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第八節 若者たちの狂詩曲 ③

「──……? 魔力の気配も遮断しているし、人混みに紛れたからすぐには見つからないと思っていたのに……」


 ユリアは涼着とセットで借りた小物入れから携帯端末を取り出す。そこに連絡のメールは入っていない。

 そもそも、植物園に行くとも伝えていない。なのに、なぜここにいるとわかったのか──ユリアは静かに混乱していた。


「とりあえず、まずはウチらがアンタを探したとった理由から話すわ。ラウレンティウスによると、少し前にようわからんモンが木の影からウチらのことジッと見とったらしいんよ。せやから、このお祭りはなるべくひとりにならんと行こうって話になったんや」


「……それは、怪異でもなさそうなの?」


 ユリアはラウレンティウスに問う。


「ああ……一瞬だけだったが、怪異じゃないとは思った。それでも、雑談していた俺達をジッと見ていた気がしたからな。念のため、まとまって行動しよう。服装的にも、今はテオドルス以外は動きにくいしな」


「なるほど──わかったわ。……ところで、私の居場所が植物園だとわかった理由は、なんなの……? 魔力の気配を悟られないよう遮断していたというのに……」


「アシュリーの能力のおかげだ」


「アシュリーの?」


 ユリアはアシュリーを見ると、彼女は自信満々な笑みを浮かべていた。


「せやで、ウチの能力や。──アンタが見とる風景を盗み見したら、植物ばっかやったからな。せやから隣接しとる植物園におるやってわかってん」


「……? 私が見ている風景を、盗み見……?」


「そ。ウチのその能力は、アイオーンか光陰の力を持っとる人限定やねん。アンタやテオドルスは、アイオーンの血ぃ飲んだことで、体内で生成できる魔力がアイオーンの魔力と近いモンに変質しとるやろ? そんで、ウチらには、光陰からもろとる力がある──たぶん、そのせいでウチらの魔力もアイオーンと似たようなモンになっとんのちゃうかな。光陰曰く、光陰とアイオーンは『同胞』やろ? せやから、たぶん『目には見えん繋がり』があるんやろうな。ウチら七人」


「……え? いや……理屈は、まあ、わかったけど……。そんな感覚、私には何もないわよ……? ──アイオーンやテオは?」


 ユリアは困惑しながら、自身と同じく『人ならざる者』であるふたりに問いかける。


「俺にもない」


「オレにもわからない感覚だ。だからこそオレも、いつの間にかアシュリーに居場所を特定されたというわけだ」


 だが、ふたりとも『わからない』。


「──けど、ウチにはその『繋がり』がなんとなくわかんねん。せやから、それ辿って対象の人物の魔力と自分の魔力を接続したら、視覚共有できたってワケや」


「なにそれ……? あなた、なに……?」


 少し前までは教え子だったのに、いつの間にか遠い存在になっている──ユリアは若干引いたような顔で呟いた。


「ふはははは! アシュリー様に不可能は無いってことや!」


「なんなのよ、その魔王みたいなセリフは──。というか、そんなことが出来るということは……き、着替えでも覗くつもり……!?」


 刹那、アシュリーの顔が凶悪な笑みとなる。


「……めっちゃええこと聞いたなぁ。そこは意外と思いつかんかったわぁ──」


「いやああああ!? 墓穴掘ったあああ!?」


 ユリアは頭を抱えて叫ぶ。

 アイオーン、ラウレンティウス、クレイグは無表情かつ虚無的な顔でアシュリーを見つめていた。


「アシュ姉サイテー……」


 いとこのイヴェットも容赦なく言葉を浴びせる。


「安心しぃ。イヴェットにはせぇへん」


「……どうして……?」


「だってもう知っとるもん。ユリアよりもカップ小さ──」


「最ッ低ぇぇぇぇーー!!」


「ぶへあッ!?」


 アシュリーは防御をする暇もなく、格闘技を嗜むイヴェットからの平手打ちをモロにくらった。その後、彼女は軽く脳震盪を起こしてしまったのか倒れこんだ。そして、ユリアとイヴェットはアシュリーの愚痴を言い合う。


「……いつも通りだな」


「平和な証だって思っとこうぜ」


 そんな身内の女性たちのやり取りに、異性ゆえに触れられないラウレンティウスとクレイグは虚無の顔で呟く。


「……やはり、ユリアにも同性同士にしかできないネタやノリを見せるんだな……。オレもそうだ。解る。……解ることだが──今この時だけ、女性になれる魔術とかはないだろうか……」


 そんなふたりの隣で、テオドルスが聞き捨てならない言葉をぽろりともらす。


「……なあ、アイオーン。テオドルスってよ、『王』と『ボケ役』になれる才能はあったってのに、『まともになる』才能は皆無だよな」


「あいつは時々かなりのうっかり屋を発動するからな。母親の腹のなかに忘れてきたんだろう」


 クレイグとアイオーンがひそひそと言う。その会話を聞いていたラウレンティウスは、笑いを堪えているのか喉を詰まらせたような音を出した。

 そのとき、テオドルスがアイオーンに顔を向け、神妙な面持ちで見つめる。


「……なあ、アイオーン……。君にとって無性別はコンプレックスのようだが、それは違う。唯一無二の個性であり、利便性に優れていると思うのだが──」


「急にどうした? 殴ったら頭がまともになるか試してみるか?」


「失礼だな。オレは真面目に答えているぞ」


「お前のほうが失礼極まりないだろうが」


「──クレイグ、このふたり止めてくれ。俺はアシュリーを起こす」


 アイオーンとテオドルスまでも争いはじめたことで、ラウレンティウスは『不動のまともさ』を持つ従弟に制止役となるよう促す。


「なんでだよ」


「つっこんでくれ……。お前のキレキレのツッコミ(りょく)で……」


「固有スキルみたいに言うなっつの」


 とかなんとか言いつつも、クレイグはアイオーンとテオドルスの間に入り、「ボケ役が過剰すぎるからツッコミ力ある人材が抜けられると困る」とアイオーンに言い、『まとも』枠へと連れ戻した。ラウレンティウスも倒れるアシュリーに近づいてしゃがみ込み、肩を揺らす。


「アシュリー、起きろ」


「起こしてぇ……」


 アシュリーは弱々しく腕を伸ばす。


「……わかったから、はやく起きろ」


 ラウレンティウスは呆れながらも従妹が伸ばす腕を掴み、起き上がらせた。そのときに、ふとユリアと目が合う。


「──そういえば、ユリア。ずっと思っていたんだが……」


「な、なに……?」


「今のお前は……なんというか……幼児みたいだな……?」


 その直後、ユリアに雷に打たれたような衝撃が走った。

 『幼児』? 大人の女に向かって『幼児』とは!?


「どんな表現!?」


「んふっ……。ラルス兄が言いたいこと、なんか解る気がする……。なんというか、いそうだよね? たくさん食べ物買って遊んだ形跡を持ち歩いてる小さい子……」


 すると、イヴェットが笑いを堪えた顔でユリアの姿を見る。

 ユリアは気づいていないが、彼女の涼着の帯が若干ズレている。そのうえ、彼女の手には可愛らしい犬や猫のキャラクターがプリントされた袋──その中には、わたあめがある。四角い器が入っている白いビニール袋を持っているが、容器の中身は焼きそばや小さな楕円形の丸い焼き菓子が入ったといった軽食だ。そして、食べかけの串に刺さった大きなソーセージ。『祭りを満喫している幼い子ども』のようだという表現ならば、あながち間違いではないかもしれない。


「あとは、『花より団子』を言葉通りに体現しているとも思ったな」


「花もしっかり愛でました! だから閉園時間ギリギリまで植物園を楽しんでいましたっ! 香りが良かった花があるからローヴァイン家の屋敷の庭にも植えましょう!?」


 しかし、それはユリアもだった。

 そのとき、彼女の後ろから青髪の青年が現れる。


「謎に必死に弁解するな──」


 ラウレンティウスがそう言った瞬間──。


「──はむっ」


 テオドルスが、ユリアの持っていた食べかけのソーセージをひとくちで食べてしまった。そして咀嚼し、飲み込みながらラウレンティウスをちらりと見る。


「……」


 ラウレンティウスは、彼の行動の意図を理解した。──彼の目には、ユリアと何やら楽しそうに話していることへの嫉妬の感情を孕んでいる。


「……全部……とられた……?」


 しかし、ユリアはそんなことを気にすることはなかった。目がどんどん暗くなってゆき、怒りの感情が込められていく。ユリアと向き合っているラウレンティウスは、この後に起きることをすばやく予見した。

 その刹那、ユリアが勢いよく背後を振り返る。その勢いをたもったまま、テオドルスの後頸部に目にも止まらぬ速さで手刀──一秒もしないうちに魔力を一気に込めたようだ──を入れ、彼を撃沈させた。


「テオさああああん!?」


 イヴェットが叫ぶ。テオドルスは声を出すことなく気絶した。あまりの速さと衝撃的な光景に、全員が口を閉ざす。

 その後、ユリアは無言でどこかへと歩いていった。おそらく、食べられてしまった大きなソーセージをまた買いに行ったのだろう。彼女の後ろ姿は、長年の敵を打ち倒した義人のような重々しさを背負っていた。


「……あれ!? そういえば間接キスに対する反応ないの!? テオさんが食べたアレって、ユリアちゃんの食べかけだったよね!?」


 ユリアが去ってしばらくしてからイヴェットが我に返る。


「……ほ、ほんまや!? いつものユリアやったら、妙に初心な反応見せるはずやのに間接キスの反応マジでなんもなかったな!? 食の恨みのせいなんか!? ウチが初心なんか!?」


 アシュリーの頬は、イヴェットに叩かれたため若干赤く膨らんでいる。


「そもそも、昔からあんな感じのことはよくやっていた。だから、間接キスは今更だろうな」


 と、アイオーンが言うと、「……なん、やと……?」とアシュリーがこぼした。

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