表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

山あいの街

※ 武頼庵様主催の『街中に降る幻想の雪企画』参加作品です。


 その街には、冬でも凍らないあたたかな川が流れているという。








 階段を登りきると、小さな古いお社があった。

 山の中腹にお社だけが祀られているのに、誰か来ているのかきれいに手入れがされている印象だ。


 手を合わせたほうがいいのだろうかと一歩踏み出すと、「やめておけ」と声がかかった。


 それはやわらかい男の人の声で、そちらへ視線をやると袴姿で長い髪の、美しい青年が立っていた。












 さやかは赤いマフラーを握りしめ、首元に忍び込もうとする寒さを遮った。

 髪まで凍りつくような寒さの中、吐く息は白く長く空へ消えていく。


 親の都合で引っ越してきたばかりのこの街には友達も誰もいなくて、クリスマスパーティーにも年始の初詣にも、誰にも誘われる事なく冬休みに入った。


 別に寂しくはない。


 なぜだか転勤の多い父に連れられて、去年はあちらの街、今年はこちらの街とひとところに落ち着かぬさやかの家は、いつもどこかのホテルに間借りでもしているような生活感のない家ばかりで、誕生日もクリスマスも、お呼ばれどころか招くようなことすらないのが常だ。



 ただ今回ばかりは、両親の実家のある街だということで、ようやく腰を落ち着けるのではないかと母は喜んでいた。


 

 さやかの母は社交的で人付き合いを好む。

 幼馴染で地元の会社に勤める父と結婚し、今日まで転勤転勤で家族が壊れなかったのは、楽天家で誰とでもすぐに仲良くなれる母が常に家の中心にいたからだ。

 


「街の近くに山があってね、その山から流れてくる大きな川は冬になっても凍らないの。温泉のお湯が少しだけ混ざってるから、冬になると川から湯気が上がっててね。そこを椿の花が流れてくるのよ」



 楽しそうに話す母の言葉に、どんなに美しい街なのだろうといつも思っていたものだが、実際に来てみれば冬の寒さが厳しい、山間の古い街だった。


 いや、灰色の、と付け加えたほうがいいだろう。


 空はいつも曇り空でどんよりと重く、あまり晴れることがない。


 晴れても素晴らしく良いお天気とはいかず、薄い雲の向こうでぼんやり太陽がのぞいている……そんな街だ。


 引っ越してきたこの半月ほどがたまたまそうだったのかもしれないが、さやかにはいつもこうなのだろうと思えて仕方なかった。






 クリスマスもとうに終わり、今日はもう大晦日だ。


 引っ越してきてから年末までずっとバタバタして忙しかったため、両親どちらの実家にもまだ行けていない。

 年が明けて元旦には、まず父の実家、そして母の実家へと訪ねていく予定だった。


 さやかにとっては生まれて初めての祖父母の家だ。


 さやかが生まれてすぐの頃はまだこの街に住んでいたらしいが、1才の誕生日を迎える前に遠くの街へ引っ越したと聞いている。

 それ以来、一度も戻る事なくさやかは12才になった。


 たまに遊びにくる親戚や祖父母との交流はあるが、さやかは両親の故郷というものを知らない。

 というより、さやか自身が故郷を知らない。



 それが当たり前だったので訊ねた事はなかったが、普通は盆と正月には地元へ帰るものだろう。

 でもなぜか、さやかの両親はそれをしなかった。



 さやか自身、疑問に思った事すらない。



 毎年のように、それどころか稀には年に2度3度と住まいを移ることのあったさやかの家では、盆と正月どころか日々のイベントすら慌ただしく過ぎていって、友人というものもクラスで顔を合わせる、話を合わせてその場を心地よく過ごす、そういうものだった。



 だから、ようやく街に帰ってきたさやかの家族に会うために、冬休みと同時に代わる代わる親戚たちがやってきて、やれ大掃除だ餅つきだおせちだと、なんやかやと正月の準備を手伝ってくれるのは、ありがたいし助かるのだが少々めんどくさい。


 街でさやか達が戻るのを待っていた古い家は、常に誰かが手入れをして掃除してくれていたようで、大掃除なんて大袈裟なことをする必要もなかった。


 だからさやかは大晦日の今日、母が正月の準備を終えてこたつでのんびり、父と2人でミカンを食べている隙にこっそりと家を出てきた。


 もう少ししたらまた誰かがやってくるに違いない。


 そう思うとうんざりだったのだ。




 街はずれにある家の周囲はひと気がなくて、キンと冷えた通りの空気も新鮮で、久しぶりの静かな時間を楽しみながら、さやかは川へと向かった。


 街の中心地は商店街になっている。


 今日はそちらは騒がしいだろうと、さやかは商店街とは違う側の川沿いをゆっくり歩く。

 向こう側の河岸は人通りもあって楽しげだ。

 それを眺めながらのんびり山のほうへ向かった。



 今年は暖冬でまだ雪が降らない。



 雪が降るのを待つように流れてくる椿の花。

 その群れがどこからやってくるのか、誰も知らないのだそうだ。


 山の中の滝のそば、大きな椿の木があって、その木が川へ花を降らせるらしいと親戚が話していたが、その人も実際に見た事はないという。


 さやかはどうしてもその椿が見たかった。


 花が流れてくる様子も見たいが、これだけ寒ければ、きっと椿の木は満開となっているに違いない。


 母が編んでくれたマフラーに、クリスマスに買ってもらった暖かいコート、お気に入りの手袋はノルディック柄。

 バッグの中にはホッカイロを何個も入れて、熱い紅茶の入ったポットと、おやつにクッキーとチョコレートも持った。


 準備は万端、とさやかは機嫌良く笑った。









全4話。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ