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第十一節 夢の終わり ①

 遠距離『婚約者』となってからのユリアとテオドルスは、今まで以上に手紙のやり取りをするようになった。


 婚約者になっても、お互いの関係はあまり変わっていない。

 テオドルスは、自らを『テオお兄ちゃん』と称しつつも、使用人たちに婚約者であるユリアのことを惚気てやったとノリノリで書いていた。対してユリアは、私の父と母に迷惑をかけたら怒りにいくということや、この魔物を狩って食べたら美味しかったなど、色気のない内容ばかりだった。


 ただ、ユリアは未だに恋愛事に疎く、異性としてテオドルスにどう接すればいいのかわからない自分を申し訳なく思っている旨を書くと、テオドルスは、性別を越えた愛をユリアへ記した。


 異性として見られていなくとも別に良い。ただ、自分を家族として見てくれていればいい。君の心は、なにもおかしなことではない。オレはそんな君を愛している──と。


 そんな彼に、ユリアはこう答えた。あなたは何があっても私の家族だと思っているわ。私も、そんなあなたのことが大好きです──。


 ふたりの間には、紛れもなく『愛』があった。


 『男』という異性を知るのは、すべてが終わった後で構わない。今の君にそんな余裕はないということは知っている。戦いの後なら、時間はいくらでもある。だから、ゆっくりとオレという男を知っていってほしい──彼の手紙には、そう書かれていた。



 しかし、『その終わり方』は、あまりにも非情なものだった。



「──伝令兵から聞いた! 国王様と王妃様がいなくなったとは、どういうことだ!?」


 ユリアが二十歳を迎えてすぐの頃に、『その日』はやってきた。


「暁様……! アイオーン殿……!」


 城の出入り口となっている大扉を自身で開いて入ってきたユリアとアイオーンに、衛兵や使用人たちは慌てて一礼する。城内にいる者たちは狼狽え、混乱していた。


「あいさつは不要だ。──それよりも、教えてくれ。テオドルス・マクシミリアンは……国王代理はどこにいる……!?」


 焦慮(しょうりょ)に駆られた表情でユリアが問うと、使用人たちを束ねる立場にあるらしき男が戸惑いながら答える。


「お、おふたりを探して……いずこかに……! 我々に命令を下さぬどころか、何も教えてはくださらず──!」


「は──? な、なぜ……!?」


 テオドルスが何も伝えずに城を出ていくほどのことなど──いったい何があったというのか。アイオーンも口を閉ざしながら眉を顰めている。


「し、しかし、テオドルス・マクシミリアン様が先ほどまでご覧になっていたものがございます。こちらを……!」


「これは……手紙か……? 誰からの──」


 差し出されたのは折りたたまれた二枚の紙。開いてみると、そこには必死さが表れた走り書きの文字があった。文章はかなり簡略的に書かれている。それにはこう書かれていた。


『──テオドルスへ。我らの内に〈黒きもの〉あり。触れすぎた。我らの身体、操る。抵抗できない。神祀る地下神殿、かの空洞へとの呼び声あり。願う。我らを殺せ』


「な──んだ、これは……。いったい、何があったというのだ……!?」


 鬼気迫る文字で書かれた不穏な内容の手紙に、突如としていなくなった両親とテオドルス──もはや〈預言の子〉として振る舞うことができなくなっていた。しかし、そんな弱さを振り払うようにユリアは目をつむって首を振り、大きな声を出した。


「──兵たちは、城内だけでなく、街の周囲の警備も強化せよ! しかし、街の者たちにこのことを悟られるな。病に伏していた国王だけでなく、王妃と国王代理までいなくなったとなれば混乱が起こる。多くのものが不安に陥っているときに、運悪く〈黒きもの〉が来てしまえば……ヴァルブルクの混乱はさらに広がり、普段の力すら出せずに甚大な被害を受けてしまうことになるだろう」


「我らが〈預言の子〉の言うとおりだ。皆のもの、まずは落ち着け。勝手な憶測に心を囚われるな。今の敵は、我らの精神を不要に揺るがすその心だ」


 大階段から鞘に収めた剣を携え、鎧を身にまとった老いた男が降りてきた。そして、大きな声で混乱した場を諫める。その時に、アイオーンが、ユリアの持っていたもうひとつの紙に目を留める。


「……ユリア。もうひとつの紙のほうには、何が書いてある?」


 アイオーンの声に反応したユリアは、急いで畳まれた紙を開いた。


「……これは──」


 ヴァルブルクがある大陸と、離島が点在している海洋部分の地図だった。その離島のひとつに赤い丸印がついている。そこは、離島にある地下神殿。この時代よりも、もっと身近に魔術が存在し、日常生活で当たり前に魔術が使われていた古代──その時代に造られたとされている。そこには大いなる神が祀られているのだが、今でもその神は存在し、この神殿に座しているとされているため、この周囲にある国々の者は誰も立ち入ろうとはしない。

 この場所に、テオドルスや両親がいる──そう直感したユリアとアイオーンは、互いに目線を合わせた。


「──皆よ。ヴァルブルクを頼んだぞ」


「えっ、あっ──暁様!? アイオーン殿!?」


 ユリアとアイオーンは、兵たちの声に振り向くことなく城から出て行った。

 目的地は離島だが、そんなものは平原を駆けるように海面を走ればいい。長く走り続けることは何の苦もない。一刻も早く、地下神殿に向かわなければ。



◇◇◇



 ふたりは地を駆け続け──そして今、海を駆けていた。

 空は薄暗く、風は吹く荒れ、それにともない海面は荒れていた。しかし、波がどれだけ高くなろうとも、ふたりはものともせず、まるで岩場のように飛び越えて先を進んでいく。


「……アイオーン。この海の荒れ方は──やっぱり……」


 ユリアは足元の海面を気にしながら高波を越え、アイオーンを見た。


「ああ……。──〈黒きもの〉の気配がする」


 たしかに天候は荒れ模様だが、この高波はそれが原因ではないことをふたりは察知していた。


「──ユリア、お前は先に行け!」


 水面下から黒い大きな影が見えてきた。〈黒きもの〉の気配がする。


「わかったわ……! できるかぎり早く来て──!」


「早く終わればな──!」


 地上だけでなく、海洋にも出没するとは聞いていたが、まさかこんな時に現れるとは。影は大きい。しかし、勝てない相手ではないはずだ。

 この時のユリアは、ひとりになることをひどく怯えていた。〈黒きもの〉に挑むよりも、今向かっているあの地下神殿に向かうことが、とても恐ろしかった。


 アイオーンを背にし、ユリアは離島へと向かう──。

 そして、目的の島に上陸し、地下神殿へと向かった。島は小さく、島そのものが神殿となっていた。神殿の入り口に入ると、古代に作られたものとは思えないほどに建造物はしっかりと残されていた。深みのある茶色のレンガで造られた神殿の壁や柱、床からは、かすかに魔力を感じる。魔力があるからこそ頑丈なようだ。地下神殿の入り口となる階段を降り、その先にある道を進むと、魔術による明かりが道の脇にある台に勝手についていった。


「テオ……!? どこにいるの!? テオッ!!」


 ユリアの大声が反響するも、テオドルスの声は聞こえてこない。もっと奥にいるのか。ユリアはさらに神殿の奥へと進む。すると、地下とは思えない空間が広がっていた。

 天井や地面がない、果てなく続く真っ白な空間。そこにレンガ造りの一部分の廊下や床が浮いていて、かろうじて『道』を作っている。強く蹴り上げて足場を飛ばなければ届かない『道』もある。


「なんなの……ここは……」


 この神殿にいるという大いなる神が、道を阻んでいるのだろうか。

 いや、ここは古代に造られた神を祀る場所だ。古代人が、この時代の者では解明できない魔術で作り上げた、侵入者対策用の空間なのだろう。

 ユリアは意を決し、その空間に足を踏み入れた。浮いている小さな足場に立てば、少しずつ落下していく──急いで近くにある浮遊する足場に向かい、それを繰り返して広い足場に到着した。その直後、魔力を伴ったつむじ風が発生し、三体の魔物が姿を現した。それも見たことがない種類のものだ。侵入者を足止め、あるいは引き返せとの警告のための幻影だろうが、ユリアは瞬時にそれらを倒し、また少しずつ真っ白な空間を進んでいった。

 ようやく神殿の先へと進めるであろうレンガ造りの廊下に着いた。ユリアは走る。

 下へと続く階段を降りると、その先に転送魔術のような時空の歪みが存在していた。


「──」


 ユリアは迷うことなく、その歪みに飛び込んだ。一瞬にして、見えていた景色が変わる。

 そこは、大理石のような白い壁で四方を閉ざされている広大な空間だった。照明となる魔術はどこにもないが、不思議なことに明るかった。床にはよくわからない文様が刻まれている。

 一番奥の壁側には、神を模しているのか躍動感ある巨大な彫刻が安置されていた。あれが祭壇だろうか。


「え……?」


 その彫刻の下に、テオドルスが倒れていた。

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