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第一節 十年前の出逢い ④

「……ええ。けれど、今のヒルデブラント王国では、王族として生まれた人間のみがふたつの名を持つことを許されているわ。今はもう貴族制度はないから、元貴族でもひとつの名前だけしか持てないの」


「そうでしたか……。ですが、私にとってはある意味助かりました。長い名前を覚えるのは、少し苦手だったので……」


 そういえば、このふたりはどこまで自分のことを知っているのだろう。ユリアは、アイオーンが調べてくれた情報を探ってみた。

 多少、記録は残っているようだ。だが、存在していたかどうかははっきりとしていない──そのことから、自身は〈彷徨える戦姫〉と呼ばれているらしい。

 これだけなら、まだいい。

 けれど、私のことなんて、何も残さなくてよかったのに──。


──ユリア。お前は、間違いなく多くの人間や星霊を救った。称えられるべき功績だ。


 ユリアが心の淀みを生み出したとき、それを感じ取ったアイオーンが内側で話しかけてきた。


──それでも……私は、『あの時』……。


──違う。お前は……。


──やめましょう……。生きるためには……このことは思い出さないほうがいい……。


 アイオーンの言葉を遮り、ユリアは会話を止めた。

 そして、何事もなかったかのようにふたりに微笑みかける。


「この時代では、大気中の魔力はとても薄まっているようですが……それでも、星霊が生きていけるほどの魔力を噴き出すところが、まだ存在しているようですね。そして、現代の人間とともに生きることを望んだ星霊に対して、人間の命を消費しない『器』を作り、それを提供している国もあるとのこと──。暮らしの豊かさもそうですが、技術も素晴らしいです」


 ユリアが生まれた時代には、そのようなものを開発や研究する時間、労力、資金などの余裕はなかった。共存派と不信派の戦い、恨みや悲しみなど負の感情から生まれた争い、〈黒きもの〉との交戦など、広い範囲でなにかしらの戦いが起きていた時代だった。

 せめて、〈黒きもの〉さえ現れなければ──。魔力減少による星霊の死を回避する方法を見つけることができたかもしれない。死の恐怖から発生した星霊の暴走も、抑えることができたかもしれない。


「その『器』は、かなり複雑な過程を経て作られていて、いくつもの特殊な素材が必要なの。そして、特殊な魔術も使用しなければならないから、費用がかかるうえ魔術技能も重要となるわ。このため、量産は難しいというのが欠点ね」


「アイオーンの『器』を作るときには、私の血を使ってください。私の身体は、もはや人間とは言い難いものですので……おそらく、何かの役に立てるかと思います」


 ユリアが「人間とは言い難いもの」という言葉を発したとき、カサンドラとダグラスは顔を強張らせた。だが、ユリアは気づいていない。


「……では、そうさせていただきます。──ユリア・ジークリンデ様は、これからの暮らしのことで何かご要望はありますか?」


 これからの暮らしのこと。要望──望み。

 何がいいだろう。今、欲しいものといえば──。


「……でしたら……私に、役目をください……」


 刹那、カサンドラとダグラスは同時に「えっ」と声を漏らして、言葉を詰まらせた。


──待て。お前はもう戦わなくていいんだ。


 内側でアイオーンがユリア説得する。しかし、彼女は聞き入れようとはしなかった。


「……私は、生まれてからずっと戦いのなかで生きてきました。戦場以外を、まともに知らないのです……。戦わないと……国や民の役に立てていないと……私に居場所なんて、ありません……」


 薄暗い想いを感じる言葉に、カサンドラとダグラスは何も言えなかった。むしろ、何も知らない者が触れてもいいのか──そう思わせる雰囲気があった。

 ユリアは、黙り込むふたりに(こいねが)う目を向ける。


「必ず、お役に立たちます。戦いのことなら任せてください。魔力が薄まり、大きな魔術が使えずとも、勝率を下げる弊害にはなりません。たいていの武器なら扱えます。異国の武器である『光陰(みつかげ)』も扱えます。それに……──私の手をご覧ください。一部の身体だけですが、竜に変化させることができます。私はもう人間ではなくなっていますので、それ相応の役目をください──」


 ユリアが右手の掌をふたりに向けると、彼女の手の皮膚は白い鱗に包まれ、指先が鋭く長い爪に変化した。それは、過去に存在していた魔物や星霊の一種のすがた──竜の特徴に似ていた。

 彼女がこの変化能力を身に着けたのは──いや。こんな能力があると気が付いたのは、つい先ほどだ。目覚めたときに『理解』した。おそらく、これはアイオーンの核が身体にあるからこそ出来るようになったものだ。

 ユリアは気づかなかったが、この時のアイオーンは絶句していた。彼女の言葉と、竜化の能力に対して──。


「や、役目って……あなた……」


 カサンドラが言葉を絞り出す。


「役目です。──この国に敵がいるのならば、私の力で一掃します。ヴァルブルクの王族として、ヒルデブラント王国の民を守ると誓います」


 まるで感情が壊れたかのように、ユリアは無表情で同じような言葉を繰り返す。

 この英雄は、何を見て、何を感じて──どのように、あの時代での人生の幕を下ろしたのだろう。


「……今のヒルデブラント王国やその周辺国では、戦争が起きる確率なんてかぎりなく低いわ。それに、その力をむやみに発揮すれば、きっと不要な混乱や恐怖を招き、友好国との繋がりも揺るがしかねない。──だから、約束して。竜化の力も含め、あなたの能力は人に見せてはいけません」


 カサンドラは、ユリアの内側にある闇に恐怖心を感じながらも毅然と言い放った。伯母の力強い反対の姿勢に、ダグラスは伯母とユリアを交互に見ながら困惑している。ユリアはどう感じるだろう──すると、怒られた子どものように、かすかにしゅんとした。


「……わかり、ました……」


 竜化した手を元の姿に戻し、ユリアは少しだけ肩を落とした。だが、まだ諦めているような目はしていない。


「それでも……現代でも、人間や星霊の本質は変わらないはず──ヒルデブラント王国であろうとも、たびたび厄介な問題は起こっているはずです。……私がお役に立てることは、本当にないのですか?」


「──……そこまで言うんなら……極秘部隊に入っちゃくれねぇか? その代わり、ひとつ条件がある」


 そのとき、ずっと口を閉ざしていたダグラスが言葉を紡いだ。カサンドラは「ちょっと──」と驚愕したが、ダグラスに制止された。

 極秘部隊とはなんだ。それに──。


「条件……とは?」


「これから、現代の日常というものを知っていってほしい。この時代もいろいろと複雑で、一言では伝えられないんでね。──実は、俺はこれでも、今の魔道庁のトップから『次の総長の座はお前にしようか考えてる』って打診されてんだ。お前さんが極秘部隊に入ってくれたらいろいろと頼めるし、仕事を頼むためには、現代のことをもっと深く知ってもらう必要がある。現代人に溶け込めるくらいのレベルにな」


(そういえば、カサンドラ様の魔力から得た情報によると──この人は、警察と似た仕事をする組織『魔道庁』に所属しているのだったわね。魔術師だけで構成されていて、所属していると『魔道士』という肩書きを持つ。その組織の総元締めになる可能性がある人……)


 この人は、力を必要としてくれている。そのためには現代のことを学べと言っている。

 それならば答えはひとつ。


「わかりました。現代のことを知っていきます。──その前に、少し教えてください。極秘部隊というのは何ですか?」


 アイオーンがカサンドラの魔力から得た『日常の知識』のなかには、その情報はなかった。そのことから日常的には使わない単語であることは察せられる。


「その名のとおり、周囲から秘密にされている部隊だ。何が秘密なのかというと、所属する隊員の個人情報だ。国からすべて保護され、秘匿されてんのさ。極秘部隊に所属する人の個人情報を探ろうとするだけで、魔道庁や警察庁は問答無用で逮捕できるほど秘匿性も機密性も高い。──そうなっている理由は、世間には(おおやけ)にできない事情を抱えている者が多いからなんだ。たとえば、人体実験を受けて魔術を使えるようになった者。遺伝子が先祖返りと判断され、普通に生きることが困難となった者などがこの部隊に所属してる──。お前さんが誰かの役に立ちたいってんなら、ここに所属するのが一番いいんじゃないかね」


「なるほど……。では、その仕事内容は?」


「端的に説明すると、魔道庁に所属する魔術師──魔導士でも危険性が高い現場を調査することや、魔術を使う手強い犯人を取り押さえることとかだ。世間に秘匿されているとはいえ、警察庁や魔道庁と同じく平和を守るための重要な組織なんだ。現代に生きる純粋な魔術師では、いろいろと限界があるからな……。今の俺は、魔道庁の最上位である総長の補佐なんだが、総長代理のような役割もある。協力者が必要なときは、俺からお前さんに連絡するよ」


「わかりました。期待に応えてみせます」


──ユリア。ダグラスと喋らせてくれ。


 ダグラスから一通りの説明を聞き終えると、ユリアの内側からアイオーンが反応した。ユリアはそれに素直に応じ、主導権を渡す。

 すると、ユリアの顔つきが薄暗い雰囲気から凛々しいものへと変化した。

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