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第六節 秘めたるもの ①

「──ユリアにそのような気配など……俺は感じたことはないが……」


 屋敷の居間にて、クレイグはアイオーンと姉を呼び、自身が感じていた疑問を伝えた。

 アイオーンからのその返答に、クレイグはホッとした顔を見せ、「んじゃ、オレの気のせいってことだな。きっと」と話を終わらせようとした。

 しかし、アイオーンは物憂げに首を振る。


「それと関連しているのかは不明だが……ユリアは先日、何者かの『声なき意志』を受け取っている……」


「『声なき意志』……?」


「心の中で『自分ではない誰か』が話しかけてきた──それは、単なる精神的な疲労や病による幻覚ではないはずだ。……お前も、そう思っているのだろう? ユリア」


 話を振られたユリアは、不安そうな顔を見せながら小さく頷く。


「んじゃ、その『声なき意志』ってのは、アイオーンでもユリアでも感じん、なんかの術式か魔術的みたいなモンってことなんかな……」


 アシュリーが怪訝な顔で問うと、アイオーンは「今は、『かもしれない』ということしか言えないことだがな」と浮かない表情で言う。


「──魔術的なモンが関係しとるんやったら、ユリアの血にもなにかしらの影響があるはずやと思うんやけどなぁ……。昔、調べた時は『人間らしくない』ってこと以外、特にヘンなとこはなかった気ぃするけど……」


 ひとりごとを言うと、アシュリーはちらりとユリアを見た


「なあなあ……。やったら、もっと念入りにアンタのこと調べたろか? あれから十年くらい経っとるから、検査の機器も性能アップした最新のモンに変わったし──なんか新しいこと判るかもやでぇ~?」


 と、アシュリーが少し怪しげな笑みを浮かべて提案すると、ユリアは自身の身体を守るように胸のあたりで両腕を交差させた。


「……それって血液検査のことよね?」


「ほかに何あんねんな」


「アシュリーがそんな意味深なことを言うと、いやらしいことをしてきそうでちょっとゾワゾワするのよ」


「失礼やな」


 不穏な雰囲気のなかで、突如としてセクハラの疑惑とツッコミが淡々とした口調で繰り広げられる。


「異性同性関係なく、堂々と他人の身体をまさぐる姉貴が言うか?」


 アシュリーの弟であるクレイグが横からつっこみを入れると、姉の顔は不貞腐れた。


「そこになんか良さそうな身体あんのが悪い」


「お前は変態か? ──いや、昔からか」


 アイオーンは反射的にツッコミを入れると、すぐに過去のアシュリーの言動を思い出し、納得した。

 そんななか、ユリアは頭の中でセオドアに関連することを整理していく。わかっていることは依然として少ない。調べていくと、ぼんやりとした不穏なことしか増えていかない。いくら考えを巡らせても、すべてが憶測でしかない──そう思っていた時だった。


「──っ。……電話? 同時に……?」


 四人それぞれが所有する携帯端末が小刻みに震えるか、あるいは音が鳴り出した。

 ユリアが自分の携帯端末の画面を見ると、そこには『ダグラスさん』の文字が表示され、下部には電話に出るか出ないかのアイコンが表示されている。


「いや……。ウチのは、メールやわ。ラウレンティウスから」


「オレも、あいつからのメール」


「俺も同じだ」


 アシュリー、クレイグ、そしてアイオーンはラウレンティウスからのメール。この三人に届いているのなら、おそらくイヴェットにも届いているはすだ。そして、同時送信ということは──セオドアについての連絡。

 ユリアは、すぐさま電話を繋いだ。


「──はい、ユリアです」


『悪いな。急だが、姫さんには明日、任務を頼みたい。潜入捜査だ』


「潜入捜査……? 何かわかったのですか?」


『ああ。姫さんが拾ったロケットペンダントの写真──あの女の子を知っている人がいたんだよ』


「! 誰が知っていたのですか?」


『情報を提供してくれたのは、ある会社に役員の立場で働いていた人だ。その会社はすでに定年退職をして辞ているが、長く勤めていたらしい』


 情報提供者は、ある会社に働いていた人。少し意外な人物だったことが判明し、ユリアは少し呆気にとられていた。


「……会社員の人が、ですか」


『ああ。写真の子は、その会社の女社長の娘さんなんだとさ。でも、その子は病気で亡くなったらしくてな……。それ以降、その女社長は、少しずつ会社に姿を現さなくなったらしい。仕事の大半を副社長や重役に任せて、社長本人は打ち合わせと称していろいろなところへ行くようになったんだとさ。休むことも増えたらしい』


「それでは……その社長さんは……」


『ロケットペンダントの持ち主がその人なのは、確かだろうな。けど、あのアパートに行って、そこに潜伏していた魔術師たちと関わっていたのかはまだわからん。それでも、セオドアとはなんらかの関わりがあるとみていいだろうな──その裏付けとなる事に繋がってんじゃないかってかんじの不可解な出来事があったんだ』


「どんなことですか?」


『女社長の会社は、自社工場を持ってるんさ。そこで勤めてる社員が、魔力中毒らしき症状で病院にやってきたみたいなんだ。……その工場では、人工魔力に関係する業務はやってないってのにな』


 ユリアは眉を顰めた。

 この時代では、人間が魔力を使って魔術を発動できるように、人工的に作られた魔力をエネルギーとして動く機械がある。まだ一般的なものではないが、実用化できるように研究が進められている。

 星が生み出す魔力と同じく、人工魔力も魔術師ならその気配を感じ取れる。だが、人工魔力は、純粋な魔力よりも質が悪く、気配を感じ取れる魔術師は少ない。

 くわえて、人工的に作られた魔力といえども、現代人にとっては危険なものである。このことから実用化は難しく、研究や人工魔力を利用する機械の開発は、国からの許可がなければできない。


『──病院を訪れた社員は、今日は休みを取っていて、うっかり興味本位で魔力が濃いところに入ってしまったから、こんなことになったと言っていたらしい。それから、その社員は回復して帰宅させたらしい。けど、何か変だと感じた病院は、そのことを魔道庁に通報していたんだ』


「総長。その会社には、取り引き先に人工魔力を扱う業者があるんでしょうか? 病院に運ばれた人は、営業でその取り引き先を訪ねていたから魔力中毒になったとか……」


『それも調べてみたが、特にそんな会社はなかった。そんで、その社員のことを調べてみると、その日、社員は休みなんか取ってなくて、普通に工場へと出勤して働いていたらしい──。そのことから、魔道庁は少し前からその会社を怪しいと睨んでた。んで、この女社長がセオドアと関わりがありそうな可能性を見つけたことで、潜入捜査をしようって話になったんだ。その件を姫さんに頼みたい』


「……わかりました。では、当日は、具体的にどのようなことをすればいいですか?」


『問題の会社と実際に取り引きがあって、なおかつシロだと判っている会社に調査の協力をお願いしてたんだ。その会社に、調査のための『嘘のアポ』を取り付けてもらった──営業担当が変わったから、工場の代表者に挨拶をしにいくっていうアポだ。姫さんがその身分を偽って、工場を訪問してほしい。そこで魔力の気配があるかどうかを調べてくれ』


「了解です。ということは、光陰(みつかげ)は持っていけませんね……。ですが、特に何もなさそうだった場合はどうしますか? それに、会社員の経験すらない私が営業担当のふりをするのは……正直、少し不安があります……」


『会社員としてどんな会話をすればいいのかってのは、あとでメールを送る。それを見て、なんとなく雰囲気を掴んでくれ』


「なんとなく雰囲気を、ですか……。あの、総長……私は万能ではないのですが……? 戦闘のことならともかく……」


 ユリアは苦笑いをするしかできなかった。良いように捉えるなら、要領の良さを信じてくれているのだろう。そうであっても、なかなかの無茶ぶりを言われているような気がするが。


『姫さんならできるだろ。──前の総長にいらんこと伝えた姫さんならな』


 と、ダグラスは急に不貞腐れた声を出した。ユリアは、『前の総長』こと食堂を経営するエマに対し、ダグラスがやってきたら栄養価のあるものを食べさせてあげてほしいと頼んでいた。なるほど。彼女はこのことを実行してくれたようだ。


「……野菜はちゃんと食べてください。でないと、今度、野菜だけのお弁当を作って魔道庁に突撃しますからね。ですが、野菜をただ普通にぶち込んだだけのお弁当では芸がないので、凝ったものを作ります。お楽しみに」


『なに作る気だよ!?』


 しかし、ユリアは止めない。彼女自身、こんなことは余計なお世話だと思ってはいる。それはそれとして、ダグラスという男は誰かが指導しなければ偏った生活をすることを知っていた。それを放っておけば、仕事どころの話ではなくなってしまう。不老不死でもないかぎり、そのツケは後で必ずやってくるものなのだ。


『──いや、ともかく! もしも何もなさそうだったら、身分を偽ったまま怪しまれないように撤収! けど、何か様子がおかしければ、それを調べてくれ! 明確な証拠が出てきたら、多少手荒なことをしてもいいから。アポの件もあるから、今回は同行者はなし。姫さんひとりだけだ』


 ダグラスはハッとして話を任務のことに戻した。

 しかし、『多少』とはぼんやりとした表現だとユリアは思う。具体的には、どのくらいのことなのか。


「あの……多少の手荒とは、工場を破壊しない程度のことですか?」


『いや待て待て待て。素手で工場破壊できんの? 任務の手順を伝えてただけなのに、なんでツッコミどころが発生すんだよ』


「だって、しようと思えばできますから……。大気中の魔力がどれだけ少なかろうと、私くらいの魔力生成力と少しの時間さえあれば、魔術を使わなくとも──」


『やんなよ!? 絶対やんなよ!? 絶対に人を巻き込むことになるからな!? 姫さんの後ろには魔道庁の少数部隊つけるつもりなんだからな!?』


「絶対にしませんよ。そんなこと。壊した後の瓦礫の撤去とか、面倒な作業も発生しますから」


 ユリアは少し焦りながら宥める。

 あ、なるほど。その程度なのか。ただ『工場を破壊しない程度』という言葉の明確な基準を聞き出したかっただけなのだが、素直に答えすぎたせいで余計な心配をかけさせてしまった。そんなユリアのただならぬ台詞に、ユリアの電話の言葉を聞いていた三人は、彼女にジト目を向けていた。


『……とりあえず、会社側が明らかに不穏な行動を見せたら、少数部隊に突撃命令を出してくれ。その部隊の隊長はラウレンティウスで、ほか十人くらいの部隊になる。あいつと連絡を取り合う際は、周囲にバレないように魔力を使った小型の通信機器でやりとりしてくれ』


「わかりました」


『んじゃ、頼んだぜ』


 電話を終えると、ユリアは三人に目を向けた。ラウレンティウスから届いたメールの内容は、おそらく先ほどダグラスが話してくれた任務のことだろう。


「──ダグラスさんから、セオドア関連の任務だったわ」


「ウチらに来たメール、それやったわ。つーことは、タイミングはもう今くらいしかないってことなんで……。ユリア──任務行く前に、アンタの血ぃくれへん?」


 すると、急に何の脈絡もなくアシュリーがそんなことを言い出した。


「私の血を? 何に使うの?」


「さっき、アンタの電話中に話しててんけど──」


 アシュリーが言いかけると、


「あるものの開発のために、ユリアの血が必要なんだ。……もしかしたら、セオドアの件で必要になることがあるかもしれない。頼む」


 アイオーンが彼女の言葉を遮り、端的に説明した。このヒトが知っていることであり、セオドアの件で使うもの──。それが何なのか皆目見当がつかない。それに、なにやらアイオーンの様子が変だ。

 しかし、アイオーンが関わっているなら、そこまで心配するほどのことではないだろう。


「……わかったわ」



◇◇◇



「お世話になっております。午後一時からアポイントを取らせていただいている者です」


「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」


 任務が始まった。

 潜入捜査のため、ユリアは会社員らしい黒のスーツ姿に黒の鞄、髪は片耳が隠れるようにひとつにまとめて括っており、顔には軽く化粧をしている。

 会議室に通されてしばらくすると、社員が来客用の茶を持ってきてくれた。社員が退室すると、ユリアは周囲を見渡す。

 ここはオフィスだけがある建物だが、向こう側には大きな建物がいくつかある。あれらが工場なのだろう。そして、敷地内の端には、何をするところなのかまったくわからない不思議な建造物もあった。


(……今のところ、この建物の中には(・・・・・・・・)異常はないわね)

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