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第一節 新たなる局面へ ④

「テオドルスの身体や聖杯を使っていたことから、〈黒きもの〉が過去のように現代の地を暴れまわる可能性はかぎりなく低いとみていい。現代人に取り憑く可能性も同様だ。それでも、どこかの魔孔がある地域で、今回のヴァルブルクのような異変が起きる可能性はある。その点だけは留意しておいてくれ」


 アイオーンが呼びかけると、仲間たちは頷いた。


「……まさか、ウチらも〈黒きもの〉に関わっとるとか……想像もせえへんかったわ……」


 その後、物憂げな顔でアシュリーがひとりごとを呟く。

 彼女を含めた現代で生まれた四人は、由緒ある旧家出身とその親戚の魔術師かつ、歴史に名を残す英雄とつながりがあるとはいえ、今まではいつも通りの平穏な日常を送っていただけの人間だった。

 しかし、過去の戦いの中で突如として現れた災厄である異形──〈黒きもの〉という怪物が、いまだ存在していたことが発覚し、その存在と引き継いだ血筋がそれらに関係しているという。彼女たちは巻き込まれた側でもあるが、自らその戦いに入っていった側でもある。彼女の言葉は、足を踏み入れた後悔ではなく、不透明な未来へのちょっとした不安だった。


『──(いくさ)の世に生まれたわけでもない者を、このような世界に引き入れることは、本来ならば避けるべきこと。しかし、そなたたちは、我らの縁を持つ者。我らには何の記憶もないが、戦う者としての自覚と我らの力を与えられなければならない存在だと直感した』


「ぉおう……!? いきなり喋らんといてや、ビビったやんか……!」


 いきなりユリアが持つ刀から落ち着いた女性の声が聞こえてきたことに、アシュリーは小さく飛び跳ねる。ほかの者たちも二の句が告げなかった。


『すまぬ。この世に漂う魔力が少ないゆえ、人のカタチにはなれぬのだ。しかし、言葉を発することはできる』


「じゃあ、最初っからずっと聞いてたの?」


 イヴェットが問う。


『姿は出せぬが、気配と声の判別はできる。魔術師であるか否かの判別も可能だ』


「……ならば、これからは何も知らない人間がいる時はいきなり話しはじめないでくれ。誤魔化すことができない」


 と、アイオーンは言う。一応、声が出るように細工した刀という言い訳はできそうだが、こんなことは言いたくない。


『承知した』


「──ねえ、四人が光陰からもらったという力のことなのだけど……それは、魔術と同じく魔力がある程度ないと発揮できないものなの?」


「それが不思議なことにできるんだよな──。オレとラウレンティウスは、武器を顕現させる能力をもらったんだ。オレが短めの双剣で、ラウレンティウスが斧槍。それを使った戦い方の情報も能力と一緒にもらったから、なんとか戦えたんだ」


 そのあたりのことをまだ詳細を知らないユリアが興味本位で問いかけると、クレイグが答えた。そして、双剣のうちの一本だけを顕現させ、ユリアに見せる。ラウレンティウスも大きな斧槍を見せてくれた


「へえ……。なんだか不思議な雰囲気がある武器ね。感じたことがない気配だけれど──これが、光陰の力なのかしら……?」


 光影は、刀の姿だと魔力を感じない普通の武器だ。

 ユリアは、ふとアイオーンとテオドルスを見る。ふたりも、摩訶不思議なもののように具現化された武器を見つめている。光陰から貰った力から具現化された武器の『感じたことのない気配』の詳細は誰も判らないようだ。


「……アシュリーは魔眼で、イヴェットは使い魔を呼び出すことができる力をもらったのよね? それもできるの?」


「いっちゃん地味な能力やけど、いつでも使えるで。今んとこできんのは術式の解析だけやけど、これからもっとこの能力調べて、戦闘でもなんかの役に立てられんか考え中」


 と、アシュリー。


「あたしの能力は『使い魔』というか……うまく言い表せないけど、『召喚する(・・・・)』ということなんだ。戦えるほどの使い魔を顕現させるには、大気中の魔力がたくさんいるんだけど、この濃度で呼んだら──」


 イヴェットは集中し、空気中にある魔力を集めた。やがて、足元からポンッとコミカルな音が聞こえた。全員は、その音がしたところを見下ろす。


「……い、いや~……。こんなにも小さくて可愛らしい姿で呼び出されるとは……わたくし的には光栄なのですが……ちょっとそんなにも上からガン見されると食べられそうで怖いのでそろそろ退散させていただきますね~……!」


 現れた使い魔は、丁寧な物腰の女声を発するハムスターのような見た目かつ大きさの生き物だった。手のひらに乗れるほどの小さな獣は、恐怖を感じたような早口でそう言うと、そそくさと煙をまとって姿を消した。

 その後、「街で呼ぶと、これくらいが限度で……」と、イヴェットは恥ずかしそうに言う。


「──使い魔を呼ぶ場合、その性格はその時々で違うみたい。光陰が自分のことを『我ら』って言ってるから、その時々の性格も光陰を構成する要素の一部なのかも。……でも、正直に言うと、貰った能力なのにぼんやりとしか意味が判ってなくて……。どうすれば役立てるのかも解らなくて……。ごめん……」


 そして、彼女は肩を落としながら謝った。彼女は基本的な魔術を使うことは可能だが、それを毎日することはない。そもそも彼女は普通の学生だ。教師になるための勉強が日常のメインである。なので、四人のなかでは一番魔力や魔術に触れる機会が少ない。

 対してアシュリーは、仕事柄で魔力を扱う機会が多く、さらに魔術の研究もしているため、貰った力の本質を見抜く力が鍛えられているのかもしれない。


「……ふ~ん……? 『召喚する』力、か……」


 イヴェットが得た力に思うところがあるのか、テオドルスは顎に手を添えて小さなひとりごとをこぼし、何かを思案し始める。


「謝ることなんて何もないわ。まったく縁のなかった術をここまで使いこなせている時点で大したものよ。……それにしても、光陰の力は、私の想像をはるかに超えたものね……。星霊や他の魔術師の血を飲むだけでは、ここまでの能力をすんなりと身に着けて、使いこなすことはできないもの」


「ああ。オレたちがアイオーンの血を飲んだ時は、かなり苦しんだものだ。その方法が、強大な力を自分の体内に流し込み、無事に身体の変質を期待するという命知らずで乱暴な方法だったから、苦しむのは当然と言われれば当然だったんだが」


 と、テオドルスは苦笑する。


「それなのに、オレら四人は苦しまずに済んだということは、意外と神サマみたいな力だったからとかか?」


 そして、クレイグが小さく笑いながら軽口を言った。

 その時、アイオーンは何かを思うところがあるように光陰を無言で見つめていた。


「──なあ。光陰を調べるためにヒノワに行くって話のことなんだけどよ。とりあえず、まずはナナオばあちゃんとリチャードじいちゃん()に行かねぇか? ばあちゃんの旧姓は『スエガミ』っていうんだけどよ、ヒノワじゃわりと由緒ある家柄らしいんだ。だから、ばあちゃんなら何か知ってるかもしれない」


 『ナナオばあちゃん』と『リチャードじいちゃん』とは、ナナオ・ベイツとリチャード・ベイツ──クレイグたち四人の祖父母だ。クレイグの提案に、ラウレンティウスは「たしかに、そうだな」と同意する。


「スエガミ家は、かなりの歴史があると聞いたことがある。ヒノワ国という国自体、ヒルデブラントよりも長い歴史を持った国だからな──何か情報が見つかるかもしれない」


「……ん? ということは、君たちはヒノワ人の血を引くクォーターなのか?」


 何かをずっと考えていたテオドルスが、次にその話題へと関心を寄せる。


「ああ。俺達の片方の親は、ヒルデブラントとヒノワのハーフなんだ。それぞれの両親や、ばあちゃんとじいちゃんはヒノワ語とヒルデブラント語の両方を話せるし、俺達もヒノワ語を話せる。だから、言葉に関して不自由に感じることはないはずだ」


「バイリンガルとはカッコ良いな! ──いつ頃、ヒノワへと行けるようになるんだろうか。まだ本当に行けるのかどうかもわからないが、楽しみだなぁ……!」


 と、テオドルスは目を輝かせる。無邪気な子どものようにワクワクするテオドルスにアイオーンは呆れ、ラウレンティウスは小さく笑った。


「ヒノワに向かうタイミングは、テオドルスの処遇のことがしっかりと決まってからになるだろうが、それがどのくらいかかるのかは判らない。しかし、こちらとしては十日ほどの時間は必要となるかもしれない。セオドアの件が王室の管轄になったとしても、魔道庁でやるべきことがいくつかあるんだ」


「あたしも、しばらく時間が欲しいかな……。ヒノワには長く居続けることになるだろうから、カサンドラ様に口添えを頼んで、学校に休学届を出さないとだし。その前に、講義関係のレポート提出とかも……。あと、リベラ寮にいるミコトちゃんたちやホルスト様にも事情を伝えないと──。でも、あたしは十日でできるかなぁ……もう少しかかるかも……」


 ラウレンティウスに続きイヴェットが言う。彼女は現役の学生だ。〈黒きもの〉との戦いに挑むなど誰も信じてくれないため、現女王から頼まれたことが出来たとしたほうが、事がすんなりと通ると彼女は考えた。


「オレは魔道庁の人間だから、ラウレンティウスと同じだ」


 クレイグ。


「ウチもや。今の仕事に区切りつけなあかんし、ちょっとかかるで。その前に、まずは所長に女王命令ってことで口止めしたうえで事情言わなアカンな──」


 アシュリー。


「俺は、テオドルスの付き添いとしてカサンドラの元へ向かう。その後で、俺もセオドアの件の後始末を手伝おう。……それと並行して、テオドルスに一般常識を教育しないとだな。ひと通り知っているようだが、それを時々守らないからない人間だ──というわけで、テオドルス。ヒノワに行っても粗相をしないように、あっちの国の常識もしっかりと学んでもらうぞ」


 そして、アイオーン。


「教育? 勉強だろう?」


 テオドルスが疑問を言うと、


「お前の場合は『教育』だ。お前個人に任せると、斜め上な知識をつけかねん」


 アイオーンは軽く睨みつけた。


「だったら私も──」


 せめて彼の『教育』を手伝おうとユリアは思っていたが、アイオーンはその言葉を制止した。


「いや、気にするな。お前は休め」


「休む……?」


「いろいろなことがありすぎた。先にヒノワに行って、気晴らしに観光でもしてきたらどうだ?」


「いろいろありすぎたのは、みんなも同じでしょう?」


 と、ユリアがほかの仲間たちに目を向ける。すると。


「いいって。行ってこいよ」


「気晴らし大事だよ?」


「ヒノワ、好きやろ?」


 クレイグ、イヴェット、アシュリーも同じように旅行を勧めた。そう言われたユリアは「好きなのは、好きだけど……」としか言えなくなる。


「ホテルや旅館は取るなよ。じいちゃんとばあちゃん()に泊まって観光したほうが、いろいろと楽だ。食事のことも気にしなくていい。あとでお前が遊びに行くことと、しばらくした後に光陰関連で俺達が行くことをじいちゃんとばあちゃんに伝えておく」


「タダで泊まれるうえ、食事のことも考えなくていいのなら行くべきじゃないか? オレのことも気にするな。君はこの世を守り、オレを助けてくれた。みんなの活躍のおかげでもあるが、君が一番頑張った──ならば、もっと英気を養わないといけない。十分な休息も、戦士にとっては必要なことだろう?」


 ラウレンティウスとテオドルスも勧めたことに、ユリアは折れた。


「……わかったわ。では、お言葉に甘えて、少ししてからヒノワに行って羽を伸ばしてくる」


 ここまで言われたら行ったほうがいい。それに、意固地になるとみんなから怒られてしまう。


(──正直なところ、私だけ観光するというのはやっぱり気が引ける……。けれど、アイオーンの不老不死について調べる時間ができた)


 ヒノワ国の刀であった光陰は、アイオーンを『同胞』と称した。そして、〈黒きもの〉にも関連がある。ならば、あのヒトが持つ不老不死についての情報もどこかにあるかもしれない。あのヒトを苦しませ、自身の身体にも付与されてしまった不老不死という『有り得ない力』は、いったい何なのか。

 ともかく、まずはヒノワ国に行くための準備をしなければ。そして、リベラ寮にいるホルストにしばらく任務の手伝いができないことへのお詫びの言葉を伝えにいこう。

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