第二節 不測と不可解、そして──。 ①
「はあ……。アイオーンからのメールだけじゃなくて、総長からも謎の異変の伝達メールとか……。なんだってんだよ、マジで……」
そう言ったクレイグは、携帯端末を操作してメールを閉じた。彼の隣にいたラウレンティウスも浮かない顔で息をつく。ふたりはスーパーマーケットで買い物をし終え、その帰りに確認した二通のメールが、そういった内容だった。
アイオーンからのメールには、『常世山に行っていた日の夜中に、ユリアが舞ったという社の舞台に不審な人影が現れた』とのこと。これはフドウ・トシヒロから女王カサンドラに伝えられた情報だ。そして、魔道庁の総長ダグラス・ロイからは『ヴァルブルクの魔力観測塔が感知した魔力濃度の異常』の連絡。さすがに頭が追い付かない。
「前のヴァルブルクでの異変は、〈黒きもの〉に操られていたテオドルスが起こしていたことだったが──もう〈黒きもの〉が操れそうな人間は、この時代にはいないはずだ」
「ああ……オレもそう思ってる。少なくとも、『オレらが把握してる範囲』にはいない。〈黒きもの〉の力に耐えられる人間なんて、オレらはともかく他の現代人には有り得ねえ」
人通りが少ない道に入ると、ふたりは立ち止った。
「器に入った星霊であっても、器がその力に耐えられるのかどうかだろうからな……」
「──なあ、ラウレンティウス。さっき、ふと思い出したんだけどよ……。セオドアという名前を付けてテオドルスを操ってた〈黒きもの〉って、誰かを待ってたような雰囲気だったよな? 『彼』とかなんとか言ってなかったか?」
「……ああ。そんなことを言ってたな、そういえば……。あの〈黒きもの〉は、ユリアでもアイオーンでもない、他の誰かを待っているようなセリフを吐くものだと思った」
「星霊に性別はない。だから、『彼』ってのは人間だとは思うんだよな。……けど、〈黒きもの〉がわざわざ探そうとするほどの人間なんて、どんな人間なんだか」
と、クレイグは怪訝な顔をしながら首を傾げた。
「『この時代の人間』である可能性は考えにくい……。ならば、遥か昔の時代からやってきた人間くらいだが──」
「そんな存在、ユリアとアイオーンしかいねぇしな……」
「──ラウレンティウスにクレイグじゃないか。何をしているんだ?」
その時、二人の背後から聞きなれた男性の声が聞こえてきた。ふたりが振り返ると、大きく膨らんだ樽型の形状でマチ幅が広い手提げバッグの取っ手を肩に掛けているアイオーンがいた。
「アイオーン。──いや……セオドアと戦っていたときに、〈黒きもの〉は『彼』と呼ぶ人物を求めていたなということを思い出してな。ヒノワにそういった人物がいることもなかった。ならば……それはどのような人物だと思う?」
アイオーンが肩に掛けているのは明らかに旅行バッグだ。それを気にしながらも、ラウレンティウスは問いかける。
「ああ……そのことか。それについては、今の俺にも依然として判らない。いろいろと気になるうえ不安でもあるだろうが、今日は休んでおけよ。──それはそれとして、なんだが……」
すると、アイオーンがふたりの手元を見て、不思議そうに話を変える。クレイグとラウレンティウスの手には、手提げ袋がある。クレイグが持つものは、スーパーのエンブレムが入った半透明のビニール袋。ラウレンティウスが持つ黒い袋には、音符が描かれている。このことから、袋の中身は音楽系の本だろう。楽譜のほかにも雑誌を買ったのだろうか。やけに袋に厚みがある。
「こんなときにクレイグがスーパーで買い物とは、なんだか意外だな」
「母さんから買い物頼まれたんだよ……。『アンタとお姉ちゃんの分の夕飯買うのうっかり忘れたから買ってきて』ってな。今日帰るってこと伝えてたのによ……」
クレイグは、うっかり屋な母に文句がある口調で説明した。その後、この場にいた三人は何となく思う。母はローヴァイン家の娘。ラウレンティウスの父の妹にあたり、イヴェットの母の姉だ。
そして、そんなローヴァイン家は、テオドルスの生家であるラインフェルデン家の子孫にあたる。ラインフェルデン家の子どもであるテオドルスは『うっかりや』だ。
「まさか──いや……。さすがに千年近くも経っていたら、血は薄まるだろうが……」
クレイグとアシュリーの母は、テオドルスと同様に『うっかり』の血を受け継いでいるのではないか。アイオーンはそう思った。すると、クレイグも「……それ、オレも一瞬思った」と言う。ただの偶然か、それとも──いや、この話はもうおしまいにしよう。
「……ラウレンティウスは?」
「ああ──俺は、前から買いたかった曲の楽譜を買おうかと思って外に出てたんだ。そしたら、買い物に来てたクレイグを見かけたからそれに付き合ってた」
「買ったのはピアノ譜だけじゃないのか? 重たそうだが」
「オーケストラで演奏されるピアノ交響曲のフルスコアをいくつか買ったからな。オーケストラ譜の譜読みをするのも好きだから」
「……甘いものが好きで、音楽が趣味──」
そう呟いたあと、アイオーンはまじまじとラウレンティウスを見つめた。そのことにラウレンティウスは怪訝な顔を向ける。
「な、なんだ急に」
「いや。お前には謎のギャップがあるなと」
「ギャップって……。それくらい、クレイグにだってあるぞ。動物が好きで、友達と一緒に猫カフェとか行ってるみたいだし」
と、流れるように従兄から好みを暴露されたクレイグは思わず恥ずかしそうに顔を歪める。
「い、いいだろ別に。つか、動物ならラウレンティウスも嫌いじゃねーだろ。──そもそも、アイオーンはどうしてこんなとこにいるんだよ。なんか大荷物だし、屋敷とは反対方向に行こうとしてねえか?」
そして、気恥ずかしさからクレイグは話題をそらした。
「ああ。今日は王宮に泊まることになってな」
「王宮に? なんでだ?」
「フェリクスにいろいろと教えてくれと頼まれてな──。王位継承権があるから、そろそろ魔術師としての技術を得ていきたいのだとのことだ」
「へー。勉強熱心だな、フェリクス様」
「なんだかんだで、フェリクスは今年でもう十五歳だ。もう子どもじゃいられないと肌で感じているんだろうな……。だから俺にそんなことを言ってきたんだろう」
アイオーンが言うと、ラウレンティウスは同情するように眉を潜める。
「想像以上に周囲からの圧力や期待があるだろうな、フェリクス様は──。大変そうだ……」
彼もローヴァイン家の次期当主だ。両親が理解ある人物であるため比較的自由さはあるが、それでも周囲の目や口には辟易している。両親が魔術師でありながら魔力を持てずに生まれてきた〈持たざる者〉を擁護していることにも目くじらを立てる者もいる。王族ともなれば人と関わることで苦労することはローヴァイン家以上だが、それでも王位継承権を持つ少年の気持ちが少しだけ解るのだろう。
「──ああ。大変だったな……。国王という立場は大変だぞ……!」
刹那、しみじみと真剣に、そして力強い言葉が別の方向から飛んできた。辺りには誰もいない。と、思ったが、リボンを付けた三つ編みを揺らす青髪の青年が三人の近くに現れた。
「うわっ!? 急に気配と姿消して出てくんなテオドルス!」
クレイグは素直に驚いた──というよりは、ツッコんだ──が、アイオーンとラウレンティウスは『また面倒くさそうなのが来たな』と言いたげな目で青年を見つめた。もちろん、テオドルスはそんなふたりの反応など気にしない。
「はっはっはっ。驚かせて悪いな、クレイグ」
「なにしてんだよ!」
「良い男になるために見聞を広げようと思って、街をいろいろと見て回っていたんだ。そうしたら、君たちが話に夢中になっている姿が見えたものだから、こっそりと近づいて驚かしてやろうと思ったんだが──話を聞入ってしまったせいで、驚かすタイミングを見失ってしまってな。それどころか、うっかり言葉を漏らしてしまった」




