上原舞夏とレッドちゃん(2)
「あんたがそんなに気を病むことないよ。間違ったこと言ってないからね」しばらくして口を開いたのはレッドだった。
「うちがこんなにちーに怒鳴ったのはじめてだよ」
「そういうこと注意したり、本音でしゃべったりできた方が、本当の友達って感じがするけどね、あたしは」
「そういう事じゃなくて、なんかこう…相手のためになるように叱ったんじゃなくて、自分の怒りを一方的にぶつけただけ、みたいな…。うちの中にあったちーに対するなんかが、あふれてきたみたいな……そんな感じで。理不尽感強かったなーって」
「不満があったの?」
「ん-、そうなのかな」
「結構みんなから好かれそうな性格してるのにね」
「そーだよ、うちと違って」
「どういうこと?」レッドが首をかしげる。
「ちーはどんな奴にでも優しいし、明るくて、男子にも女子にも人気あって、ザ・女子って感じの雰囲気してるし…」一度口に出した言葉は止まらなかった。
「うちはそんなことできないから、いろんな奴に嫌われてて、短気で、すぐ暴力振るからみんな怖がるし…」
舞夏は自分が千秋に、そして自分に感じていることに、口に出して初めて気づいた。これまでいろいろな行動に対し、自分が好きか嫌いか、楽しいか楽しくないかで判断していた舞夏にとって、自分を客観視できる機会は多かった。しかし舞夏はそれをしてこなかった。理由は自分でも分からない。こんなことを今さらになって悩むなんて、ばかだなぁ。舞夏は嘲笑した。自分に対してである。
「なんか、あほらし」もうどうでもいいや、と四肢を投げ出してソファに座り直し、二人で仲良く持ってきたマイクを見つめる。さっきまで笑い合ってたのになぁ。
「ねぇ、マイカ」数秒してレッドが口を開いた。舞夏は何を言われるのか、考えることも嫌になり、聞こえていないふりをする。
「あんたのそれ、きっと嫉妬ね」
「はぁ?」あまりにも予想外の言葉に、舞夏は思わず声を出した。
「だってそうでしょ?チアキにあって自分にないもの見て、一人で不満抱えて…」
「そんなわけない」お前に何が分かるんだよ。出会って間もない幽霊のくせに。
「さっき怒ったこと、一方的だって言ってたもの」
「それとこれとは話繋がんねーだろ!」舞夏が声を荒げる。
「いいから聞きなさい。嫉妬をするとね、相手の優れた部分を誇張して見てしまうようになるの。でも逆に、相手の自分よりも劣っている部分が、実際よりももっと劣っているとも思い込んでしまうのよ」
レッドは苛立ちを隠せない舞夏に臆することなく、真正面からぶつかりにいく。舞夏はそんなレッドの話を、肩に力を入れて聞いていた。
「まぁ要するにいじめと一緒ね。自分よりもすごい人の短所を見て、そこばっかりつついてくる。でもマイカの場合、そういうんじゃないっていうこと、分かってるわ。きっと初めてなんでしょうね。そういう行動が出たのは」
舞夏はレッドの話をうつむいて聞いていた。彼女の主張に正面から向き合う勇気がなかったからだ。舞夏にとって、今までは誰かからの視線も、言葉も、行動も、目に見えないフィルターにかかって自分に向かってきているような気がしていた。しかしこの幽霊は、直接舞夏自身を見て、そのうえで言葉を向けてきている。いわゆる「歯に衣着せぬ」言い方であった。
「でもだからって自分を責めちゃダメよ。嫉妬なんて誰でもするし。大事なのはその後の考え方」
「考え方…」舞夏は言葉を繰り返した。
「そう、考え方よ。自分にも『いい部分』があるっていうね。嫉妬の矢印はその人の『いい部分』に向くでしょう?でもそこから相手の『わるい部分』を見ようとするのは間違い。そんなことしてたら嫉妬が自分に与える虚無感で胸がいっぱいになって、いつか壊れちゃうからね」
「だから自分の『いい部分』を探せって?そんなのただの自己満じゃん」
「あら。自己満で何が悪いの?嫉妬からくるいじめも自己満よ。そんなことして人を傷つけて、もっと自分が嫌いになるよりもずっといいと思うわ」
舞夏は顔を上げてレッドを見る。左目だけ充血しているのか、赤黒く染まっており、黒目には光がなく漆黒である。その目にすべてを見透かされたような、自分の事を静かに包んでくれたような、恥ずかしさと気まずさを感じてまた目を背ける。
「たしかにあんたの言う通りかもしれない。ずっとうちはあの子に…こう…守ってあげなきゃっていう使命感?みたいなのを感じてるだけだと思ってた…」
「まぁ、それもあるかもね。姉御感出てたよ」レッドはいたずらっぽく笑った。舞夏もつられてふっと笑う。
「うち、ちーのこと呼んでくるわ。怒鳴ったの謝んなきゃ」舞夏が立つと、レッドはそれを止めた。
「今回はあの子に非があるんだから、あの子が自分でこっちに来て謝んなきゃだめよ。甘やかしすぎもいけないって今回のでわかったでしょ」
「なんかヤンキーに好かれる高校教師みたいだな」
「なにそれ」また二人で笑う。と、ドアが開いた。二人は笑いの余韻が消えぬままそちらを向く。舞夏の顔から笑みが消えた。
そこには気まずそうにそっぽを向いた千秋が立っていた。