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第四節 偽りなき想い ③

「ジョシュア~? 帰ってきたら、礼儀作法の授業にぶち込むぞ〜?」


「はーい、わかってますって。敬語で話しますってば」


「ほんとかぁ? 任務中、ユリアに迷惑かけちゃダメだからな」


 ホルストはため息をつきながら頭を掻き、ユリアを見ながら「とりあえず、そろそろ任務の内容を説明するよ」と言った。


「──任務は、魔道庁が立入禁止としているアパートの内部調査なんだ。そこには、魔力が秘める『奇跡』を探求する者たちが集まっていたらしい。そいつらを捕まえたときに、アパート内はひと通りの調査をしてる。けど、最近、そのアパート付近で不審な人影を見たとの情報があったんだって。だから、ふたりにはその調査をお願いしたいってわけ」


 少年の初任務としてその現場が選ばれたということは、危険性が低いところなのだろう。

 任務内容からして、この少年は魔力の気配感知に優れているのかもしれない。任務を進めながら新人の能力を見定め、必要な技能があれば指導していったほうがいいか。


「そこは、どこにあるの?」


「行きは、僕が車で送るよ。でも、帰りはちょっと用事があるから送れなくてさ。悪いけど、帰り方は携帯端末で調べて帰ってきて。現場の住所教えるから。──それじゃ、行こう」



◇◇◇



 任務の場所は、ユリアたちが住んでいる自治区とは別のところだった。

 歓楽街を抜けてしばらくすると、人通りが少ない区域に入った。さらに進むと、壁にいくつかのひびが入った古い家や小さなアパートが立ち並ぶ薄暗い場所が現れた。


「このあたりって……雰囲気、暗いね。夜になるとちょっと怖そう」


 車は、とある古びたアパートの前で停まる。入り口には、立入禁止と印字された黄色い標識テープが貼られていた。

 ユリアとジョシュアが車から降りると、車窓を開けてホルストが言う。


「今回頼まれてるのはアパートの内部調査だけだから、聞き込みはしなくていいよ。ぶっちゃけ、ここは治安があまり良くないんだ。──っていっても、ユリアにとったら余計なお世話だろうけど」


「何かが起こったときは、あまり騒ぎにならないよう気を付けるわ」


「うん。ユリアが気を付けるべきなのはそっちだな。んじゃ、あとはよろしく」


 ホルストの車が去っていく。

 通りには誰もいない。今日は風が冷たく、かつ曇り空だ。そのせいか、あまり良くない雰囲気がある気がする。

 それでも、今回が初任務であるジョシュアは特に不安がる様子はなく、黄色い標識テープが貼られたアパートを目に映していた。


「んー……ざっと見た感じ、魔術師らしい魔力は感じかな……」


「あなたは、魔力を感知することが得意なの?」


「う~ん……? とりあえず、できることはできるけど……得意なのかはビミョーなかんじ。ときどき、リベラ寮に来てくれる先生に教えてもらってただけだし──極秘部隊として働くなら、これはできてたほうがいいって言われたから習っただけ」


 リベラ寮には、大人だけでなく、幼い子どもからジョシュアのような年齢の子もいる。その子たちは、学校には通えなくとも勉強は必要だ。なので、リベラ寮では、毎日さまざまな科目を担当する先生が来てくれることになっている。その子たちにとって、リベラ寮とは宿舎でもあり学校なのだ。


「──ねえ、先輩。ちょっと質問してもいい?」


「なに?」


「先輩って、なんで極秘部隊に入ったの?」


 知り合ってばかりだと言うのに、いきなりデリケートな話を振ってくるとは──。ユリアは思わず苦笑いをした。


「……その質問は、してはいけないことよ。極秘部隊に所属する人の個人情報を知ろうとすることは、法律で禁じられているでしょう?」


「うん、知ってる。でもさ、隊員同士なら問題ないんじゃない? ボク、こっそり教えてもらったことあるよ」


「本当は、隊員同士でもダメなのよ。……それに、私自身はそういった質問には答えたくないの」


「ふ~ん……そうなんだ」


「あなたにも、少しくらいはあるでしょう? 誰にも話したくないことや、話せないことが──」


「うーん……。まあ、普通の人には言いにくいとは思うよ。だって、経験した『世界』が違いすぎるし、いろいろと返答に困るだけだろうしさ」


 それを言ったのあとに、ジョシュアは何かを考えるように黙り込み、やがて、また口を開いた。


「──先輩はさ、極秘部隊のなかでも指折りの魔術師なんだってね? いろいろ知ってるから良い刺激になるだろうし、学べることも多いだろうってホルストさんが言ってた。だから、先輩と仲良くなりたいって思うし、いろいろなことを知りたいと思ってる」


「仕事が終わったら、いろいろと教えてあげるわ。私に関すること以外をね」


 ユリアは軽くあしらう。

 どうしてそんなにも気になるのだろう。人によっては怒られてしまう繊細な話題だとは、彼自身もわかっているはずなのに。


「……ボク、もしかして信用されてない? 誰にも言いふらさないけど」


「疑っているわけではないわ。けれど、あなたは我慢を覚えましょう。それも時として必要な能力よ。──さて、調査をはじめましょうか」


 ユリアは黄色い標識テープを跨ぐ。ジョシュアは不服そうに後ろをついていった。

 古びたアパートの内部は、特に荒らされた形跡はないが、少しカビ臭い。ユリアが近くにあった電気のスイッチを押すと、玄関ホールに古びた蛍光灯がぼんやりとした明かりを灯す。一応は電気が使えるようだ。


「……やはり、人の魔力の気配はないわね。でも、わずかに魔力の気配があるわ。誰も気づかないところにも何かがあるのかもしれない」


「……まさか、ひとつひとつの部屋を確認するつもり?」


「もちろんよ」


「え〜……」


 ジョシュアは怠そうな声を漏らすも、ユリアは一番手前にあった部屋を開けて調査を開始した。

 ふたりは、ひとつひとつの部屋を地道に確認していく。どこの部屋にも家具や家電はひと通りあるが、それ以外の物はない。魔道庁が押収したのだろう。


「……あら……」


 二階のとある部屋にて、わずかながらの魔力を感じた。クローゼットのところだ。


「あ。クローゼットのところ、魔力がある」


「ええ。一応、調べてみるわ。念のためジョシュアは少し離れていて」


 ユリアがクローゼットを開け、魔力の性質を解析する。

 彼女が調べていると、その光景を見ていたジョシュアがあることに気が付いた。


「……先輩ってさ、手首から腕にかけてタトゥーとか入れてるの?」


「入れてないわよ。どうして?」


「一瞬、それっぽいの見えたから。さっきの何?」


 ユリアは手首を見る。腕を動かしていたことから、黒い手袋と白いワイシャツの袖口の隙間から手首が見えていたようだ。そこから覗くのは、古い傷跡。

 ユリアは少しだけ考える。まあ、これくらいならいいか。


「……コレのことね」


 ユリアは袖をめくり、腕の傷を見せた。刃で斬られたであろういくつかの傷跡が、そこにあった。斬り傷が癒え、新しい皮膚へと変わったことから、傷跡の肌の色は違う。

 このような傷跡は、この腕だけでない。四肢、胴体、背中、両足──ユリアの身体にはいたるところに傷跡がある。その傷跡を隠すために、夏でも手袋と長袖を着ている。

 ジョシュアは口をつぐんだ。しばらくしてから遠慮がちに聞く。


「……それって、任務の時にできた傷?」


「いいえ……。ずっと昔に……いろいろあったのよ」


 千年ほど前の戦いで──なんてことは言えるはずもない。この子に真実は言えない。


「ふーん……」


 ジョシュアは踏み込んでこなかった。聞いても無駄だと思ったのだろう。


「──ジョシュア。あの魔力の気配は術式だったわ。何が起こるか見てみましょうか。怪我を負わないように、離れたところから魔術でクローゼットを閉めると……」


 ユリアはクローゼットから離れ、魔術を使って扉を閉める。すると、設置されていた見えない術式が起動し、クローゼットの取っ手の部分が風の刃に切り刻まれた。


「うわっ!? ──えっ、コレ……なに……?」


「あの魔力の気配の正体は、罠──この現象を起こすための術式だったの。『術式』とは何か、というのは習った?」


「知ってる。『魔術を発動させるための仕組み』でしょ? 大気中の魔力を機械の部品みたいに組み込んで、特定の現象を起こさせるっていう」


「そう。実際に見たのは初めて?」


「うん、初めて……。あの微かな魔力の気配に気づいてなかったら、確実に大怪我してたじゃん……」


 初めての術式で設置された罠とその結果に、ジョシュアはわずかに尻込みしている。この経験は、彼の糧となるだろう。


「ええ。だからこそ、魔力を察知する力は重要なの。これから現れてくるかもしれないわね──巧妙に隠された術式を設置する、謎に器用な人が……」


「今まではいなかったの?」


「こういうことができる人は、とても少ないわ。術式は地味に難しいのよ」


「でも、先輩がそういうことをボクに教えられるってことは……先輩は、誰かに罠を張られてることに気づかず、うっかりかかったことがあるってこと?」


「ええ。昔、お世話になった人にね……。その人は魔術に優れていたけれど、それをイタズラに発揮する困った人だったのよ」


 ユリアの脳裏に、ある人が自然と思い浮かんだ。しかし、すぐにそれを見て見ぬふりをする。


「……では、次の部屋に行きましょうか。他は、特に何もなさそうだわ」


 この部屋も調べることはない。部屋の扉を開けた、その瞬間──。


「──危ないッ!?」


 ユリアよりも背の高いジョシュアをめがけて、何かが飛んできた。ユリアは叫び、咄嗟に手を伸ばして飛んできたものを掴み取る。


「ッ!? ──……な、ん……で……?」


 飛んできたものは、ジョシュアの目の前で止まっている。目前にあるものは鋭くはないが、固い物質のように見える。前にいるユリアが掴んでいることから、これは長細いものだ。


「……ギリギリね。……よかった」


「あ──う、うん……。ってか、先輩こそ大丈夫……? 傷は?」


「魔術で防ぎながら掴んだから、問題ないわ。手袋が破けただけよ」


 そして、ユリアとジョシュアは飛んできた物を確認する。黒い手袋は、手のひらの部分が破けていた。


「これって……矢、だよね……?」


「ただの矢ね……。これ自体は……」


 ただの矢だというのに、ユリアは浮かない顔をしながら矢をいじっている。矢に付けられている鳥の羽が、変わった模様をしている。現代だと人工的なものだと考えられるが──。


「どうしたの?」


「……なんというか──これは……」


 ユリアは既視感を感じていた。この矢は、どこかで売られている物ではなく、誰かの作り物であるような気がする。奇妙な模様をした矢羽も、人工物ではなく本物のように見える。

 そのため、弓で射るつもりでもないのに、どうして矢羽が付いているのかという疑問が浮かんだ。魔術で飛ばすのなら、矢羽など必要ない。そもそも、なぜ棒とかではなく矢なのだ。


 なんとなく、嫌な予感がする。まさか──。


 いや、そんなはずはない。この憶測はありえない。

 まだ何も決まっていない。情報だって不足している。

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