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ショートショート「永い沈黙」

作者: 有原悠二

 海底に埋まっていたタイムカプセルから出てきたものは、数枚の写真と壊れたカメラだけだった。

 錆びついた合成金属は一目で旧時代の物だと分かり、崩れないように調査は慎重に行われたが、写真は非常に劣化しており、なにが写されているのかは分からなかった。

 しかし、人々はその待ち時間すら楽しく感じられた。AIに任せれば一瞬で解析はできたのだが、時間は嫌というほどあり、おかげで世界には久しぶりの歓喜がちらついた。

 みんな、暇だった。最後の大戦すらも神話の中に埋もれてしまったこのユートピアを体現した時代に、人々のやることなどは一切なく、あふれては廃れていく大量の娯楽を前に、心は完全に鈍感になり、そして疲れ切っていた。

 それを当たり前だと思っていた。誰もが一度は過去を憎む時代だった。この退屈な世界を作った神に祈る人など誰もいなかった。

 解析の結果が出た。写真にはこの時代に生まれ育った人々には想像もできないような悲惨な光景が写っていた。

 どこかの国で戦争でも起きているのだろうか、荒れ果てた瓦礫の町、逃げ惑う人々、殺し合う兵士たち、手と手を取り合って涙を流す親子、または神に祈る人々。中には無惨な死体や、目を背けたくなるような拷問中の歪んだ顔は、見たものを絶望させた。

 その中に、ひときわ目立つ写真があった。瓦礫の山の中に佇む一人の少女。衣服はボロボロで、頬はこけており、今にも倒れそうだった。それなのに、少女は笑っていた。

 その写真の裏には次のような言葉が書き記されていた。

 

  西暦2023年現在の写真をここに。

  どうか未来に。


  どうか未来が平和でありますように。

  もし叶うなら。


  未来の世界をここに。

  過去の世界に。


 この少女が書いて埋めたのだろうか。それとも誰かが撮っただけで、少女は戦争の渦中に亡くなったのだろうか。

 人々は少女の写真を前に、どのような感情になればいいのか迷った。誰にも正解が分からず、AIですらその答えは導き出せなかった。

 誰かが言った。カメラを直して、写真を撮りタイムマシンで送ってやろう。その言葉に従って現在の世界に散らばる美しい景色や人々をカメラで納めていった。ところが次第に過去の戦争自体をなくしてはどうかという意見が出てきた。そうしたらあの少女だって死ぬことはないのだ。そして、みんなにも笑顔が戻るかもしれない、と。

 現在の人々の顔にはまったく笑顔がなかった。どんなにポーズをとっても、美しい風景を前にしても、誰も笑顔になることができなかった。

 永い沈黙があった。

 そして人々はようやく思い出した。この世界は、あの写真に写っている未来の世界そのものだということを。

 写真は未来への警鐘であり、人々の心を揺さぶるきっかけとなったのか、自ずと神に祈る人が増えていった。

 世界は平和だった。それが当たり前だと思っていた人は、ただ感謝をするために祈った。

 その祈りが届いた未来こそ、写真の中の少女が本当に笑顔で生きることができるはずの世界だと――。


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― 新着の感想 ―
[一言] それでも人は「ユートピア」を目指す。悲しい矛盾でしょうか。
2023/05/25 13:16 退会済み
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