勇者冒険日記チャンネル
前後編か数話になる予定。
暗雲たちこめる魔王城。
その玉座の間で、今まさに勇者アレンと魔王ドアクデスの戦いが始まろうとしていた。
毒々しい色の肌を、ドクロを模した兜と禍々しいローブに包んだ魔王が、両手を開いて構えを取る。
「我が魔王軍の四天王を退け、よくぞここまで来たと誉めてやろう。だが我には勝てぬ! 真の恐怖を死に土産に、冥府の土を踏むがよい!」
「魔王、今日こそ決着をつける! 俺のすべての力を、あっ、トムさん、ライドさん、リズさん、こんばんは、いつもご視聴ありがとうございます。今から実況はじめますので。……魔王、俺が修行の末に編み出した究極の、あっ、サエさん、冒険支援金5ゴールド、ありがとうございます。『少ないですが、宿屋代の足しにでもしてください』いえいえ、助かります。……魔王、俺の必殺剣で」
「待って」
「なんだ魔王、怖じ気づいたか!」
「そうじゃなくて、なに、さっきから。お前の横にある、その長方形の魔術立体画面に流れてる文字は。そこにいちいち頭下げて声かけて。あとその音、チャリンチャリンって硬貨が転がるようなやつ」
「生配信を知らないのか? 俺の後方に浮かぶ宝玉が撮影した映像を、特殊な魔法を用いて世界中にリアルタイム配信しているんだ。みんなは手のひらサイズの板状の魔法道具マジックボードでそれを視聴し、フォロワーさんが感想をコメントしてくれる。今これが世界中で大流行してるんだ」
『魔王なのにそんなことも知らないのか』
『配信も知らないとか実は知力低そう』
『だっさ、もう魔王とか名乗るのやめたら』
魔術立体画面に魔王ディスりのコメントが流れる。
魔王の配下が各地を侵攻したことを差し引いても、まるで容赦がない。
「ふん、魔法石の宝玉を使って情報を送受信する、連絡魔法の延長線上にある術式だろう。そのくらい知っておるわ。人間のつまらぬ遊びだな」
「配信は遊びじゃない。冒険や戦闘を配信、実況することで、元気づけてくれるコメントとともに冒険支援金を送ってくれるフォロワーさんもいる。俺はそのお金で冒険をしてきたんだ!」
「まさかお前、勇者の肩書きを使って人間どもから金を恵んでもらっていたのか? 勇者として恥ずかしくないのか!?」
「だまれ! 勇者の血筋だからって、国王様に一振りの剣と2、3日の旅費だけ渡され、魔王討伐を命じられた俺のつらさが分かるか!」
『城下町で売ってる、安い剣らしい』
『勇者に城の衛兵よりしょぼい装備よこすとかさ』
『国王、ブラックすぎ』
『魔王倒しても大した褒美も出す気なさそう』
「囚われの姫を救出して連れ帰ったときも、感謝の言葉だけで1ゴールドもよこしゃしねえ! しかもあの姫ときたら、帰りの途中でわざわざ都1番の豪華な宿屋に入ったのに「同じ部屋はやだ」とか抜かして、別の部屋に泊まりやがって! 苦労して助けて、着替えの高級なドレス代に、豪勢な食事代もスイートの宿代も、全部勇者の俺持ちだったんだからさ、そこは一緒に泊まるって意味考えてよ!」
「それ、助けて世話してやったんだから何しても良いだろグヘヘ、って下卑た下心で言ってるなら紳士的じゃないし、なにより女性に接する態度として失礼だと思うんだけど。魔王的に見てもさあ、勇者の今の言動はちょっと物議を醸しそうだよ」
「人質として姫をさらって捕らえてた張本人のお前にだけはとやかく言われたくねえわ!」
「あ、捕まえてたの我だっけ」
「とにかく、色んな意味でつらく苦しい、涙を飲むような旅路だったんだ!」
「……ま、まあ……どんなにつらい旅だったか知らんが、安心しろ、それもここで終わりにしてやる。あらかじめ、先代勇者が使った勇者専用装備はすべてこちらで回収済みだ。伝説の装備がないお前に、我が倒せるか?」
「魔王、勝ち誇るなら俺の装備をよく見てからにしてもらおうか」
「なに? !! それは伝説の装備に匹敵する、破邪魔封の装備!? 馬鹿な、その在処はほぼ不明とされているはず! どうやって手に入れたのだ!?」
「兜は王様をやっているフォロワーさんが城に秘蔵していたものを借りてきた。鎧はベテラン冒険者のフォロワーさんがダンジョンの最深部で拾ってきたものをゆずってもらった。盾は大商人のフォロワーさんが商人ギルドのツテを使って特別なルートから購入してきてくれた。そしてこの剣は、冒険支援金をありったけ使って、俺が裏オークションで競り落としたんだ!」
「……」
「驚いたか魔王、これが平和を願うみんなの力だ!」
「な、なに「俺今カッコいいこと言った」みたいな決め顔をしている! そういうのは「みんなの力」ではなく「他力本願」というのだ! さっきからフォロワーフォロワー、金、金、金と──本当に勇者として恥ずかしくないのか!?」
「うるさい! 俺はこの冒険の長い道のりを通して、本当に大切なものを知った。それは世の中、金とコネということだ!」
「え、えぇ……人間の希望の勇者が、そんな身も蓋もないこと声を大にして言っちゃうのぉ……? 勇者ならもっとこう、みんなからの支えとか、人との結び付きとか、好印象を与える表現で言い換えないと」
「勇者は正直者がなるものなんだ! そもそも、こんな豪華に飾り立てた居城でふんぞり返っていたお前には分かるまい! ダンジョンからくたくたになって帰還するたび、宿屋代を浮かせるために馬小屋で寝泊まりしていた俺の気持ちが!」
『馬小屋はみんな使うよな』
『まあ、寝れば魔法力は回復するしな』
『うち、仲間の忍者がいつも全裸なせいで宿屋から宿泊拒否されたわ』
フォロワーには遠い遠い異国でダンジョン探索を生業にする冒険者たちもたくさんいるらしい。
「冒険の初期は空腹をしのぐため、不思議なことにダンジョンになぜか落ちている腐りかけのパンや、薬効も分からぬ草を拾って食べ、回復の泉の水をがぶ飲みして腹をふくらませることもあった!」
「こ、こんな食うや食わずの貧乏人にうちの四天王が負けたのか……。いや、とにかく、お前の凍えるような懐事情など我の知ったことではない! さあ戯れ言はここまでだ。この魔王の恐るべき力をもって、その心を絶望で塗り潰してくれるわ!」
「ゆくぞ、魔王! これが人類の存亡をかけた正真正銘、最後のたたか、あっ、ホーキングさん、冒険支援金100ゴールドもありがとうございます!『祝勝会に使ってください!』はい、パーッと使わせてもらいます! アロスさん、冒険支援金50ゴールド、助かります!『勇者、世界を救ってくれー』任せてください、今から救います!」
「だからさっきからそのコメント返しで話の腰折るの、無性に腹立つからやめろ! 魔王を前に、もっと緊張感を持たぬかっ!」
魔王が腕を一振りすると数十の火炎弾が生み出され、滞空したそれらが一斉に勇者に襲いかかった。
迫る赫炎が勇者の輪郭を赤く縁取る。
彼は殺到する火炎弾の群れをすべて切り払うと、火の粉を風に巻いて魔王へと疾駆した。
魔法弾の弾幕を目にも止まらぬ剣技で瞬断して潜り抜け、果敢に接近戦の距離へと躍り込む。
2人が戦いの間合いに入ると、壮絶な死闘が始まった。
「はあっ!」
常人には、数条の光線が宙を走り、飛び交っているようにしか見えない、勇者の超高速斬撃。
「むぅんっ!」
魔王は視認さえ困難なその軌道を捉え、読み、上級魔族のみが使える暗黒の魔法弾で的確に迎撃する。
必殺技と極大魔法の応酬。
巨人の骨を喰い割り、ドラゴンの首をも一太刀で落としてきた剛剣。
かたや、魔人さえ一撃で粉砕する攻撃魔法。
並の戦士なら、かすっただけで半身を失うような超破壊力の攻撃同士がぶつかり、干渉し合ったエネルギーが雷撃となって周囲に飛び散る。
2人の戦闘力は拮抗していた。
『あんなやり取りしてたのに、戦闘は凄すぎる!』
『すげえ、全然目で追えねえ』
『とにかく勇者がんばれ!』
凄まじいまでの命のやり取りが、数瞬の間に幾度となく交わされる。
戦闘が激化するにつれ、世界の行く末を見届けようとリアルタイム視聴者数がどんどん増え、
チャリンチャリンチャリンチャリン
冒険支援金もバンバン振り込まれていく。
それも高額を意味する、コメントが赤く縁取られた、真紅ランクのものばかりだ。
互いにダメージが蓄積していくが、魔王は1人。
だが勇者には勇者の証たる勇気が、その後ろには背中を押してくれる頼もしいフォロワーたちがいる。
勇者は割れた床を蹴って後方に跳ぶ。
そして間合いを十分取り、剣に聖なる力と全闘気を集中させる。
「これが勇者にして配信者、いや、配信勇者の必殺剣! ストリーマー・スラッシュだーっ!」
振り抜いた剣から、剣閃を象ったエネルギーが巨大化しながら一直線に翔んだ。
「な、なんだ、この技は!?」
それは漆黒の魔法障壁を打ち破り、
「ぬ、ぬおおおお!」
無防備となった魔王に直撃した。
と同時に、白い閃光と轟音を伴った大爆発が起こり、魔王城が大きく震撼する。
「やったか!?」
爆風を片手で遮りながら、勇者が言った。
『勇者、それ駄目』
『やったかは禁句』
『絶対生きてるパターン』
爆発音の余韻が玉座の間を渡っていき、やがて静寂が戻ってくる。
爆発でできたもやが薄れてくると、そこに魔王のシルエットが表れる。
『ほら生きてた』
『やったかはやってない』
『台詞で自ら旗を立てに行く勇者』
しかし、魔王は相当なダメージを受けたらしく、威容は見る影もなくボロボロになっていた。
「我が暗黒領域障壁を破るとは、なんという破壊力だ。これが人間のいう、人と人が結び付いた絆の力というものなのか……!」
「そうだ! と言いたいところだが」
「……?」
「実はフォロワーの人数に比例してパワーアップする魔法を魔術師に金を払って作ってもらい、それを技に付与して放っただけだ」
「……まーた金とフォロワーに物言わせたのか」
魔王はやるせない顔で大きなため息を吐いた。
「……あのさあ、我今までさあ、配下と一緒に一生懸命にさあ、コツコツ世界征服を頑張ってきたのよ。家族にも支えられて。パパ頑張ってって。それを他人からもらった力でドヤッてるような、人間性に欠けたポッと出の勘違い野郎勇者にやられて負けそうになるとかさあ。なんか、ちょっと泣きそうなんだけど。ほら、少しだけ涙目になってるでしょ? なんだったの、野望のために切磋琢磨して、努力を欠かさなかった我の人生は。神様って真面目なほうに味方してくれるんじゃなかったの? 魔王だけは例外ってこと? 神様なのにそんな差別するんだ? ふーん、へえ、あっそう。……ならば絶対に許さぬぞ、愚かなる人間の神よ!」
彼は精神的にもダメージを受け、情緒が不安定なようだ。
魔力は絶大だが、メンタルは強くないらしい。
「魔王、暗黒の野望を抱き続けてきた心ないお前には見えないだろう! くじけそうな俺を支えてくれる、世界中の、みんなの温かい手が!」
「だから決め顔で取って付けたような台詞やめろ! 結局は金と大人数のフォロワー頼みだろっ! ……大勢のフォロワー……フォロワー頼み……ふふふ、そういことか」
魔王が不敵な笑みを浮かべる。
「フォロワーの数によって力が増す魔法とか言ったな。ならば条件さえ揃えば、我も同じ方法でパワーアップができるということっ!」
「魔法は自己流で開発できるとして、お前も配信を始めるつもりか? 言っておくが、配下はフォロワーにカウントされない仕組みだからな? 勇者である俺のチャンネル「勇者冒険日記」のフォロワーは家族や親しい仲間を抜きにしても、数百万を超える。恐ろしくて誰も見るはずがない魔王の配信で、それを上回るフォロワー数を増やせるものか!」
「侮るな、勇者よ。フォロワーを増やすなど、魔族の力を使えば造作もないこと。まずは我が一族がどれほどのものか見せてやろう。──この勝負、一時預けたぞ!」
そう言うと、魔王は転移魔法で姿を消した。
『あ、逃げた』
『しかし恐ろしい魔王の配信なんて誰も見ないだろ』
『あんなのが画面に出てきたら圧が強すぎる』
『見ると呪われそうだし』
『そもそも世界征服する奴を人間が応援するはずないし。こりゃ実質、勇者さんの勝ちでしょ』
「ふう、なんとかなったな。これも皆さんのおかげです。ありがとうございます! これから応援コメント、拾えるだけ拾わせていただきますね」
なし崩しな祝勝ムードの中、勇者は自分にヒールをかけるのも後回しにして、律儀にコメント1つ1つに返信しながら魔王城を脱出した。
魔王敗走の情報が世界中に流れ──
それからわずか1週間後。
突然「魔族チャンネル」が開設された。