んで退場させた。
「……いとこが失礼しました」
ラウレンティウスは恥ずかしそうに謝罪している後ろで、退場させられたアシュリーは文句を言いたげにジト目を向けている。そんな姉に、弟のクレイグは遠い目を向けていた。
「いとこ……。──あ……そういえば、あなたたちのなかには、きょうだいが一組いると聞いているわ」
「はい。アシュリーとクレイグが姉弟です。俺やイヴェットとは、いとこの関係です。俺とイヴェットもいとこ関係となります。ローヴァイン家の三人兄妹とベイツ家の三人姉弟が、それぞれ結婚して生まれたのが俺達なので──血の濃さは『いとこ』より『きょうだい』に近いかと」
「……少し、珍しいご家庭ね……?」
「まあ、たしかに……。なので、もう俺達全員きょうだいということで構いません」
「いとことはいえ、きょうだいと言ってもいい仲なんて──羨ましいものだわ」
「……きょうだいは……いなかったのですか?」
「いないわ……。だから、きょうだいがいるという感覚がよくわからなくて……」
「──それじゃ、あたしたちと『きょうだい』になってみる?」
と、ユリアとラウレンティウスの会話を聞いていたイヴェットが、突然そんなことを発案した。突拍子もないことだったため、その場にいた全員が「え?」と声を上げる。
「『きょうだい』に、とは……どうやって?」
ユリアがイヴェットに問うと、「あたしたちの家族の家に住むの! 違う屋根の下でも、家族の持ち物だから同じこと!」と自信満々に答える。
「ラルス兄んとこの、もうひとつの家に住んだらどうかな? あそこなら、そのへんに住んでる人かなり少ないし、お屋敷は広いし。それに、ラルス兄の実家には、あたしたちの部屋もあるし。あたしや、イグ兄とアシュ姉の実家にも近いからカンタンに遊びにいけるよ。イグ兄だって、魔力の流れキョーセイしてもらうんでしょ? だったら、一緒に住んじゃったほうがいろいろ便利じゃない? ラルス兄はどう思う?」
「まあ……一理ある、か……。俺の父さんと母さんは、きっと許してくれるだろうが……その前にまずは、カサンドラ様に相談しないといけないけどな。──クレイグとアシュリーは?」
「オレとしては、宮殿じゃなくて近くに住んでくれるほうがありがたいとは思う。オレらの家って、そもそもラウレンティウスと違って一般家庭だからそこまで広くないしよ。魔術師となる訓練することになるから、広い場所がほしい」
「ウチも異存なし。むしろ、魔力や魔術についての知識教えてほしいし、近場にいてくれたほうがラクやわ」
ふたりが答え終えた後、ユリアは「いいの?」とおずおずと問いかけると、ラウレンティウスは頷いた。
そのとき、ユリアの表情に変化が起きる。
「わ、私……家族だとか、きょうだいだとか……そういったことには縁遠かったの……。だから私、ずっと『きょうだい』という存在に憧れていて──今、すごく嬉しいわ」
恥じらいながらもしっかりとした喜びを表す、柔らかな微笑み。表情の動きをほとんど見せなかったユリアが初めて見せた顔だった。
「そ……それは……よかったです」
刹那、ラウレンティウスはどこか照れた様子で目をそらし、緊張したように言葉を詰まらせる。ユリアは気づいていないが、いとこたちは何となくの違和感を持っている。
そして、それを感じたのは、子どもたちだけではなかった。
「──では、俺もきょうだいの一員ということでかまわないな?」
アイオーンが表に出てきた。
「っ……!?」
またも唐突な交代。ラウレンティウスは声を出せなかった。それは突然の交代で驚いたからではない。アイオーンが発した声が、彼が一瞬抱いた感情を見透かすようなものだったからだ。
「不思議なことだが、お前達からはなんとなく懐かしい気配がする……。俺に昔の記憶はないが、存外、お前達の遠い先祖となにか関わりがあったのかもしれない。だから、俺達に遠慮する必要はないぞ。敬語や敬称はつけず、普段通りの態度で話してくれ。──異存は?」
そして、アイオーンのその言葉には、なんとなくけん制するような物腰であることもラウレンティウスは感じ取った。
「……俺に戦いを教えてくれるのなら、異存はない」
と、ラウレンティウスは思いもよらない言葉を伝える。
「ほう……? 強くなりたいということか? そう思う理由はなんだ?」
「俺は魔術師だ。だから将来、ダグラスさんと同じく、魔道庁という警察と似た治安機関へ就職することになる。魔道庁が捕まえる犯罪者も魔術師であることが多い──そいつらを捕まえるためにも、強くなることが求められているんだ」
「なるほど──いいだろう。戦い方を仕込んでやる」
ついてきてみろ。
アイオーンが浮かべた笑みは、そう言いたげな不敵なものだった。
その時、アイオーンが若干、顔を顰めた。そして、困ったような表情を浮かべはじめる。
「──あ、あの……! 修行なら私も手伝うわ。魔術でも武術でも──それなら役に立てると思うの。『きょうだい』だから、私にも敬語はいらないわ」
この口調はユリアだ。ふたりの妙な雰囲気に慌てて間に入ってきたようだ。
「あ、ああ……頼む」
ラウレンティウスは、ばつが悪そうに目線をそらす。
「……なあ。アイオーンにちょっと聞きたいねんけどさ。『器』は、このご時世に合わせて人間のカタチに作るんやろうけど──本来って、どんな外見しとったん?」
アシュリーも雰囲気の変化を気にしてか、話をそらす質問をした。質問の内容は過去に関することだが、もとの姿くらいのことは聞いてもいいだろう。
「人間とまったく同じ外見をしていたな」
「人間と同じって──星霊にしたら、めっちゃ珍しい部類の姿やったんちゃうん? 耳長くて尖ってもなかったん?」
「ああ、長くも尖ってもいなかった──。たしかに、星霊でありながら人間とまったく大差ない姿をしているのは珍しかったな。ただ……竜の姿に、転じることはできた。大きな翼が生え、鱗に覆われた巨躯やら尻尾やら鋭い角やら牙とかがある、どこか蜥蜴のようなカタチのな」
「……そのカタチの『器』作ったほうがカッコよくね?」
クレイグがボソッと言葉をもらすと、アイオーンは呆れたように笑みを浮かべた。
「千年前の時代ならともかく、その姿ではあまりにも生活がしづらい。それに、等身大の『器』を作ろうとすれば、資金も素材もさらに必要となる──そもそも、個人的には人間の姿のほうが好きなんだ。俺は星霊だが、星霊社会よりも人間社会のほうがまだ性に合っていた。……といっても、昔は孤独でいることを好んではいたんだがな……」
「……もしかしてさ、アイオーンって……星霊社会から見ると、わりと変わり者の部類だったり?」
クレイグがそう言うと、アイオーンはフッと笑みを浮かべて「バレたか」とお茶目に返す。
「俺も、当時の星霊社会に属する者から見れば変わり者だっただとは思う。魔術師社会から見たローヴァイン家の一族も似たようなものなんだろう? だから、なんだかんだ気は合うんじゃないかと思う。──というわけで、これからよろしく頼むぞ」
そして、アイオーンからユリアへ精神が変わる。
「……私も……あなたたちみたいな人が一緒にいてくれるのなら……これからが楽しそうだと思うわ──」
どこか懐かしい雰囲気。細かいことは気にしない。そして、ふとした時に感じる気配。
この子たちは、『あの人』に似ている──。
これが、ユリアが抱いた四人の子どもたちの印象だった。過ぎ去った思い出に触れた温かさと悲しみ──ひとことでは言い表せない気持ちを抱えたユリアは、子どもたちに精一杯の微笑みを向ける。
彼女の笑みは、四人の子どもたちの心に、目に見えているのに触れられない寂しい気持ちを刻みつけた。
これが、十年前の出逢いである。
第一節 終了です!
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