第二節 そして、幕が上がる ⑤
「──あ。そうだ、姉貴。前の学会で、なんか面白い仮説が出たんだって?」
クレイグが話題を変える。
「あ~、そうそう。学会で言っとったんは、魔力そのものが持っとる情報保持能力の可能性についての話。内容は、この星ははるか古代から魔力生み出しとるけど、それやったら魔力の情報保持能力で古代からの事象の記録が刻まれて、星のどこかに残っとるんやないかって。んで、その仮説を広げた、さらなる仮説も出てきてんけど……その情報から、偉人の『情報』だけを抽出して、星霊の核を入れるような『器』に入れたら、『偉人の影法師』を作り出せるんやないかってな」
「嘘偽りのない古代からの歴史を知れるかもしれないということと、過去に存在した偉人や英雄と会話ができるかもって話か……」
嘘偽りのない、歴史──。ユリアの心臓が、少しの間だけ激しく鼓動する。
「けど、現段階でもめちゃくちゃツッコミどころある仮説やけどな。検証すんには魔術が不可欠やろうけど、それ以前にどんな魔術でそんなん調べんねんって話や。調べるための魔力も足りんのかもわからん。せめて、何日か前に遺跡で発掘された聖杯みたいなの用意できて、ユリアやアイオーンみたいなガチで魔術に長けとる人おったら……ちょーっとだけ可能性出てくる? っていう希望的観測しかできんレベル」
すると、アシュリーとクレイグの姉弟の会話を聞いていたラウレンティウスが、ユリアとアイオーンを指差す。
「──というか、そもそも俺たちは、『偉人の影法師』の仮説と似たようなことをすでに経験してるだろう。ユリアとアイオーンで。しかも本物だぞ」
彼がそう指摘すると、アシュリーとクレイグは黙り込んだ。そして、ふたりはユリアとアイオーンを見る。イヴェットも見る。ラウレンティウスも見る。
「……」
しばしの無言。そして、クレイグが口を開く。
「この十年で新鮮味なくなったよな」
「せやな」
「うん」
「まあな」
アシュリー、イヴェット、ラウレンティウスは、迷うことなくクレイグの言葉に同意した。
「ちょっと」
「おい」
ユリアとアイオーンは文句の言葉をもらす。だが、さほど気にしておらず、それ以上は言わなかった。六人は食事を続ける。
「──なあ、イヴェット。お前、大学の単位大丈夫なのかよ? 一日だけでも、ゼミだけで終わる時間割が組めるようになんの早すぎねぇか? そういうのができんのって三年生になってからだろ?」
ふたたびクレイグが話題を振る。
「一年のときにめちゃくちゃ頑張って詰め込んだもん。一年のときはほぼ毎日、一コマ目から六コマ目まで講義入れてたし。三年はお気楽な一年過ごせる予定にしてるもん」
それを聞いたアシュリーは羨ましそうに「ほえ~……」と声をもらす。
「やっぱ、学生はええなぁ……こっちは明日からまた仕事やで。……そういや、ラウレンティウスとクレイグって有給取れてんの?」
「いや。セオドアのせいで休みにくい。さすがに週に二回は休んでるけどな」
と、ラウレンティウス。
「定期的な休みがねぇと、仕事頑張れる体力なんか出ねぇしな」
クレイグも答える。
「魔道庁の仕事もキツイやろうけどさ──ガチガチの魔術師社会に染まった職場におるの、よう我慢できんなぁアンタら……。ローヴァイン家が変人一族って知ってても婚約のアプローチ来るって聞いたことあんねんけど、それホンマなん?」
アシュリーが問うと、ローヴァイン家の一人息子であるラウレンティウスは遠い目をしながら答える。
「ああ……。魔術師社会が嫌いな者同士として一緒になってくれって人からストーカーされたこともあったな……」
「うっわ、なんやそれ……。そんな職場、ウチには無理や……」
そして、アシュリーは、この世のものとは思えないものを見たかのようにどん引いた顔をした。
「そんなとこなのに、イグ兄もよく働けるよねぇ……。時代は変わりつつあるとかいうけど、イグ兄は元〈持たざる者〉だから、それでも風当たりはまだ強いほうなんじゃないの……?」
イヴェットもその会話に混じる。
「まあな──。けど、そういう社会に染まった奴が見せる悔しそうな顔を見るのが好きなんだよな~。だから、これからもオレは魔道庁にいるつもりだぜ」
「うわ~、趣味悪ーい。でも、わかる~」
「イヴェットは、一年のときに頑張ったからとお気楽になりすぎて、卒業後の国家試験に落ちないようにな。魔術教員の資格は難しいから、ホルスト様を落胆させるなよ」
兄らしくラウレンティウスが忠告を入れると、イヴェットは唇を尖らせた。
「まだ二年なんだからプレッシャーかけてこないでよー」
ユリアとアイオーンは、この四人のように現代の人間として過ごしていない。
極秘部隊は、世間から秘匿されるべき事情を抱えた魔術師が就く職だ。『隔離された存在』ともいえる。なので、なんとなく話に入れなかった。現代の学生も普通の社会人も、魔術師社会も経験したことがないためよくわからない。
それでも、この四人が楽しそうに談笑しているのを見ているだけで、穏やかな気持ちになれる。
(──それにしても、こうやってみんなで夕食をとるのは、いつぶりかしら……? みんな、大人になったものだわ。夕食時に上がってくる話題といえば、昔だったら学校であったことやテストの話、それと運動会とかの年間行事についての愚痴だったのに……。いろいろと頑張っていて、元気そうで良かった)
子どもから大人になれば、見えることも置かれている状況も違っていくものだ。だから、それで良い。
(それで良い……はずなのに──)
ユリアの心は、ざわついていた。こういった話を聞いていると、心に焦燥感のような感情が現れていた。
この焦燥感は、どこからやってきているのだろう。この会話のどこに『焦る』要素がある?
現代人と同じように仕事をしている。極秘部隊に所属して、任務を遂行する。世間の陰で平穏を守る立派な仕事だ。
(誰も、私を置いていってなどいないのに──なんなのかしら……この感情は……)
それなのに焦ってしまう。
話の輪に入れないから? だが、なにかを質問をすれば話の輪に入れる。初対面ではなく家族なのだから。
もしかして、この感情は『焦り』ではないのだろうか?
焦りのほかに、胸が苦しいという気持ちもある。では、この感情は『悲しみ』? みんなが大人になって、どんどん自分から離れていくような気がするから?
(まさか、独占欲……?)
考えられる感情は、これだろうか。
もしもそうなら、自分はなんて愚かなのだろう。
『ここにいて』なんて言葉は言えない。みんなの未来は、私のものではない。望んではいけない。
そんなことをされて嫌なのは、自分自身もよく知っていることなのに──。
(……けれど、なにか……しっくりこない……)
もしかして──この感情は、『怒り』?
(苛立っている……? 私は、何に怒っているの? ……わからない。自分のことなのに、わからないなんて……)
いくら考えを巡らせてもわからない。わからないことが気持ち悪い。さらに自分に苛立ってしまう。
ただ、ぼんやりとわかることはある。
今の私には、ひとことでは言い表せない、たくさんの感情がある。隠すべき薄暗い感情だ。人には言えない愚かな感情──。
「……どうした? ユリア」
ユリアの様子に違和感を覚えたアイオーンが問いかけると、彼女はビクッと怯えた様子を見せ、食べかけのリゾットに目を向けた。
「あ、いえ……明日のごはんのことを考えていたの」
「え!? もう!?」
イヴェットが驚く。話しに夢中となっていた四人は、ユリアの異変に気づいていない。その時には、すでにユリアの雰囲気は普段のものとなっていた。
「だって、食べるのが好きなんだもの」
ユリアは本心を隠し、なんとか表面を見繕う。
「食いしん坊、極まってんなぁ……」
アシュリーが呆れると、ラウレンティウスもジト目を向ける。
「太るなよ」
「──とか言いながら、ユリアが美味そうに食ってるとこ好きなくせに」
と、クレイグはすかさず従兄を茶化す。するとラウレンティウスは、図星を突かれたかのように焦りはじめた。
「べ、別にそんなんじゃ──」
「……ああ、そうだ。ラウレンティウス、任務の説明を頼んでもいいか? 食事中だが、持っていた資料はそこまで多くはなかったはずだ。見せてくれ」
刹那、その話が広がる前に、アイオーンがその話を中断した。任務という言葉を聞き、ラウレンティウスはハッとする。
「あ、ああ……すまん。──これが資料だ」
ラウレンティウスは、椅子の下に置いていた黒い鞄を手に取り、そこから標準規格の用紙をホッチキス留めされた二部の資料を取り出し、アイオーンとユリアに渡した。
資料はどれも白紙。
しかし、ふたりはそのことに疑問を持つことなく、それに手をかざし、体内の魔力を手のひらに集めた。その瞬間、何も書かれていなかった表面にコピーされた写真や文字が浮かび上がる。
実は、この資料に使われた印刷用のインクには特殊な素材が用いられており、重要な資料を持ち出す際に使われる現代の発明品だ。
「これは……今までに逮捕された魔術師たちの情報ね」
「ああ。セオドアと関わったことがあるやつだけのな。セオドアの詳細がわからない今は、間接的な情報しかない」
紙に記されている情報は、逮捕された者がどこの家の血筋であるのか。どの学校を卒業し、今までどんな職に就いていたのかという経歴だ。
そして、捕まった理由となる研究活動の内容。どこでその研究をしていたのかというものもある。
「セオドアとなにかしら関わったことのある魔術師たちが研究していたことには、『過去に失ったものを取り戻す、あるいは変えること』という共通点がある。それぞれのページにある研究内容の欄を見てくれ。『死者の魂を呼び戻す方法』、『対象の時間を巻き戻す方法』、『過去に起こした行動をやり直す方法』──全員、過去に受け入れられない何かがあったからこそ、それぞれそんなことを研究していたらしい。そして、つい先ほど、総長から連絡があった──逮捕した魔術師が、セオドア自身も『過去に行く方法』を模索しているとの情報を吐いたらしい」
セオドアも過去に何かがあったからこそ、『過去』を追い求めているのか。
ラウレンティウスは続ける。
「ちなみに、セオドアという名前は偽名の可能性がある。各国に置かれている魔道庁的な組織に協力を依頼して、それぞれの国に登録されているセオドアという名の魔術師について調べてもらったが──いずれも『シロ』だった」
「他国の極秘部隊に所属する人だという可能性も低いでしょうね……。それ以外に考えられることといえば……『戸籍が無い魔術師』──?」
「ああ……『研究で生まれた魔術師』という可能性もありえる」
ユリアが言う『研究で生まれた魔術師』というのは、魔術師の血筋を持ちながら魔力を作り出せない人間──〈持たざる者〉から投薬や手術によって無理やり魔術師となった者のことを指す。
〈持たざる者〉である当人が、自ら進んで被検体となり魔術師となった場合もある。しかし、〈持たざる者〉だと判断された赤ん坊が、『魔術師社会の使命を果たせない子ども』とみなされて施設に入れられ、悪意ある研究者に引き取られて実験を受けながら育った者もいる。
〈持たざる者〉は、魔力を生み出せなくとも魔術師の血筋を持っていることから、魔力を生み出せない普通の人間に比べて魔力耐性が高く、魔力関連の研究でも簡単には死なない。その理由で実験体とされてしまうのだ。
「そのような可能性が出てくる時代になったということか……。科学と技術の進歩というのは、人々に素晴らしいものをもたらしてくれるが、この側面から見ると考えものだな……。世の中は難しい──」
「欲に溺れた人間というのは……どこまでも愚かになれるのでしょうね……」
アイオーンのひとりごとに、ユリアは無意識にそんな言葉をこぼす。




