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第三節 ヒノワ国 ①

 そして、ヒノワ国行きの飛行機に乗る日がやってきた。

 飛行機の出発は、日が暮れる時刻だ。それまではゆっくりできる──しかし、ユリアはリュックを背負い、始発の電車やバスに乗り継いで片田舎まで赴き、そこから魔術を使って野を駆けた。

 彼女が向かっていた先は旧ヴァルブルク領。

 魔力濃度観測塔の傍を抜けたが、あの塔に侵入者を知らせる機能はない。それがないほどに、今のヴァルブルクという地は、現代人が入れるようなところではないのだ。

 しばらくすると、ユリアは現代人が住むようなところには生えていないような植物を採取しはじめる。アシュリーに頼まれていた研究サンプルとなりそうなものだ。それを種類ごとに袋につめて、リュックの中に入れる。

 そのあとに、廃墟となったヴァルブルクの街へ向かった。


(……とても静か──)


 この国が共存派としての役目を終える前までは、人間と星霊が多く行き交っていた街だった。

 空には翼を持つ星霊や、宙を舞える能力を持った人間と星霊の姿も見えたものだ。その光景や賑やかな声はもうどこにもない。民家や施設も、老朽化で半分以上ほどが崩壊している。

 ユリアはそんな街を歩いていき、城へと足を進ませる。下町とは違って頑丈に作られているためか、城はあまり崩れていない。ただ、ひび割れや壁の変色は見える。床も凸凹もだ。


(ここが、本当の謁見の間……)


 あの時は幻影。そして、これが本物の謁見の間。廊下と謁見の間を仕切る扉はない。

 謁見の間の壁の高いところには、かつて窓があったであろう枠がある。ステンドグラスがあったのだろう。そこから陽の光が射し、今も美しく形を残す玉座を照らしていた。

 あの時代は、ここに入ることはなかった。両親は、よくここにいたのだろうか。


(……玉座に座るというのは、どんな感じだったのかしら──)


 かつての両親や国を思い馳せながら、ユリアは背負っていたリュックを下ろし、亡国の玉座に座った。


「……」


 今の自分は、この玉座に座れるような人間ではない。しかし、決意を胸に刻むためにも座りたかった。

 〈預言の子〉としてではなく、普通の王女として生きていたら、いずれは座ることになっていたのだろうのか。

 その場合、民にとって『良き王』になれただろうか。

 『もしもの未来』を考えていても、意味はないが──。


(……ヴァルブルクの民や戦士たちの魂は、この地に眠っている──)

 

 届くだろうか──届けてほしい。かつてのヴァルブルク王国の民たちに。ヒルデブラント王国や、諸外国の者たちにも届けてほしい。


「──この地に眠る者たちよ。私の言葉を聞いてほしい」


 〈預言の子〉であり、英雄と呼ばれていた『私』の声を聞いてほしい。


「私は、最後まで『皆が望む存在』として在り続けることはできなかった……。私の心が『平凡なもの』でなければ──やり遂げることができたかもしれないが……」


 失望や幻滅が恐ろしかった。苦しかった。それでもやり遂げたいと思っていたのに──。我ながら、なんと面倒で幼い精神だろうかと思う。


「過去は変えられない──その事実を認め、私はこれからを生きていくつもりだ。私は、もう逃げはしない。私がすべきことは、皆が繋いだこの時代とその未来、そして、歩んできた歴史を守っていくことだと思っている」


 今に残る『英雄ユリア・ジークリンデ』の歴史を変えるつもりはない。あれは、もはや歴史の一部であり、自らの戒めでもある。


「テオドルスに王の役目を任せて、〈黒きもの〉の根源を探すために旅立った父上と母上は、何かを見つけていたのか──私たちには何もわからない。だが、必ず〈黒きもの〉を討ってみせる。力ある者としてこの世を守るためにも、ヴァルブルク王国の者として悲願を成し遂げるためにも……!」


 過去と現在と未来、すべてを守ろう。

 今の私が見つけたと思ったこと。したいと思ったこと。私が選んだ道だ。


「だから、どうか……これからの私を見ていてほしい」


 そして彼女は、扉のない謁見の間の出入り口を見つめた。


「──ねえ、アイオーン。あなたも、これからの私を見ていてくれる? ……というか、そこに居たのなら『いる』って言ってほしかったわ」


「……いきなりヴァルブルクの者たちに語りはじめたものだからな。タイミングがなかった」


 謁見の間の玉座から見える廊下の死角から、アイオーンが現れる。


「それもそうね。急にはじめて悪かったわ。──それで……あなたも、これからの私を見ていてくれる?」


「ああ」


 ユリアは嬉しそうに「ありがとう」と微笑む。そんな彼女を、アイオーンはまじまじと彼女を見た。


「──玉座が似合うな」


「そう? ありがとう。……なら、王族らしい衣装も似合うかしら? ドレスとか」


「スカートの下に武器を隠そうとしなければ似合うんじゃないか?」


「ダメ? ちょっと格好よくない?」


 ユリアが首を傾げながら言った瞬間、アイオーンは呆れた。


「やめろ。はしたない。大目玉を食らっても擁護しないぞ。……まったく。変なところでテオドルスの影響を受けているな、お前は」


「受けていないわよ。あんな破天荒な人の影響なんて」


「あいつは間違いなく言うぞ。『スカートの中から武器を忍び込ませるなんてカッコいい』とな」


「あの人の影響を受けたからじゃなくて、もともとの感性が近いからだと思うわ」


 ユリア自身は、テオドルスの影響を受けて育ったと認めたくはないようだ。そんな彼女にアイオーンは苦笑し、「あいつと同じく、変なところで子どもっぽいな」と声が届かないようにこぼす。


「──カサンドラ様との会談は、まだできそうにないの?」


「ああ。カサンドラは現役の女王だからな。公務がたくさんある。まだ少しかかりそうだ」


「そう……。なら、私はしばらくヒノワでひとりきりね……」


「ああ。これを機に、お前は羽を伸ばせ」


 アイオーンはそう言ってくれたが、ユリアは違うことを考えていた。


「──」


 〈黒きもの〉、光陰(みつかげ)、『声なき意志』、そしてアイオーン。それらには繋がりがあることが判った。

 ならば、〈黒きもの〉を追えば、この人の不老不死の力についても判るかもしれない。

 ヒノワに着いたら、まずは何から調べてみようか──。


「──ユリア」


 ヒノワに到着した後のことを考えていたユリアは、アイオーンの声に驚く。


「……? なに?」


「ヴァルブルクでのお前は、ほとんどひとりで〈黒きもの〉を倒し、そのうえテオドルスを助けたようなものだ。だから、休むことに罪悪感は持つなよ。──英雄にだって、休むことは必要だ」


 ユリアが羽を伸ばすことに罪悪感を抱いていると思ったのか、アイオーンは気遣うようにそう言った。


「……私は、英雄ではないわ。本物の『英雄』ならば、『世界の平和のために〈黒きもの〉を倒す』はずよ。私は、〈黒きもの〉が、両親とテオとみんなを傷つけたことが許せなかったから倒したの。──世界のためではなく、個人的な理由であり……両親の復讐、という気持ちも少なからずあったわ」


 と、ユリアは僅かに俯く。もう『英雄』と呼ばれるような存在ではなくなった。肩書き的にも、言葉の意味合い的なことでも。


「それでも、お前のような人間のことは『英雄』というんだ。少なくとも、俺のなかではな。お前は、〈黒きもの〉の策略によって精神崩壊をしかけていても、誰かを傷付ける前に自害を選んだ──そのような選択は、その先のことを理解していても出来ることではない」


「あの時の私は、とても怖がりだったもの……。失望されて、幻滅されて……批判の的になるのが怖かった」


「どんな理由であれ、お前の判断は正しかったと思う。お前が、もしも自害することを選んでいなかったら……俺は誰かを傷つけながら、殺戮兵器と化したお前を元に戻そうとしていただろうからな」


 と、アイオーンは目を伏せながら息をつき、やがて再びユリアを見た。


「──〈黒きもの〉の件は、お前の不老不死を消す方法と繋がっているかもしれない。その力は俺由来のものだからな。見つけた後は、自分らしく生きてくれ。『ただの人間』として人生を謳歌しながら、ゆっくり終わりへと歩んでくれ。それが俺の願いだ」


 彼の願いに、ユリアはかすかに眉を顰める。


「……あなたの不老不死は? 光陰や〈黒きもの〉を調べていたら、あなたの過去だけでなく、不老不死のことも判るかもしれないわ。私はそれを探したい」


「まずは、お前の不老不死からどうにかするべきだろう。お前は普通の人間なんだからな。──それに、お前にはあいつらがいる。あいつらを悲しませるなよ。人間の一生は、長いようで短いぞ」


「あなたにも、私たちがいるじゃない……。それに、テオは私と同じ考えよ。昨日、そのことについて話し合ったの──もしも、あなたの不老不死をなくす方法見つからなかったら、自分も一緒に不老不死になって一緒に生きていこうって」


「なんでそんなところまで似ているんだ、お前達は──いや……テオドルスの場合は、不老不死になれたら強敵と多く戦えるかもしれないという欲望も含まれていそうだが……」


「ええ。含まれているわ。指摘したら白状したもの」


 アイオーンは本気で呆れ、やめろと言いたげに首を振った。


「──ともかく、俺に気を遣うな。苦しみを増やそうとするな。俺は、そんなことは望んでいない。……人間らしく生きることを捨てないでくれ」


「人間として死ねるのなら、私はそうしたいと思っているわ。けれど、そんなあなたを置いて、おとなしく逝くことができないのよ。むしろ、逝きたくないわ」


 ユリアがそう言うと、アイオーンは顔を顰めた。互いに想い合っているからこそ、意見は一向に交わらない。

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