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第一節 十年前の出逢い ⑦

「いつも通りでいいってことだよ。そんな不安になんなって」


「……では、星霊の(かた)は? どんなヒトですか?」


「〈彷徨える戦姫〉の保護者って感じだったな。あと、星霊特有の『人間との感覚の差』は全然感じなくてよ……驚くほど『普通の人間』ってかんじだったな……。現代のことも、もっとよく知ろうとしてくれるし……。歴史が正しければ、あのヒトが『神のような力』を持った大星霊のはずなんだが──」


 星霊特有の『人間との感覚の差』。

 人間よりもはるかに長寿であり、人間よりも強い力を持つ──もちろん個人差はあるが、そのほとんどが人間よりも強い──ため、いろいろと感覚が違う。星霊と人間は、ともに共存していた隣人同士であったが、種族差ゆえの差別も存在していた。普通の星霊よりもさらに力を持つ大星霊であれば、その感覚の差はなおさらあったと考えられる。

 すると、その時。部屋の扉がノックされた。


「ダグラス。そろそろ約束の時間ゆえ、子どもたちを案内してやりなさい」


 ダグラスの養父エドガーだ。ダグラスは頷き、椅子から立ち上がる。


「ああ、わかった。──んじゃ、行くか。ユリア・ジークリンデ様は小離宮の庭にいらっしゃるから、途中までは一緒についてくよ」



◇◇◇



 子どもたちが小離宮の庭に向かっている頃。春物の白いワンピースを着ていたユリアは石畳の道にしゃがみこみ、その脇に植えられている春の花々に目線を落としていた。


「アイオーン……。私、今まで年下の友達なんていなかったから……なんだか緊張してきたわ……。どのように接すればいいのかしら……? まずは自己紹介……そのあとは、どうすればいいの……?」


 そう口にする彼女の顔は無表情だが、目線は忙しなく動いていた。


──俺に歩み寄ってくれたときのように話せばいい。……というか、なぜ言葉を口に出しているんだ? 心のなかで言葉を思い浮かべても意思疎通はできるだろう。


「言葉を口に出していれば、落ち着くかもしれないと思って──。けれど、あのときに私が歩み寄れたのは……あなたと私に『共通点』があったからよ……」


──ならば、何か気になることを質問してみればいい。共通点を見つけられるかもしれない。


「……頭が真っ白になったら、あなたが表に出て喋ってくれる?」


──お前は、戦闘になると勇ましいが……こういうことになると、とことん弱いな。


「だって、友達の作り方なんて学んだことがないもの……。あの人とは……あの人のほうから、気にかけてくれたから──」


──俺も、お前と似たようなものなんだがな……。まあ、いい。そうなった時はなんとしてみるが、なるべくお前なりに頑張ってみたほうがいい。これからのためにも、現代の日常というものを知っていく必要があるだろうからな。


 そうだ。国の役に立つためには、極秘部隊に入らないといけない。しかし、入るには条件がある。それが、現代の日常というものを知っていくこと──ダグラスとの約束だ。それを知るためにも、友達の作り方も学ぶ必要性はあるはずだ。


(……背後から魔力──人間の気配。現代人の子ども。数は四人──)


 魔力の気配から、それらの情報を瞬時に察知した。


(……? 何かしら、この魔力の流れ……)


 そのなかで、とある魔力に違和感も感知した。ユリアは立ち上がり、後ろを振り返る。

 これは誰の魔力だ──歩いてくる子どもたちのなかにいる。一番幼い少女ではない。十代後半らしき少年と少女でもない。十代半ばの少年からだ──。

 その少年は、ユリアと目が合っていることに気が付くと顔を強張らせ、足を立ち止まらせた。


(あの子……生成された魔力は血中には流れていかず、背中の皮膚のほうに流れて、身体の外へ出てしまっている……。あの体質に、誰も気づいていないの? わかっていても、どうすることもできなかったのかしら──)


 あれは珍しい特異体質だ。しかし、現代では昔に比べて大気中の魔力が薄まり、魔術と呼ばれる技術そのものが衰退していっている時代。だから、誰も何もできなかったか。あるいは、気づけなかった可能性がある。

 現在のあの少年は、血に魔力が流れていないことから、魔力の耐性も身につけることもできずにいる。現代における『普通の人間』と大差ない状態だ。ユリアは、そのことを少年に伝えようと口を開こうとした。


「──あ、あの!」


 が、一番幼い少女に話しかけられてしまった。幼い少女は、緊張と期待を込めた目線をユリアに向けている。


「りゅ、竜になれるってホントですか!?」


「お、おいッ!? イヴェット!?」


 十代後半らしき少年が慌てて注意すると、ユリアは「いいのよ」と言って少年の言葉を止めた。


「……竜になれるのは、本当よ。けれど、私は中途半端な姿にしかなれないわ。あなたが想像するものとは違うかもしれないけれど……」


「それでもかっこいいと思います! 見てみたいです!」


「かっこ、いい──?」


「です! あと、さわってみたいです!」


 幼い子どもがここまで興味を持ってくれているというのなら、叶えないわけにはいかない。ユリアは、好奇心旺盛な少女の前でしゃがみこみ、手の甲を見せた。

 ユリアの体内の魔力が手に集まってくると、手の甲の中心から白い鱗が現れ、それが手を覆いつくした。さらに五本の指先から鋭く尖った爪が生えていく。


「わー!? うろこ、白い! ツルツルでキラキラしててキレイ! ツメ、すごいとがってる! ラルス兄、イグ兄、アシュ姉もさわってみたら!?」


 歓喜の声をあげるイヴェットが声をかけるが、誰も近寄ろうとはしない。それどころか、先ほど少女を止めていた十代後半ほどの少年は恥ずかしそうにしている。


「おい、やめろ……。少しは落ち着いてくれ……。というか、言うなってダグラスさんから言われただろう……!?」


「──いや、気にするな。ユリアも俺も気にしていない。素直でかわいらしい子だな」


 すると、突如として英雄の口調が気さくな雰囲気に変化した。その変わりように、四人の子どもたちは唖然とする。


「……は、えっ……」


「俺の名はアイオーン。ダグラスから聞いているだろう? ユリアの身体には、ふたつの魂がある。だから、二重人格のようなものになっているとな」


 アイオーンは、性別を持たない種族である星霊。それも、かつて『神のような力』を持つ存在と呼ばれていた大いなる存在だ。

 突然の登場に、ラウレンティウスは心臓を激しく鼓動させながら、どうにか頭を働かせて言葉を紡ぐ。


「い、いや。まあ……。ですが、突然変わるとは思わなかったもので……」


「なんの前触れもなく入れ替わるときもある。慣れてくれ」


「は、はあ……」


「──ちょ、ちょっと。アイオーン……もう少し子どもたちに合わせてあげて」


 ユリアの口調が思慮深い雰囲気のものに変わった。ユリア・ジークリンデに戻った。

 が、すぐにまたアイオーンへと変わる。


「いいじゃないか。堅苦しいところを見せるだけでは、子どもたちの緊張もほぐれないだろうからな──ちょっとしたイタズラとして驚かせてやろうと思っただけだ。それに、俺だって子どもたちと話がしたい」


 そして、またユリアへ。


「あなたって、孤独な星霊だったけれど……昔から、なぜか人間の子どもには甘いわよね……。小さい頃の私にもそうだった気がするわ」


 また、アイオーンへ。

 こういった人間だから覚えておいてほしい、という自己紹介のようにふたりの精神は交互する。


「そうかもな……。なぜだか、妙に懐かしさを感じるときが……──っ」


 その時、アイオーンに頭痛が起こったのか、額に手を添えるような姿勢をして小さくうめき声を出した。


「どうしたの……? 頭、いたいの?」


 イヴェットが心配すると、ユリアの身体を操るアイオーンは人間の手のほうで少女の頭を撫でる。


「……ああ。たまに、なぜか起こるものでな──」


 そして、少女の頭から手を下すと、アイオーンはぽつぽつと語りはじめる。


「実は……俺には、昔の記憶がない。アイオーンという名前も、おぼろげに覚えていた『名前らしき言葉』だと自分のなかでは認識している。だから、俺の本当の名前ではない可能性が高い……。こういった理由から、お前たちにも『アイオーンという言葉は、俺の仮の名前』だという認識でいてほしい」


「……? 覚えてないのに、どうして自分の名前じゃないってわかるの?」


「自分の名前ではないという感覚だけは、はっきりとあるんだ──おかしな話だがな……。そのせいで長年使っている名ではあるが、未だに違和感がある……」


「今も、なにも見つけられてないの?」


「ああ。だが、ときどき懐かしさを抱くことがある……。お前達のような年頃の子どもと接していると、そうなることが多い──。失った記憶と、何か関係があるのかもしれないな」


「それじゃ、これからあたしたちと一緒にいれば、なにか思い出せるかもしれないよ!」


 そう言いながら少女はニコッと笑う。すると、アイオーンは遠くを見るように微笑んだ。


「……そうかもしれないな。だが、俺の記憶のことはあまり気にするな。頭痛がしても、懐かしい感覚を抱いても……結局、何も思い出せないからな。──そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。名前はなんと言うんだ?」


「あたし、イヴェットっていいます!」


「イヴェットというのか。よろしくな」


 アイオーンは微笑みながら言うと、竜化させていた手をもとに戻しながら立ち上がった。


「お前達の名前も教えてくれないか。そこの少年から順番に」


「えっ、あ──はい。オレは、クレイグといいます」


「アシュリーっていいます。クレイグの姉です」


「ラウレンティウスと申します」


 三人の子どもたちからも名前を聞くと、「クレイグ、アシュリー、ラウレンティウスか。これからよろしく頼む」とほほ笑んだ。


「こうしてせっかく出逢えたのだがら、いろいろと話をしたいところだが──まずは、ユリアがクレイグに聞きたいことがあるらしい」


「えっ? オ、オレに……?」


 突然の名指しに、クレイグは戸惑う。その間に、アイオーンからユリアへと意識が交代した。

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