第二話 どこにでもいる男子高校生である。
とあるところに、気弱な男の子がいました。
両親から。そして、その地域からもひどい扱いを受けていました。
助けを願いました。許しを請いました。
周囲の目もあり、一度は治ましましたが、すぐに再開されました。
目の見えないところで。耳の聞こえないところで男の子は苦しめられていました。
どこにでもあるとある中学校の一角で行われていた蛮行。いじめ。
簡単な三文字で片付けられるほど軽いものではない。
金銭のカツアゲ。教科書の盗難から落書き。殴るけるなどの暴行。悪口や暴言。上げれば上げるほどきりがない。
そんな悪環境で、僕は出会った。
「………」
ヒョロガリという体型でもあるが僕の腰回りほど太い腕。僕の頭一つ以上は大きい背。
岩を削ってできたかのような太い手は開いたまま振りぬかれていた。
それは今まで蹲っていた僕を笑いながら蹴り続けていたいじめっ子を張り飛ばしたものだと気が付くには時間がかかった。
だって、誰も助けてくれなかったから。クラスメートや先生に何度も助けを求めたが、自分に被害来ることを嫌がる。厄介事を嫌って誰も関わろうとしなかった。
そんな僕を助けてくれる人間なんてこの学校にはいないと思っていたのに。
いつものように僕を呼び出して暴行を加えていたが、それが突如止んだのだ。
「なんだっ、てめぇ。いきなりしゃしゃり出てきやがってそいつのダチか?!」
「待て。こいつは…っ」
張り飛ばされたいじめっ子が突っかかろうとしたが、もう一人のいじめっ子がいじめを無理やり止めた男を見て止めた。
明らかに筋肉質な巨漢。平手打ちだから痛いで済んだが、拳だったら骨が折れていただろうと予想できたいじめっ子は睨みつけるだけだった。が、何かに気が付くと慌ててその場を後にした。
「おい、はやく行くぞ」
「何言ってんだよ。体がでかいだけの奴なんか俺達だけで」
「駄目だ。あいつは噂になっている田中太郎。
好きな言葉は暴力。嫌いな言葉は強要。
あの大きな体で大暴れし後にはあたりはどす黒い血が飛び散っているホラー映画よりも怖い残虐性を持つ男だ。
つい最近の過剰防衛で酔っ払いのおっさんを半殺しにした奴もこいつだって噂だ。
誰ともつるまねえから自分勝手にやっている。誰にも予兆することも出来ない時限爆弾みたいなやつ。
たかが宿題の提出で揉めた同級生と教師をタコ殴りにしただけじゃなく、同級生の親どころか自分の親すら殴り飛ばした噂がある。狂犬だ。
あいつだけここらへんに引っ越してきてどっかの学校に入学したって噂が、まさかすぐ近くの高校だとはな」
そこまでするとはたかれたいじめっ子は舌打ちをすると、もう一人に連れられてこの場を去っていった。
それからしばらくして田中さんもその場を去ろうとしたが、僕はその足にしがみついて泣きながら願い出た。
「お願いしますっ!僕を助けてください!」
聞けば田中さんは僕の通う中学校を高校だと勘違いしてやって来たのだという。
田中さんから見れば高校生も中学生もそう大差ないため仕方ないと思うが、それでもその勘違いからこの中学校に来て、人気のない所から笑い声がしたため向かってみればいじめられている僕を見つけ、助けてくれた。
彼から言わせれば、いじめっ子の態度がむかついたからはたいたと言うが、それでも助けてもらったことに違いはない。
田中さんにこれから僕を助けてほしいと言ったが、田中さんはそれを即座に断った。
理由は簡単。意味がないから。
ああいったやつらはいつ、どこから来るかわからない。そして目ざとい。
いじめから逃れる方法は二つ。
一つは相手が飽きてやめる。しかし、これはいつ再開されるかわからない。
だから実質。これが最善策であり唯一。それは、相手が諦めること。
何を持って諦めるかは相手によるが、一番いいのは暴力だという事。
そもそもいじめをするような輩は自分が絶対的に安全か優位な場所にいるからいじめを行う。人が物に。食欲に。他の行動でストレスを発散するのは対象が何もしてこないからこそ行える。逆を言えば自分に有害だとわかれば手を出してこない。
有害でわかりやすいのは暴力だ。わかりやすく、力の象徴。それさえ持っていればいじめなど受けない。
そんな事はわかっているんだよ!でも僕は見ての通りヒョロガリだ!そんなものを持っているわけないじゃないか!田中さんのような恵まれた体じゃないんだ!
僕は泣きわめきながら訴えた。が、田中さんは無表情で言い切った。当たり前だ。俺とお前は別人なのだから。
力を持った人間からの冷たい発言でさらに涙を零しそうになったが、田中先輩の次の言葉で押し黙ることになる。
早朝にストレッチ。10キロランニング。筋トレ三セット。
昼休憩に柔軟体操。
放課後に早朝と同様にランニングと筋トレ三セット。
俺はそれを毎日最低限やっている。お前はやっているのか。やっていないのなら当然違うに決まっているだろう。と、
逆説的に言えばそれを行えば、僕も田中さんと同じになれるという事。
だけど…。僕にそれが出来る自身がない。
親からもいじめで悲しんでいるなら勉強をして、そんな奴らから離れた学校に行けるようにしろ。と、言われるだけだった。
その事を話すと、田中さんは呆れた顔でこう言った。
そんな勉強でいじめは治まったか。と、
勿論、そんな事はなかった。僕の事をガリ勉と揶揄する輩は沢山いる。そう言ったやつは同じクラスだけではなく、別のクラス。果ては別学年にまでわたる。
そして、志望校先に入学したいじめっ子もいる。勉強をこなしたとしてもいじめから解放されるわけではないのだ。
教師への訴えは駄目。クラスも駄目。親の教育でも駄目。どれもが説得力の無いものばかり。今までの中で一番の説得力の期待感があるのは目の前の田中先輩の存在だけだった。
強く、大きく、高校生と言うにはあまりにも迫力が違う彼の言葉はまるで天啓のようにも感じた。
そこまでして僕は彼の足元で自分を強くしてくださいと土下座をしていた。
今までのいじめで強要された土下座じゃない。自分から進んで、望んで行った土下座に田中さんは再び断ると、言い切った。
俺は誰かを指導したこともしている暇もない。僕のために生活リズムを変える気も無いと。だから、俺の真似がしたいのなら勝手にしろ。と、田中さんのスケジュールを簡単に教えてくれた。
その日から、僕は田中さんにくっついて自分を鍛え始めた。
もちろん、完璧に彼についていけるはずもない。学校が違うので田中さんは放課後少しだけ予定をずらしてトレーニングを始めてくれた。
初日は彼の十分の一もこなせなかったし、翌日は筋肉痛に悩まされた。
勉強時間も減り、親からもそれを怒られたが無視した。そちらのいう事を聞いてもいじめは一向に好転しない人たちの言葉など聞いていられなかったから。田中さんについていくことが出来なかった日でも僕はトレーニングを行った。
最初は田中さんの行うスケジュールに恐れ、その全容を見る事すらできなかった。
だが、三ヶ月もすれば彼のスケジュール内容を見ることぐらいまでは成長した。もちろん、様々な筋トレやランニングをオミットしたものだが、田中さんはすさまじい。彼自身も大量の汗と荒い息遣いをしながら、地味で厳しいトレーニングをこなしていった。
田中さんのトレーニングについて行って半年。その効果が出始めてきた。
今まで僕をいじめてきたクラスメートだが、体育の授業で少しずつ分厚くなっている僕の筋肉を見てから突っかかってくることが目に見えて減ってきた。
そして、彼と出会って九ヶ月が経った頃。田中さんにいじめが明らかに減ってきたことを伝えると、彼は言った。少なくなるだけでいいのかと。
彼は気が付いていた。いじめは減ったがなくなったわけではないと。
いじめの主犯と言ってもいい奴等。田中さんにはたかれた奴らは未だにいじめを続けてくる。それを悔しく思っている。憎い。殺したいとも思っている。だけど、彼等の体格は今の自分では勝てない。その上、いつも二人以上でいるため、喧嘩になれば確実に負ける。と、いうかタイマンでも勝てる気がしない。
そう伝えると、田中さんは呆れた。
それじゃあ何も変わらない。力は使ってこそ。抑止力は相手に痛い目に遭わせないと意味がない。ようは負けてもぶちのめせ。
怖いのはわかる。何事も初めては怖いものだ。だが、ここで動かなければ何も変わらないと。それを聞いて僕の覚悟は決まった。
それから一月後。僕は、いじめっ子の二人に呼び出されていた。
最近のトレーニングで自信がついてきた僕が生意気だとか言っていたが、こいつらは田中さんがいない時を見計らっていたに違いない。現に一人が田中さんのところには自分達の仲間を向かわせている。その仲間は中学生だけではなく高校生や社会人までの二十人以上を彼のところに向かっているそうだ。
田中さんは時々むかつくやつを見かけた時ぶっ飛ばしているといっていたが、それが原因の一つだろう。そのぶっ飛ばされた奴らが仲間を集めてリンチに行ったらしい。だけど、不思議と彼の不安はなかった。目の前でニヤニヤいやらしく笑っている輩の仲間などあの田中さんに勝てるとは思わなかった。それだけ彼のトレーニングは過酷で、彼はまじめに取り組んでいたから。
正直、まだ目の前の二人は怖い。だけど、田中さんの言葉とこれまでの事を信じて僕は震える拳で二人に殴りかかっていた。
とある中学校が見える河川敷。そこは一人の高校生がランニングする場所の一つであり、その高校生を待ち構えていた二十人以上の男。中には女性もいたが、その全員が加虐的な笑みを浮かべて高校生を囲んでいた。彼等は皆、目の前の高校生にぶっ飛ばされた者である。
「よう、小僧!お礼参りに来てやったぜぇ!」
圧倒的数的有利に笑っている彼等はその輪を徐々に小さくしていく。その初動を見せた瞬間、田中は一番近くにいた男に向かって駆け出し、拳を振りぬいた。
渾身の左ストレートは見事にさく裂し、男をぶっ飛ばした。と、すぐさま近くにいた男が田中に組みかかってくる。田中が数人を殴りつけた後、彼の背後から襲ってきた人間に取り押さえられようとした。が、その分厚い体に手をかけた瞬間、彼等はそれを人ではなく岩なのではと勘違いするほど重かった。
そして、その掴みかかってきた輩も田中が振り向きざまに殴り飛ばした。
囲んでたった数分で集団の五分の一を戦闘不能にした彼に恐れ慄いた集団の一人がぽつりとつぶやいた。
「あいつ一体、何者なんだよ…」
そして、その言葉は彼に届いていた。そして、それに答えるようにボディビルのポージングをした彼はこう言った。
「我が名は太郎。田中太郎。どこにでもいる高校生である」
ついでにお前らを殴り飛ばす者であると。宣う田中。
それに怒りを覚えた彼等は田中に向かって殴りかかった。
こうしてリンチは始まった。
二十八人から高校生への物は、高校生から二十八人への物に変わり始めたと感づいたのはそれから十分後の事になる。
翌日。僕は晴れ晴れとした気持ちで登校した。
体のところどこはいじめっ子に殴られたりけられたりして痛い。それでも最後、あいつらは文句を言いながら逃げていった。
いつもだったら生意気にも逆らった僕を一方的に殴るけるを咥えた後、笑いながら去っていったが、昨日の喧嘩であいつらにこちらもパンチを数発加えることが出来た。はっきり言ってあいつらの方が殴ってきた数は多い。それでもその反抗は手痛かったのだろう。
教室へ向かう途中の僕と目が合ったいじめっ子は舌打ちをして僕の見えないところまでどこかへ去って行った。その事に感じた事との無い充実感で満たされた。が、ここで満足しては駄目だ。あいつらはきっとまたいじめに来るだろう。そうなったときのために備えてある物を握りしめていた。
そして、来た。想定はしていたがいじめが暴力的なおのから陰湿的なものになる。
目の前にあった僕の使っていた机に落書きやゴミなどが詰められていた。
周りにいたクラスメート達も何が面白いのかクスクス笑いながらこちらを見ている。
それを見て、僕はその机をスマホで撮影し、それを田中さんと教育委員会のホームページ。そして、匿名掲示板。と、地域のテレビ局に送った。その後で、警察を呼んだ。
その行動に周りのクラスメートが驚き始めた。今までされるがままだった。訴えても黙殺されるだけの僕が警察を呼び出したことそして、警察が来る前に言ってやった。
このような嫌がらせを止めなかったお前達にも何かしらの罰があるだろうなと。
慌てだすクラスメートだが、中には落ち着いた様子で自分達は関係ないと言っている輩もいたが、僕はスマホを見せつけるように言ってやった。
お前たちが笑っていた風景も記録。そして、それを転送したことを。
そこからはあっという間だった。
僕に頭を下げて謝るやつ。脅しをかけてくるやつ。涙を流して情に訴えてくるやつ。だが、誰一人として許してやるつもりはなかった。こいつらは、教師も含めて僕の助けを無視した奴等だ。僕は苦しんだ。だからお前も味わえ。
警察が来たことにより、犯人が発覚。のちにクラスメートの数人も関与していた事。あらかじめ送信していた記録から学校側の責任も問われる事態へと発展した。いじめの関係者。学校関係者にも重い罰が科せられた。
慌てふためくやつらを見て、胸をすく気持ちだった。だが、その一方で田中さんが停学処分を受けていることに僕は後日のトレーニングで知らされることになった。
それから数日後、田中さんをリンチしようとして返り討ちにあった奴等からの訴えで学校側は彼を停学処分。後々は退学処分にしようと職員会議をしているところに、いじめの証拠品を持った僕と警察が入り込んだ。
田中さんを訴えたやつらはそれなりの悪事を働いていた前科があり、その上、過去には僕をいじめていた奴も混ざっていた。田中さんはそんな僕を助ける為にいろいろしてくれただけで停学処分。退学処分なんて許されることではないと、逆に彼等に訴えた。
だが、そんな訴えでも田中さんの退学処分はほぼ確定路線に入りかけていた時だった。数人の女子生徒。おそらく、この高校の女子生徒なのだろう。彼女達は田中さんを退学処分にすべきだと言い出した教師からのセクハラを受けていたと告発。しかし、それを学長や他の教員の協力でもみ消していた。その上、男子生徒にはパワハラを働いていたと告発し、一気に形勢が逆転した。
僕が証人として警察を連れてきたから事態はまたもや大きく動き、田中先輩の退学処分は無くなったが、セクハラ教師をむかついたから殴り飛ばした。リンチを返り討ちにしたがやりすぎて入院者を多数発生させたことにより停学処分までは取り消せなかった。
向こうが何もしなかったら何もしなかったと訴えたが、意外にも事態を聞きつけた田中さんから待ったがかかった。別に彼はこの処分を妥当とも考えていた。何なら退学も受け入れるつもりだった。ただし、その場合は関係者にお礼参りはきっちりするとも、やられたらやり返すと言い切った。
彼がこんな処分を受けて、僕は思わず涙がこぼれてしまった。彼は悪くないのに理不尽だと。そんな田中さんは一言、俺のために怒ってくれてありがとう。と、言い残してそれ以降は毎日のトレーニングに戻っていった。
それから三ヶ月後。僕は田中さんと同じ高校へ進学した。
彼の周りは彼の噂を聞いたのか人が寄り付かない。関わろうともしなかったが、一部の女子生徒。先輩達は違った視線を送っていたが、今はどうでもいい。
同じ学年になったが、先輩でも田中さんに頭を下げて僕はお礼を言う。
貴方のお陰で僕は。いや、俺はすがすがしい気持ちでここにいられる。貴方のためなら何でもできると。
田中さんはそうか。と、言って早速僕に。いや、俺に相談を持ち掛けてきた。
今年度から全生徒は何かしらの部活動をするべしという校則が出来た。だが、自分を受け入れてくれるような部活は見当たらない。かといって、どの部活も自分には合わない。どうしたものか。
それに対して俺はすんなり答えが出た。
この学校に入学するにあたって、目途を立てていたウエイトリフティング部が廃部になった。入部予定だったが潰れてしまったのなら新しく作ればいいのだと。
元から体を鍛えるために部活をしようとしていたが、どうやら備品の殆どを処分して作るのは難しいと担任言われてしまったので、仕方なく、絵を書いていれば、筋トレをしても文句を言われない漫画研究部を作ることにした。既にあるので第二漫画研究部になる。
部長は田中さんにやってもらおうとしたが、面倒くさいから嫌だと言った。そもそもそうしようとしたのは俺なのでその役目は俺がやることになった。
そうと決まれば、担任に新しい部活申請をするために必要書類を持って俺は職員室の扉を開けはなった。
「柴田健司です!どこにでもいる部活動申請者です!」
男の子は頑張って強くなりました。
だからこそ自分お目の届く範囲では助けに入ろうと。耳に届くまでなら助言をしようと。
自分がやりたい事だけをやって、やりたくないことはやらない。させないと。
自分の考えを実行し続けました。