第十四節 猛火の一矢 ②
「……結婚式の最中に花嫁を奪取しようとは、創作物語の見過ぎじゃないか?」
扉の前にいるのは、極秘部隊の制服に身を包んだアイオーン。
テオドルスは呆れた口調で言葉を紡ぎながらユリアから離れる。
「狙ってやったわけじゃないんだがな。まさか結婚式をしているなど思わなかったぞ。……しかし、誓いの口づけをする瞬間だったとは──止めることができて安心した」
その時、アイオーンの両脇からは、全身に青い鱗や白銀の牙、尖った爪を持った宙に浮く蛇のような形状の厳めしい生き物──ヒルデブラントよりもさらに東にある国々では、龍と呼ばれている存在に近い──と、白くて体格のいい躯体にところどころ黒い入れ墨のような文様が入った虎が現れた。その二体からは魔力の気配はするが、幻影の類ではない。魔力から仮初の肉体を作っていると判断できる気配だった。
「この地域では見かけない獣をペットとして連れてきたのか? 人間と星霊以外の生き物はお断りしていたんだが」
「アタシたちがペットですって? 人語を操るアタシたちがペットに分類されるのは、ちょーっと無理があるんじゃないかしらねぇ……? 外見だって、ヒノワあたりの国だと霊獣っぽいものなのよ?」
「その器から漏れ出ている気配……生理的にイケ好かない鬱々と鬱陶しい雰囲気のなかに、イケイケでキラキラした太陽──いや、意外と『ギラギラ』が正しいか。『一見、飼い慣らされているようで、殺伐とした何かに飢えている獣』のような──ともあれ、そのせいで貴様らは、澄ました顔をしながらも意外とてこずっているようじゃないか」
青い龍と白い虎が喋る。青い龍は、男のように低い声だが、口調は明るい女性の雰囲気がある。白い虎のほうは、声色も口調も落ち着いた老婆のようだ。
荘厳な雰囲気のある二体の獣だが、口調や声色は、その姿とはあまりしっくりこない──とくに青い龍──ものであるため、場の雰囲気はいまいち締まりきらない。
外見は、創作の世界でもヒルデブラントやその周辺の国々では見かけない。どちらかといえば、ヒノワに存在していそうなものだ。
「──ああ、なるほど。ペットではなく『アレ』から分離した力か。人間の魔力の気配が混じっているからよくわからなかったな」
と、テオドルスは呟くと、軽く息をついた。
「……ユリア。手早くアイオーンを殺せ」
「──わかったわ」
テオドルスの傀儡となっているユリアは、命じられた瞬間に表情を無にし、急速に間合いを詰めてアイオーンに斬りかかった。その時にユリアは、にやりと口角を上げる。
アイオーンは、ユリアの攻撃を受け流し、神殿の天井を突き破って距離をとる。ユリアはかの者の後を追い、神殿から去っていった。
「……共に来たわりには加勢しないのか。少し意外だな」
「いやだ~。イケてるお兄さんを野放しにできるはずがないじゃないのよ~」
「見張っておかないと、あんたが何しでかすかわかんないからね」
「その程度の力で、私に勝てるとは思ってはいないだろう? ……誰かが、まだここにいるな?」
テオドルスを演じる者はそう推理すると、神殿に集まっていた賓客たちや式のための装飾などを魔力の粒子にして消した。神殿の内部が、ただの広い空間となる。
「──隠れるのが上手いな。だが、かくれんぼは終わりにしないか? 式の邪魔をしたことには怒らないから、おとなしく出てくるといい」
彼がそう言葉を紡ぐと、クレイグとラウレンティウスが姿を現した。
「……式の邪魔よりも、待ち人がいまだに来ないことに怒ってんだろ?」
クレイグが言うと、テオドルスは微笑む。
「ああ、そうなんだ。『奴』は今、どこにいるのやら……。君たちは何か知らないか?」
「その『奴』というのがいったいどこの誰なのか、俺達にはさっぱりだ」
ラウレンティウスが言うと、「それもそうか」とテオドルスは納得する。
「そういえば、ふたりの女の子はどこにいるんだ? ここにはいないのか?」
テオドルスの問いかけに、ラウレンティウスは「さあな」と素っ気なく返す。
「君たちとこの二匹の珍しい獣は、何かの時間稼ぎか? 君たちの魔力の気配が、昨日よりもずいぶんと厄介なものに変わっているが……もしかして、『アレ』に──刀の姿をとっていた者に、力を与えられたのか? じゃないと、こんな魔力濃度が高いところに現代人が平然としていられるはずがない」
その時、外から爆音が起き、神殿の内部まで響いてきた。
「──アンタが待ち望んでるヤツってのは、どうやらアンタに興味ないっぽいな? ここまで盛大に式を催しておきながらいまだに来ねえってのは、さすがに悲しくならねぇか?」
クレイグはその爆音に驚くことはなく、冷静にテオドルスからの質問を無視し、別の質問を返した。ラウレンティウスも不穏な大きな音を気にする様子はない。そして、テオドルスは質問を無視されたことに追及せず、ただの暇つぶしのように彼の問いに答える。
「この式は、『奴』を待っている間の暇潰しに始めたことだ。それから、一応はあの女の主人として、偽りでも幸せを与えてやろうと思っただけにすぎない」
「ユリアを奴隷扱いかよ。性格悪すぎんだろ」
クレイグが吐き捨てると、テオドルスを演じる者は笑った。
「──さて。せっかく君たちがパワーアップしたんだ。いったいどのような力を貰ったんだ? まだ暇を潰さないといけないだろうから、よかったらここで披露してみてほしい」
「この力は見世物じゃない。誰かの『願い』や『想い』が集まったものだ。それを蔑ろにするつもりなら許さんぞ」
ラウレンティウスが異議を唱えると、青い龍は「あら~!」と黄色い歓声をあげた。
「そう言ってくれるなんて、アタシ……カンゲキ!」
「あんたはちょっと落ち着きな。小僧らの気が緩んじまうだろうが」
白い虎が異見を差し挟む。
「あら。気の張りすぎもよくないと思うわよ?」
「つっても……いろいろと背負ってるもんがあるから、イヤでも緊張してるんだぜ。こっちはよ」
クレイグが笑顔を取り繕いながらこぼすと、青い龍は「大丈夫よ」と励ます。
「危なくなったら助けてあげるから。アタシたち、これでも誰かの支援をしながら戦闘をこなすのには慣れっこなのよ」
「不思議なことに、なんで慣れてんのかはまったく身に覚えがないんだがね……」
と、白い虎は言う。その後、平然としていながらも内側に不安を抱えているふたりの青年を見た。
「──怖気づくと勝機を逃すよ。この戦いにおいて重要なことは、己を信じて戦いに挑むことさ。今のアンタらは、間違いなく少し前のアンタらじゃない。だから自信を持ちな」
「……わかった」
「んじゃ……ちょっと頼むぜ」
ラウレンティウスとクレイグが答えると、白い虎は「ああ。任せときな」と返した。
そして、ふたりの手に武器が顕現した。ラウレンティウスは長い柄の斧槍。クレイグは刃渡りが長めの短双剣。
「……幕間の時間は、もういいのか? ──では、始めるとしよう」
テオドルスを演じる者は、手に大気中の魔力を集めると、月白色の剣を作り上げた。
白い虎が地を蹴り上げると、宙に浮く青い龍は素早く間合いを詰める。
白い虎と青い龍は、長い尾を刃に変化させ、それぞれの鋭い牙も武器とした。二体の獣は、地と宙を舞いながらテオドルスを演じる者に食らいつく。その合間に、ラウレンティウスとクレイグも武器を振い、猛攻する。
しかし、テオドルスの戦闘技術は、ふたりと二体の猛攻に難なくついていけるものだった。動きは二体の獣よりも速く、次の敵の攻撃を読んでしなやかに身体を反らして躱し、防ぎ、そして隙を見つけて攻撃をする。あるいは隙を誘導する。武器を持っていない片手や足であっても武器を流すことができる。
力は互角だ。
「──君たちに奥の手はないのか? もしもあるのなら、是非とも見せてほしいものなんだが……この戦いの目的は、やはり何かの時間稼ぎか」
勝利を決しようとするための動きを誰もしようとはしなかったことに、演者はそう解釈した。しかし、何の時間稼ぎなのか──。
「──……」
それは、『彼』にとっては想定外なものだった。
結婚式の会場となっていた神殿が一気に色褪せ、壁が崩れ落ち、天井が崩壊した廃墟と変わった。
「……! 幻影だけでなく、『裏側にあった魔術』を解いただと……?」
結婚式に彩られていた幻影の街が、消えた。幻影だけではない。その裏側に仕込まれていた魔術もすべて。
「──なんも知識ない新卒に簡単に説明しただけのムズイ仕事を『定時までに終らせといて』みたいなノリで頼まれたんやけど……なんとか出来たわ」
崩れた神殿の入り口にて、アシュリーが立っていた。
「ほう……? 君が、あの防壁の術式を書き換えたのか」
「ウチは、魔眼ってモンもろたからな。それ使って術式解析して解体したんよ。その使い方も一緒に、文字通り『インストール』してな──せやから、付け焼き刃的な能力でもなんとかなったってワケや。……それでもムズかったけど」
「──コムギコにタマゴ! 大丈夫!?」
その時、この場に風変わりな名前を呼んだのはイヴェットだった。何かをしていたのか、今やってきたようだ。少しだけ息が上がっている。
そんなイヴェットの肩には、小さな朱い鳥。そして頭には、同じく小さな黒い亀が乗っていた。
「ちょっとー! 戦場でそんな名前で呼ぶのはやめてちょうだい!? 自分の名前わかんないから好きに付けていいとは言ったけどなんで原材料の名前なワケ!?」
「もしかしなくてもネーミングセンス皆無だね」
青い龍と白い虎は、付けられた名前に不満を打ち明ける。
「わたくしたちに付けられた名前は……なんでしたっけ……?」
「君が『ギュウニュウ』で、僕が『サトウ』……だったかな……」
イヴェットの肩に乗る小さな朱い鳥と、頭に乗った同じく小さな黒い亀が呟く。
「──なぜ現代人でありながら……何の異変も苦しみもなく、全員がその力を身に宿せた……?」
テオドルスを演じる者は苛立ちを見せた。その瞬間、アシュリーとイヴェットたちの上空から、円状に光の槍が出現し、串刺しに攻撃した。彼女たちがいた場所には砂埃が舞う。
「──苛立っているな。お前でも予想外の力だったか。……まあ、俺もこうなるとは思わなかったものだが」
砂埃が収まると、そこには防壁を張るアシュリーとイヴェット、そして、アイオーンがいた。
「!? なぜ貴様がここに──」
ユリアに殺せと命じ、主に忠実な人形と化した彼女は、アイオーンに襲撃した。
そのアイオーンがここにいる。
ということは、ユリアは負けたのか? いや、あり得ない。今となっては『器』の中に入らなければ生きながらえない星霊が、全盛期と変わらない〈預言の子〉に勝つなど──。
「……まさか……この短時間で、術の解体がおこなえたのは──」
『あり得ないと思っていた可能性』。
演者は、それがあり得たのだと理解する。
「やっと気づいたのか。愚か者め」




