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第五節 ひとときの休息 ④

「だとしたら──リュシエンヌ、なんとなく女っぽくないなって思ったときがあったんだけど……それを隠してるからあんな格好してるのかも」


 ジョシュアが悪気なくそう言った時、ユリアは眉を顰めた。


「やめなさい。失礼すぎるわよ」


「だって、リュシエンヌの手、なんか女らしい手じゃなかったんだ……。少し前、ボクがリベラ寮でうっかり転んだら、意外なことに手を差し伸べてくれてさ。その手、握ったら──そんな感じのだったし」


「私だって、どちらかといえば女らしくないほうよ。傷跡もあるし、手も大きくてわりとゴツゴツしているし、タコもたくさんあるし……。そもそも、男か女かの違いなんてどうしてわかるの?」


「昔、ヒルデブラントの極秘部隊に所属してた彼女がいて、よく手を繋いでたから。でも、まあ……すぐに別れちゃったけど。元カノは、仕事で別の国に行ってからその国が気に入って、今はその国の極秘部隊として働いてる。──先輩は? 恋人いるの?」


 ジョシュアは、本来なら同世代の子どもたちがいる学校に通っている年頃だ。個人情報を秘匿する義務がある極秘部隊に所属している同士とはいえ、そういう会話をしたいのだろう。しかし、ユリアはこの手の話が苦手な部類だった。


「……それ以前に、恋というものがよくわからないわね。小さい頃から、そういうこととは縁遠いものだったから」


「じゃあさ、ボクと付き合ってみる? お試しでもいいよ」


 ちょっと待ってちょうだい。

 そんなことを恥ずかしげもなくさらっと言うなんて、ノリが良すぎるでしょう。私もノリが良いと言われたことがあるけれど、そんなことさらりと言えないわよ。

 ユリアは、真っ先にそんな感想を抱いた。話を聞いていたミコトとイヴェットは「え!?」と声を上げて驚き、ユリアの返事を待っている。


「──遠慮しておくわ」


 しかし、ユリアは、はっきりと即答する。ジョシュアは「もう少し悩んでくれてもよくない?」と異論を呟くと、ミコトが意見を言いたいのか手を挙げた。


「でも、ミコト思う。ジョシュア、他人、心、考える、少し、ない。デリカシーない。おねえちゃん、断る、わかる」


 そう言われると、ジョシュアは「悪かったね」とつっこんだ。


「違うわ……それ以前の話なの。今の私には……なんというか……そういうものに興味が持てないのよ……」


 仮に、本気で異性として興味を持たれても困りものだ。同じ極秘部隊であっても、隠さなければならないことがたくさんある。これ以上聞かれても、ほとんど何も話せない。このあたりで話を切り上げなければ。


「……ほら。ジョシュアにミコトちゃん、おしゃべりはここまで。そろそろ勉強に戻りましょう。──イヴェット。私も一緒にふたりを指導するわ」


「ほんと? ありがとう!」


「ありがとー!」


 ミコトは先生が増えたことに喜んでいるが、ジョシュアはテンションを下げて嫌そうな顔をしている。

 それから、ユリアとイヴェットによる授業が始まった。


(──もしも、私が現代に生まれていて、ジョシュアのような年齢だったなら……異性の話で盛り上がることができる人間になっていたのかしら……)


 ふたりの魔術の練習を見ているときに、ユリアはぼんやりとそんなことを思いはじめる。

 経験したことがないため、まるで異国での暮らしを想像しているような感覚だ。それでも、そういった時間はきっと楽しいものなのだろう。



◇◇◇



 アイオーンに、『今日は、イヴェットと一緒に夕食を食べることになったので、晩ご飯はいりません。帰るのが少し遅くなります』と連絡しておいてよかった。イヴェットとの夕食は、少し良いところのレストランでディナーをした。久しぶりにふたりだけだったため、話が弾んで、つい遅くなってしまったのだ。


「──ちょぉ、ユリアー」


 ローヴァイン家の屋敷がある区画の歩道にて、後ろから聞きなれた女性の声が聞こえてきた。走る音も聞こえてくる。

 この道は、昼間でも人通りが少ない。なぜなら、この区画は、貴族たちの屋敷のみがある場所なのだ。貴族制度が無くなり、時が経つにつれて経済状況も大きく変化していたことから、多くの屋敷は放置されているか、あるいは潰されて、土地すらも手放されている。

 なので、この区画に今でも住んでいる人はかなり少ない。ここに用があるとすれば、屋敷の所有者かその親戚筋の人くらいだ。


「……! アシュリーじゃない。どうしてここに?」


「アイオーンに、ちょぉ用事あんねん。やから、今日はこっちに泊まるわ。──つか、アンタ、こんな時間までどこ行っとったん? 任務?」


「いいえ。夕方まではリベラ寮にいたの。イヴェットと一緒に、寮の子たちに魔術を教えることになって──。そのあとは、イヴェットと一緒にレストランでディナーを食べていたからこの時間になったのよ」


「リベラ寮? 呼ばれたん?」


「ええ。ホルストにね」


 街灯の少ない歩道を歩きながら会話をしていると、いつの間にかローヴァイン家が所有する地に到着した。大きな鉄格子門の向こうには長い石畳の道がある。その脇には屋敷まで続く洒落た外灯が立ち並んでいる。そして、その先には噴水を設えた玄関先の庭と大きな屋敷があり、整地された背の低い草が生える広大な敷地がさらに広がっている。


「──なあ、この魔力の気配って……クレイグやんな……?」


「……そうね。あの子もここにいるなんて──どうしたのかしら」


 少し前からユリアも感じていた。やはり、クレイグだ。彼もこの屋敷に帰ってきている。


「アシュリーは屋敷に入っていて。私、クレイグのところに行ってみるわ」


 玄関前の庭でアシュリーと別れ、ユリアは屋敷の裏側へと向かった。

 屋敷の裏へまわると、そこではクレイグが筋肉トレーニングをしていた。逆立ちをして、さらに片手で立ち、手で押し上げるように移動している。


「いよっ、と──。って……あー。やっと帰ってきたな」


 ユリアに気づいたクレイグは足を地に下ろし、立ち上がる。


「どうしてここに?」


「俺だけ久しぶりに休みもらえてよ。……つっても、ラウレンティウスのやつが『お前だけでも明日は休め』ってうるさかったからって理由だけどよ」


「ああ……。あの子、昔から心配性なところがあるものね。いろいろと言われたあの日のことに気を遣っているのかもしれないわ」


「小さい頃から妙に気遣いがすぎるんだよなぁ、ラウレンティウスのやつ……。まあ、そんなわけだから、こっちに来たってワケだ。アンタに稽古でもつけてもらおうかと思ってさ。とりあえず、今から少しだけお相手頼むわ」


「あら、元気ね。今日も仕事だったはずなのに」


「今日の仕事は、まだ平和なほうだったからな。頭は、事務作業のせいで疲れちまってるけど──よッ!」


 クレイグは地を蹴り上げ、一気に間合いを詰めた。手加減のない拳による突きをクレイグが繰り出すとユリアはそれを難なく受け止め、彼女もクレイグへ重い突きをお見舞いする。

 が、クレイグはそれを間一髪で避けた。そして、避けた勢いで蹴り技を入れる。


「だから、動きが少し単純なの?」


 ユリアは微笑みながらでの蹴りを受け止め、そのまま足を持ってクレイグの身体を軽々と投げた。


「うぉっ」


 クレイグは受け身をとり、着地した。


「──頭は疲れてても、身体だけは元気なんだよな」


 すると、なにか気になることがあったのか、クレイグは怪訝な顔をしている。


「……なあ。そういえばさ……」


「なに?」


「アンタから感じる魔力──ホントにたまに、一瞬なんだけどよ……変なのが、ある気がする……」


「? 変なの?」


 そう言ってユリアが首を傾げると、クレイグは困ったように軽く頭を掻いた。


「……ちょっと、時間かけてアンタの魔力を調べさせてくれ。なにもしないで、そのまま」


 彼は何を言いたいのだろう。さっぱりわからないが、ユリアはクレイグに手を差し出した。彼は手首を掴み、精神を集中させる。


「──」


 しばらく静かな時間が流れる。その後、クレイグはユリアの顔を伺うように目を向けた。


「……久しぶりに稽古して、思い出したことがあるんだ。頭おかしいのかって思われそうなことだけどよ……。マジで、ほんの少しだけなんだけどよ──」


「え……ええ」


「……昔から、アンタの魔力の気配から……本当にごく稀に……一瞬だけ、『得体の知れない、良くないモノ』の気配を感じるときがあるんだ……」


「……なんですって……?」


 得体の知れないモノで、良くないもの。

 ユリアは戸惑った。クレイグは冗談を言っているわけではない。だが、ユリアにとっては、そんなことはありえなかった。


「もちろん、俺の勘違いだってこともある。今の稽古でも感じなかったし。一瞬のことで、なおかつ稀な気配だからよ……。だから、言う必要はないのかもって……ずっと思ってたんだ」


 しかし、クレイグは眉を顰める。その顔には、少しばかりの恐怖が混じっていた。


「けど……その気配は──遊園地にいた魔物から感じたものと近かった気がする……」


 刹那、ユリアは顔を強張らせた。

 クレイグは、魔力を生成する力は弱いのだが、魔力の気配感知に優れている。離れたところから発する微々たる魔力の気配でも、それがどのような力なのかを感じ取ることができるのだ。しかし、それでもユリアの能力には敵わない。──そのはずだった。

 だが、おかしなことがある。クレイグが感じた『得体の知れないモノ』には、ユリアは一度も感じたことがなかった。


(あの遊園地の調査の時に、クレイグがなにかを言いたげな雰囲気だったのは、そのことを言おうとしていたのかしら……。けれど、私はなにも感じなかった──)


 ユリアは、先日におこなった廃墟遊園地の調査のことを思い返す。

 そこにいた虎のような魔物は、間違いなく普通の魔物の気配だった。どういうことだ──。


「言い方はアレなんだけどよ……その気配は、人間でも星霊でもない『別の何か』だって感じた……」


 人間でもなければ、星霊でもない。それは、今の彼女自身もそう言える。それでも、彼が伝える言葉はそういう意味ではない。

 ──わたしときみには、繋がりがある。

 その時、脳裏にあの言葉がよみがえった。アイオーンと自分しか知らないはずの言葉を──〈予言の子〉という言葉を知る、あの『意思』。


(まさか……)


 クレイグが感じた『別の何か』とは、あの『意志』のことなのか。

 それなら、なぜ廃墟の遊園地にいた魔物にも似たような気配があったのか。

 そして、その魔物がセオドアとも関係があると判明したら、『セオドア』という人物の正体は──。


「……冗談、ではないのよね……?」


「冗談にしたいのは、やまやまなんだけどな……。もしも、オレの魔力察知が間違ってなかったら……その『得体の知れないモノ』は、アンタの過去が関わってるものってことなのか……?」


「……わからない……。そもそも、自分の中におかしなモノが入っているなんて、まったくわからなかった──私が気付かなかったとしても、アイオーンがその『何か』に勘づいてくれているはず……。だって一時期は、あのヒトの核は、私の身体の中にあったんだもの──」


 ユリアは静かに動揺し、顔を俯かせていった。

 気味の悪いものが、身体の内側に潜んでいるかもしれない。しかも、そのことはもしかしたらセオドアとなんらかの関わりを持っているかもしれない。そんなものが身体の内側に入り込むタイミングなど──クレイグの言うとおり、過去の出来事だった可能性がある。

 そうだとしても、意味がわからない。何がどうなっているというのだ。


「だったら、このことをアイオーンにも言ってもいいか? 念のためにさ」


「ええ……。そうね……」


 セオドアという存在を知ってから、不可解なことが次々に増えていく──。

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