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第四節 偽りなき想い ④

「……クローゼットの罠は、おそらくこの罠と連動する仕組みになっていたのね。この罠は、気付けなかったわ……ごめんなさい」


「でも、あの至近距離で矢を防いでくれたのは凄いよ。おかげで助かったし……」


 ジョシュアはまだ緊張がとれないようだ。できれば、こんなところで死の恐怖を感じてほしくはなかった。極秘部隊に属していれば、なにかしらの形で恐怖を抱く場面に出くわすだろうが──それでもだ。

 ユリアは矢を調べる。矢じりの先端は丸い。硬質な素材に見えて、触ってみると柔らかいものだった。矢羽根の部分は、あまり見かけない。濃い赤と青が入れ交じっている。しかし、羽根を触ってみると、人工物ではない気がした。あまりにも滑らかすぎる。


「──あ、わりと柔らかい素材だったんだ……。当たっても死ぬことはなかったかもね」


「それでも、あの速度で眼球に当たってしまったら、只事ではなかったと思うわ」


「まあね。──……ね、先輩。この罠、何の目的で設置されたと思う? それを見るかぎり、入ってきたやつを殺してやるっていうふうには感じないんだけど……」


 死の恐怖を感じた直後だというのに、ジョシュアはその点について考えられるようだ。慌てても冷静に思考回路が働けるのは、緊急の局面において重要な能力ともいえる。能力面だけで言えば、きっとこの子は極秘部隊に合っている。


「イタズラ目的という気持ちも、少しだけあるのかもしれない……。けれど、私たちへの警告のような意味合いを持っていると考えたほうがよさそうだわ」


「だよね……」


 ユリアにとって、この罠は魔道庁を試すものに見えた。

 難しい術式ができるだけでなく、こんな罠を張れることができる魔術師が現代にいる。セオドアは幻影術と傀儡術を可能としているが、この罠もセオドアだったりするのだろうか。

 そのとき、ユリアの脳裏にまたあの人物がよぎる。


(……この罠……『あの人』が施した罠だという感覚が消えない──)


 先ほどの既視感の正体は、それだ。

 あの人は、魔術による罠を仕掛けるのが得意だった。

 心の支えであり、心を救ってくれた優しく温かい人。だけど、子どもじみたイタズラをしてくるどうしようもない人だった。自由な風のようで、燃え盛る炎のようでもあった人。

 罠を解除するか、わざと起動させた後に油断させ、誰も察知できないほどに巧妙に隠された別の罠を発動させる──あの手口は、あの人もよく使っていた。だが、今はもうあの人はいない。


(……敵は、本当に『現代人』なの……?)


 ユリアがこの発想に至ったのは、現代人を下に見ているわけでも、その可能性を考えていないわけでもない。

 それでも、彼女には何かに引っかかっていた。うまくは言えないが──。


「この罠、目撃された不審者がやったのかな? ここって一度、魔道庁が調べてるもんね」


「そうね……」


「何しに来てたんだろう……」


 ジョシュアが扉から顔を出し、キョロキョロと廊下を見る。それから視線を落とすと、ある物を目に留めた。


「……ペンダントだ」


 ジョシュアが拾い上げたペンダントは、チャーム部分が丸型で平らなものだった。その側面を見ると、中に写真や小さな物を入れられるようになっている開閉式のロケットペンダントなのだと判断できる。


「ロケットペンダントのようね。中に何か入っているのかしら」


 ユリアがそう言うと、ジョシュアは爪を使って開いた。そこにあったのは、笑顔がまぶしい少女の写真。


「小さい女の子の写真だ」


「……こんなところに落ちているのは、さすがに怪しいわね……。回収しておきましょうか。私が持っておくわ」


「んじゃ、お願い。このあたりは罠とコレ以外、何もないっぽい?」


「そうね……。残りの部屋も調べてみましょう。何もいなくても、想像以上に魔術に長けた魔術師がいるということはわかったわ。見つからないように罠を仕込むなんて、容易なことではないもの……」


 その後も、ふたりは調査を続けたが、あの部屋以外に罠はなかった。不審な人も見当たらなければ、物も見つからなかった。


「──いろいろ調べてみたけど、特に何もなかったね。一応、よかったのかな……?」


 昼食を食べる頃となった時刻に、調査は終了した。一応は無事に終わったが、よかったとは言い切れない。ユリアは浮かない顔をしている。


「そうね……。そろそろ帰りましょうか──私は、この任務のことを魔道庁へ報告しにいくわ。あなたはリベラ寮に帰っても大丈夫よ」


「報告の前にさ、よかったらボクんちに来てよ。先輩を招待したい」


「……? あなたは、リベラ寮に住んでいるのではないの?」


「昔は住んでたけど、今は違うよ。リベラ寮は学校みたいな感じで通ってる。今の家は、夜中近くまで開いてる大衆食堂屋さんの上の階なんだ。その食堂屋さんの店長さんにお世話になってる。魔道庁の近くにあるお店だから、ちょっと寄ることくらいは出来るでしょ?」


「食堂──」


 そうだ、今は昼食の時間帯だ。何を食べよう。食べてから魔道庁へ行こうか。

 そんなことを考えていると、ユリアの腹の虫が鳴った。


「あ。おなか減ってる? なら、ちょうどいいんじゃない? 今は準備中の時間だけど、おばちゃんに頼めば何か用意してくれるかもだし。お昼ごはんが、助けてくれたお礼ってことで」


「……」


 ユリアは恥ずかしそうに笑いながら頷いた。



◇◇◇



 交通機関を使い、魔道庁がある地区まで戻ってきた。

 大通りにはカフェやレストラン、ブティックなどの店が並んでいる。華やかな路地を入ると、街並みは少しずつ閑静な住宅街へと変わっていく。その通りの一角に入ると、地下へ向かう階段が現れた。階段を降りた先には、その先にある扉を開くと、ジョシュアが世話になっている人が経営する食堂があった。扉のそばには準備中と書かれた看板が立ててある。


「ただいまー、エマおばちゃん。二人分のごはんちょうだい。おなか減った」


 店内は広く、家のような落ち着きを感じる内装だった。温かみのある簡素な木製の長机と長椅子がいくつも置かれてあり、カウンター席も木製品だ。

 誰もいないが、ジョシュアは自分の家であるかのように入ると、カウンター席に座って、厨房の奥にまで届く声を出した。


「……ジョシュア。あんた、二人分ってどういうことだい? 開店準備中だってのに──初任務はうまくいったんだろうね?」


 厨房から顔を出したのは六十代ほどの女性だった。不機嫌で厳しそうな雰囲気を醸しだしている。エマと呼ばれた彼女の雰囲気に気圧されたユリアは、申し訳なさそうに縮こまった。


「うん、なんとかね。この人は、ボクの先輩でさ。今日の任務でボクを助けてくれたんだけど、まだお礼できてないんだ。先輩が守ってくれてなかったら、きっと大怪我してたと思う。だから、この人へのお礼として、この人にもお昼ご飯おねがい」


 ジョシュアは彼女の雰囲気を気にすることなく、素の自分を振る舞う。


「せ、先輩として後輩を守るのは当然ですし! 食事目的で来たわけでは決してなくてですね──!」


 ユリアは激しく身振り手振りを動かしながら弁明すると、エマはため息をついた。


「ハラ、減ってんのかい?」


「……すみません。減っています」


 おそるおそるに素直な気持ちを答えると、エマは厨房の方に身体を向けた。


「なら、ちょっと待ってな。牛丼ならすぐ用意できるけど、嫌いじゃないね?」


「は、はい。大丈夫です」


 牛丼は、ヒノワ国で生まれた意外と歴史ある料理だ。ヒルデブラント王国では最近になって浸透してきた料理だが、ヒノワ人とのハーフであるラウレンティウスたちの親たちとも深く関わっているため、ユリアは昔からヒノワ発祥の料理をよく食べていた。なので、今更抵抗などないうえ、ヒノワの食器で食べることも慣れている。

 ユリアが頷くと、エマは厨房へと戻っていった。


「ここに来て良かったでしょ?」


「忙しいときにやってきたから、エマさんの顔が怖かったけれど……?」


「それは、いつものこと。気にしなくていいよ、何もない時でもあんなんだし。さっきのあの顔は特に怒ってないよ」


 関わりの長いジョシュアが言うなら、そうなのだろう。初対面の者から見ると、怒っていないと言われてもあまり信じられなかったが。


「──はい、お待ちどうさま。こっち座って食べな。ジョシュアを助けてくれて、ありがとうね」


 しばらくの後、エマが厨房から出てきた。焼いた牛肉とタレがかけられたものが入った(どんぶり)と割り箸をカウンター席に差し出した。そして、その隣に親子丼と割り箸を置く。ジョシュアの昼食だ。


「いえ、当然のことをしたまでです。お忙しい時にありがとうございます」


 礼を述べていると、カウンター席に座るジョシュアが早く食べようと手をこまねく。


「ジョシュア。それ食べたら店の玄関掃除やっといとくれ」


「はーい」


「では、いただきます」


 ユリアもカウンター席に座り、割り箸を割って(どんぶり)を食べ始めた。ジョシュアが食べている料理もヒノワ国のものだが、割り箸を器用に使って食べている。

 すると、エマは厨房に戻らず、まじまじとユリアとジョシュアを見ている。


「……にしても、ジョシュアがミコト以外の誰かを連れてくるとはね。なんだか安心したよ」


「え? 急に何? バカにしてる?」


「礼儀を覚えるのが下手くそだし、他人のこと気にせずズカズカ踏み込もうとするから、人間関係が上手くいってないのかと思ってたよ」


「なにそれ。ひどいんだけど」


 と、ジョシュアは文句をたれるが、あまり堪えているようには見えない。


「……」


 そんな軽口を叩きあうふたりの顔を、ユリアは食べながら見比べていた。

 親子にしては年が離れているし、どこも似てない。

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