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第三節 異土と火種 ③

「……まさか……あの時のオレと同じで──アイオーンは操られていたのか……? だが、誰に──?」


 その時、テオドルスの背後から声と金属製の音が耳に届く。それと同時にたくさんの魔力の気配を感じ取った。これは人間と星霊の気配だ。それも大勢。


「……なんだ、ここは……。現代では有り得ない、魔力の濃さも気になるが──人間の気配が現代人のものではない……。そして、星霊の気配がこんなにもたくさん──。本当に、ここはどこなんだ……?」


 そして、テオドルスは声が届いた方向へと振り向く。目線の先には、武装した者たちがやってきていた。人間たちは、神聖な雰囲気のある服装を。そして、数多の幻想的な姿をした星霊たちは人間が着ている服装の意匠を象徴した飾り帯を身につけていた。


「──! ──!?」


 軍団の指導者らしき青年が、テオドルスにはわからない言葉を発する。テオドルスは、その声色から怒りや警戒を感じた。


「……どこの国の言葉だ? それに、変わった服を着ているな……。無駄に付けられた飾り帯や紐。それに、服の形などは現代の服装らしくない。民族衣装でもなさそうだが──」


 そして、テオドルスにある憶測が脳裏に浮かぶ。


「……まさか……ここは遥か昔の──」


 その時、指導者は何かを叫び、テオドルスに火球を放った。テオドルスは怯むことなく、身動きひとつせずにそれを防ぐ。そんなテオドルスを只者ではないと理解した指導者は、彼を警戒する。テオドルスも指導者の動きを注した。


「戦うつもりか……。挑まれること自体は嬉しいんだが……今の状況下では、素直にそれを喜べないな……」


 指導者の目を見て、テオドルスは直感する。あちら側には殺意がある。戦いは避けられない──それを悟ったテオドルスは、帯びていた剣を抜いた。

 現代ではない世界。意味不明な世界。だが、大気中には非常に濃い魔力を感じる。人間と星霊の気配がある。ここは異世界ではない。自分たちが生まれ育った『星』だ。


「みんなは、どこにいるんだ──。心配だ……時間が惜しい。ここにいる奴らを全員まとめて──」


 スッと目を座らせた刹那、テオドルスの脳裏に『ある未来』がよぎる。


「……いや……それをすれば、弟妹(きょうだい)たちから失望されるか……。襲われる理由もわからないまま殺せば、ユリアも許さないだろうな……。アイオーンだって──。……殺すのは、ダメだ」


 それでも、まずはこの場を落ち着かせなければ(・・・・・・・・・)

 テオドルスは、獣の意志を抑えようとする目を敵に向けた。獣を抑えようとしているが、不穏で異様な気配が漂っている。その雰囲気に、指導者や後ろにいる軍団たちは息を呑む。だが、敵は武器を構え、退こうとはしない。


「焦りを抑えろ。悲しみに堪えろ……。みんなが失望することはするな……。敵に苛立つな……『獣』になるな……。オレは『人間』だと思っているんだろう──? 『テオドルス・マクシミリアン』……」


 人と獣の狭間に生きる男は、己に言い聞かせるようにそう呟き、地を蹴った。



◇◇◇



「──……みん、な……?」


 鼻を刺すような臭いを感じ、ユリアは目を開いて起き上がった。


「──っ!!?」


 ユリアは己が倒れていた地に驚きを隠せなかった。地面は黒く、ところどころに赤い液体が飛び散っている。


(ここは、戦場……!?)


 今は誰もいない。だが、戦場と化して長く戦いが繰り広げられていたようだ。


(ッ──落ち着け……! 落ち着け……! まだ何も決まってない……! ……私が倒れていても無事だったのは、ここにみんながいたからではなさそう──)


 仮にこの場で仲間たちが戦っていたとしても、誰もいないうえに、仲間がここにいた痕跡もないことは不自然だ。まさか、遠くに逃げたのか? いや、そもそも連れていけなかった理由なんてあるのか。その可能性はあり得ない。


「……っ……」


 ユリアは思う。大気中の魔力から、重苦しい気配を感じる──と。その原因は、戦場に参加していた者たちが抱いていたさまざまな負の感情だろう。そのせいで、この場にいるだけで精神が不安定になっていく。これは魔力が潤沢にあるからこそ起こることだ。そのうえ魔力の乱れが酷い。魔力の乱れからも、ここは激戦だったことが伺える。


「みんな……ッ! どこにいるの!? 誰か返事をして!!」


 精神が不安定になりながら、ユリアは声を荒げる。しかし、どこを見渡しても誰もいない。


(誰もいないから、不安な感情を抱いてしまうせいでもあるけど──この戦場跡に漂う魔力に、負の感情が籠もっているから……余計に心が不安定になっていく……!)


 その時、ユリアの周囲に黒い靄が発生し始めた。

 誰かの魔術ではない。負の感情を保有している大気中の魔力と、ユリアの不安定な精神に影響された体内の魔力が共鳴して発生しているのだ。このような現象や、戦闘が終わった後にしばらく魔力が乱れることも、『魔力が豊富にある』という環境下だからこそ起こる現象である。


(駄目……! 負の感情に取り込まれて、その感情から抜け出せなくなってしまう……!)


 このまま感情的になれば、心はおかしくなるだろう。早くここから離れるか、精神を整えなければ。


「──あはっ」


 ユリアが苦しみながらも足を動かした、その時。背後から楽しげに笑う少女の声がした。


「……」


 ユリアは振り返り、声の主を不機嫌に睨みつける。

 十代後半くらいの見た目の少女。両腰には、手甲から伸びた鉤爪の付いた武器──手甲鉤(てっこうかぎ)を帯びている。彼女は派手な出で立ちをしていた。戦場には似つかわしくない装いだ。纏まりのない真っ赤に燃える髪をツインテールにしており、鎖骨、二の腕、腹部の肌を晒した大胆な服装をしている。下半身もミニスカートらしきものとロングブーツを履いており、太ももを晒している。そして、いたるところに飾り紐やリボンを垂らしていた。


「──? ──。──……?」


 少女は何かを企むかのような笑みを浮かべて話している。だが、ユリアにはわからない。ユリアが怪訝な顔をして黙り込んでいると、派手な少女はしばらくしてユリアの表情の意味を理解したのか、近づいてきた。

 ユリアは警戒して一歩引き下がるが、少女は両手を上げて敵意がないことを示すかのようなジェスチャーをした。そして、ユリアの額に指先をつける。その瞬間、ユリアは記憶を読み取られまいと、彼女の魔術を遮断する。


「──あっ、ちょっと。こっちから歩み寄ってあげようと思って、あなたが知ってる言葉や知識を読み取ろうとしただけなのに。言葉しか読み取れなかったじゃない」


 即座に遮断したはずだったが、すでにユリアの魔力から現代の言語情報を複写されてしまっていた。そんなことができるということは、この少女は間違いなく魔術に長けている。


「別に会話ができなくとも構わない。私に構うな」


 ユリアは、少女が持つそこが知れない妖しい雰囲気に警戒し、冷たく言い放った。態度もどこか上から目線。この少女は、自分を怪しむどころか面白い存在であることを期待して寄ってきている。


「う~ん……? 複写した情報から考えても、なーにもわからないなぁ……。知らない単語もあるし、変わった言語──まさか、星の裏側にある国から来たの? そんな人が、こんなところで何してるの~? 変わった服装してるけど、この戦場にいた人じゃないでしょ?」


「……お前こそ何者だ」


「わたしはフラフラしてるだけ。目的は特にないんだ。……それで、そろそろ質問に答えてくれない? あなたは、どうしてこんなところにいるの?」


「……何もわからない」


 ユリアは少女の好奇心が失せることに期待し、あしらうように答えた。


「ぷっ! なにその理由? それじゃ、どこから来たのかわからないんだ? え~、変なの~!」


 しかし、少女は愉快そうにまた問いかける。友好的とは言い難い雰囲気に、ユリアは怒りを鎮めながら沈黙した。

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