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第四話 どこにでもいるお巡りさんである。

とある人物はいわゆる押しに弱い人物だった。

周りの人の期待を裏切れない。だから自分の意見も主張も出せない。

だけど、そんな自分は嫌だ。

だからこそ、その者は自分の立場を確固たるものにするため努力した。


 とある町の、とある交番。

 そこでは一人の新米男性警官が勤務の引継ぎを受け、交番前の掃除を終えて背筋を伸ばして気合を入れていた。


 「本日も異常なし」(…だったらよかったんだがなぁ)


 本音と建て前を使えるようになったという事は大人になったという事だろうか。それとも精神的に汚れてしまったという事だろうか。

 引継ぎを終え、帰り支度をする同僚の事さえなければ本当に平和だったのだが…。


 「じゃあ。今日一日は俺達に任せて、ゆっくり休めよ」


 出来るだけ爽やかにそれでいて馴れ馴れしすぎないように会釈して帰宅しようとする同期を見送る。

 同期は無口な奴だが、その一方でお年寄りや水商売の女性から人気がある同輩だ。

 無骨で無口なため威圧感が半端ないが、子どもやお年寄りには優しく接する。頭にしつけや教養のある。が、付随するが。

 迷子の保護では、その威圧感でギャン泣きされ、共に勤務していた警官に任せるくらいの思慮はあるのに。

 生意気なクソガキや躾が鳴っていない学生。ヤンキー。傲慢な老人。身体的に弱者だろうがあんまりな行動をすると彼の力が振るわれる。といっても、ちゃんと加減をしたデコピンだ。

 だが、それが猛烈に痛い。痣にもならず、皮膚も裂けず、骨にも異常が出ない。が、その威力は痛みを与えるという点に関しては絶大であり、彼の世話になった人達は皆、彼を恐れて再犯しないようになる。

 もちろん、デコピンとはいえ一般市民に手を上げることは違法であり、田中は何度も始末書を書いているが、彼は一向に止めようとしない。本当なら懲戒免職も免れないのだが、彼は夜勤に暴走族の取り締まり。休日の商店街で人助け&ボランティア。勤務日にはマメに交番の清掃とその眼力を活かした巡回など地域の人間にはおおむね良好関係を結んでいるため、署も彼を懲戒など出来ないが、始末書を書かせる体で押さえている。

 いや、本当に悪い奴じゃない。むしろ無口で怖いが、優しくて力持ち。それが夜のお姉ちゃんたちにモテるのだが、本人曰く飲酒は滅多にしない。せいぜい祝い酒だという。

 趣味も筋トレだけかと思いきや時間つぶし六法全書とかも読んでいるよくわからない男だ。かといって、上司たちとの飲み会も極力参加しないで筋トレをするという出世欲も無いように見える変な奴だ。

 まあ、そのおかげで俺達、他の警察官は楽できるんだけどな。




 本日も一日、平和で異常なし。

 深夜勤の同僚と勤務を交代する一時間前に一人の女性が直接交番までやってきて家族の捜索を訴えていた。


 「…息子さんが帰ってこない。ですか?でも、成人しているんでしょう。夜遊びくらいなら構わないのでは?」


 「でも、息子はこの時間帯に帰ってこない場合は必ず連絡を入れていたんですっ。お願いしますっ」


 大学に通っている娘さんは今年の春に成人式を迎えたばかりであり、つい最近になって母子家庭である母親と奮発して少し高い酒を飲んだばかりだという。

 息子さんはまじめな人でその時初めてお酒を飲んだらしく、同時に下戸であるという事もそこで判明した。そんな真面目な息子がまだ帰ってこないと不安がった母親が今こうして交番に訴えてきている。

 こういう場合、九割以上は心配し過ぎ。取り越し苦労で済むのだが、残りが危険な事件に巻き込まれる。治安の良い日本とはいえ、凶悪な事件が無いとも言えない。

 そして、その凶悪な事件から市民を守るのが我々警察だ。


 「わかりました。息子さんの写真などはありますでしょうか?巡回している他の警官にも共有して娘さんを捜索します」


 「お願いします。お願いします」


 消え入りそうな声で震えながらこちらの手を取る母親をどうして見捨てられようか。

 俺達はこのような人達を助ける為に警官になったのだ。

 母親から息子さんの写真データを貰い、現在勤務中の地元警官に共有を受け流した。その中には非番の人間。無口な同僚も含まれていた。




 とある高級なBAR。

 本来はおしゃれな内装と落ち着いた雰囲気が売りの酒場だが、その内装は少しだけで荒れており、従業員がその清掃を行っていた。

 ちょうど閉店間際だったのだが、そこに訪れた見知った無口な警察官が勤務用。警察内で共有される携帯機に写った男性を探し回っていた。ちなみにあと八時間で彼の勤務時間である。


 「この子なら見たわよ。飲み会でうちの店を使ってくれたけれど、お酒を何度も飲ませていたわ。酔いつぶれてヘロヘロになっているところを。明らかにチャラついた男達に送られたわ。…ただ、それがタクシーじゃなくて別の仲間に運転させた車だったの。あれはレンタカーだったわね。外国人観光客がよく使う車だったから覚えているわ」


 なるほど。強要罪が当てはまりそうだ。

 警官はBARのママにお礼を言うとその店を後にした。


 「今度はうちでも飲んでいってね」


 彼はそれに苦笑しながら頷いた。

 酒は飲まないが、それ以外で意外と交流のあるBARのママ。地域のボランティアや店で乱痴気騒ぎをする輩を彼に取り押さえてもらってから交流は続いている。

 彼は思った以上に下戸であり、深酒をすると翌日までその記憶が無い。しかも、気が付いた周囲はまるで嵐が通り過ぎたような惨状が広がっていた。

 それが自宅だったからいいものの、外で起こっていたらその日の朝刊の一面に掲載されていただろう。それ以降、彼は滅多なことが無い限り酒を飲まなくなった。

 ママには悪いが飲むとしてもオレンジジュースくらいだろう。その代わりおつまみとか酒以外の物をたくさん注文するから勘弁してほしい。

 とりあえずこれまでの情報を送信。他の警官と共有し、次はレンタカーを扱っている店に出向くと同時に個人用の携帯でとある人物に連絡を取っていた。




 捜索願が出されていた息子さんはこの地域にある大学に通う学生だった。

 彼のこれまでの人生は平凡なものだったが、そんな生活の中。大学生活中に初めての彼女が出来てここ最近は浮かれていた。そのため、彼女と共に誘われた飲み会で母親に連絡を入れずに参加してしまった。

 そう、彼は浮かれていた。

 恋人が出来て、飲み会に参加。そして、怒らせてはいけない人物に口答えをした。

 彼を擁護するなら彼に非は無い。談笑に対して、それじゃなくてこれですよね。と、ボケとツッコミに類似する受け答えだった。しかし、相手はそれを面白くないと考えた。

 その相手は、ノリは良いが危険な噂が絶えない輩であり、逆らう人間は年上だろうと年下だろうと害する人格だった。

 そしてその人格は露呈した。息子さんがお酒に弱い事を前々から知っていたのか、それとも今回の飲み会で知ったのかはわからないが、そこを狙って様々な酒を無理やり飲ませてきた。アルコールハラスメントを仕掛けた。

 初めは息子さんもその場のノリで飲んでいたが、すぐに音を上げて控えようとした。しかし、悪ノリし始めた。いや、明らかな悪意を持って息子さんに飲酒を強要。息子さんを助けようとした彼の恋人にも同様のアルコールハラスメントを行った。

 悪ノリ仲間と共に酔い潰した息子さんとその恋人を開放するように見せかけて店を出た彼はそのままとあるホテルへ連れて行く。

 そこで、彼等の衣服を脱がし、その痴態を記録に残し、脅迫の材料にしようとした。

 ホテルの部屋に連れて来られた息子さんの恋人にはまだ意識が残っていた。しかし、あまりにもお酒を飲みすぎた所為か体が言う事を聞かない。アルコール中毒の症状が出始めていた。

 彼女の容姿は彼等にとってもそそられるものだったらしく、脅迫と暴行をするつもりで、携帯機で映像を取りながらその衣服をはぎ取り始めた瞬間。

 彼等が借りている部屋のベルが鳴らされた。

 その事に舌打ちをしながら悪ノリ仲間の一人が荒々しくドアを開け放とうとした。が、それは半ばで止まった。開け放たれたドアの前にいた巨漢が眼前でそのドアを受け止めていたからだ。

 巨漢は警察手帳を見せながら事の捜索願の息子さんの事を訪ねてきた。今まさに自分達が暴行を加えようとしていた彼の事を探している警察官に焦りを感じさせながらもどうにかやり過ごそし、ドアを閉めようとした。

 幸いにもこの部屋には大音量の音楽を流して、いかにも楽しんでいる最中だと思わせておきたかったのだが、そこで息子さんの娘さんがかすれた声で「助けて」とつぶやいた。そして、それを警官の耳は拾った。


 「ふんっ」


 「あ、あんたなにすんだ?!警察だからと言ってやっていい事と悪い事も知らねえのか!」


 警官は掴んだドアを強引にこじ開けた。チェーンロックがされたドアを力ずくでこじ開けたのだ。その光景を見た対応していた男が警官に文句を言おうとしたが、悪ノリ仲間の一人が警官の姿を見て、慌てて口を押えた。


 「ば、止めろ!この人に逆らうな!

 こいつの名前は田中太郎。近くの交番に勤務する無口で無愛想な警官。

 好きな勤務は現行犯逮捕。嫌いな業務は接待。

 ほとんど事後承諾でいろんな厄介事を殴り倒す乱暴者だ。

 万引きする奴は子どもからジジイババアまでくまなく殴り倒して病院送り。幼稚園生から反社の人間に対してもその拳が躊躇う事は無い。

 噂じゃ三つの暴走族を自分の足だけで追い詰めて叩きのめして壊滅させた武勇伝の持ち主だ。俺達が百人いても敵わねえ。どこぞの超戦士みたいなやつだ。逆らわないほうがいい」


 そう言われた太郎は揉めている二人押しのけて、捜索願の出ている息子さんと恋人が寝かされたベッドのある部屋まで行く。その途中で、今回の主犯であり、息子さんに口答えされた男は太郎に向かって罵声を浴びせた。が、太郎はそれを無視してベッドのある場所まで歩み寄る。

 そこには青い顔をした息子さんとその恋人がいた。すぐさま、二人の安否を確認した。息子さんの意識はないがまだ恋人の方は会話ができるレベルであり、このホテルに同意してきたのかどうかを尋ねると首を横に振った。次に無理やり連れて来られたのかを尋ねると今度は縦に振った。

 そこまで確認を取った太郎の後頭部に鈍い衝撃が走り、頭から黄色の炭酸水を被っていた。

 常人なら気絶。打ち所が悪ければ死んでいるかもしれない衝撃を受けた太郎が振り返る。

 割れたビール瓶を持った一人の男性。先ほどから自分に罵声を浴びせていた男であり、このまま通報されると自分達の進路に関わると思った男は目の前の警官を亡き者にしようと、買ってきたビール瓶で太郎を殴ったのだ。


 「おい、さすがにまずいって!」


 「おまえ、やりすぎだ!」


 他の男二名はさすがにやりすぎだと止めに入ったが、殴った男は相当苛立っていたのだろう!顔を真っ赤にしながらも怒鳴り散らした。


 「うるせぇっ!いい所で邪魔しやがって!警官だろうが何だろうが関係ねえ!それに俺の親は議員様だ!もみ消しなんか楽勝だ、楽勝!それにこいつは国の犬だろ!だったら俺の親に逆らえぶらぁ?!」


 太郎は殴られた場所を右手で押さえながら、左手で議員様の息子の顔を思いっきりビンタした。その威力で殴った男は部屋の壁に打ち付けられるほどぶっ飛ばされた。その衝撃で部屋中の家具や小物が揺れた。

 ビンタを受けた傷害罪の男はビンタされた事に痛みを忘れて猶更顔を赤らめて怒鳴った。ある意味ガッツがあった。

 彼のこれまでは思い通りにいかなかったことはなかった。勉強面では大学進学までスムーズに通過。交友関係も順調。遊ぶ金も場所も女も思い通りだった。その裏で彼の様々な非道があったが、それを議員の親がもみ消していた。

 誰も自分に逆らわない。文句を言わない。たとえ言ったところで、自力で何とかするだけの膂力もあった上に知恵もある。だが、今回は酒が回っていた事と生意気にも自分に正論をぶつけてくる後輩。目の前の太郎が自分よりこの場を仕切っていたこと。そして、議員の言いなり。つまりは自分の手下でもある警官が自分に手をあげたことに激高した。


 「てめぇ!警察官のくせに市民にてをあぺぇっ!?」


 声を荒げて太郎を責めようとしたが、今度は頭を押さえていた右手で議員の息子様をビンタした。本来なら一発でダウンするはずの太郎のパワーだが、どういったわけかそれが発揮されていなかった。


 「俺の親がだまぺぅっ?!」


 太郎は酔っぱらっていたのだ。頭からかぶったビールの所為でその酒気を嗅いだだけで酔っぱらってしまった。だが、外見は普段と変わらない。だから、周りから見れば太郎がただ往復ビンタしているように見える。力加減を間違えて息子様の首が吹き飛ばないようにセーブするだけの意識はあったがそれだけで太郎も調子が狂っていたのだ。


 「てべぇっ、いいぱぺんぴひろよ!はひさぱぽふぽぴぱ!」


 三発のビンタを貰っただけで顔が某菓子パンマンに膨れ上がった息子様はまだまだやる気だ。そして、なぜかその田中は息子様の言いたいことが分かった。

 何様のつもりだ。か、ならば答えよう。

 一市民を悪事から守り、助ける警察官。


 「我が名は太郎。田中太郎。どこにでもいるお巡りさんである」




 他の警察官の応援が来るまで十分。

 議員の息子様は太郎の往復ビンタを受け続けていた。せっかくの七頭身な美形だった体型が五頭身になったのではないかと思うくらいには酷いありさまだった。

 暴行、脅迫未遂の現行犯で男達は逮捕された。その間も手錠を掛けられるまで散々騒いだ息子様。俺は議員の息子だぞ!と、大騒ぎしている最中、捜索中の男性ともう一人の女性は保護。体調が悪そうだったので病院搬送され、残りの男達は田中の容赦の無いビンタを見てすくみあがって自供した。

 が、そこで息子様の言う通り議員様がもみ消しに来た。

 賄賂。脅迫。その他の情報網から、社会的地位を使ったもみ消しもあったが、その全てが先回りされ、逆にその事により議員の職を失脚。息子様と共に牢屋にぶち込まれるという展開になった。

 その時の情報がどこから漏れたのかはわからない。ただ、匿名の『どこにでもいる一般人』からの情報提供がリアルタイムで送られてきたのだ。それによって御用になったわけだが、依然としてその一般人が誰なのかは誰もわからなかった。

 それでいいのだ。と、太郎は後日、BARのママの店で、捜索女性救出を助けてくれた数少ない友人達とオレンジジュースを飲み明かした。


 文句を言われたら文句が言えるだけの立場になるため、勉学を。何より筋肉を鍛えた。度を超えた有様だったら実力行使を。そうこうしているとそのものの周りには少ないながらも様々な人が集まった。

 それは、その者が善寄りの人格でなくても、間違っていることを嫌い、それを貫く人物であったから。

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