第一節 十年前の出逢い ⑤
「──すなまい。ユリアから俺に変わった。俺からも、もうひとつだけ頼みがあるんだが、いいか?」
「お、おう……。なんだ?」
「ユリアの友となれそうな人間を探してほしい。──ッ」
その刹那、ロボットが動力源を切らしたかのように、ユリアの上半身がガクッと崩れ落ちた。あまりにも突然の出来事だったため、カサンドラとダグラスは身体を強張らせて驚いた。
「ご、ごめんなさい。アイオーンの話は気にしないでくださ、あっ──」
顔を俯けたままユリアが表に出てきた。が、すぐにまた彼女の身体が大きく一瞬だけ動く。
「ユリア……。今のお前には、対等な友という存在が必要だ。かつての俺がそうであったようにな──」
口調からして、表に出てきているのはアイオーンのようだ。そして、俯かせていたユリアの顔が上がる。
喧嘩ではないがちょっとした争いが起こったことに、カサンドラとダグラスは困惑する。
「……今はアイオーン、だよな? アイオーンは、どんなやつがいい……?」
ダグラスは、若干のためらいを見せながらも友に関する問いかけをする。
ユリアの身体を操るアイオーンは、しばらくの沈黙ののち、こう答えた。
「……そうだな……。たとえば、俺たちに対して必要以上に踏み込まない者。または、明るくて優しく、気遣いもでき、公私を弁えられるが立場など気にしない若者はいるか? 多少、変わっていてもいい。むしろ、社会の常識から少し外れているようなやつがいいのかもしれない──」
──そんな人……あの人に似た人なんて……。
私には、もう必要ない。思い出したくない。
ユリアはその想いを訴える。
──思い出したくなくとも……お前には、そういった性質の人間と関わっていたほうがいい。それに、この世は平和だ。あんなことは二度と起こらない。
──でも……。
──お前も、わかっているだろう? あの長い眠りの間に、お前の身体は、俺の核が持つ性質をほとんど複写してしまっている。竜化能力だけでなく、致命傷を負っても簡単には死なない頑丈さと驚異的な治癒能力、そして、不老の力もだ……。年を重ねることもなく、滅多なことで死ぬこともない……。
──わかっているわ……。あなたがそう願うのなら、そう生きていくつもりよ……。
──違う。生きてくれと願ったが、不老になれとは言っていない。いつか、お前の不老を解く術を見つける。必ずだ。俺は諦めない。……それがいつになるかは、わからないが……今は、少しでも明るく生きていける何かを見つけてほしい。それが、俺のもうひとつの願いだ。
ユリアは何も答えなかった。この時のユリアには、活力を感じる明るいことに触れようとする力が出せなかった。アイオーンの言うとおり、そういった人たちに触れたほうがいいのだろうとは感じている。頭ではわかっているのだ。ひとりでいると、嫌なことばかり考えてしまうだろう。それでも、前に進む力が出せないでいた。
「……社会の常識から少し外れているようなやつ、ねぇ──」
ダグラスは悩んだ。やがて、ひとつの答えを導き出す。
「……やっぱ、あいつらかなぁ……。実はさ、一族でそういった雰囲気のがいるんだ。会ってみてほしいのは、その子どもたちだけどな。ちなみに、子どもたちはみんなヒノワ人のクォーターだ。だから、あっちの国のこともいろいろ知ってるから、興味があるなら教えてもらうこともできるだろうぜ」
「ヒノワ人のクォーター……。いや、それよりも、大人ではなく子どもたちのほうなのか?」
「ああ。子どもたちのほうが、そちらの姫さんと年齢が近いからな。──その一族は、魔術師社会のなかでは大人も子どもも変わってるって評判なんだが、古くからヒルデブラント王家と関わりのある一族でもあってな。変わっててもそのへんはしっかりしてんだ。たまに無礼なことは言うかもだが、そんときは注意すりゃ気を付けるだろうさ」
──だそうだ。いいな? ユリア。
──……わかったわ……。あなたが、そう望むのなら……。
アイオーンが願っているのなら仕方がない。
今の私は、アイオーンの願いのためにここにいるようなものだ。あのヒトが願っているなら、私はそれに従う──。
「ダグラス。頼む」
「わかった。面会の日程や日時の調整は、俺のほうで進めておく。日時が決まり次第、また連絡するよ。ちょっと先になるかもしれないけどな──今、その子どもたちなかの一人が両親の出張についていっててさ。ヒルデブラントの西部にある街にいるんだ。魔力や魔術に詳しい人がその街にいるから、両親についていって勉強しに行ってるんだとさ」
「わかった。手間をかけるが、よろしく頼む」
◇◇◇
それから数週間が経った、よく晴れたある日の午後。
ヒルデブラント王国の宮殿の広い庭の隅にある小離宮に、内内で四人の子どもたちが招かれた。ダグラスが言っていた『魔術師社会のなかでは変わっている』と評判である一族の子どもたちだ。四人の子どもたちは、礼服の代わりとして学校の制服を身に着けている。
「……なあ、ラウレンティウス……。今から、歴史の授業で習った〈彷徨える戦姫〉と対面するって実感あるか?」
子どもたちが待合室として通された一室は居間だった。宮殿と比べると質素な調度品が多いが、四角い長机のまわりには、一目で高級そうだと感じるふかふかで大きなソファーがある。その長机には四人分の茶が出されており、異国の雰囲気を持った顔つきの十代半ばほどの少年がそれをひと口飲む。そして、彼の隣にいる二、三歳ほど年上らしき少年にぼんやりと問いかけた。
「いや……ない……。クレイグは?」
ラウレンティウスと呼ばれた十代後半ほどの少年は、現状に若干の困惑を見せながら答える。
彼の顔はどちらかといえばヒルデブラント人寄りの顔だ。精悍で雄々しさのある整った顔をしている。未成年だが、すでに成人していると錯覚するほどに大人びた顔立ちだ。目は漆黒。深みのある茶色に近い金色の短髪は、後ろ髪だけ首筋が少し隠れるほどの長さを持つが、毛先に強い癖があるため、毛先は四方に大きくはねている。その風貌や髪型の雰囲気から『獅子』という言葉が思い浮かぶ。
「ラウレンティウスと同じ」
クレイグは、ラウレンティウスとは違い、異国の雰囲気──はるか東方の国であるヒノワ人のような印象がある。艶やかな漆黒の髪と目を持っている。髪は目が隠れるほどの長さで、全体的に波打つような癖毛があり、それをおしゃれに前髪から軽くかき上げたヘアスタイルだ。十代半ばの少年らしい顔つきなのだが、左の目じり付近に泣きぼくろがあることから不思議な色気を醸し出している。
「あたしも」
そして、四人のなかで一番年下である十歳ほどの少女がつられて言葉をもらす。
この少女は、ラウレンティウスと同じく深みのある茶色に近い金髪と黒い目を持っている。顔もヒルデブラント人だ。髪は腰までの長さがあり、リボンを使って耳の下あたりで二つ結びにしている。幼く愛らしい外見だが、宮殿の小離宮に招かれ、かつそこで〈彷徨える戦姫〉と対面することに臆する様子はない。肝が据わった少女のようだ。
「お前もあんま緊張してねぇかんじだな。イヴェット」
「うん。逆にどんな人なのかなって、ちょっと楽しみかも。イグ兄とラルス兄は楽しみじゃないの?」
「楽しみっつーか、何が起きてんのかよくわかってなくて疑問がありすぎるっつーか……」
「たしかにいろいろと疑問はあるな……」
ふたりの少年は、今でも困惑の気持ちが大きいようだ。
「──まあ、その気持ちはわからんでもないで。ウチかって、まさか西部方面から帰ってくる途中で〈彷徨える戦姫〉に会うてくれって連絡が来たときはさすがにビビったし、意味ようわからんかったもん。学んできたこと一気に頭から抜け落ちるかと思うたわ」
何とも言いえない雰囲気が漂うなか、ラウレンティウスと同じくらいの年齢であろう少女は西部方言を使った軽い口調で言う。
西部の訛りを操る少女は、丸型の眼鏡をかけており、少々垂れ目で、活力をあまり感じない雰囲気を持った目をしている。右側の口端から少し下の部分にはほくろがある。クレイグと同様に、顔立ちはヒノワ人の雰囲気があり、なおかつ彼女にも不思議と色気がある。毛先が肩まで届くほどの髪が艶やかな漆黒の色をしていることと、黒い目を持っていることもそうだ。
すると、向かい合って座っていたクレイグはそんな少女に軽くジト目を向けた。
「……オレ的には、姉貴が完全に西部の方言に染まって帰ってきたことのほうがビビったぞ。少し前に帰ってきたときから、イントネーションとか言い方がすでに標準語と半々だったけどよ」
「俺もそれにはビビったな。一瞬、本当にアシュリーなのかと思ったぞ」
「あたしも。なんかアシュ姉じゃないみたい」
ラウレンティウスとイヴェットも、クレイグの言葉に同意する。
「ああいう口調の人らに囲まれとったら自然と染まってくもんやろ。知らんけど」
「父さんと母さんは染まってなかったろ」
「まあな~。けど、クレイグもついてきとったらよかったのに。おいしいモン、ようけあったで」
「中途半端な学年で転校すんのがイヤだったから、ついていかなかったんだよ。仲良くなった友達と離れて、一から友達作りはじめねえとだし──」
そんな姉弟の会話をよそに、ラウレンティウスは小さなため息をつきながら天井を見上げた。
「──英雄と、何を話せばいいんだろうな……」




