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第四節 偽りなき想い ⑤

「──あたしの顔に、なにかついとるかい?」


「す、すみません……まじまじと見つめて、失礼いたしました……。おふたりは、どういった間柄なのかと思いまして……」


「この子は、この店の上にある部屋で寝泊まりしている『ただの困ったちゃん』さ。うちの親戚でもなんでもない子でね」


 と、エマは言う。ジョシュアは「困ったちゃんとかじゃないって」と彼女にジト目を向けた。そして、(どんぶり)の中身を口にかき入れたあと、ユリアに目を向ける。


「エマおばちゃんは、ボクを助けてくれた人たちのひとりなんだ。その縁で、ぼくはここに住み着いてるってだけ」


「助けてくれた人──」


 ユリアが呟く。なんとなく、深く踏み入ってはいけない気がした。

 エマが厨房に戻ってからしばらくすると、ジョシュアがまとう雰囲気が少し変わった。


「……ねえ。先輩にはさ、助けてって言える人はいる?」


「? 急にどうしたの?」


「先輩ってさ──なんとなく『ひとりぼっち』な感情、抱えてない?」


「ひとりぼっち……?」


 いきなり何を言い出すのだろうと、ユリアは戸惑う。質問の意図が読み取れない。


「なんというか……簡単には言い表せないんだ、先輩の(・・・)は……。怒りとか、寂しさ……あとは、恐れとか、悲しみとか……満たされてない感じもあるかな──。ボクの感性だと、先輩からはそんな感情を抱えてるなって思う」


「何を見て……そう思ったの……?」


「実はボク、変わった能力を持っちゃってる(・・・・・・・)んだ。人が体内で作り出す魔力から、その時にその人が抱いている感情をなんとなく読みとれる能力でさ──。だから、先輩からは、いろんな感情が混じった雰囲気の魔力があるって思った」


 他者が生み出す魔力の気配から、感情を読み取ることができる魔術師。

 そういった能力があることは、どこかで聞いたことがある。だが、近くにそんな人がいたことはなかった。自身の心を読み取られたような気がしたユリアは、恐るべきものを見たようにジョシュアから目をそらす。


「わ、私には……血の繋がりはなくとも、家族だと思える人たちがいるわ」


「それでも、先輩からは、寂しさとか苦しさみたいな感覚を間違いなく感じる。──何か重いものを抱えてないと、そんな雰囲気の魔力なんて感じないよ」


 ユリアは箸を止め、口を閉ざして身体を強張らせた。

 それに気付いたジョシュアは、しばらく黙り込む。


「……先輩のそれらの気持ちさ……ボク、解るよ。昔のボクも、似たようなものを感じてた時期があるから」


 しばらくして、少年はぽつりと語る。


「ジョシュアも……?」


「うん。──ボクは、どこの地域で生まれたのかはわからないけど……すごく広い家の中で、みんなはボクのことを〈持たざる者〉って呼んでたことは覚えてる」


「……!」


「ボクが、まだずっと小さかった時の話なんだけど……広い家から、よくわからない場所に連れていかれて、置き去りにされたんだ。多分そこは、身寄りのない子どもを引き取って育てる施設だったんだと思う。そこで、しばらく暮らしてた。──しばらく経った頃に……次は、白衣を着た大人たちがやってきたんだ。施設の大人たちは、そいつらからお金を受け取って、ボクをそいつらに引き渡したんだ」


「まさか……」


 ユリアは直感した。その白衣の大人たちは、〈持たざる者〉を実験体とすることを厭わない非道な人間たちだ。


「そう──。その日から、注射をよく打たれたり、薬を飲めって言われるようになったんだ」


 その瞬間、ジョシュアは薄暗い雰囲気をまとい、眉を顰めながら微笑んだ。


「ほんと……毎日のように注射打たれて、薬も飲まされてさ……。痛くて、苦しくて……それなのに、誰も心配してくれなくて……。涙が出ても、耐えるしかなくて──。とうとう精神の限界が来て……『ボクは、いつまで苦しめばいいの』って言ったら、『成果を出せ』って言われた」


 ユリアの心に、怒りが沸き起こった。

 〈持たざる者〉は同じ人間だ。なぜ、そんなことを戸惑いもなくできるのか──。


「その時のボクは、まだ小さくてさ……。その大人たちが言ってた言葉の意味が、本気でワケわかんなかったよ……。だから、かつてないほどに大泣きしてやったんだ。怒りと悲しみをぶちまけながら、仕込まれた魔術を放ってやったら──爆発が起こったんだ」


「爆発……」


「たぶん、魔力がボクの強い感情に反応したからだと思う。強い感情は、魔力に力を与えるって聞いたことがあるから……。その爆発で、ボクは気を失って──気がついたら、病院にいたんだ。目の前には、ヒルデブラントの魔道庁の人たちがいた。その人たちに魔術の知識や技術、一般常識とかを教えられて、ボクはここに居る。……ボクは、実験のせいで、いつの間にか魔力を生み出せる体質になってた。魔力から感情を読み取れる能力は、受けてた実験の副産物的なものなんだと思う。──こんな過去を持ってるから、ボクはリベラ寮にいて、極秘部隊になったってわけ」


「そう、だったの……」


「ボクは、過去のことを話たけど……『だから、先輩も過去を言え』なんてことは言わないよ。先輩の魔力の気配が気になったから、あのときはダメ元で聞いてみただけだったし」


 やけにしつこく聞いてくる子だと思っていたが──彼は、魔力の気配から抱える感情を読み取っていた。そういうことだったのか。


「……私の過去は、誰にも言わないようにしないといけないの……。ごめんなさい……」


 そして、ユリアは口を閉ざす。

 しばらくの沈黙が流れたあとに、ジョシュアは言葉を紡いだ。


「ボクは……なりたくて、こうなったわけじゃない……。だったら、何になりたかったんだと言われても──何も思いつかないや……。だから、なんとなく極秘部隊をやることにしたんだ。仕事があると居場所も増えるし、お金も貰えるようになる。今は、昔ほど苦しくないから、これはこれでいいのかなって思ってる。楽しいこともあるし」


「そうよね……。なりたくて、こうなったわけではない──」


 その気持ちは、私にもよくわかるわ。小さい頃は、私もそう思っていた。

 でも、その言葉は口に出せなかった。

 すると、その時。エマが厨房から出てきた。


「……話の腰を折っちまうけど──実は、あたしはね、少し前までは魔道庁で勤めていたんだ。その時は一応、魔道庁のトップにいてね」


「ということは……エマさんは、総長だったのですか?」


「そうさ。数年前に定年退職してね。退職してから、さて何をしようかと悩んでたら──いつの間にか、夜でも働いている人達のための食堂を開いていたよ。これでも、何かを作るのは好きだからね。夜遅くまで開いてることもあって、魔道庁の人たちもここによく来るのさ。──ジョシュアは、この店を開いてすぐの頃に『ここに住まわせてくれ』ってやってきてね。リベラ寮に入っていたけど、雰囲気が上品すぎて落ち着かないからこの辺りに住みたいって言ってきたんだよ」


 エマが説明すると、ジョシュアは複雑そうに息をつく。


「だって、ボク的には、もっと庶民的なとこのほうがいいし……。あそこ、広くてキレイでなんか落ち着かなかったんだよ」


 と言っているが、もしかしたら彼は、無意識に昔を思い出してしまうからこそリベラ寮に居たくなかったのかもしれない。

 きっと、ジョシュアは元貴族が住んでいたような家で生まれたのだろう。魔術師の家系は、元貴族である場合が多い。ラウレンティウスが生まれたローヴァイン家もそうだ。そこで生まれたからこそ、ジョシュアは〈持たざる者〉と呼ばれ、挙句、追い出された。リベラ寮は、元貴族の屋敷をリノベーションしたところだ。

 当時の彼は小さかったようだが、生家が広い家だったということは覚えている。その生家から追い出され、そして地獄の日々が始まった。──もちろん、これは憶測にすぎないが。


「……あの、エマさん。今の総長が、ここに来ていたりしますか?」


「ああ。よくここに来ているよ。あたしの元部下でね。総長という役職を知る者として、いろいろ相談やら愚痴やらを聞いてるのさ」


「ダグラスさん、やっぱりここに来ているんですね」


 夜遅くまでやっている大衆食堂で食べていると言っていたが、ここだったのか。

 職場の近所であり、元上司がいるところとなれば、よく通っているのかもしれない。

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