準男爵家次男の手紙
拝啓 母上様
騎士学院に入学した私の同室になったわずか10歳の辺境伯子息を母上はことのほか心配なさいましたよね。
あの頃、末の弟は同じく10になったばかりでした。
あの小さなやんちゃ坊主が年長者ばかりの騎士学院に放り込まれたら、と思うと、たしかに私も気が気ではありません。
しかしあいつは、15で入学した私よりずっと、大人のような、強い心を持っていました。
うちのやんちゃ坊主よりも背が高く鍛えられているとはいえ、下は15から上は20の男の集団では頭ひとつ小さいあいつは、悪い意味で目立っていました。
あの当時はもう、体のできていない子どもに激しい訓練はよくないと、15まで入学を待つのが当然の風潮でしたから。
小さく、細い体に、まだ幼さの残るふっくらと丸い頬を持っているというのに、まなざしは誰よりも強く、傲慢にすら見え、私だって初めて会った頃はやり込めてやりたいと思いました。
しかしすぐにそんな気持ちは無くなりました。
年上の男たちに口で、時には暴力で突っかかられても、あいつのまなざしは揺るがず、皆より短い木剣で立ち向かい、勝っても驕らず、負けても荒ぶらず。
その姿に尊敬を覚えたのです。
大半の学院生たちも同じようにあいつを認めていきました。
同室のおかげもあり、軽口を叩けるほど親しくなっていた頃。
私は自室で我が家のやんちゃ坊主に木彫りの馬の置物を作っていました。
それはなんだと聞くあいつに、小遣いがなく、末の弟の誕生日になにも用意できないので贈り物を作っている。貧乏な倅の隠れた特技なのだと戯けて言うと、ひどく傷ついたような顔をしたのです。
それで私は、もしやあいつは私を兄と慕ってくれているのだろうか、弟に嫉妬だろうか、などといい気になり、徹夜で木彫りをして、他の馬よりも少しばかり小柄なことからあいつが訓練でよく騎乗していた、栗毛の牝馬をイメージした置物を作りました。
翌朝、灯りが眩しくてよく眠れなかったと不機嫌に言うあいつのてのひらに、謝りながら、ほらおまえにも、と小さな馬を載せてやると、目を丸くして、そっと撫でて、ぼたぼたと涙を溢したのです。
前の日は、あいつの11の誕生日だったのです。
今思えば、あいつも寝不足で感情が制御できなくなっていたのでしょう。
こんなに嬉しい贈り物初めてだと声を震わせ泣いたのです。
その時、あいつが無視し続けている、辺境伯家のお家騒動の噂は真実なのだろうと私は察したのです。
それから私は、あいつを尊敬する同期ではなく11歳の弟のように扱うことにしたのです。
よくよく注意して話を拾ってみると、あいつの周りには敵か嫡男の義務を押しつける者しかいませんでした。
そしてあいつに無関心な父親、あいつを邪魔物扱いする義母。鬼の辺境伯への尊敬はすぐに打ち捨てました。
うちのやんちゃ坊主がやんちゃ坊主なのは、父上と母上、兄上、妹たちと使用人たちがかわいがり甘やかすからでした。もちろん私だって。
子どもが子どもらしく振る舞うのは大切なことだと俺は思います。
あいつにはそれをさせる者がいませんでした。
だから私が、兄のようにかわいがり、甘やかし、時にからかってやったり。あいつの子どもらしさを少しでも守ってやりたかったのです。
しかし私一人では力不足でした。
どんどん目が死んでいくんです。
強かったまなざしはただただ冷えていくばかりで、そして、あの代替わりです。
あいつを一人にしたくない。私は私のために、新たな辺境伯を主君と定めたのです。
*
かあさん! まだ途中なのに、読まないでくれよ。
これから俺の熱い主君への想いを書くところなんだぞ。
手紙としてなってない? かあさんに季節のあいさつなんていらないだろ!
……かあさ、いや母上、泣かないで。
辺境はうちから遠いし、あいつの働きで情勢が変わってきているとはいえまだ危険な土地なのはわかっている。
うちにはよくできた兄がいて、かわいい弟もいるから、就職先が見つかればくらいの軽い気持ちで騎士学院に行ったけどさ、俺は5年でちゃんと心底騎士になった。命を張れる主君に出会えて幸せだと思っている。
俺に辺境へ着いてきてくれないかと言ってくれた、あいつに絶対について行く。俺は、あいつの心を助けてやりたいんだ。
ああ、剣の腕は十人並だけど、俺は騎士だからな!
だから母上、卒院式のあとは、笑って俺を見送ってくれ。
お願いだよ。
短い作品を読んでくださってありがとうございました♪
2024/2/4里見しおん