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第九節 ふたつの『星』 ④

「……フ──。……友になれるかもしれない、か」


 ユリアにそう言われた時、アイオーンはあの日のことを思い出したという。少女の実父であるシルウェステル・ヴィーラントにも同じようなことを言われた。人間の親子というものは、外見だけでなく内面も似るものなのか──と思い、笑いがこぼれたらしい。


「これから、その……あなたのことを、教えてくれませんか……? 私は、あなたのことが知りたいです。何が好きで、何が嫌いか。趣味は何か──そういうことを教えてください」


「……俺には、とくに何もない」


「でしたら、記憶を探す旅のほかに、それを探す『旅』にも出てみませんか? 私は、テオがいなければ、この世界に『色彩』があることすら知ることができませんでした。──今も、私は『旅』の途中です。なので、アイオーン殿と一緒に、いろんなことを見つける『旅』がしたいです」


 このヒトは、昔の私と似ているような気がする。

 ユリアはそう思い、その言葉を伝えた。


「……噂に聞いていた〈預言の子〉の姿とは、ずいぶんと印象が違うものだな」


 違う──その言葉を耳にした途端、ユリアの心が乱れた。

 口をつぐみ、激しく鼓動する心臓を落ち着かせるために何度か深く呼吸をする。


「……おっしゃる、とおりです……。いずれ世を暁に導く英雄になると言われ、神のように崇められている〈預言の子〉と、今の『私』は……全然違います。……幻滅、しましたか……?」


「共存派やヴァルブルクの思想など、俺には興味がないな」


 幻滅したか否かで答えてほしかったが、おそらく『そんなこと自体どうでもいい』という意味合いで言った言葉なのだろう。ユリアはひとまず安心した。


「……ということで、アイオーン。そろそろ結論を出してくれないかい? じゃないと──さすがの俺も、限界が来てしまいそうでね……」


 テオドルスの顔が、先ほどと比べて余裕がなくなっている。アイオーンは息をつき、答えを出した。


「──いいだろう。お前達に、俺の力を与える。その代わり俺を失望させるな。失望を感じた時、俺はお前達を排除する」


「はい。当然の事です」


「それから……──お前が知った『色彩』とやらは、世界のどこにある……? ……苦しみしかない時間を孤独に過ごすのは、もうたくさんだ……」


「はい……。その気持ちは、私にもよくわかります……。──共に探しにいきましょう、アイオーン殿」


 アイオーンは、光を見つけたように手を差し出す。ユリアはその手に触れ、しっかりと握った。


「──武器を振るえ、ユリア・ジークリンデ。そこの側近とともに、俺の血を飲め」


 ユリアは頷き、光陰の柄を握った。




 一方、その頃。

 三人をのみ込んだ『泥』は、球状の塊となって静かにその場に留まっていた。しかし、じょじょに表面が荒れた海のように波打ち、やがて一筋の光が現れ──泥に割れ目ができた。


「──私が相手になろう、〈黒きもの〉よ」


 現れたのは、光陰を手に持ったユリア。口元には、アイオーンの血を飲み、腕で拭った赤い跡が残っている。

 アイオーンは、ぐったりとしたテオドルスを背に負っている。彼にも、ユリアと同じく口元に赤い液体を拭った跡があった。〈黒きもの〉は、武器を構えるユリアに注視している。その隙に、アイオーンは自身とテオドルスの気配と姿を隠し、その場から遠くへと離れていった。

 敵を捉えた『泥』は、いくつもの鋭い針に変形し、まだ宙に舞い上がったままのユリアを狙い撃ちにする。ユリアは光陰ではじき返し、あるいは魔力で硬質化させた足で蹴りあげて軌道をそらし、無傷で地に足を着かせた。その間に、光陰の刀身がほのかに黄金の光をまといはじめる。『泥』による猛攻に耐えながら、ユリアは光陰の輝きをさらに増していく──この時、ユリアの心臓は、苦しさに悲鳴を上げているかのように激しく鼓動していた。


「ッ──! これで──消えろぉおおおおッ!!」


 汗が流れ落ちるなか、殺意がこもった鋭い目つきを〈黒きもの〉に向け、ユリアは強い輝きをまとった光陰をかざした。そして、風を断ち切るかのように勢いよく振りおろす。

 放たれた黄金に輝く一撃は、地面を含め、射線上にあるものをすべて光の中へと消し去りながら〈黒きもの〉をのみ込んだ。そのときに大きな光の柱と波動が現れ、やがて消えていった。


「はぁっ、はぁっ──は、あ、ぁッ……くっ……」


 〈黒きもの〉の消滅を確認すると、ユリアはへたりと座り込んだ。

 光線が走っていったところは地面が半円柱型に抉れており、なにひとつ残っていない。これが、大星霊アイオーンの力。肉体が強化された人間から放たれた一撃といえども、アイオーンからすれば、本来の力の欠片程度にすぎないものだろう。それであっても、この威力だ。


「うおぇっ……。力を少し使っただけで、疲れる……。しかも、酒でも飲んだみたに気持ち悪くて……フラフラする……」


 アイオーンと、背負われていたテオドルスがユリアの近くにやってきた。片手で地に降ろされたテオドルスは、飲んだくれのような声を出して横たわる。


「私も……動悸が、すごくて……。これ以上、戦うと……危ない気が、する……」


「許容力を超えた強い力が入ってきたことにより、身体がなんとか馴染ませようとしているんだろう。しばらくはそのままの状態となるだろうな。──それにしても……」


 ユリアが持っている光陰を、アイオーンは怪訝そうな目で凝視する。


「この武器は、いったいなんだ……? 〈黒きもの〉を滅する力をまとわせても、どこも壊れていない……。俺の力に馴染んでいたということになるが──」


「〈黒きもの〉の中から出ることに必死で……そのまま手に持っていた光陰に力をまとわせて、撃ってしまいました……。壊れていなくてよかった……」


 と、ユリアは言う。アイオーンは、光陰の刀身を指の腹で触れ、撫でた。この時、アイオーンは光陰がどういうものなのかを調べていたようだが、なにもわからなかったらしい。特別な気配はなく、鉄か何かで作られた武器としか思えなかったという。


「……なあ、アイオーン……。こんな身体じゃ、もう夜までに街に帰れそうにないからさ……ここらへんで寝床を用意してほしいな……。ついでに、食べやすい晩ご飯もお願いします……」


 すると、テオドルスの情けないセリフが聞こえてきた。たしかにもう動けなかったとユリアも思った。身体の怠さと気持ち悪さが酷すぎて動きたくないのだ。


「それは自分でやれ。人間が食しやすいものなど何も知らん」


 星霊は、大気中に漂う魔力が『食事』だ。人間のような食事は必要ない。アイオーンは社会に属していないどころか、食への興味すらないので本気で判らないのだろう。


「ヒトデナシ! ロクデナシ! こっちは身体がヤバいんだぞ!?」


「そうなることを理解して飲んだのだろうが。むしろ、俺の血を飲む前よりも元気だな」


「元気じゃないに決まっているだろう!? こんなのに負けたくないのに、動きたくない気持ちのほうが勝ってしまうんだ! 悔しいっ!」


 と言って、テオドルスは拗ねてしまった。声は元気そうだが、負けず嫌いな彼が動けずに悔しがるということは相当な辛さがのしかかっている証拠だ。


「……テオが行けないなら……私が、夕飯をとってくるわ……」


 元気なのかそうでないのか判りにくい側近に、ユリアは呆れたため息をつきながら光陰を鞘に戻し、立ち上がった。


「もともと手加減が壊滅的に下手なくせに……無理したらダメだろう……。弓を使っていても力加減ができないほどに手加減の才能がないのに……」


 これまでの狩りの練習にて、ユリアの壊滅的な欠点を知るテオドルスは、横たわりながら弱々しい口調でそれを指摘する。

 互いに限界が近いからか、もはや主従関係らしい会話などどこにもない。『普段は頼れるのにときおり面倒なダメ兄』と、『しっかりものだが力が強すぎて大抵のものを消し炭にしてしまう妹』のようなやり取りになっていた。


「その一言は余計よッ……!!」


 残念ながら、ユリアはそれ以外の言葉で言い返すことはできなかった。


「……ふたりとも、俺の背に乗れ」


 すると、アイオーンはそう言いながら着ていた服を──といっても、一枚の大きな布だけだが──ユリアの顔に投げ捨てた。

 その瞬間、アイオーンの全身が輝いた。人間の身体が一気に数十倍ほどの大きさに膨れ上がり、長い尾や羽、そして角が生えてきた。四肢も大きく変化し、手足には鋭い爪がある。


「──えっ? えっ!?」


 ユリアは、急に大きな布が顔に覆ったことと、その向こう側で光が起こったことに驚き、慌ててそれを取る。

 次に彼女が見たものは、純白の鱗に包まれた蜥蜴のような巨躯を持った飛竜だった。

 人間の姿の時でも、アイオーンはとても長身だったが、今はそれを遥かに超えている。急に人ならざる姿に転じたことから、テオドルスも驚いて声が出なかった。


「……何を驚いている? 人間の姿と星霊の姿──両方持っているのが俺だ。そのことは巷では有名だと、どこかで聞いたことがあったんだがな」


「あっ……えっと……忘れていました……。あなたは確かに星霊でも、ずっと人間の姿のままだったので……」


「俺は、飛竜の姿が好きではなくてな……。ただ図体が大きいだけで過ごしにくい。そのうえ『違和感』がある……。──ともかく、早く背中に乗れ。それくらいはできるだろう」


 アイオーンに催促されたユリアは、横たわるテオドルスを立たせ、飛竜となったアイオーンの背に乗った。もう十人ほどは乗れそうなほどに広い。


「飛びあがるぞ──どこかに掴まっていろ」


 そう言いながらも、ユリアとテオドルスの身体には、見えない何かで固定されている感覚があった。おそらくアイオーンの魔術だろう。


「……この方角は、ヴァルブルクの街に向かっているみたいだね。送ってくれるようだ」


 テオドルスが、ユリアの耳元でささやく。


「ええ……。優しいヒトなのよ、やっぱり──」


 アイオーンの飛び方は、想像以上に丁寧だった。そのおかげで、背に乗っていた時に感じた風がとても気持ちよかったとユリアは語る。


──そして、ずっと孤独だった俺は、ようやく闇に輝く『星』を見つけた。


 アイオーンも当時の心境を語る。ユリアとテオドルスに出逢ったアイオーンは、このふたりこそが己の生きる道の(しるべ)だと感じたという。

 あの日、ユリアの父親であるシルウェステルが得た『名付けたことが(えにし)となり、互いに道を照らす光となるだろう』という神託の言葉は、あながち間違いではなかったのだ。

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