第一節 新たなる局面へ ③
「構わないぞ。何が知りたいんだ?」
「……『あの日』、シルウェステルとカタリナは、なぜあのような手紙を残した? ふたりに何があったんだ?」
すると、テオドルスは「うーん……」と悩ましげに唸った。
「それについて話そうとすると……少し長くなるな。まずは、嘘をついていたことを詫び、真実を伝えなければならないことがある」
「嘘だと?」
「──シルウェステル様は、病気になどかかってはいなかった」
その瞬間、アイオーンは目を見開く。
「……病に伏していたわけではなかったのか?」
「ああ、違う。ある目的のために、オレは嘘を公表するようおふたりから命じられていたんだ。この件については、オレが国王代理になった理由にも関係している」
「……まさか、〈黒きもの〉のことを調べようとしていたのか?」
アイオーンが言うと、テオドルスは「察しが良いな」と呟く。
「おふたりは、ユリアのために〈黒きもの〉の根源を探しておられたんだ。──しかし、おふたりは国王とその王妃。そんな時間は作れない。だから、国王代理となって代わりに執務をしてくれないかと相談されたんだ。オレはそれに了承し、ユリアの側近から国王代理になったというわけだ」
「……シルウェステルは、生まれたばかりのユリアを連れてきた時に、〈黒きもの〉の根源についての疑問をこぼしていた。……何も諦めていなかったのか……。では、『あの日』に俺とユリアが見た手紙の内容は──ふたりは根源の探索の際に、〈黒きもの〉の力を知らないうちに取り込んで操られてしまったということなのか……」
と、アイオーンは、複雑な感情を抱えた顔つきで息をついた。そして、少しの間だけ静かな時間が流れたあとにテオドルスが口を開く。
「昨日の君たちの話をまとめると、〈黒きもの〉との戦いは、千年を越えてまた始まったと判断するべきなのだろうな……。しかし、〈黒きもの〉は、オレの身体を『器』のように扱って行動していた。そのことから、〈黒きもの〉は星霊と同じく、大気の魔力が薄い場所では存在し続けることができない──。『器』にできる存在も、おそらくオレやユリアくらいの頑丈な身体がなければ無理だろう。そのことから、一般人に被害が出ることはほとんどないと思っていいだろうな」
「そうだな……。それが、せめてもの救いだ。しかし、お前やユリアの内側にいた〈黒きもの〉が、現存しているすべてではないはずだ」
「ああ。〈黒きもの〉は、まだどこかに潜んでいるのだろうとオレも思っている。しかし、どこにいるのやら──。それに、ユリアの内側に潜んでいたという『声なき意思』は、君のことを知っていたとのことだしな」
「それについては、俺にも本気でよく判らんが……今後どうするかについては、ユリアが目覚めてから話そう」
そして、アイオーンは眠るユリアを見た。これだけ近くで話していても──たまにテオドルスが大声で笑いはじめても──ユリアは起きない。
「……試しにやってみるか」
そう言って、アイオーンは部屋の扉に向かった。
「何をだ?」
「ちょっと待ってろ。料理を温めてくる」
そして、アイオーンが扉を開くと、ちょうどそこにはアシュリーたち四人がいた。
「──あ。アイオーン。ユリア、まだ起きてないん?」
「ああ。まだ起きていない。だから、あれを試してようかと思ってな」
そのことだけを伝えると、アイオーンはどこかへと行ってしまった。
「あれ? ……まあ、ええか。──おはよ、テオドルス」
「ああ。おはよう」
「身体、特に問題なし?」
「問題なしだ。すこぶる調子がいい」
と、テオドルスは満面の笑みで立ち上がり、腕を回した。その後、ラウレンティウスの顔を見てあることを思い出す。
「あ。そうだ、ラウレンティウス。少し聞きたいことがあるんだ」
「なんだ?」
「この屋敷には、音楽室はあるのか? なにか楽器は置いていないのか? まだ時間があるうちに、現代に存在する楽器や楽譜を見てみたいんだ」
と、テオドルスは子どものように目を輝かせ、興奮気味に問う。
「ピアノなら、あるが──」
「ピアノ!? 是非とも触らせてくれ! もちろん、壊さないよう最大の注意は払う! 楽器は繊細なものだからな!」
テオドルスは、さらに興奮したように声を張った。その時に、後ろにある少し長い三つ編みが、犬の尻尾のようにブンブンと左右に大きく揺れはじめる。
「まあ、構わないが……」
「……なあ。アンタの三つ編みさ、なんでか犬の尻尾みたいに動いてんだけど……?」
魔術の気配もないのに勝手に大きく揺れ動く三つ編みに、クレイグは呆気にとられた。そんな彼が指差すと、テオドルスは揺れ動く三つ編みを片手で掴んで止めた。
「おっと、驚かせてすまない。これは、昔からそうなるものなんだ。嬉しいという感情が高まると、後ろ髪だけが無意識に動いてしまうという変わった髪質でな。──ふふ、面白いだろう? だから、後ろだけ髪を伸ばして三つ編みにしているんだ」
魔力濃度が高い時代に生きていた魔術師ならば、大抵は髪まで魔力が濃密に宿っている。そのため、素質にも左右されるが、訓練すれば髪を自在に操ることができた。彼にもその素質があるのだろう。
「もしかして、前世がワンちゃんなのかと思いました」
イヴェットは興味を惹かれながらそう言うと、テオドルスは微笑ましそうに笑った。
「ははっ、可愛らしい発想だな。しかし、存外、本当に犬だったからこそ無意識に動いてしまうのかもしれないな」
「髪が動くほど音楽が好きなんですね」
「ああ、大好きだ。だから、現代の音楽をいろいろと聞いてみたい。──実は、一番上の姉が作曲家でね。もしかしたら、姉上が作曲した曲がこの時代にも残っているかもしれないな」
「……もしかして、ベレンガリア・マルグリット・フォン・ラインフェルデンのことか?」
ラウレンティウスがある女性の名前を言うと、テオドルスは目を輝やかせ、はじめに声にならない声をあげる。
「!!? も、もしや、姉上は有名なのか!?」
「少しだけ有名ではある。……いや、それよりも……テオドルスの苗字を知ってから、まさかとは思っていたんだが──」
「な、なんだ……!? 何があった……!?」
なんとなく言いづらそうに口籠るラウレンティウスに、テオドルスは思わず身構える。
「──その人は、俺達の先祖にあたるんだ。ラインフェルデン伯爵家から、共存派のなかでも戦果をあげたローヴァイン家に嫁いできたという記録と、その人が作曲した曲が残っている」
「!!!??」
刹那、テオドルスは雷に打たれたような衝撃を受けた顔となった。
「……な、ならば……君たちは、オレの……オレ、の……──」
「なにをワナワナと震えているんだ、テオドルス」
アイオーンがいつの間にか戻ってきていた。手には皿があり、そこには香り豊かな肉の煮込み料理が盛られている。
「聞いてくれ、アイオーン!! もはやオレとローヴァイン家は運命としか思え──なんとも美味そうな香りがする料理だな!! その料理の名はなんだ!?」
「秒で関心変えよったな!?」
アシュリーは即ツッコんだ。
「……間が悪かったか」
と、アイオーンはジト目をテオドルスに向けると、
「いや。気にするな」
テオドルスが言った。
「アンタが言うなっつーの!」
「さっきのテンションどこいきました!?」
クレイグとイヴェットもたまらずツッコむ。
「……アイオーン、それは──ユリアが好きな料理だよな?」
ラウレンティウスだけはどうにかツッコみたい欲を我慢し、話を戻す。
「ああ。冷凍保存していたものを解凍してきた」
「ユリアの好物を持ってきたということは、まさか──」
五人は察する。料理の香りにつられて、ユリアの目が覚めるかどうかの『実験』だ。
「これで起きたらユリアちゃん本物だよね……」
イヴェットがそう言うと、クレイグは小さく笑いを堪えはじめた。
「いや、さすがにそれはバカにしすぎだろ──」
刹那、その場にいた誰もが謎の視線を察知した。その視線を感じる方へ──寝台へ向くと、目をしょぼしょぼとさせたユリアがアイオーンが持つ料理を凝視し、ゾンビが這い寄るような雰囲気を醸し出しながら手を伸ばしていた。
「──……ご、は……ん……」
「は……?」
「起きたよ?」
「こいつ……」
クレイグ、イヴェット、アイオーンが言葉をこぼす。全員が呆然とし、沈黙が流れた。
そして、「くぎゅ~〜……」とユリアの腹の虫がのたうち回る。
「──あっ、はははははッ!」
テオドルスが腹を抱えて大笑いすると、その大声に驚いたユリアが覚醒した。
「えっ──!?」
「お前という女は残念すぎるな……」
アイオーンが憐れむ目をユリアに向ける。
「な、なに……!? なんなのその顔は!? どうして全員ここに──お、おなかが鳴ってしまっただけでしょう!? ねえ、アイオーン!?」
「伝説を作るな」
「伝説ってなに!? ──というかテオ! あなた笑いすぎなのよ!!」
「はははははっ! は、はあっ……! うっふ、ひ、ははっ──!」
「……何を話そうとして来たんだっけか……」
ラウレンティウスは遠い目をした。
◇◇◇
「──ここで、少し頼みがある。オレ自身の理解の確認も兼ねて、これまでの話を少しおさらいさせてもらってもいいか?」
食後。精神的に復活したユリアを交え、七人はこれまでの経緯と今後のことを話し合った。
約千年前に終結したと思われていた〈黒きもの〉との戦いがふたたび始まるのか──そのことで、現代に生まれた者たちは不安や焦りが先立っていたようで、四人の頭に浮かんだことから話し合った。そのため話の整理をすることをテオドルスが提案する。
「まず、ユリアのご両親であるシルウェステル様とカタリナ様は、〈黒きもの〉の根源を探るべく、オレに協力を頼んだ。シルウェステル様は病に伏したと嘘の公表して、オレは国王代理となる。そして、例の『あの日』の出来事が起きた──」
ユリアが両親と偽物のテオドルスを『殺し』、その後に彼女は〈黒きもの〉に操られそうになるも、その前に自害を選ぶ。
やがて、アイオーンが自らの核を埋め込んだことで復活したが、精神崩壊を起こしていたがゆえにその時代を離れることを望み、遠い現代まで眠ることになる。
「私は、偽物のテオとの交戦中に攻撃を受け、その時に体内に〈黒きもの〉の力の一部を取り込んでしまった。それが、クレイグが感じていた『得体の知れない気配』であり、私に『声なき意志』が届いていた理由でもあった」
ユリアがテオドルスの言葉から連ねると、アイオーンが続いた。
「テオドルスとユリアの体内に潜んでいた〈黒きもの〉は、先日の戦闘により消滅したことを目視で確認した。光陰もふたりの体内の魔力を確認してくれたが、もうふたりの内側には〈黒きもの〉は存在していない──。しかし、ユリア曰く、『声無き意志』は俺のことを知っているようだった……」
「私やアイオーンが〈黒きもの〉の力を感知できなかったのは……もしかしたら、〈黒きもの〉と近い力を持っていたからかもしれない。私は、アイオーンの核を身体に取り込んでいたことから、この身にある力はアイオーンとかぎりなく近いものと変質しているけれど──『自分のなかで生まれた同質の力』だと誤認してしまった可能性がある……」
〈黒きもの〉に擬態能力はあるのだろうが、それだけではなく、力の質が似ていたからこそ誤認していたのではないか。
ユリアは息をつき、その話題をいったんは置いておく。
「それから、無視できないことがふたつあるわ──。〈黒きもの〉はずっと待っていたけれど、結局は姿を現さなかった『彼』……。そして、私がテオ経由で両親からもらった光陰という刀のことよ。光陰は、ヒノワでは伝承を持つほどの刀で、その伝承は〈預言の子〉である私を指しているかのような内容だった。そして、光陰は人のカタチとなることができて、『我らは、数多の者たちの意志や願いからできている』と言った」
彼女の言葉の後に、アイオーンが続く。
「それに……光陰は、星霊である俺を『同胞』とも言った。そして、ラウレンティウスたち現代人四人を『縁ある者』だと認識し、力を与えた。光陰はこの四人を助けるために覚醒したと言っていたが、当人には根拠となる記憶が一切ない。……光陰は、テオドルスの内側にいた〈黒きもの〉を敵だと言い切っていることから、俺と〈黒きもの〉も関係していると判断していいだろう」
「──そういうことだから、オレたちは、まず『光陰に隠された謎や関連事項を調べること』とした……ということだな。〈黒きもの〉が待っていたという『彼』については、さすがに何もわからないから一旦は置いておこう。あと、逃げた〈黒きもの〉が今どこにいるのかもわからない。たとえ突撃できたとしても、今のままでは勝算は低い。そもそも、〈黒きもの〉を明確に倒す方法を知らない。……だけど、光陰の正体を追えば、〈黒きもの〉の正体や倒すための方法、さらにはアイオーンの過去についての情報も得られるかもしれない」
最後にテオドルスが締める。
光陰を調べれば、アイオーンのことと〈黒きもの〉の両方に繋がる何かが判るかもしれない。
次に向かうべきところは、ヒノワ国だ。




