第一節 十年前の出逢い ⑥
「その人、きっと今の時代のことあんまり知らないよね? 携帯端末の使い方、教えてあげるとかは?」
「英雄が携帯端末を使うって、なんかシュールだな」
イヴェットの発言に、ラウレンティウスは小さく笑う。
「でも、なんでその人はここにいるんだろうね? その人、人間なんだよね?」
「ああ……〈彷徨える戦姫〉は、星霊ではなくて人間だ。どうして千年後の時代にいるのか、俺にもわからない……。ダグラスさんに聞けば、何かわかるかもな。もうすぐ来てくれるはずだ」
「あたしのお父さんとお母さんは、あたしたちよりも先にカサンドラ様やダグラスさんと話をして、いろいろ知ってるはずだと思うんだけど……それは直接ダグラスさんに話を聞きなさいって言って、何も教えてくれなかったんだ。ラルス兄とこのおじさんとおばさんも、イグ兄とアシュ姉とこのおじさんとおばさんも、何も教えてくれなかったんだよね……?」
ラウレンティウスは頷く。
「ああ……。父さんや母さんからは、うまく伝えられる自信がないからダグラスさんに教えてもらえと言われたな──ん……?」
その時、部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。開いた扉から見えたのは、ダグラスの姿だった。
「──おーい。お前さんら、緊張とか……してなさそうだな」
部屋にいた子どもたちの顔はいつも通りだったことで、ダグラスは少しだけ拍子抜けしている。
「あ、ダグラスさんやん。久しぶり──ってか、魔道庁の制服やなくて珍しくスーツ着てんのって、なんか違和感ありますね」
「オレにとっては、アシュリーが西部訛りになってんのが違和感だな。イントネーション完全に西部のだしよ」
「慣れてください。取れたらいいんですけど、取れる気配ないんで。それより、ここで質問してええんですよね?」
アシュリーがそう問うと、ダグラスは「そうだよ」と言いながら部屋に入り、四人が囲む長机の近くにあったキューブソファーに座った。
「──答えられる質問には答えるつもりだぜ。何が聞きたい?」
「んじゃあ、まずオレから」
と、クレイグが挙手する。
「なんで英雄がここにいるのか教えてください。そもそも本物なんですかね、その人……」
「やっぱ、そこ気になるわな……。俺も真っ先に思ったもん。──けど、安心しな。〈彷徨える戦姫〉は本物だよ。立入禁止区域にある廃墟の神殿にいたのを、俺もこの目で見た。しかも、初めて声を聞いたときはかなり古そうな言葉を話してたってのに、カサンドラ伯母さんの手を握っただけで現代語の知識を獲得したんだ。それにくわえて、何も説明していないのに、魔力の気配だけで伯母さんと俺がヒルデブラント王家の血筋の人間だと言い当てた。……間違いなく、現代人の想像の範疇を超えた御方だ」
「今まで、立入禁止区域の神殿にいたんですか?」
「ああ。そこの神殿の地下で、魔術を使って眠ってたんだとさ。あそこは現代人が住む街に比べて魔力濃度が常に高いから、魔術はずっと動いてくれるからな」
「今まで眠ってて、今この時代で起きた理由は?」
「本人たち曰く──聞かないでほしい、だとよ」
「……聞かないでほしい?」
怪訝そうにクレイグは言う。
「──……本人『たち』……?」
そして、ラウレンティウスもある言葉に反応する。
「まあ、聞いてくれ。──本人たち曰く、『現代に伝わっている歴史は、たしかに史実とは異なっている。でも、私たちは異なった歴史を訂正するためにここにいるわけじゃない』とのことだ」
「じゃあ、何のために……?」
「聞くな、って言ったろ?」
肝心なことはわからずじまい。クレイグは不服そうに黙り込んだ。
「代わりに、実際に会ってみてなんとなく感じたことはある……。俺が見た印象だと……彼女は、疲弊してるのかもなって思った」
「ひへい?」
イヴェットが首をかしげる。
「疲れてるのかもって思ったんだ。でも、あの姫さんが抱えてる感情は、きっとそれだけじゃねえ──」
と、ダグラスは足を組み、腕も組んだ。そのときの彼の顔つきには、薄暗いことを考えている雰囲気があった。
「〈彷徨える戦姫〉の歴史は、少ししか残されてないが……『都合の悪いこと』を残さないために、権力者があえて消したのかもって──あの姫さんの顔を見た瞬間、思わず邪推した」
「……」
その瞬間、部屋の空気が少しだけ張り詰める。子どもたちはダグラスの雰囲気に何も言えなかった。
「──つっても、これはただの俺の妄想だ。まあ、そんなんだったから、この件について踏み込んだことは聞くな。いいな?」
「……あの、ダグラスさん。彼女『たち』って……? 英雄のほかに、誰かがいるんですか?」
ラウレンティウスがおそるおそる聞くと、ダグラスは思い出したように「あぁ」と声をもらす。
「それはな……星霊が、一緒にいるんだ」
「ちょ、えっ、せ、星霊!? そんなん、現代のこんなうっすい魔力だけやと生きられへんはず──!」
アシュリーが思わず声を上げると、ダグラスは手を前に出して彼女の言葉を制止した。ほかの子どもたちもそのことは知っているため、驚いている。
「その星霊は、ここでもちゃんと生きられるんだよ。……星霊の核が、〈彷徨える戦姫〉の身体の中に埋め込まれてるからな」
「は……え……?」
アシュリーは口を開けて声を出そうとするが、意味がよく理解できないため言葉が出てこない。ほかの三人も呆然としているなか、ダグラスは話を続ける。
「俺も聞いてはみたが、『いろいろあった』ってだけで深くは教えてくれなかったのさ。──ともあれ、彼女は今、ひとつの身体にふたつの魂があるような状態なんだ。なんとなく二重人格みたいに感じるが……そのことについても聞くなよ」
「……んじゃ……あちらさんは、ずっとそのままの状態でおるつもりなんですか?」
「いや。その状態だといろいろ不便らしくてな──だから、『器』を提供することになった。もちろん、人間のカタチをした仮初めの身体だ」
「『器』って、ヒルデブラントや他の国々が協力して開発しようとしてるアレのことですよね? 一部の土地にはまだ星霊は少し生きとるけど、そこの土地におってもすることないし、人間は住まれへんし、退屈でつまらんからってことで星霊側から要望あったからって──。けど、『器』の完成ってまだでしたよね……?」
「ああ。だから、彼女たちも陰ながら開発に参加してくれることになった」
「……その研究、ウチもめっちゃ参加したい……」
アシュリーが呟く。
「あと言うことは……あぁ、そうだ。彼女は、竜になれるらしいんだが──」
人間が竜になれる──それが聞こえた瞬間、子どもたちの目つきが変わった。特に、イヴェットの目が一番輝いた。
「竜!? あたし、見たいです!」
「あー。ダメだ、イヴェット。絶対にねだるんじゃないぞ? あのおふたりを困らせんな。お前さんの印象悪くなるぞ?」
「……むー」
しかし、ダグラスから注意されてしまい、イヴェットは頬を膨らませた。
「──まあ、こんなとこだな……実際に会う前に話しておくべきことは」
「ダグラスさん。あと、もうひとつだけ──。〈彷徨える戦姫〉は、どんな人ですか?」
と、ラウレンティウスは問う。ダグラスは少しだけ悩み、こう答えた。
「……真面目でおとなしい人、かな」
「おとなしい人……? なんというか、少し意外ですね……。英雄と呼ばれている人なので、なんとなく男勝りな人なのかと思ってたんですが……」
「もともと持ってた権力や血筋の高貴さを振りかざそうとする態度は一切ない。むしろ、腰が低いというか……低すぎる気はしたな。あと……」
「?」
「いや、なんでも。何はともあれ、直接話してみてくれ。お前さんらなら、あの姫さんや大星霊殿と仲良くできると思う──だから、お前さんらを紹介したんだよ」
「なんか妙に期待されてんな、ウチら……」
ふたりの話を聞いていたアシュリーが思わずつぶやく。




