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カラオケ屋さんのレッドちゃん  作者: 深田おざさ
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赤羽千秋とレッドちゃん(2)

 噂の11号室は、他の部屋と同じだった。4人分のスペースと、カラオケ機器、よく効いた冷房、かすかに漂うタバコの匂い。千秋はそんな部屋を見渡し、何も異変がないことに気付くとほっと一息ついた。

「ね?なんもないっしょ?」先輩は得意げな顔でこちらを振り返る。

「そうでしたけど」千秋は電気を点けながら言った。

「てか先輩、抜けちゃって良いんですか?」千秋はバイトを4時間こなし、あとはタイムカードを押すだけだが、先輩はさっき来たばかりなので、当然仕事はある。

「いやほら、後輩の心のケアも先輩の大事な仕事だから」適当なことを言った先輩は千秋の横を通り、ドアに近づく。

「しかも南条さんだって一服行ってたし」しかし方向転換して千秋と向き合うと、千秋の腕をつかんで無理やり座らせた。どすん、という音とともに声が出る。

「いったぁ。何するんですかもう」いつものような悪ふざけと思って千秋は半笑いで立とうとした。しかし先輩はどかない。一度浮かした腰を下ろす。

「いやぁ、千秋ちゃん、ごめんごめん」と言いつつも、先輩の千秋を見る目はいつもと違う。まるで羊を見る狼のような…。

 あ、これはダメなやつだ。瞬時に感じた千秋は、先輩を押しのけようとした。しかしその腕をつかまれ、ソファに押し倒された。どすん。鈍い音が体の中で反響する。これは本当にマズい。いま店長はたばこ吸いに行ってるから店には私とこの人だけだし。

「どうしたんだよ。なんも怖くないって」

「誰か!」千秋の声は防音の壁に阻まれ誰かに届くはずもなく、口をふさがれる。

「黙れって。マジで。てかここまできたらもう諦めよ?ね?ここ怖くなくなるよ」先輩の言葉で思い出す。


そうだここは…。


 この時まで千秋は忘れていたのだ。ここがあの11号室だったことを。


 耳鳴り。千秋は鼓膜の奥から警告音が鳴っているような感覚に襲われる。次に体を押さえつけられているような感覚。先輩がのしかかっているのではない。金縛りである。先輩も同じようなことになっているらしい。その場から動かない。先輩が何かを見つける。急に顔をこわばらせる。千秋を抑えていた手をゆっくりと放す。


「ひぃぃぃ」気づけば明らかに腰を抜かした先輩が、はいずりながらドアへ向かっていた。先輩に何が見えていたのか、考えたくもない。千秋もそれに続くために夢中で起き上がろうとするが、金縛りは続いている。

 ふと、視界の上の方に何かが見えた。赤黒い何かである。それはすぐに千秋の視界を覆った。覗き込んでいるようである。千秋は生きた心地がしなかった。心臓の音が今までで最も速い。高校はまだ始まったばかりなのに、こんなところで死ぬなんて。ていうかなんなのあの先輩。普通死ぬなら最低なことしようとしたあんただろーが。恐怖と怒りと悔しさが入り混じった感情の中で、千秋は目が熱くなるのを感じた。ぎゅっと目をつぶる。


「ひっどい野郎。何なのまったく」千秋の耳に入ってきた言葉は呪いや恨みの言葉ではなく、愚痴だった。

 千秋は拍子抜けした顔でそれを見つめる。金縛りが解けていることに気が付いて体勢を起こしソファに座りなおした。

「あんた大丈夫?」それはゆっくりと千秋の横に座る。

 おそらく幽霊と思われるそれは、典型的な白装束ではなく黒いワンピースを着た若い女性だった。背丈は160センチほどだったか、千秋より少し高いくらいであった。先ほど視界に見えた赤黒いものは彼女の髪の毛で、あごの横あたりの長さに綺麗にそろえられている。よく見ると髪にはどろどろの血が滲んでおり、おでこの左側も赤黒く濡れている。

「えっと、ありがとう?」千秋は非常に混乱していた。状況がまだ呑み込めない。

「いーい?ああいうチャラついた男にほいほいついて行っちゃだめよ。何しでかすか分かったもんじゃないんだから!」

「は、はあ」

「ん?どーしたの?」気の抜け過ぎた千秋の返事に違和感を感じたのか、彼女は千秋を覗き込んだ。千秋は彼女を横目で見た。目が合う。左目の白目が髪の毛と同じくらい赤黒く、黒目は真っ黒というより、ぽっかりと穴が開いているかのように漆黒で光がなく、不気味さを放っている。

「いやぁ、あの、幽霊なんだよね?」千秋としてはこれを真っ先に確かめたいであろう。

「あぁ、多分ね」

「多分?」自分ではわからないものなのであろうか。

「うん。気付いたらここにいたのよ」

 彼女の話によると、名前も含め生前の記憶がなく、なぜカラオケ屋のこの部屋にいるのか、そしてなぜ幽霊になったのか、というより自分は幽霊という概念で括れるものなのか、ほとんど何もわからないという。分かっているのは、自分が死んでいること、11号室から出ることができないこと、そして彼女のことが見える人と見えない人がいることなどだった。

「わたし霊感ないと思ってたんだけどな」千秋はこれまで心霊体験というものに縁がなかったのである。

 彼女はどうやら眠くなることが無いらしく、永遠にこの空間にいるだけなので、時々歌っているのだった。彼女の声は見える人にしか聞こえないのだという。千秋がきいた歌声は空耳などではなく彼女のだったのだ。


 千秋はこの幽霊のイメージとかけ離れた女と話すうちに、恐怖を感じなくなっていった。むしろ雰囲気が近いこともあって話が弾む。最近の流行りの曲はこうだ、あの歌は知っているか、気づけば1時間も経っていた。

「やばっ。そろそろ帰らないと」千秋はスマホの画面を見ると急いでソファから立ち上がった。

「あーあ。もう帰っちゃうの。久しぶりに話せて楽しかったのになぁ」と残念そうな幽霊。

「わたしここでバイトしてるからいつでも会えるって」千秋がなだめる。彼女は見える人に出会っても、みな驚いて逃げてしまうらしい。

「じゃあまたね、幽霊」千秋は手を振るとドアに手を掛けた。と、腕にひんやりとした感覚があり振り返った。幽霊が千秋の腕をつかもうとしていた。千秋の腕をすり抜けたところを見ると、実体がないのは確かなのだろう。

「ちょっと待って、幽霊って名前なんかやだ」女幽霊としては幽霊と呼ばれたくないのだろう。

「えー-っと」早く帰りたい千秋は足をもぞもぞと動かしながら思考を始める。

「11号室、11だからレッドさん!」千秋の頭には戦国大名が出てきていた。

「どういうこと?」しかめっ面をする幽霊。

「11って『いい』でしょ?で、『いい』っていったら『井伊直正』だから、『井伊の赤備え』ってことでレッド。年上っぽかったからさんにしたんだけど…」説明する千秋。やば、戦国大名好きが出ちゃった。さすがに適当過ぎたか。黙ってうつむく幽霊。沈黙が3秒ほど。

「あんた天才なの?」どうやら気に入ったらしい。

「あたしの髪の毛も若干赤いし、赤色好きだし」嬉しそうだ。

「あんたの名前が『赤羽千秋』だってのとも赤繋がりだしね!」千秋はそこまでの考えではなかったが、そういうことにした。

「でもさんは嫌。距離感じるもん。レッドちゃんにしようよ」彼女がそれでいいというならそれでいいのだろう。

「じゃあまたね、レッドちゃん」改めて千秋は彼女に手を振る。

「またね、チアキ!」レッドはドアが閉まっても手を振っていた。

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