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第三節 潜む影 ③

「命じられて守っていた?」


「あの虎のような魔物は、私が知っている魔物とよく似ていたわ。あの(しゅ)の魔物は、力の強さによる上下関係を重視するのよ。たとえ他種族であっても、目の前にいる存在のほうが強いと認めると敬意を示し、その存在の『下僕』となるの」


「……誰かがあの魔物と戦い、『下僕』にしたというのか?」


「『下僕』にしたっていう仮定でいくと──あの魔物は、ここで何かを守れと命じられたからこんなとこにいたって思ったんだな?」


 ラウレンティウスとクレイグの言葉にユリアは頷き、「もっとも、私の憶測にすぎないものだけどね」と付け加える。


「このような凶暴な魔物を、どこから連れてきたのか。あるいは人工的に生み出されたのか──。仮に連れてきた魔物だとしても、現代人があの魔物に勝てるものなのか──攻撃を防いだあなたたちなら、なんとなく判ると思うわ。現代人が挑んでも、勝てるか勝てないか……」


「……俺達は、一時的に突進を防いだだけだが……魔術で肉体を強化していても、単純な力は魔物のほうが強かったと思う──。お前から稽古をつけてもらっていた俺でも、そう感じた。だから、普通の魔術師なら負ける確率が高いだろうな」


「現代の発明品やらなんやらで、寄って集ってボコボコにしたら……なんとかなる、か……? いや、それでも勝率はそんなに変わんねぇかもな……」


「ええ。私もふたりと似たような予想よ。だから私は、この地の所有者とセオドアは繋がりがあるのではないかと思うのよ。わかっている情報は少ないけれど、セオドアならさまざまな可能性を考えられる。だって、幻影術や傀儡術を使うことができるほどの者なのだから」


 セオドア──現代に生きる普通の魔術師ならば、まず習う機会がない幻影術や傀儡術を使うことができるイレギュラーな存在。幻影術や傀儡術は、ユリアが難しいと言うほどに技能を必要とするものだ。逮捕された魔力研究者は、セオドアと間接的に関わりを持っているようだが、セオドアという人物の詳細な情報はほぼわかっていない。


「──魔道庁で、総長と一緒に今後のことを話し合いましょう。だから、総長への報告には、私もついていくわ」



◇◇◇



 夕暮れ時となった頃。三人は、ヒルデブラント王国の首都にある魔道庁本部に到着した。最近になって庁舎を建て替えたこともあり、内部はとても綺麗だ。まるで大手会社のオフィスというような雰囲気を感じる内装となっている。魔道庁だけあって、庁内には事務職らしき人間も魔術師だ。魔術師ではない一般人はあまりいない。

 総長がいる執務室は最上階にある。三人がエレベーターのある区画を目指して歩いていると、向こう側から気品ある中年の男が歩いてきた。三人とすれ違った時、こんな声が聞こえてきた。


「──極秘部隊の御方と一緒に任務とは。ベイツも偉くなったものだな。あまり調子に乗って失態を犯さないかが心配だが」


 小さい頃は、魔力を生み出せなかった──元〈持たざる者〉だったクレイグを名指ししての嫌味。


(……気に食わない目だな。そんな目をクレイグに向けるな、下郎め)


 ユリアは、心の中で喧嘩腰の言葉を吐いた。が、表の顔は何事もなかったかのように微笑み、立ち止まって男を見据える。

 相手にとっては、自分が口にした言葉は陰口というものではないのかもしれない。それでも、あきらかに言わなくともいい言葉だった。


「──元〈持たざる者〉だったと聞いたときは私も驚きましたが、クレイグ・ベイツ殿はとても才能あふれる方です。なので、出世は当然の結果でしょう。ともに仕事をこなしていて、今後の彼の活躍が楽しみだと感じました。彼の才を見抜いて採用するとは、魔道庁は素晴らしい選択をなさったと思います」


 男は、ユリアが自分の言葉に返事をするとは思っていなかったのか、一瞬だけ目を細め、口角を上げた。だが、目は笑っていない。


「おや、世辞が上手ですな。足を引っ張られることはありませんでしたか?」


「とんでもない。逆に助けられましたよ」


「それはそれは。極秘部隊ともあろう御方が、何をしてしまったのですか?」


 男は、さり気なく「情けない」という言葉を柔らかくした言い方でチクリと指摘する。一般的には、魔道庁に勤務する者よりも、極秘部隊の隊員のほうが格上らしいのだが──なるほど。この男は、相手の肩書きが上であっても、そういうことを平然と言える人間のようだ。

 あるいは、もしかしたらこの男は元貴族の血筋を継ぐ人間かもしれない。貴族制度は廃止されたが、階級制度があった頃の意識は今も残っているという。だからこそ、魔道庁には高圧的な態度をとる人がわりといるという話だ。特に、年齢を重ねた人間がその傾向にあるらしい。


「任務先の天気があまりよろしくなかったことから、私の古傷がひどく傷んでしまいまして……お恥ずかしいかぎりです。だからこそ、このふたりと一緒で助かりました。さすがは、魔道庁の武闘大会で一位と二位に輝いた方々ですね。たしか、ラウレンティウス殿が一位で、クレイグ殿は二位でしたか」


「ほう、古傷ですか……。しかし、極秘部隊でありながら、魔道庁の若造どもの手を借りねばならぬほどの状況になるとは──しばらくお休みになられたほうがよろしいのでは? 失礼ながら、少々不安を感じてしまいます。任務を軽く考えられては困るのですがね」


 その瞬間、ユリアは不敵な笑みを見せた。

 私の弟子である『若造ども』にすら勝てないだろうに、ぐだぐだと口うるさい男だ。自分が説教をしたら有り難がられると思っているのだろうか。

 ──鬱陶しい(やから)だ。少し、遊んでやろう。


「……ならば、ともに総長や女王陛下へ訴えてはくれませんか? あの方々は、使い慣れぬ異国の刀という得物だけで私に戦えとおっしゃるのですよ。そのうえ、私を極秘部隊という組織のなかに縛りつけるなんて──ひどいとは思いませんか? まったく、どれほど私のことが信じられないのやら……。私が満足できるほどに暴れられれば、今のところ(・・・・・)はおとなしくしているつもりですのに」


 ユリアは、すらすらとそんな言葉を言い放つ。最後のなにやら不穏漂う台詞に、男の顔がわずかに引き攣った。それに気づいたユリアは心のなかでほくそ笑む。

 そうだ。その顔だ。もっとドン引け。そして、とっととこの場から失せろ。


「不本意ながら、極秘部隊という立場を考えなければ戦えなくなるので、一応、詳細は伏せますが……今の私は、あれやこれやと制限をかけられておりましてね──。平たく言えば、手枷を嵌められているのです。それがもう、邪魔で邪魔で仕方がなくて……思いっきり暴れられないのです。こんな邪魔なものがなければ、腕の古傷など一切気にも留ることなく、楽しく戦えるというのに……。その時に痛みが感じないのは、きっと快楽物質がたくさん出ているからでしょうね──」


 ユリアがさらに不穏な言葉を重ねると、男は返答に困ったのか目線を泳がせはじめた。もうひと息だ。


「ああ……つまらない! もっと暴れたいです。敵をたくさん倒したいです……! 私が自由になれば、もっとみんなの役に立てるはずなのに、どうして誰も理解してくれないのでしょう? そう思いませんか? 思ってくれますよね──!?」


 ユリアは涙目で男に迫った。


「いや、あの……そういう事情があるならば──」


 男は一歩引きさがる。先ほどと比べて、明らかに言葉に威勢がない。


「まあ! あなたも女王陛下や総長の肩を持つのですか!?」


「し、失礼。急用を思い出しましたので、そろそろ向かわねばなりません。では、ごきげんよう」


 男はそそくさに去っていった。その後ろ姿を見て、ユリアは怒りを込めた言葉を言い放つ。


「──痴れ者め」


 あの男に聞こえるほどの声音で言った。だが、男は振り返ることなく去っていく。やがて、男は廊下を曲がり、姿が見えなくなった。


「……どうだったかしら? 私の演技」


 ユリアはすっきりとした顔で聞くと、ラウレンティウスとクレイグは呆れた。


「こんなところで謎のノリの良さを発揮するな……」


「ノリノリでヤベェ人間演じてたな。オレとしちゃ、好き勝手言わせておいてもよかったってのに」


「あら、そう? でも、自分ではないものを演じるのはなかなか楽しかったわ」


 ユリアの返答に、クレイグは頭を掻く。


「なんでよくわかんねぇ狂人めいたキャラ演じたんだか……」


「腹が立ったから、少し遊んでやろうと思ったのよ。その時、脳裏に浮かんだのが『目には目を歯には歯を』という言葉だったの。頭のおかしな人には、頭のおかしな人を──ということで、狂人を演じたのよ。まさか、こんな芝居でも通じるとは思わなかったけれどね」


「アンタがそういうキャラだって噂が出るかもだぜ? よかったのか?」


「別にかまわないわ。そんなことよりも、私はあの者の目がとても気に食わなかったのよ。──さあ、総長のところへ行きましょうか」



◇◇◇



 エレベーターを降り、しばらく廊下を進むと執務室の前に到着した。ユリアが扉をノックすると、ダグラスの「入っていいぞ」という声が部屋の中から聞こえた。


「失礼します。──直接、話をするの久しぶりですね。総長」


 三人は部屋に入り、扉を閉める。ダグラスは椅子に座り、大きな机に積まれた書類を整理していた。

 今年で彼は四十一歳だという。全体的な雰囲気は十年前と変わらないが、やはり年を取ったと感じる。濃い茶色の髪に、うっすらと白髪が見える。それは体質か、それともストレスか──。ユリアが願うことは、健康で長生きしてほしいことだ。


「おー、姫さん。ふたりと一緒に来てたのか。魔力の気配がなかったから、わかんなかったな」


「私の魔力の生成量は、現代ではありえないものですから。一応、隠しています」


 約千年前の当時でも、ユリアは、魔力の生成量がずば抜けて多いと言われていた。

 魔力の気配を遮断する術というのは、実は、現代では意外と習得されていない魔術のひとつだ。魔道庁でもそれができる魔術師は少数派だという。できるにこしたことはないのだが、魔力の気配を察知できる魔術師も少ないため、必要性が低い魔術だと現代ではとらえられている。


「にしても、珍しいな。ここに来るなんて。なんかあったか?」


「はい。今日の調査を経て、伝えたいことや相談したいことができましたので」


「おいおい。なんだよ、そのビミョーに不穏なセリフは──って……誰か来るな……」


 と、急にダグラスはそう言って、目つきが鋭くした。ユリアたちも勘づいている。これは、魔術師の気配。誰かがこちらに向かってきている。

 そして、執務室の扉がノックされた。


「──姫さん。姿、消せ。俺の後ろに来い」

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