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第六節 秘めたるもの ④

「……それでも、情報を聞くことなく安易に突撃しないで。どんな罠が設置されているかもわからないのに──」


 ユリアは小さくため息をつき、ラウレンティウスに呆れの言葉をこぼした。女性に手錠をつけ終えたラウレンティウスは、そんな彼女に背を向けて倒れている兵たちのほうへを向かう。


「結果的にちょうどいいタイミングで合流できたんだ。別にいいだろ」


 ぶっきらぼうな言い方──どうやら彼は少し不機嫌らしい。それにしても、考えなしのような突発的な行動や言い訳は、なんとなく彼らしくない。彼がその場を去ると、魔道庁の若い女性魔術師が女性を立たせようと駆け寄ってきた。


「うふふっ……あははっ……!」


 その時、手錠をつけられた女社長が、魔道庁の若い女性魔術師に支えられて立ち上がりながら不気味な笑い声を発した。


「おかしいわ……。捕まってしまったのに、心がフワフワしている……。お嬢さんの力が、すごく魅力的だと知ってしまったからかしらね……?」


 女性は酔ったように足元をふらつかせ、恍惚とした目でユリアを見つめた。


「ねえ、お願い……。あなたの身体を調べさせて──! 人間のフリした化け物を解体するなんて、まさに未知の領域……! 『奇跡』が手に入るかもしれない……!」


「──えっ……? ば、化け物……?」


 女性の身体を支えていた魔道庁の若い女性魔術師が、茫然とした声を出しながらユリアに目を向ける。

 化け物と言われても仕方がない。なにせ、短時間ですべての敵を倒し、銃を使い物にならないほどに破壊してもいるのだから。

 個人情報を国が保護してくれる極秘部隊という組織に属しているからこそ、彼女の正体を知るアシュリー以外の研究者は、誰も秘密を調べることも知ることもできない。


「その者は、おかしな研究ばかりしていたせいで無自覚に感覚が狂っているんだろう。こいつは化け物なんかじゃない。──そんなやつの言葉を安易に信じるな」


「は、はい。失礼しました……!」


 少し離れたところにいたラウレンティウスは、後輩にあたる女性にやや厳しめの口調で注意すると、ユリアに再び近づき、腕を引っ張って少し離れたところへと移動した。


「──おい、ユリア……まさか、見せたのか? お前の能力……」


 ラウレンティウスは、小声でユリアに耳打ちする。


「……うっかり、ほっぺたに銃弾を掠めてしまったのよ。だから、傷が癒えていくところを見られてしまったわ……」


「なんだ、そのうっかりミスは──お前らしくない。……あの廃墟の遊園地の任務の日から、お前は何か変だぞ。いったい、どうしたんだ……?」


 ラウレンティウスは、少しもユリアの失敗を責めていない。むしろ、案じている。彼の表情が、声色が──支えたい、助けたいという気持ちを伝えてくる。

 それでも、ユリアは答えられなかった。

 まだ、怖い。

 勇気が出せない。


「ただの……寝不足よ。……ところで、ラルス。魔道庁に応援は呼んでいるの? 人手が足りないでしょう?」


 明らかにはぐらかされ、話をそらされた。ラウレンティウスは追及しなかったが、寂しそうな目をしている。やがて、悔しそうに眉間に皺を寄せた。その顔を見ていたユリアは、思わず目をそらす。


「……当然、呼んでいる。もう数分ほどで着くはずだ」


「さすがね。早いものだわ」


 ふたりの間に、微妙な空気が流れる。

 その時、魔道庁の若い男性がユリアに近づいてきた。ラウレンティウスと同年代か、少しだけ年上だろうか。


「──いはやは。相変わらず素晴らしい手際ですね。ユリア殿」


 かけられた言葉は賛辞。だが、ユリアは喜ばなかった。男性は優しげな目をしているが、その奥にはなにかを狙っているような気配がある。ラウレンティウスは、そんな男性に対して不快そうな目を向けた。


「……私の名前をご存じなのですね」


「ええ。何度か同じ現場で一緒になったことがございますので、あなたの名前は聞き及んでおります。申し遅れましたが、わたくしの名前はザムエルと申します。──よろしければ、一度お茶でもいかがですか?」


「──駄目だ」


 ユリアが答える前に、ラウレンティウスが一刀両断した。当然、男性はラウレンティウスに不快感を示す目線を送る。


「……なぜ、ローヴァインさんが答えるのですか? もしや、私が彼女をお誘いすることに何か不都合でも?」


「俺とこいつは、古い知り合いでな。だから、こいつの返答が解っただけだ。……なにせ、こいつは、自分よりも弱い男には興味がない女だからな──この状況を見ればわかるように、武術の腕前は俺以上だぞ?」


 いや、待ってちょうだい。なによその理由は。もう少し別の言い方があったはずよ。

 ユリアは無表情だが、心の中では彼に文句を飛ばす。でも、別にいいかとすぐに心変わりする。関わりたくない男の(たぐい)だ。嫌われたほうが面倒な事は起きなさそうではある。


「彼に先を越されて言われてしまいましたが──申し訳ありません。ご遠慮願います」


 言葉遣いは丁寧だが、ユリアの声色は無だった。明らかに『あなたに興味はない』という雰囲気を出している。


「……そうですか。それは残念」


 ザムエルは、ユリアに何か言いたげな様子だったが、ラウレンティウスが『早く仕事に戻れ』と言わんばかりに睨んでいることに気が付くと、そそくさに仕事へと戻っていった。


「──助け舟を出してくれてありがとう。まさか、お茶に誘われるとは思わなかったわ」


「あいつは、今、結婚相手を探しているらしい。だから、相手が極秘部隊だろうが、なりふり構わず良さそうだと感じた女性に声をかけているんだ。少しでも可能性があると感じたら、節操なく手あたり次第にな」


 極秘部隊の者は、自身の個人情報を隠して暮らさないといけない。そのため、普通の人間と比べると、行動が制限されてしまうことがある。それでも、結婚自体はできるという。結婚相手となる者は、国や王室に対して、伴侶の個人情報やその他の関連する重要なことを誰にも漏らさないという絶対的な約束をしなければいけないが、それさえ守られれば結婚はできるらしい。


「なるほど……」


 それよりも、気にしなければならないことがある。

 女社長に雇われていた者たちが所持していた銃弾──『魔術師殺し』だ。


「──ところで、ラルス。これから先の仕事は、魔道庁の管轄となるから……ひとつだけ、お願いしたいことがあるの」


「なんだ?」


「倒した雇われ兵たちが持っている銃弾を調べてほしいの。弾に含まれる成分と、それを作った人物をね」


「銃弾を調べるのか?」


「兵のひとりが、『魔術師殺しの弾』と言っていたわ。普通の弾とは違うらしいのよ……。もしも、それを開発したのがセオドアなら──。弾が……現代では手に入りにくい、特殊な素材でできたものだったら……」


 ユリアの声が、わずかに震えている。ただ事ではないことを察したラウレンティウスは、眉を顰めた。


「……ともかく、お願い。銃弾を詳しく調べてほしいの。できれば、検査はアシュリーにまわして」


「ああ。わかった」


「ありがとう。──その件で、今からアイオーンに電話をするわ。少し待っていて」


 そう言って、ユリアはポケットから携帯端末を取り出し、操作をしながらラウレンティウスのもとを離れていった。


「──ローヴァイン先輩―。一通り、拘束し終えたっすよ」


「あとは、応援待ちですね」


 それと同時に、彼の後輩にあたる青年と女性がやってきた。


「ああ──。犯人たちが暴れないように見張っておいてくれ」


「はい。……あの~、ローヴァイン先輩。あの極秘部隊の人、先輩の知り合いなんすか?」


「まあな」


 ラウレンティウスの後輩たちは、電話をするユリアの後ろ姿をまじまじと見つめる。


「……パッと見だと、優しそうな顔の人でしたけど……この人数をひとりで倒しちゃうし、銃も役に立たないほどボロボロにしちゃうし……。なんか、生きてる世界が違うってかんじですね……」


「だよなー……。先輩と話してた時の顔つきは、普通に穏やかそうだったけどさ。こんなことができちゃう人なんだよな……」


「──お前達が想像するほど、あいつは怖い人間じゃない。能力が生まれつき高かっただけで、ほかは普通だ」


 その瞬間、後輩たちはラウレンティウスをじーっと見つめた。


「……な、なんだ。急に見つめてきて──」


 なにか嫌な気配を感じ取ったラウレンティウスは、若干狼狽えた。


「いやぁ、そのー……もしかしてなんすけど……。ラウレンティウス先輩が、未だに婚約者を作りたがらない理由って……あの女の人が好きだからとか──だったりします?」


「ん、なッ──!?」


 後輩の青年がそう言うと、ラウレンティウスの顔に(しゅ)が走った。


「私も同じこと思いました。だって先輩は、立場的にも顔的にも考えたら、普通なら結婚相手を選び放題のはずなのに……。届かない恋をしているから、婚約者を見つけようとしないんですか? 長年、秘めたる恋をなさっているんですか……!?」


 後輩の女性が興奮しながら続けて言うと、ラウレンティウスは動揺しながら目をそらす。


「いやっ、お、俺は──き、興味がないだけであって……! 異性がどうとか、結婚だとか、そんなのは……!」


「えっ、ウソですよね!? だって、あの人と話してるときの先輩、すごくいつもと雰囲気違いましたよ!? すっごく優しそうでした! いつもはキリッとしてて隙なんか見せないって感じなのに!」


「そうそう! それに、婚活してるあの先輩に仕事しろって注意すんのかなって思ってたら、ローヴァイン先輩が勝手に『駄目だ』ってお誘い断ってたじゃないっすか! 話を中断させるんじゃなくて、二度と近寄んなよってなかんじの声色で──!」


「今は任務の最中だぞ!! 応援が来るまで犯人を監視していることがお前達の仕事だろうッ!?」


 ラウレンティウスが顔を真っ赤にして怒鳴ると、ふたりは飛び上がった。


「へ、へいぃいッ!」


「ひゃいぃいッ!」



◇◇◇



 ラウレンティウスが後輩ふたりに怒っていた時、ユリアはまだアイオーンと話をしていた。


「──ええ……。もしも、本当に一致すれば……もう、こんなことが出来るは……」


 ユリアは無意識に下唇を噛む。


「だから、アイオーン……。明日もヴァルブルクに行くのなら、お願い──『魔術師殺しの実』を採ってきて」

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