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第一節 十年前の出逢い ②

「……伯母さん。俺、何すればいいんだ?」


「神殿の中に危険なところはないかを確認してほしいの。あなたがさっき言ったとおり、わたくしもそれなりに身体が衰えてきてしまっているからね。筋トレでも始めようかしら」


「……それなら、ぶっちゃけ信用できる近衛隊の人に言ったほうが良かったんじゃねえかな? 近衛隊にも魔術師はいるし、礼儀もしっかりしてるし。英雄と話しをすることになっても無礼なことはしないだろ。──俺は、王族の血筋だけど、王族の一員じゃないし。礼儀作法とか学んでないから、うっかり無礼なこと言っちまうかもだぞ」


「あの方々との会話は、すべてわたくしがするわ。けれど……多少の無礼なら、別に気になさらないんじゃないかしら。ご先祖様が──ハインリヒ七世が遺した手記を読んでいると、なんとなくそう思うのよ」


「……?」


 ダグラスが怪訝そうな目で伯母を見たとき、車が止まった。真っ暗な夜であるためわかりにくいが、目的の地に到着したようだ。


「陛下、到着しました。ダグラス。魔術で明かりを」


 養父に魔術で明かりを灯すよう言われ、ダグラスは魔術を発動した。小さな球体が三つ現れ、それが周囲を照らす。


「……ッ!? 誰かいる……!?」


 その刹那、少し離れたところ──廃墟となった神殿の方向から、光が現れた。ダグラスは、光が現れたほうへ即座に顔を向ける。


「──……」


 光に照らされていたのは、布をまとっただけのような簡素なローブを着た、長い髪を持つ若い女性だった。手には、質素な下緒(さげお)が付けられた鞘があり、そこには太刀が収められている。武器を持っているが、彼女は三人に敵意を見せることなく静かに佇んでいた。


「ユ、ユリア・ジークリンデ様……!?」


 カサンドラは慌てて彼女のもとに駆け寄り、膝をついた。


「誠に申し訳ありません! お迎えにあがる時間が遅くなった事を深くお詫びいたします……!」


 必死なカサンドラとは対照的に、若い女性は少し呆然としていた。何かを悩むような目をしながらわずかに首を傾け、ゆっくりとカサンドラに近づく。


『──』


 若い女性は、この場にいる現代人では解らない言葉を発した。

 そうだ。生まれた年代が大きく違えば、言葉も違う。

 カサンドラは、過去に学んだ千年前の言語の知識を必死に掘り起こし、会話を試みようとした──。


「……ん」


 すると、今とは異なる言語を話した女性は、何も持っていない手をカサンドラの前に差し出してきた。


「……え……?」


 彼女は手を下げない。こちらに寄せてくる。

 この手を差し出した意味はなんだろう。女性の顔に感情は見えない。何を考えているのかはわからないが、目はしっかりとカサンドラのほうへ向けている。手を掴むことを望んでいるようだ。

 カサンドラは、おそるおそる彼女の手を掴んだ。


「──っ!?」


 刹那、カサンドラの身体を巡る魔力に、一瞬だけ何かが『接触』する。

 そして、若い女性はカサンドラの手を離した。


「……これが、今の世の言葉か──。魔力の気配から察するに、あなたとあの若い男はヒルデブラント王家の血縁者だな? そして、側面がまばゆく光り、下部に四つの輪がついた黒い箱は……くるま、というのか……」


 異なる言葉しか話せなかったはずの彼女が、この一瞬で現代人の言葉を流暢に話しはじめた。

 いったい、何が起こったのだろうか。混乱しながらも、カサンドラはあることを思い出す。

 魔力というものには、魔術を発動させること以外にもある機能を持っている。それは、情報を保存する記憶媒体となることだ。

 人間の体内で作られる魔力には、その人が記憶した思い出や知識が自然と刻まれている。つまり、彼女はカサンドラの魔力から、現代の言葉の知識やその他の情報を読み取り、それを己の魔力に複写したのだ。


「あ、あの……先ほどの、魔術は……?」


「……ああ。この時代では、複写術はありえないのか。失われた魔術……そんな言葉が生まれる時代になったとはな──」


 星が生み出す魔力が減少していったことで、時代が下るごとに人間が発動できる魔術がじょじょに減った。さらに、残されている魔術の指南書も少ない。そうなったのは、星が生み出す魔力が減ったということ以外にも理由がある。

 今から八百年ほど前、『星霊が生きにくくなるほど大気中の魔力が減少した理由は、人間たちが魔術を多用しすぎたせいだ。このまま魔術を使いつづければ、きっと神々は人間を許さない。人間は、一刻も早く魔術から離れるべきだ』という思想が広まったことで、魔術を使わない人間が増えた。

 魔術を使わなくなったことで、人体の機能のひとつである『魔力を生み出す力』は弱まった。

 弱まったその機能は、遺伝子にも刻まれ、それが子から孫へと受け継がれていった。

 やがて、魔力を一切生み出せない人間が現れるようになったのだ。まだ魔力を生み出せる機能を持つ人間を、現代では『魔術師』と称している。

 このため、昔の時代に生きていた人間と比べると、現代の魔術師が生み出せる魔力量は少ない。生み出せる魔力量が少ないと、扱える魔術の数も少ない。

 だからこそ、現代では魔術という技術は滅びつつあるのだ。

 他者の記憶を読み取り、情報を瞬時に複写して得る魔術は、現代では失われた魔術技能のひとつに数えられる。

 この人は、紛れもなく昔の時代の人だ。


「……俺が恐ろしいか?」


「い、いえ。滅相もありません。ただ経験したことがなかったもので、少し驚いてしまいました」


 一人称が『俺』?

 現代語を習得して間もないため、思いついた一人称を使ったのだろうか。

 すると、カサンドラはかの者が手にしている得物に目をとめた。それは、ヒルデブラント王国と友好関係にある国の武器に見えた。


「──その武器は……もしや、ヒノワ国の刀ではありませんか?」


 ヒノワ国とは、ヒルデブラント王国がある大陸よりも、さらに東方にある島国だ。昔から両国は友好関係にあり、ヒルデブラントはヒノワの文化にも影響しているところがある。遠く離れている国だが、はるか昔は魔術があったため、人間や星霊は簡単に行き来できていたという。


「ああ。『光陰(みつかげ)』は、ヒノワで作られた刀だ」


 そして、異国の武器を持つ者は、膝をつくカサンドラに言う。


「──膝をついたままでは辛いだろう。そろそろ立つがいい。……時代は違うんだ。そこまで俺に畏まる必要はない。俺としては、普通の話し方でかまわないと思っている。ただ生まれつき強い力を持っているだけで、別に偉くはないからな」


「……では、そうさせていただきましょう」


 カサンドラの勘は当たっていた。ハインリヒ七世の手記には、ふたりの英雄について書かれていた箇所がわずかにあったのだ。

 ふたりは、『普通』を望んでいた──。たったそれだけの記述だが、国王という立場を継いだカサンドラには、その意味をなんとなく理解していた。


「〈血の盟約〉を当代まで受け継いでくれたことに深く感謝する。後日、歴代のヒルデブラント王の墓があれば、礼を伝えるために参りたいのだが、かまわないか?」


「もちろん。──あの……念のための確認なのだけど──貴女が、ユリア・ジークリンデ……なのよね? アイオーン様は、まだ神殿の中にいらっしゃるの?」


「……いいや、違う……。俺もユリアも……ここにいる」


 カサンドラは耳を疑った。ここには、ひとりの女性しかいない。魔術で姿を隠している、という意味でもなさそうだ。ユリア・ジークリンデではない者は話を続ける。


「この身体そのものは、たしかにユリア・ジークリンデのものだ。……だが、あいつの意識はまだ内側で眠っている。自然に起きるまで待ってやってほしい」


「内側で、眠っている……? では……今、わたくしと話している、あなたは──」


「……俺が、アイオーンだ。俺達は、複雑な事情により、ひとつの身にふたつの異なる魂があるといった状態にある。……厳密に言えば、星霊にとって心臓にあたる『核』というものが、ユリアの身体のなかに埋め込まれている」


「あなたの核が……ユリア・ジークリンデ様の身体のなかに……!?」


 人間の体の中に、星霊の核を埋め込むことは、当時では禁忌の行為だ。それを彼女たちがしている。なぜだ──。


「禁忌なのは知っている……。それでも、この手段を選ばなければ、あいつは──」


 ここで、アイオーンは初めて感情をはっきりと露わにした。感傷がこもった言葉を止めると、ばつが悪そうに目をそらし、話を変える。


「……わがままな望みだが……できれば、俺の核に適合する身体を造ってほしい。この世の技術だと、造ることは可能か? もちろん、俺も手伝う所存だ。俺が望んでいることであり、己の核のことは俺自身がよく知っているからな」


「……ほかの星霊に合う『器』は開発されているわ。でも、あなたほどの大星霊の力に耐えられる『器』は、おそらくまだ──。時間はかかるかもしれないけど、最善を尽くしましょう」


 カサンドラは少し考えた末、そう言った。しかし、仮初めの身体そのものはもう開発されている。ならば、可能性がないわけではない。それが判ったアイオーンは「ありがたい。よろしく頼む」と柔らかく微笑みをカサンドラに向けた。


「──少し今更な質問になるが、あなたの名は?」


「そういえばまだだったわね。わたくしは、カサンドラ・オティーリエ・フォン・ヒルデブラント。当代のヒルデブラント国王よ」


「カサンドラ・オティーリエ──当代のヒルデブラント王、か……。ならば、ひとつ問いたい──今、この世は……平和か……?」


「少なくとも、ヒルデブラント王国周辺では、滅多なことがないかぎり戦争など起きないでしょうね」


「そうか……。それはよかった」


 と、アイオーンは微笑みながら胸元に目をやり、そこに手を添えた。

 平和な世の中であることがわかったゆえの安堵──というよりは、内側に眠る彼女に対して安堵したように見える。


「……そろそろ行きましょう、アイオーン。わたくしたち現代人は、薬の力を借りても、この地の魔力濃度だと一時間ほどしか居られないの」


「そうか……。やはり星の環境が変われば、人間の体質も変わるのか……。これからどこへ向かうつもりだ?」


「あなたたちの存在は世間に知られてはいけないので、まずはダグラスの家に行きましょう。そこで、これからのことを話し合い、必要なものを買い揃えていきましょうか──」



◇◇◇



 ある英雄の話をしよう。


 現代から約千年前に生まれたとされる、史実と創作が入れ交じる戦姫ユリア・ジークリンデの話を──。


 しかし、彼女のことを語るためには、まず当時の世界について語らねばならない。

 彼女が活躍した時代というのは、少々複雑なのだ。


 彼女が生まれる頃の世界にはまだ、人間のほかに星霊(せいれい)という長寿な種族が数多く存在していた。


 星霊たちは人間とは異なる身体構造を持ち、この星が生み出す『魔力』というエネルギーを命の源としていた。

 人間には魔力を生成する器官を持っているが、星霊にはそれが存在しない。彼らは、呼吸を通じて大気中に含まれる魔力を取り込み、命を維持している。そのため、食物を摂取する必要はないのだが、五感はあるため食事を楽しむ星霊はいた。


 くわえて、人間とは違い、決まった外見は持っていない。身体の大きさ、各部位の有無や差異──星霊の姿かたちは多種多様だった。

 そして、もうひとつ人間と違うところがある。それは、性別という概念が存在しないことだ。

 姿がどうあれ、星霊は皆、無性別である。


 かつて、世界はまだ平和な時代を歩んでいた。


 だが、時間が経つにつれ、星霊の命を支える大気中の魔力の量が減少していったのだ。

 この魔力減少は、当時と生きていた星霊たちに深刻な恐怖をもたらした。


 そして、事件が起きる。

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