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第十節 側近から国王代理、そして婚約者たる半身 ③

 両親は昔から、勇気を出して真実を伝えようとしたようだった。

 ユリアは俯く。長い沈黙が流れたが、彼女はそれを破った。


「……両親に、恨みはないわ。憎しみもない──。それでも……」


 顔を上げた彼女は、泣いていた。


「……赤ん坊のときだったから仕方ないけど……できることなら……自分の意思で、この立場を選びたかった……。そうすれば、まだ感じる苦しさが少なかったかもしれないし……『行き場のない怒り』も、抱かなかったと思うから……」


 誰にもぶつけられない怒りが、ユリアの中にあった。

 その理由は、『選択を取り上げられた』ということ。心をえぐるほどの苦しさを生んだ『〈預言の子〉という立場になってしまった怒り』ではなかった。

 言葉で意思を示すことができない赤ん坊の時に、己の運命を勝手に決めつけられたことにユリアは苛立っている。自分で、この立場を選びたかった。

 ユリアは思う。この『怒り』は、順当に学び、理解していけるはずだった機会を取り上げられたことにもあるかもしれないと。苦しみは、なるべく抱きたくはなかった。


「……その怒りは、『普通』を取り上げられたことへの怒りではないのか?」


 意外そうにアイオーンが問う。


「たしかに、それも無くはないわ──。けれど、私は王家の子だった……。その血筋に生まれたのならば、『普通』になれないことは仕方がない──不思議と受け入れることができたの……。今の私には、父上と母上がそうしたこととその気持ちが……少なからず、わかる気がするからかしら……」


「……そうか……。君は、その気持ちを持っていたのか……」


 感慨深く、そして悲しげにテオドルスは言う。

 ユリアを赤ん坊の頃に両親から引き離したのは、強い戦士となるための修行に集中させるためという理由もある。両親がいては、子は甘えにいくはず。英雄となることを望まれていたからこそ、成長の障害となりえる存在は消したほうがいい──そう思われていたのだ。


「テオ──私の両親が、そのことを教えようとしていたということは……私が〈預言の子〉としての役目を果たせば……親子という関係に、戻れるということでもあるの……?」


「ああ……きっと戻れるさ。絶対に──。君を英雄として祭り上げることに、内心では難色を示しておられた。今だって、あまり納得しておられない」


「だったら……この夢は叶うかもしれないのね──」


 ユリアの目の奥に、光が灯る。


「夢?」


「両親と……家族として過ごせる時間がほしい……。そして……少しでも両親を支えたい。同じ場所に立って、同じ『景色』を見てみたいの」


「それは、王家の者として──為政者として立ってみたいということかい?」


 テオドルスの言葉にユリアは頷く。

 民衆の意と反する考えを持ちながらも、それを表に出すことなく『尊敬される国王と王妃』の立場を全うしている。ユリアにとって、両親は今の自分と似たようなものだと感じた。

 すると、アイオーンはユリアの言葉にある疑問を抱く。


「……お前を苦しませていた一端を担う存在であっても、そう思うのか?」


「もしも、私が両親と同じ立場だったら──私も、同じことをしていたかもしれないと思う……」


「……? 血の繋がりというものがあるから、許せるのか……?」


「……うまく言葉にはできないけれど──」


 そして、ユリアは悩みながら言葉を紡ぐ。


「……祀りあげられたことに納得しているかと言われたら、正直、完全にはできていないわ。それでも……両親には、王家としての誇りと責任、それから、民への愛があったのだと理解できた。だから、同じく王家の子である私を『英雄』にしたのだと理解できた──。あとは……単純に『血の繋がった家族』というものに憧れがあるから……」


 アイオーンはまだ納得できていない様子だ。ユリアは結論になりえる言葉を探し、そして伝えた。


「……何が言いたいのかというと……私のなかには、『両親が置かれていた立場や世界情勢への理解』と、人生の選択肢を取られたことへの『怒り』──反するふたつの心があるわ。でも、最終的には『怒り』よりも『理解』のほうが優位となった……という感じね。……だからといって、『怒り』はまだ消えていないけれど」


「……言いたいことはわかるが……」


「王家というものは、『みんなが思うような普通』の感覚でいることが許されない一族なのだと思う……。責任ある立場だからこそ、平民と違って立派なお城に住んだり、豪華な服とかを着れるのだと思うわ。そういう『普通とは違う』ことを見せつける必要があるとも言えるのかもしれない」


 ユリアの言葉を聞いていたアイオーンはしばらく口を閉ざし、やがて、天を仰いだ。


「……この件は、俺が思う以上に複雑なのだと思っておく」


「理解できたとはいえ……『複雑な気持ち』なのは、今も消えていないわ……。理解できたのは……きっと、あなたたちが『本当の私』を受け入れてくれたからだと思う──」


 自分を理解し、受け入れてくれたからこそ、満たされなかった心が満たされ、それらのことを理解する余裕が生まれた。

 満たされていなければ、どうなっていただろう。──あまり想像はしたくないことだ。


「ともかく……。テオ。アイオーン。私は、これからも〈預言の子〉として頑張りたい。平和のため、民のため……そして、自分の夢のために」


 ともあれ、改めてその気持ちが沸き起こった。その決意を聞いてくれて、受け止めてくれるふたりがいる。


「そうか……ありがとう……」


 テオドルスは安堵の笑みを浮かべると、ユリアの前に立ち、片膝を立ててしゃがんだ。


「オレも誓うよ。この世の平和のために──そして、ユリアの夢が叶うように頑張っていくつもりだ。苦しみを抱えながらも、その道を行こうとする君は美しい。だからこそ、オレは君のために動く」


 そして、テオドルスはユリアの片手を掬い上げるように持ち、手の甲に接吻した。おそらく彼は素でしているのだろう。恥ずかしい行動にユリアは頬を赤らめ、困ったように笑った。


「……頼むわね。──そうだわ、アイオーン。私の夢が叶ったら、ヴァルブルクのお城に来てちょうだいね」


「なぜだ?」


「私の両親と、いい友達になれると思うから。テオの話を聞く限り、きっと父上と母上は、あなたと友達になりたいと思っていると思うわ」


「……」


 若干、嫌そうな顔をしているが、拒絶や否定の言葉は出てこない。一応、了承知てくれていらしい。


「──ユリア。もうひとつ、伝えないといけないことがあるんだ」


 それから、テオドルスは立ち上がりながらそう言った。


「オレは、君に謝らないといけない──。君に贈った光陰(みつかげ)は、シルウェステル・ヴィーラント様とカタリナ・ゲルトルーデ様から渡してほしいと頼まれたものなんだ。……嘘をついて悪かった」


 すると、ユリアは「あら。だったら、テオと両親からの贈り物だと思っておくわ」と言って笑う。


「けれど、どうしてヒノワの刀だったのかしらね?」


「その刀は、ヒノワでは神の力が宿っている武器だとされていて、古くから伝わる伝承もあるんだ。その伝承の内容が、ユリアと一致していたようなんだ」


「ヒノワの伝承に、私が……?」


「『光陰(みつかげ)の真の所有者は、遠い西の国より生まれし少女。金色の髪と海のように深い目を持ちし暁の導き手』という内容だそうだ。真の持ち主にしか、刀が持つ力は解放できないだとかなんとかって話もあるらしい」


「……たしかに、私を指しているような気はするけれど──」


 ヒノワから見れば、ヒルデブラントは遠い西の国。

 金色の髪と海のように深い目は、たしかにそうだ。

 暁の導き手という名称ではないが、暁に導く者とは言われている。

 しかし、ヒノワとヒルデブラントは、歴史的に見るとそこまで関わりはない。それなのに、どうして断言できたのだろうか。ヒノワも〈黒きもの〉に苦しめられているからこそ、そうだと思いたかったのだろうか。

 

「〈黒きもの〉は、ヒノワにも出現していた。そのことから、ヒノワの人たちは、〈預言の子〉こそが光陰の所有者だと考えたらしい。だから、ヴァルブルクにこの刀を贈ったそうだ」


「そのわりには、この刀に特別な力の気配など感じないが──俺の血を飲んだユリアの力を乗せても、壊れずにまとわせられるのは確かか……」


 と、アイオーンは、まじまじとユリアが腰に帯びる光陰を見る。

 正直に言えば、ユリアがまともに刀を使って戦うことはかぎりなく少ない。テオドルスからの贈り物であったため、常に腰に帯びている。

 ユリアの主な武器は、大気中の魔力を凝縮して固形化させたものだ。ユリアは自在に魔力を操れる能力が高いことから、戦況に応じてさまざまな形状の武器を作り上げて戦っている。

 光陰に秘められた力があるといっても、それを解放する方法など当然わからない。それを調べにヒノワへ行く時間もない。

 ひとまず、このまま非常時の武器として持っておくことにした。



◇◇◇



 三人が一緒いた時間は長かった。

 ユリアとテオドルスの、『アイオーンの力』を扱う練度が上がったため、いつしかヴァルブルクの軍隊を引き連れることなく、三人だけで〈黒きもの〉を討伐するようになっていた。

 そのため、自然と共にいることが多くなっていた。


 しかし、その時間は、永遠に存在するものではなかった。


「ユリア。なぜ、そんな顔をしている? ──テオドルスはどうした? 体調不良か?」


「……父上が、病気になって……テオが、私の側近では……なくなってしまった……」


 ユリアが両親の真実を知ってから、三年と少しが経った頃。彼女は泣きそうな顔をしながら、アイオーンのもとを訪れた。


「──? どういうことだ……?」


 ユリアは、ぽつぽつと説明しはじめる。

 重い病ではないらしいが、少し前から父の体調が芳しくなく、ついに倒れてしまったという。その影響で、母がこなす執務の負担が増えたらしい。王妃までもが倒れては大変なので、王妃がこなす執務の補佐をできる者を探すことになった。

 話し合いの結果、王妃の体調を鑑みて、まさかのテオドルスが国王代理に選ばれたという。王妃の補佐役を誰にするかの話にテオドルスの名が上がると、一気にその話へと向かっていったらしい。この件は、国王と王妃も了承済みであり、かつふたりが推薦したこともある。

 ヴァルブルク王国という国は、軍事国家に似ている。ヴァルブルク王国は、人間と星霊が共存する国であり、〈黒きもの〉を倒すために存在する国でもある。

 その国の王となる者は、人間と星霊を率いるための人望と戦士としての実力を認められなければ務まらない。

 テオドルスは、大星霊と呼ばれているほどの力を有するアイオーンに認められ、かの者の力の一部を身に宿した。ユリアの側近という立場とはいえ、これだけでも王となる資格は十分にあり、なおかつ人望も申し分なかったことから選ばれたのだろう。


「──なるほど……。あいつは国に認められ、国王代理の立場を背負うことを決めたのか……。ならば、あいつの決意を称えるべきだな」


「わかっているわ……。父上が倒れてしまったから……母上だけでは辛いから……代わりを務められる人を立てなければならない。それが、テオだったということ──」


 わかっている。

 だが、誰かにテオドルスを奪われたような気持ちが消えなかった。そして、父の容体も気がかりだ。

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