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第八節 英雄の過去 ③

「我々は……未来のために、娘に重い立場を押しつけるのだ……。そんな無情な者は、もはや親とはいえない。ゆえに、我々は……娘に名を与えることはできない……」


「……非道な親になる、という自覚はあるのか」


「ああ。あるとも……。『ヴァルブルクの王になる』とは、そういうことなのだ──」


 シルウェステルは深いため息をついて話を続ける。


「我々は、〈黒きもの〉に脅かされることのない日常が来ることを願っている。その未来を手に入れるためには……何かを犠牲にせねばならないのだ……」


「それで実子の人生を犠牲にするのか」


「……娘は、自身の立場を疎んでいてもいい。両親を憎んでもいい──。この子には、その資格があると思っている。それでも、この世の現状だけは理解し、自身の現状を受け入れてほしいとも思う……」


「──ははっ」


 アイオーンは笑った。その声には嘲りと、無意識に怒りを込めていた。


「まだ口も聞けぬ自身の娘に、世界のために都合の良い傀儡になれというのか。外から今の社会を見ていると思うぞ──そう遠くない未来、〈預言の子〉は『神』のような役割を演じなければならなくなるだろうな」


「ああ、思うさ……。だが、犠牲を払うことを拒んでいても何も得られない──」


「いつかは〈黒きもの〉に蹂躙されるだけです……。ただ無意味に、骸が積み重なっていくだけ……。だからこそ、我々は……──」


 カタリナも自らの意思を打ち明けるが、最後まで言うことはできなかった。


「……今の世に必要なのは、多くの民の心の拠り所となってくれる存在──。士気を上げ、皆を立ち上がらせられる『暁の化身』だ」


 妻の代わりに、シルウェステルがふたたび語りはじめる。

 そして、顔を歪めさせて本音を語った。


「しかし……王という立場でなければ、私や妻は、娘を英雄として祭り上げることを許したくはなかった……。代われるのであれば、代わってやりたい──『クソくらえだ』と言って拒絶したかった……」


 それからシルウェステルは、俯いて黙り込んだ。ややあって顔を上げると、アイオーンを見る。


「……アイオーン殿。僕たちは、お前(・・)とは意外と似た者同士だと思っている。神を信じないところとか、本音を言えない『孤独』なところとかな。不思議と親近感がある」


 シルウェステルは急に態度を変え、何も背負わないただの青年のように振る舞いはじめた。そんな彼に、アイオーンは怪訝そうに目を細める。


「……どこが似ている?」


「自分が置かれている状況への『怒り』と『諦め』だ。本当は、誰かに苦しみを訴えたい気持ちがあるだろう? それに、欲しいものが手に入らない苦しみは僕も知っている──。お前は、いつ失ったかも判らない記憶をずっと探し続けているんだろう? その旅路の途中で、奇跡のような能力を狙われ、記憶喪失から人間や星霊に騙され、付け込まれ、裏切られ、そのうえ差別にも遭った……」


 この当時のアイオーンは、いつ失ったかもわからない過去の記憶を見つけたいという想いから、遥かなる旅路に出ていた。その期間は、もはや覚えていない。その途中で人間と星霊を信じられなくなった。

 アイオーン曰く、当時の自分は、過去の記憶を追い求めることが生きる意味だったという。

 この時からもう少し未来で、ユリアとその側近である少年とある戦場で出会うまでは、この星に存在する大地をずっと巡りながら失った記憶を探し続けていたらしい。


「その話……どこで聞いた?」


「ヒノワ国におられる星霊クリカラ殿だ。黄金の角と艶のある黒い鱗を持つ蛇のような神々しい姿をしておられる──。あの御方は、ヒノワ国にある霊峰に奉られていたという武器を、娘に授けてきてくださってな。そのときに聞いたんだ。昔、ヒノワに来ていたアイオーンと邂逅し、自ら語ってくれたとな」


 アイオーンは黙り込んだ。

 過去を語るアイオーン曰く、その話は正しかったらしい。

 当時、星霊でありながら人間とまったく同じの姿を持っていたアイオーンは差別の対象だった。そのうえ、体内に内包する魔力を開放し、魔術を使えば白い竜へと勝手に変貌するという体質も奇妙極まりないことだった。そんなアイオーンという存在を知った人間や星霊たちは、『罪を犯したがゆえの呪い』だと流布した。やがて、『呪われた星霊』という根も葉もない噂が流れていった。

 神のような力を持ちながらも、呪いを持った星霊──。アイオーンの事情を知ろうとしない者たちが、勝手に決めつけた。

 しかし、クリカラは、アイオーンをそのように思うことはなかったのか普通に接したという。それゆえ、無意識に過去のことをこぼしてしまったようだ。


「──ちょうどいい機会だ。少しだけアイオーンに問いたいことがある」


 シルウェステルは続ける。


「魔力とは、術者の感情の動きによって力が変動する。このことから〈黒きもの〉とは、大気中の魔力の減少によってやってくる死から逃れるために、罪なき人間を殺した星霊への負の感情から始まった。その事件から世は乱れ、負の感情が世界にも広まり、府の感情に汚染された魔力が世界中に積み重なり──やがて、それが泥のようなカタチをした『呪い』となったというのが学者の見解だ。しかし……本当に『それだけ』だと思うか?」


「……何が言いたい……?」


「こうなった原因のひとつは、たしかに負の感情なのだろう。だが、アレと戦っていると負の感情だけではない気がしてならないんだ」


「〈黒きもの〉が生まれた原因が、他にあるのではないかと思うとは……たくましい想像力だな」


 そう言いながらも、アイオーンは嘲笑しなかった。〈黒きもの〉については、アイオーンもよくわかっていない。


「僕は、戦いながら〈黒きもの〉の正体を探していた。けれど、王となった今、もはや〈黒きもの〉の正体を突き止めるための時間は作れない」


「……どうやらお前は、王という立場に合わない人間のようだな。どちらかといえば学者に向いていそうだ」


「ああ、そうだな──。僕はそういう人間だ」


 否定することも、怒ることもなく、シルウェステルは言った。アイオーンは青い天を見上げ、静かな時間を流す。


「──……『ユリア・ジークリンデ』」


 やがて、孤独な星霊は、貴族の人間らしき女性名を口にする。

 ふたつの名を持つのは王侯貴族という立場に生まれた人間のみだ。


「……は──?」


 シルウェステルは、ぽかんと口を開けながらアイオーンを見た。カタリナも呆気に取られている。たしかに子に名付けてほしいと願っていたが、それは叶わないと心のどこかで諦めていた。そして、アイオーンが人間の名を知っていそうにないとも思っていたこともある。


「哀れな旅路を歩まねばならない娘の名だ。俺は、人間につけられる名のことに興味はない。しかし、かろうじて知っているものがあった。それが、その名だ。……餞別にもならない名だ。それを娘に付けるか否か──お前たちの好きにしろ」


 アイオーン曰く、『ユリア・ジークリンデ』という名は、遥か昔からずっと記憶に残り続けていたものだったという。自身の記憶はなにひとつ思い出せていないというのに、なぜこの名だけは、今まで忘れることなく記憶にあったのか。それは本人にもわからない。ただ、ずっと大切にしなければならないものだという気持ちとともに覚えていたとのことだ。

 アイオーンが娘の名を贈った時、カタリナが一歩前に出て語りかける。


「……アイオーン殿。よろしければ、少しだけでもヴァルブルクに滞在なさいませんか? はじめこそは奇異の目で見られるかもしれませんが、そうなった時はわたくしたちが──」


「必要ない。俺には〈黒きもの〉を滅し、失った記憶を探すという目的がある」


「それでもいいのです。──帰れる場所を、作ってみる気持ちはありませんか?」


「……俺には、無意味なものだ」


 そして、アイオーンは立ち上がり、ふたりに背を向けた。


「……仕方のないヤツだな」


 シルウェステルはため息をつきながら呟くと、アイオーンは姿を消した。



◇◇◇



 過去の語り部は、アイオーンからユリアへと変わる。

 これは、彼女が五歳になったばかりの頃の話だ。


「……先生。やっぱり、まだわかりません……。どうして、私を見た人間や星霊たちは、みんな頭を下げるのですか……?」


 広い丘陵地帯にて、幼い少女は大人びた口調で星霊たちに問う。

 少女の周囲にいるのは、宙に浮かぶ女性の人魚のような星霊。

 四肢や顔、身体は鳥類の特徴を持ち、その身体にある羽毛が炎のように赤い二足歩行の星霊。

 シルエットは人間に近いのだが、服は着ず、身体には文様があり、耳が細長いことと、指の数が三本なこと、背に蝶のような羽が生え、全長は幼いユリアの半分以下しかないという風貌の──端的に言えば妖精のような──星霊。

 そして、いくつもの岩が連なってできたような四肢を持つ巨体と、顔にあたる部分にはふたつの目のみがある星霊。

 人間は、ユリア以外ひとりもいない。


──重き使命を背負う者への敬意ゆえ。


 岩が連なった巨体の星霊は、その意思を乗せた魔力をユリアに送る。

 星霊という種族には、人間のように言葉を話せない、あるいは、その機能を使えたとしても個人的なこだわりから使わずに、このように魔力を利用して意思伝達をおこなう者がいる。


「……」


 まだ幼いユリアには、よくわからなかった。

 しっかりとした受け答えをしているといっても、生まれてから五年しか経っていない。街から離れて魔術と武術の修行をしている理由も、いまいちわかっていなかった。

 昔にも、星霊たちは自分が魔術や武術を学ぶ理由を教えてくれたことがあったが、当然そのときも理解できなかった。

 幼年期が過ぎ、物心が付く年頃になったときから、ユリアの周囲にいるのは星霊だけだった。人間と話す機会は、この頃ではほとんどなかったという。

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