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第一節 十年前の出逢い ①

【はじめにお読みください】

この作品は、拙作『ユリア・ジークリンデ ―陰影の戦姫譚―』シリーズのリメイク作です。

物語の大筋は変わりませんが、細かな設定や完結に至るまでの道筋は大きく変更しております。

──……今は……いつ(・・)だ。あれから、どれほどの時が経った……?




 時は、科学技術が発展し、豊かな文明や文化が存在している時代。


 ある過去の時代から、星の内部より噴出する魔力の量が減少したことにより、魔術が衰退しつつある現代。




 これは、十年前に起こった出来事である。


 はじまりは、緑豊かな高原にある荒廃した大きな神殿。

 そこは、長きに渡り、誰も足を踏み入れていないのだと一目でわかるところだった。

 参道の石畳の脇に並ぶいくつもの石造りの柱には、植物の蔦やその葉で覆われている。一部の柱は、もはや植物の蔦によって石柱が立っているかのように見えるほどに茂っている。くわえて、風化により柱の上部が崩れ落ちており、神殿の壁も一部崩れかかっている。

 今では物寂しい雰囲気を漂わせているが、造られた当時は立派な神殿であったことがうかがえる。


 その神殿の地下には、何もない広い空間があり、巨大な水晶が安置されていた。

 その水晶は、まるで時が止まったかのように美しい姿を保ち、ほのかに月白色に輝いている。


 驚くことに、その水晶なかには、大きな布を上からかぶっただけのようなローブを身にまとう、腰まで届く淡い金色の髪を持った若い女性らしき人間が眠っていた。

 その手には、紅色の組み紐を巻き付けており、それを辿ると長い刀──反りが浅く、鞘に納められた刀身はおよそ八〇センチ。丸いかたちの優美な意匠が施された鈍い金色の鍔。柄の部分は深い青の糸で巻かれており、柄の肌がひし形となって見えている。鞘は、艶のある黒をまとっただけの質素な意匠──があった。


 この日、その人間の目が開いた。

 蒼玉色の目。目元には凛々しさを感じるが、全体的に見るとどこか愛らしさもある。美しさと柔らかさを兼ね備えた品のある顔立ちだ。


──……もしや……『今』なのか……?


 その時、水晶のなかの人間は思う。


──今が『その時』であるような気がする……。ただの直感だが、『あの時』もこのような感覚があった……。覚えはないというのに、いつか誰かと交わした約束が訪れたかのような感覚がある……。


 そして、若い女性らしき人間は目をつむる。何かを感じ取るように瞑想している。


──この地から噴出している魔力の量は、そこまで減少していない……。だが、ほかの地では、大気中の魔力は相当に薄まっているとみていいだろう……。それでも、〈血の盟約〉は存在している。この世にも、あの一族が生きているはずだ。


 やがて人間は、何かを求めるように手を上に伸ばす。


──ヒルデブラントの一族よ……我ら(・・)は、ふたたびこの地を歩む──。



◇◇◇



 神殿内でとある人間が目覚めてから、数十分ほどが経った頃のこと。

 千年以上の歴史を持つヒルデブラント王国の空が茜色に染まる夕暮れ時。

 ヒルデブラント王国の王室が住まう大きな宮殿の一室にて、上品な初老の女性と彼女と顔つきが似ている父親らしき年老いた紳士が、豪奢な刺繍が施されている柔らかなラウンジチェアに座っていた。上品な初老の女性は、板状の携帯端末で誰かに電話をかけている。


「……」


 年老いた紳士は、電話を続ける女性を見守りながら、静かに動揺していた。一見すると澄ました顔をしているが、それは王宮に務める職員たちに悟れぬようにするためである。王族という肩書きを持っていても、心はただの人間だ。


「──そうですか……わかりました。……はい、そのつもりです。では、また何かありましたらご連絡します」


 上品な初老の女性が電話を終えると、年老いた紳士はゆっくりと口を開く。


「……どうだった? カサンドラ」


「……叔父様も、そのようなものは感じとっていないと言っていたわ……。だから『あれ』は、お父様とわたくしだけ──」


「……そうか……。やはり、戴冠式で王冠を頂いた者だけが感じとった気配ということか──。よもや、わしが生きているうちにこの日が訪れようとはな……」


 と、年老いた紳士はゆっくりと息をつく。


「歴代の王より受け継がれてきた、ハインリヒ七世の手記に書かれてあったとおりだ……。だから、あの王冠には、現代人では理解が及ばない複雑な術式が組み込まれている──」


 ヒルデブラント王国の王より代々受け継がれてきたという手記には、こう書かれていた。

 『ヒルデブラント王家の王冠には、ヒルデブラント王家とふたりの英雄との約束が刻まれている。王冠に刻まれし術式は、〈血の盟約〉と称される魔術である。この世から完全に魔力が失われないかぎり、この王冠も朽ちることはない。触れることもできない。そして、ハインリヒ七世が命ずる。〈血の盟約〉を受け取った王は、ふたりを我が国に迎えいれよ。衣食住を過不足なく提供し、ふたりが望むようにせよ。王冠を戴いた者が〈血の盟約〉に反する時、ハインリヒ七世より(しゅ)を刻む──』


「……しかし、このままぼんやりとしているわけにはいかんな。間違いなく、我らヒルデブラント王家の王冠に刻まれし〈血の盟約〉が発動した──あのおふたりが、目覚められたのだ。ならば、禁足地の神殿へお迎えにあがらねばならん。……後のことはそれからだ」


「ええ……。では、おふたりのお迎えはわたくしが──。今の国王は、わたくしだもの」


「そうだな……。では、今あるお前の仕事は、私が代理として務めよう。──だが、カサンドラよ、この話の取り扱いには気を付けるのだぞ。少なくとも、この事を宮殿の職員たちに知らせるわけにはいかん。どこで話が外部に漏れて、余計な噂が流れてしまうか……」


「わかっているわ。だから、今のところは側近のエドガーと、その養子であるダグラスにだけ協力をお願いするつもりよ。あのふたりも、表沙汰にできない秘密を持ちながら生きているわ──だから、その点は誰よりも信用できると思っているもの」


「側近とその養子──ああ、あのふたりか……。それがいいかもしれんな……。あのふたりには、さらに多くの秘密を抱えてもらうことになるが……致し方ない。──気を付けて行くのだぞ。失礼のないようにな」


「ええ、もちろんよ」


 そして、カサンドラはもう一度、携帯端末を操作した。とある人物へ電話を繋げる。


「──エドガー、すぐに車を出してちょうだい。行き先は、まずは魔道庁の本部よ。ダグラスを連れていきたいの。あの子を連れ出す理由は、他国から極秘の仕事が来たからその会議とでも言ってちょうだい。その後、禁足地の神殿跡に向かって。……あなたたちに、国家機密の仕事をお願いしたいの」



◇◇◇



 ヒルデブラント王国の現国王と前国王が、〈血の盟約〉の発動を感知してから数時間が経った。

 日が沈み、空の色が真っ黒になった頃。車道がなければ道路照明もない高原に、四輪駆動の大きな車が走っていた。車内に付けられているカーナビには、道らしい道が表示されていない。それどころか、画面の中央部には『立入禁止区域内です。速やかに区域から離れてください』という赤色の文章が現れており、それがずっと点滅している。


「……そろそろ着く頃ね──」


 今、この車が走っているところはまったく整備されていない。そのため、ときおり車は大きく跳ね上がる。

 車の運転手はカサンドラの側近である髭を蓄えたスーツ姿の紳士──エドガー。その助手席にカサンドラは座っている。彼女がそう呟くと、窓を開けた。


「うっわ。魔力、濃っ……」


 その瞬間、後部座席にいる三十歳ほどの若い男性──ダグラスが言葉を零す。彼は、国内の治安維持を司る警察機関『魔道庁』の制服を着用している。魔道庁に所属する魔道士の制服は、濃紺色を基調としており、スーツとトレンチコートの特徴を融合させた軍服のような印象のある服装だ。


魔孔(まこう)に近づいている証拠ね……。旧ヴァルブルク領ほどじゃないとはいえ、たしかに濃いものだわ」


 魔孔(まこう)とは、地中から魔力が噴出している場所を指す言葉である。魔孔(まこう)から近ければ魔力濃度は高まり、遠ざかれば低くなる。


「──それでも、薬が効いているおかげで、身体は大丈夫そうね。エドガーも問題はない?」


「はい。異常はございません」


「ダグラスは?」


「俺もいける。けど、伯母さんも養父(とう)さんも過信は禁物だぜ。ふたりとも年とってるし、一時間以内にはここから出たほうがいい。立入禁止区域から出たら、車内を換気するのを忘れないでくれよ」


「ええ。わかっているわ」


 そして、カサンドラは車の窓を閉めた。


「……神殿に到着したら、エドガーは車のなかで少し待っていてちょうだい」


「かしこまりました」


「ダグラスは、わたくしと一緒に来てちょうだいね」


 カサンドラからそう言われると、ダグラスは伯母から目をそらし、窓の向こう側にある風景を見た。車のライト以外に光がないため真っ暗だが、街中で見るよりも星空がよく見えている。


「……なあ、伯母さん。……オレ、今でもいまいち信じられねぇんだけど……。うまく状況を処理できねぇもん……」


「ダグラス──カサンドラ様を疑うなど、そんな人間に育てた覚えはないぞ」


「疑いたくなくても疑っちまうだろ、んなこと……。養父(とう)さんは、何も疑問に思わねぇのか? ──あの有名な英雄と、その友人の星霊が目覚めたって……そもそも眠ってたってどういうことだよ。学校で学んだ歴史は何だったんだよ……」


「私は陛下の側近だ。ゆえに陛下を信じ、その命に従うのみ。お前は、国王からの信があるからこそ選ばれたのだから、しっかり務めを果たせ」


 養父からの揺るぎない生真面目な言葉に、義理の息子はげんなりとした。感情が追いつかぬまま目的地へと走る車に、ダグラスはため息をつく。


「ありがとう、エドガー。……それでも、あなただっていろいろと思うところはあるでしょう?」


「……おっしゃるとおり、ないわけではありません。ですが、私では何もわからないこと──なので、今は貴女様を信じます」


 (あるじ)に本心を問われると、エドガーは正直な心を開示した。


「……〈彷徨える戦姫〉の歴史が違うことは、昔から一部の王族のみ知っていたことよ。ヒルデブラント王家は、〈彷徨える戦姫〉とその友にあたる大星霊に、時を超える約束を交わしていたの。けれど……なんだかんだ言って、私も気持ちがいろいろと追いついていないわ。ダグラスと一緒よ」


 全員が、今起こっていることに気持ちが追いついていない。それでも、いかなければならない。

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